連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第77回
映画『護られなかった者たちへ』は、東日本大震災から9年後に起った連続殺人事件から見えてくる、日本の生活保護制度の欠陥に迫る社会派ミステリーです。
「どんでん返しの帝王」とも呼ばれる中山七里の同名小説を原作とした、究極のミステリー映画『護られなかった者たちへ』は、2021年10月1日(金)全国ロードショー。
事件の容疑者の利根に『8年越しの花嫁』「るろうに剣心」シリーズの佐藤健、利根を追う刑事・笘篠を、『麒麟の翼』(2012)や『祈りの幕が下りる時』(2018)などで人間味のある刑事役に定評がある阿部寛が演じています。
脚本・監督は、瀬々敬久。『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)『友罪』(2018)など、多くの人間ドラマを手掛けてきました。
原作者、監督が思うところの「護られなかった者たち」とは誰のことなのでしょう。
映画『護られなかった者たちへ』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
中山七里
【監督】
瀬々敬久
【脚本】
林民夫、瀬々敬久
【音楽】
村松崇継
【主題歌】
桑田佳祐
【キャスト】
佐藤健、阿部寛、清原果耶、林遣都、永山瑛太、緒形直人、岩松了、波岡一喜、奥貫薫、井之脇、宇野祥平、黒田大輔、西田尚美、千原せいじ、原日出子、鶴見辰吾、三宅裕司、吉岡秀隆、倍賞美津子、石井心咲
【作品情報】
原作は、中山七里の同名ミステリー小説『護られなかった者たちへ』。『糸』(2020)『友罪』(2018)、『64 ロクヨン 前編』(2016)、『64 ロクヨン 後編』(2016)などの瀬々敬久監督が映画化しました。
主演は佐藤健。瀬々敬久監督とは、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)以来のコンビ復活となりました。共演として、阿部寛、清原果耶、倍賞美津子、吉岡秀隆、林遣都らが脇を固めます。
脚本は『永遠のゼロ』の林民夫、音楽は『思い出のマーニー』の村松崇継。そして主題歌『月光の聖者達』は桑田佳祐が歌います。
映画『護られなかった者たちへ』のあらすじ
2011年3月、東日本大震災が起こりました。
あれから10年目の仙台市で、全身を縛られたまま放置され‟餓死”させられるという不可思議な殺人事件が相次いで発生。
被害者はいずれも、貧困にあえぐ人に手を差し伸べ、誰もが慕う人格者でした。
自らの家族も震災の犠牲者となった刑事・笘篠誠一郎(阿部寛)は、さっそく捜査に乗り出します。
捜査線上に浮かびあがったのは、別の事件で服役し、模範囚として早めに出所したばかりの利根(佐藤健)でした。
笘篠は殺された被害者が、10年前に同じ社会福祉事務所に勤務し、生活保護を担当していたという共通点をみつけます。
生活保護を巡ってのトラブルがあったのか。笘篠は利根を追い詰めていきますが、決定的な証拠がつかめません。
第3の被害者となりそうな男性をマークしていると、案の定、利根がターゲットに襲い掛かろとしたところを捕まえることに成功します。
利根はあっさりとこれまでの犯行を自供しますが、利根の過去を調査していた笘篠は、まだ何か隠している気がしてなりません。
なぜ、こんなことをしたのか。肝心の動機が話されないうちに、ターゲットとしていた男性が行方不明になったという連絡がありました。
真犯人は他にいるのか? 利根を案内人にして、笘篠は事件の真相を暴きに動き出します。
映画『護られなかった者たちへ』の感想と評価
津波の被害者である笘篠と利根
映画は、東日本大震災の津波から逃れた人々が避難する小学校から始まります。
ここに、妻と息子の姿を求めて、笘篠刑事が駆け込んできます。しかしどこを探しても愛する家族たちはいません。
その避難所には、独りで逃げてきた若者利根と、津波で母を喪ってひとりぼっちになった少女カンちゃん。
そして2人のことを何かしら気に掛ける老女のけいちゃんがいました。3人はいつしか心を通わせるようになります。
