連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第21回
今回はトランスジェンダーの主人公・凪沙と、バレエダンサーを夢見る少女の“切なくも美しい絆”を描いた『ミッドナイトスワン』をご紹介します。
本作は内田英治監督が手掛けました。主演に『黄泉がえり』や『日本沈没』『まく子』などで多才な演技を披露する草彅剛、ヒロインはオーディションで抜擢された期待の新人服部樹咲が務めます。共演には、真飛聖、水川あさみや田口トモロヲなど、個性豊かな実力派俳優陣も揃っています。
トランスジェンダーとして、日々身体と心の葛藤を抱え新宿を舞台に生きる凪沙が、親から愛を注がれずにいた少女を預かることになり、次第に2人の間にひとつの絆が生まれていきます。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。
映画『ミッドナイトスワン』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
内田英治
【音楽】
渋谷慶一郎
【キャスト】
草彅剛、服部樹咲、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
【作品概要】
『ミッドナイトスワン』は、トランスジェンダーとして日々身体と心の葛藤を抱えている凪沙と、親から愛を注がれずに育ちながらもバレエダンサーを夢見る少女・一果の姿を通して、現代の家族愛の形を描く「ラブストーリー」。
本作は『下衆の愛』(2015)の内田英治監督のオリジナル脚本です。主人公・凪沙役に『黄泉がえり』(2003)、『日本沈没』(2006)、『クソ野郎と美しき世界』(2018)、『まく子』(2019)など、出演作多数の草彅剛。オーディションで抜擢された新人の服部樹咲が一果役を演じるほか、水川あさみ、真飛聖、田口トモロヲらが脇を固めます。
映画『ミッドナイトスワン』のあらすじ
故郷・東広島を離れ、トランスジェンダーの悩みを抱えながらひたむきに生きる凪沙(草彅剛)。
新宿のニューハーフショーのステージに立ち、酔客を相手に踊って接待をする毎日です。
ある日、田舎の母親から電話があり、育児放棄にあっていた親戚の中学3年生の少女・一果(服部樹咲)を短期間預かることになりました。
待ち合わせのJR新宿駅前に座り込んでいた一果に近づく背の高いトレンチコートの女・凪沙。
長い髪でサングラスをかけ無遠慮に一果の顔を見て「似てるわね、お母さんに」とつぶやく凪沙と田舎で手渡された写真を、一果はじっと見比べます。
呆然とする一果に背を向けてさっさと速足で歩きだす凪沙。一果は急いで後を追います。
「何してるの。来るの? 来ないの?」。何度目かの声かけの後、凪沙は一果が手にしている写真に気が付き、取り上げると、一瞥して破ってしまいました。
「田舎に余計なこと言ったら、あんた殺すから」。写真には短髪のビジネススーツ姿の凪沙が写っていたのです。
凪沙のアパートについてからも、「どこでも空いているところで寝てね」「部屋は常にきれいにしておくこと」「風呂はあたしの後に入りなさい」などなど、凪沙は一果に同居のルールを話します。
けれども、一果は無言のまま。ただ黙って凪沙を見るだけでした。
このようにして、最低限度の決まりを持って凪沙と一果の共同生活は始まります。
凪沙は身体と心が一致しないトランスジェンダーの悩みを抱えています。自分のことで精一杯で、中学3年生の一果の孤独の中で生きてきた半生までわかってやれません。
一果はそんなとき、ふとしたきっかけでバレエ教室を覗き、その魅力に取りつかれました。
そこで知り合った少女・りん(上野鈴華)の協力のもと、怪しげなアルバイトをして、凪沙に内緒でバレエのレッスンに通い出しました。
次第にバレエの実力も上達していく一果ですが、その頃アルバイト先でトラブルをおこし、保護者である凪沙にバレエのレッスンのことがバレてしまいます。
「一果には才能があるからバレエを続けさせてあげてください」と言うバレエ教室の先生(真飛聖)に、凪沙は「そんなお金ないし、この子は短期間だけここにいるのよ」と言います。
その夜、一果を1人にしたくないと、凪沙は自分の職場であるお店に連れて行きます。
ダンスショーの合間に、音楽に魅せられて1人で踊り出した一果。そのダンスを見て凪沙は圧倒されました。
なんとか一果にバレエを続けさせてやりたい……。
それは凪沙が初めて味わう、相手を愛おしいという気持ちでした。
凪沙の胸に母性ともいうべき気持ちが沸き起こり、生きる希望へと繋がっていきます。
映画『ミッドナイトスワン』の感想と評価
『ミッドナイトスワン』は、トランスジェンダーの凪沙と育児放棄にあって田舎から出てきた少女一果の物語。一見何の共通点もない2人ですが、一果が始めたバレエが2人の距離を縮めていきました。
