連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第78回
横浜大空襲と昭和の暮らしを家族の視点から描いたドキュメンタリー映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』。
終戦直後から都内で一家の暮らしを支えてきた主婦・小泉スズさんの生き様を描いた本作は、11月ポレポレ東中野 ほか全国順次公開されます。
小泉スズさん一家が体験した関東大震災、建物疎開や学童疎開、甚大な被害をもたらした横浜大空襲などを、映画やニュース映像、写真、スズさんの長女・和子さんの証言に基づいて描かれたイラストを交えて、大墻敦監督がまとめ上げました。
そして、スズさんが毎日行っていた炊事・洗濯・裁縫などを記録した貴重なフィルムを4K映像で蘇らせ、昭和時代の日常生活が浮き彫りになっています。
CONTENTS
映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・撮影・編集】
大墻敦
【製作】
村山英世 山内隆治
【キャスト】
小泉和子
【語り】
小林聡美
【作品概要】
横浜大空襲と昭和の暮らしを家族の視点から描いたドキュメンタリー。NHKでドキュメンタリー番組などを手掛け、2019年には初監督作品の文化記録映画『春画と日本人』を製作した大墻敦による作品です。
小泉スズさん一家が体験した関東大震災、建物疎開や学童疎開、横浜大空襲の様子を、ニュース映像、写真、スズさんの長女・和子さんの証言に基づいて描かれたイラストで再現し、小泉一家がどのように生き残ったのかを丹念に描き出します。
映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』のあらすじ
第1章 生い立ちと横浜大空襲
明治43年、横浜の農家の長女として生まれた、小泉スズさん。
関東大震災で母を亡くし、18歳で女中奉公に出て、22歳でお見合い結婚をします。戦争が人々の暮らしに影を落とす中、子どもを産み、必死に育ててきました。
スズさんが経験した戦時下の暮らし、学童疎開や建物疎開、防空防災訓練に横浜大空襲、そして戦後の復興期を当時の資料映像を交えながら丹念に描き出します。
第2章 ちいさなおうち
スズさんの夫が自ら設計を手掛けた18坪の住宅には家族6人と下宿人2人の計8人が暮らしていました。狭くとも快適に暮らせるよう、家の中には様々な工夫が凝らされています。
この家で専業主婦として炊事、洗濯、掃除、裁縫と家族のために働いたスズさんの記憶とともに、平穏を取り戻した市井の人々の暮らしを見つめます。
第3章 昭和の家事の記録
私たちの日々の暮らしを支える家事。家電の発展とともに、日常は大きく変わりました。昭和の生活を知る貴重な資料として、スズさんに当時の家事を再現してもらった記録フィルムが残っています。
着物をほどき、浴衣を縫い、おせちやおはぎを作り、お盆を迎える……。80歳を越えたスズさんによる、息をのむほど鮮やかで、細やかな気配りに満ちた手仕事の記録が4Kデジタルで蘇ります。
映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』の感想と評価
主婦目線の歴史ドキュメンタリー
本作は、明治、大正、昭和を生きた一人の女性・小泉スズさんの人生を追ったドキュメンタリー。
日本が軍事国家へと歩み、戦争を経て民主主義の国へ変わっていく激動の時代における日常生活を、主婦目線で描き出しています。
東京郊外の「昭和のくらし博物館」館長で、スズさんの娘である小泉和子さんがナビゲーターを務め、母の生き方を淡々と語りました。
関東大震災で母を亡くし、戦争が人々の暮らしに影を落とす中、子どもを産み、必死に育て、戦後は専業主婦として家族のために働いたスズさん。
本作の第1章では、スズさんの生い立ちと、建物強制疎開で移住した横浜で遭遇した横浜大空襲の悲惨さを語っています。
第2章は、大田区に自宅を構え、そこで過ごした日常生活の様子、第3章でさらに詳しく昭和時代の家事のやり方を紹介。
そこから見えてくるのは、よりよい生活のために工夫する暮らしの知恵と家族を思う‟主婦”の優しさでした。
監督が伝えたい‟スズさんの人生”
監督・撮影・編集を務めたのは、NHKのディレクター・プロデューサーとして、『二重被爆』(2006)などのドキュメンタリーを製作した、大墻敦。
「昭和のくらし博物館」が製作した『昭和の家事』を視聴し、洗濯、裁縫、お盆、おせちやおはぎ、お手玉を作るなどの家事を記録した映像から、昭和時代の懐かしさが伝わってきたそうです。
スズさん一家が、昭和20年の横浜大空襲の体験者ということにも監督は注目し、激動の時代を体験したスズさんの人生と生活の知恵を映像にすることにしました。
戦後の生活で「三種の神器」と呼ばれた、洗濯機、冷蔵庫、テレビなどの家電の普及もあり、専業主婦の仕事も大きく変化します。
ですが、家事労働が楽になった日常生活でも、スズさんは手縫いの針仕事や手間暇かかるおはぎ作りなどをします。楽な家事をするよりも、家族のために身体を動かすことが好きなようでした。
爆弾がいつ降って来るのかわからない世の中でも、ご飯を作り、洗濯をして、家族の居心地のよい空間を作り上げてきたスズさんは、本当に主婦のプロフェッショナル!
監督が後世に残したいと強く思ったのは、こんなスズさんの揺るぎない主婦としての生き方だったのでしょう。
スズさんとすずさん
スズさんという女性が主人公と聞けば、片渕須直監督、こうの史代漫画原作のアニメ映画『この世界の片隅に』(2016)が思い出されます。
本作のスズさんと『この世界の片隅に』のすずさんは、カタカナと平仮名の違いはありますが同じ読み方をします。これは本当に偶然なのだそうです。
『この世界の片隅に』も、戦争を背景にその時代の日常生活を映し出しながら、一人の女性の生き方を描いた作品です。
両方の主人公から得られるのは、明日の希望も見いだせない混沌とした時代を、家族のためにつくす女性の優しさと逞しさではないでしょうか。
時代の出来事を写真とイラスト、ニュース映像で映しだし、一人の主婦のプロフェッショナルな生き方を、臨場感たっぷりに描きあげたといえる本作。
専業主婦が当たり前だった頃の‟家事のプロ”は、高齢者となってもそのお手並みは衰えることなく、生き生きと楽しそうに面倒な家事を丁寧にこなす姿が印象的です。
まとめ
横浜大空襲と昭和の暮らしを家族の視点から描いたドキュメンタリー映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』をご紹介しました。
横浜大空襲の悲惨な状況や学童疎開の写真など暗い映像もある一方、第3章の昭和の家事の紹介には癒されます。
円いちゃぶ台、木造の2階建て一軒家。おはぎ作りに洗濯板を使っての手洗い。半世紀以上前の昭和の暮らしぶりがしっかりと描かれ、昭和時代を知る人は、懐かしい思いに駆られることでしょう。
母や祖母、曾祖母などが培ってきた家事のノウハウは、生きるための生活の知恵と工夫であり、家族を思う主婦の優しさでもあることを実感できるに違いありません。
映画『スズさん~昭和の家事と家族の物語~』は、11月ポレポレ東中野 ほか全国順次公開!