連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第24回
映画『ミッドナイトスワン』はトランスジェンダー・凪沙が親から愛を注がれずにいた少女・一果を預かることになり、次第に2人の間に一つの絆が生まれる物語。
主演に草彅剛を迎え、『下衆の愛』の内田英治監督が手掛けた作品。ヒロインはオーディションで選ばれた新人の服部樹咲。共演者に、真飛聖、水川あさみや田口トモロヲなど、個性豊かな実力派俳優陣も揃っています。
バレエが凪沙と一果の人生を変えていきます。一心にバレエに打ち込む一果演じる服部樹咲と、一果への母性愛をたぎらせるトランジェスター役の草彅剛のバレエシーンも必見。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。
CONTENTS
『ミッドナイトスワン』のあらすじ
故郷・東広島を離れ、トランスジェンダーの悩みを抱えながらひたむきに生きる凪沙(草彅剛)。新宿のニューハーフショーのステージに立ち、酔客を相手に踊って接待をする毎日です。
ある日、田舎の母親から電話があり、育児放棄にあっていた親戚の中学3年生の少女・一果(服部樹咲)を短期間預かることになりました。
待ち合わせのJR新宿駅前に座り込んでいた一果に近づく背の高いトレンチコートの女・凪沙。長い髪でサングラスをかけ無遠慮に一果の顔を見て「似てるわね、お母さんに」とつぶやく凪沙と田舎で手渡された写真を、一果はじっと見比べます。
呆然とする一果に背を向けてさっさと速足で歩きだす凪沙。一果は急いで後を追います。
「何してるの。来るの? 来ないの?」。何度目かの声かけの後、凪沙は一果が手にしている写真に気が付き、取り上げると、一瞥して破ってしまいました。
「田舎に余計なこと言ったら、あんた殺すから」。写真には短髪のビジネススーツ姿の凪沙が写っていたのです。
凪沙のアパートについてからも、「どこでも空いているところで寝てね」「部屋は常にきれいにしておくこと」「風呂はあたしの後に入りなさい」などなど、凪沙は一果に同居のルールを話します。
けれども、一果は無言のまま。ただ黙って凪沙を見るだけでした。このようにして、最低限度の決まりを持って凪沙と一果の共同生活は始まりますが……。
バレエ曲『白鳥の湖』を深掘り
『ミッドナイトスワン』というタイトルとバレエを踊る少女がヒロインと聞いて、真っ先に思い浮かべるのはバレエ舞曲『白鳥の湖』ではないでしょうか?
本作の魅力として、バレエのシーンが頻繁に盛り込まれていることが挙げられます。
夜の世界で仕事をする凪沙がダンサーとして踊るのは『白鳥の湖』の『小さな4羽の白鳥』ですが、バレエを習い出した一果が練習しているのも『白鳥の湖』の違う場面の曲でした。
『白鳥の湖』とは、ピョートル・チャイコフスキーによって作曲されたバレエ音楽、およびそれを用いたクラシックのバレエ作品。『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』と共に3大バレエといわれている名作です。
呪いをかけられて白鳥の姿になったオデットは、夜だけ人間の姿に戻れます。この呪いを解くには、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうことでした。
オデットの秘密を知った王子が彼女にかけられた呪いを解こうとするのですが、悪魔ロットバルトとその娘オディールに邪魔をされて……と、波乱を予感させるラブストーリー。
このバレエ作品の大きな特徴は、一人のバレリーナがオデットとオディールを一人二役で演じること。オデットと一緒に白鳥にされた乙女たちの一糸乱れぬコール・ド・バレエ(群舞)も、見どころの一つです。
『白鳥の湖』は初演当時は踊り手、振付師、指揮者に恵まれず、評価を得られなかったのですが、チャイコフスキーの没後2年目の1895年に、振付師によって改造されて蘇演され、より良い作品へとグレードアップしました。
現在では、ストーリーや登場人物、曲順などを変えた様々な版が作られているといいます。
この作品は、原典ではオデットは湖に身を投げるという悲しくも切ない終わり方をするようですが、最近はオデットの呪いが解けてハッピーエンドで終わる演出も出てきているそうです。
チャイコフスキーも性別の問題に悩んでいた?