自然災害から逃れてきた人々に交じり、物語の鍵をにぎる登場人物はここに出揃いました。
避難所にいながらも何かを悔やむような様子をみせていた利根は、その後、そこで出会ったカンちゃんとけいとの温かな交流を得ます。
その後、貧困に陥るけいに生活保護を受けるよう助言しますが、けいに受給はされませんでした。
けいの生活を護ろうとした利根は、社会福祉センターに火を放ち放火犯として逮捕されました。彼が出所後、当時の関係者の連続殺人事件がおこり、当然のことのように利根の名前が容疑者に浮上します。
笘篠の妻と息子の2人は、津波によって行方不明となったまま、10年近い歳月が立ちます。
未だに家族を護れなかった自責の念にかられる笘篠刑事は、仕事に熱中することで心の痛みを和らげようとしていました。
大切なものを護ろうとする容疑者・利根と、大切なものを護れ切れなかった刑事・笘篠。
同じように津波の被害者でありながら、対照的な立場と思いを抱える2人が物語を引っ張ります。
生活保護が事件を招く
震災によってダメージを受けた日常生活。それまで以上に生活困窮者は増え、生活保護を希望する者も増加しました。
「憲法第二十五条、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」
人として最低限度の生活を営むための生活保護法ですが、不正受給を企む者も少なくはありません。税金で賄われる生活保護費だからこそ、その運用や可否判断はますます厳格になっていきます。
そんな審査において、本当に必要とされる人に生活保護が行き渡らないという悲劇も起こります。
本作で起こった監禁されて‟餓死”させられるという連続殺人事件もそんな悲劇の一つです。その犠牲者の共通点は、かつて生活保護を担当していたということが大きな注目を集めました。
生活保護申請を却下された者の中に犯人はいるのでは? 警察は捜査を進めていきます。
生活を護るべきための生活保護が受けられない人がいるのはなぜでしょう。そこには不正受給防止のための厳格な基準がありました。
ここで誰のための生活保護なのかと考えさせられます。生活保護に頼って働かなくなる人もいる一方、本作のけいのように、ライフラインも止められて食べるものにも事欠く貧困生活を余儀なくされる、本当に必要とする人もいるのです。
保護申請者の実態を調べるのがケースワーカーと呼ばれる保健所職員の仕事ですが、所詮は人間がやっていること。
ミスもあれば私利私欲に動いて自分の都合のよいような判定を下すこともあるでしょう。なぜ、そんなことになるのかと、怒りがふつふつと湧いてくるに違いありません。
現実とフィクションが混ざった本作ですが、本当に護られるべき人を護って欲しいと、願わざるを得ない問題を含んでいます。
まとめ
東日本大震災から9年後に起った連続殺人事件から見えてくる、日本の生活保護制度の欠陥に迫る社会派ミステリー『護られなかった者たちへ』。
この作品では、少なくとも自然災害と社会福祉制度と2つの面からの「護られなかった者たち」を描いています。
佐藤健が演じる利根は、津波のときにある秘密を持ってしまいます。それを誰にも言えず一人で抱えていたのですが、けいとカンちゃんとの心安らぐひとときを得て、自分の護るべきものを見つけます。
人は誰でも愛する者や大事にしたいものがあれば、自分の力の及ぶ限り護ってあげたいと思うのではないでしょうか。
温かな保護を得て護られた者は幸運です。その反面、不運にも護られなかった者たちもいるのです。
事件が全て解決したとき、心の痛みを隠しそれでも生きている利根と笘篠の姿から、そんな人たちへの哀憐の気持ちがひしひしと伝わってきました。
人の力では護り切れない大災害との遭遇もあれば、社会的弱者に対する法の落とし穴で護られなかった命もあります。
個人の力ではどうすることもできないやり場のない怒りをどこへぶつければよいのでしょう。
利根が悟ったもう一つの護るべき者が事件の謎を解くキーマンでした。殺人をせざるを得なかった真犯人の想いとそれを庇おうとした利根の真心に胸を締め付けられる思いがします。
映画『護られなかった者たちへ』は、2021年10月1日(金)全国ロードショー!