タイトルに隠された意味
タイトルの『ミッドナイトスワン』は直訳すると真夜中の白鳥。当然のようにバレエ作品の『白鳥の湖』を連想します。
『白鳥の湖』は、魔法によって白鳥になったオデット姫と王子の恋の物語ですが、オデット姫は夜だけ白鳥から本来の人間の姿に戻ることができました。
人目につかない夜に本来の姿に戻るオデット姫は、性自認は女性なのに身体は男性で、裏社会でしか本当の自分になれない凪沙とオーバーラップします。
自分がトランスジェンダーだという事実は、凪沙にとっては子供時代を知る人や親には知られたくない秘密であり、そのために故郷を離れて独りで生活をしていたのです。
凪沙の働く店のメンバーも凪沙と同様の悩みを抱えています。凪沙は、仲間の苦悩を聞いて同調し、自分の身体を恨めしくおもい泣き崩れる毎日でしたが、そこへ一果という存在が加わりました。
日に日に大きく愛しくなるその存在。凪沙は、手料理を作り2人で食卓を囲みます。またある時は、一果の髪の毛を櫛でといてやり、きれいにまとめて、満足げに笑ったりと……。
一果を見つめる凪沙の温かい眼差し。娘のように想い、生きがいともなりつつ様子がスクリーン一杯に映し出されます。
外見と内面の違いに苦しむこのトランスジェンダー凪沙を演じるのは、草彅剛。
美しいものに憧れる乙女心を憂いを含んだ目つきで表現し、一果に対して感じる母親のような気持をはにかんだ笑顔で表すなど、そこには今までにない役者としての草彅剛の姿がありました。
内田監督が彼の演技で一番印象に残っているのは、凪沙と一果が初めて出会う場面だと言います。一果と出会った凪沙が物凄い速足でその場を離れようとするシーンです。
脚本に何も書かれていないのですが、確かに凪沙の心境なら一刻も早くその場を立ち去るだろうなという演技に、監督は「草彅さんが凪沙像を作っている」と思ったそうです。
「凪沙」の心情を理解し、ごく自然に演じている草彅剛に注目です。彼が仲間たちと踊る映画冒頭のショー『白鳥の湖』の『小さい4羽の白鳥』のダンスも必見!
育児放棄された少女の夢
実の母親から育児放棄され、しばらくの間凪沙のもとへあずけられた少女一果。
誰にも心を開く様子のない寡黙な一果は、踊ることによって、次第に笑顔と優しさを取り戻していき、バレリーナになる夢も持つことに。
バレエによって人生が変わるという設定の一果役は、オーディションで抜擢された服部樹咲が務めました。
彼女は全国レベルのバレエの才能を持ち、いくつものコンクールで受賞している実力の持ち主です。
一果役にはバレエの技術は絶対必要ですが、それだけでなく、服部樹咲の持つ目力と存在感が複雑な環境で育った一果にピッタリだったのに違いありません。
感情を表に出さない暗い少女だった一果も、バレエを通じてりんという友人ができます。りんは“お金がわいてくる”家庭の一人娘。その環境の違いに一果は最初戸惑いますが、そんな劣等感もバレエが吹っ飛ばしてくれました。
心を閉ざしたままだった凪沙にも次第に打ち解けていき、ぎこちなくバレエを教えたりします。バレエをすることで一歩ずつ大人に近づいていくようです。
凪沙が『白鳥の湖』のオデット姫とするなら、さしずめ一果はアンデルセン童話の『みにくいアヒルの子』でしょうか。
皆と違う容姿で生まれたアヒルの子は、みにくいために兄弟や親からもいじめられます。「どうして僕はこんなにみにくいのだろう」と泣いたアヒルの子ですが、最後には美しい白鳥となりました。
一果の未来にもこんなサプライズがあって欲しい。そう願わずにはいられません。
まとめ
バレエを通して強い絆で繋がれる凪沙と一果。2人の共通点は、社会から孤立して孤独であったことにあります。
2人の共通点は絆へと徐々に変化し、疑似親子のような感じを受けるほど、2人の絆と愛は強いものとなりました。
そこには世間の常識も普通であるべき親子の姿もありません。本気で子供のことを思っているなら、その気持は自然と相手に伝わるもので、凪沙の母性愛を一果はしっかりと受け止めています。
常識では考えられない母子の愛ですが、それゆえに美しく思えます。そういう意味ではこの作品はまさしく、“孤独な2人が寄り添う、世界で一番美しいラブストーリー”と言えるでしょう。
そして忘れてならないのは、この切ない物語を彩るダンスと音楽です。
音楽は渋谷慶一郎が担当し、一果が踊る『アルレキナーダ』『白鳥の湖』をはじめ、映画の最初から最後まで、頻繁にバレエシーンが用意されています。
未知なる世界にはばたく白鳥を思い起こさせる優雅な舞を、大きな劇場スクリーンでぜひご覧ください。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。