『白鳥の湖』を作曲したピョートル・チャイコフスキーは、ロシアが誇る作曲家の一人。1840年4月に、ヨーロッパ・ロシアの東部の町ヴォトキンスクに生まれ、1893年に病死しています。
チャイコフスキーは法務省に勤務する一方で音楽の勉強も継続。1862年に新設されたサンクトペテルブルク音楽院の第一期生として入学して音楽活動に励みだし、やがて4年務めた法務省を辞職して音楽活動一本に絞ります。
順風満帆に見える人生を歩むチャイコフスキーですが、結婚に関わるトラブルを抱えていました。自分の弟や妹、愛する家族のために結婚をしますが、結婚直後からすでに、自らの重大な過ちに気づき、実質的な結婚生活は2カ月ほどでジ・エンド。
最近分かった離婚理由は、チャイコフスキーが女性を受け入れられなかったことにあると考えられるそうです。
チャイコフスキーも実はトランスジェンダーだったのでしょうか?
もしそうなら、映画『ミッドナイトスワン』との因果関係はここにもあり、驚くべき事実と言えるでしょう。
『白鳥の湖』を引用した映画『ミッドナイトスワン』
参考動画:白鳥の湖-新国立劇場バレエ団3分でわかるバレエシリーズ
バレエ『白鳥の湖』のコンセプトは、真実の愛の“かたち”と言えます。
原典のラストではオデットは湖に身を投じます。それは自分の追い求める真実の愛に自信が持てなかったからとも解釈されます。
男女の一般的な愛の“かたち”として結婚という形を選ぶ人が多いでしょう。けれども、愛は性的な行為以外にも存在するはずと、心のどこかで想い続けている人々がいるのも否定できません。
バレエ『白鳥の湖』はそんな人々の想う真実の愛の“かたち”を表現し、何事にも“かたち”を与えずにはいられない人間の深い悲しみも物語っていると思えます。
『ミッドナイトスワン』は、真実の愛を求める心を描いた『白鳥の湖』を引用しています。人前では本来の自分になれないトランスジェンダーの凪沙は、夜に人間の姿に戻れるオデットを連想させました。
オデットは悪魔の呪いで白鳥の姿に変えられたのですが、凪沙の場合の悪魔は“宿命”としかいいようのない生まれつきの性質ですから、誰を恨むことも出来ません。
そんな凪沙の愛は一果に向きました。「男女の愛は自分では到底得られないもの。でも母にならなれるかも」と、凪沙が一果に対して感じた母性も一つの愛の“かたち”なのです。
また一方では、育児放棄された一果に熱心にバレエの指導をする先生や、一果に魅かれるものを感じて仲良くなる友人りんも登場し、一果をめぐるそれぞれの愛の“かたち”が展開するのも興味深いところです。
夜の公園で出会った“老人のセリフ”
映画『ミッドナイトスワン』のロケ現場でのリハーサル写真から
夜の公園で、バレエのコンクールを目指して練習する一果を見守る凪沙。「あたしにも教えてよ」。いつしか凪沙も一果と一緒に踊り出します。
すらりとした長い手足できれいな演舞をする一果をお手本に、凪沙も同じように長い手足を使って一果の動きを真似るようとしますが、なかなか上手くいきません。
2人で踊るバレエを楽しんでいると、たまたま通りかかった老人が声をかけます。
「白鳥の湖? オデットだね」。
通りすがりの老人がさりげなく放った一言で、バレエ『白鳥の湖』のオデットと、現実社会で自分自身とのジレンマでもがき苦しむ凪沙が結びつきました。
今後のストーリー展開がとても気になるキーワードです。
まとめ
『ミッドナイトスワン』は、本来の自分で生きようとするトランジェスター凪沙と、実の親から愛されずに育ってきた一果の物語です。
一果と凪沙が公園でバレエを踊るシーンは、言葉数は少ない2人にとっては、大切な触れ合いの場です。仲良く踊る凪沙と一果に、魔法にかけられた白鳥たちの姿がダブって見えることでしょう。
この場面の撮影はほとんどアドリブで行ったとか。草彅剛と服部樹咲の息がピッタリあった演技とバレエが堪能できます。
ところで、あの謎の老人役は誰がやっているのでしょうか。名もなき脇役ですが、重要なキャストと思えます。
たった一言で凪沙に本作のオデット役を与えてしまった謎の老人は、凪沙の“宿命”ともいうべき背景を表しているのかも知れません。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。