連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第203回
雑音溢れる世の中で生きるわたしたちが抱える問題をえぐり出し、失ってしまった大切なものを取り戻していく人々の姿を、リアルにかつ繊細に映し出す映画『ミッシング』が2024年5月17日(金)に全国公開されます。
想像力を刺激する作品を発表し続ける吉田恵輔監督が、事故で娘を亡くした父親と関係者たちの苦悩や償いを描いた『空白』(2021)から派生する物語を書いた脚本を映画化しました。
愛娘が行方不明になり娘を捜す母親役に石原さとみ、その夫役には青木崇高。2人の娘を捜す姿を取材するテレビ局の記者役を、中村倫也が演じました。
必死で娘を捜す夫婦に襲いかかる、理不尽な出来事の数々……現実社会の弱者に対する冷たさや問題点が伝わってきます。果たして、この夫婦の願いは叶えられるのでしょうか。
映画『ミッシング』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本映画)
【監督・脚本】
吉田恵輔 ※吉田恵輔監督の「よし」は、上部がつち(土)の「よし」
【音楽】
世武裕子
【キャスト】
石原さとみ、青木崇高、森優作、有田麗未、小野花梨、小松和重、細川岳、カトウシンスケ、山本直寛、柳憂怜、美保純、中村倫也
【作品概要】
幼女失踪事件を軸に、失ってしまった大切なものを取り戻していく人々の姿をリアルかつ繊細に描き出す『ミッシング』。
『空白』(2021)『ヒメアノ~ル』(2016)の吉田恵輔監督が、石原さとみを主演に迎えてオリジナル脚本のもと制作しました。
愛する娘の失踪により徐々に心を失くしていく母・沙織里を石原さとみが熱演。沙織里の夫・豊を青木崇高、沙織里の弟・圭吾を森優作、そしてテレビ局の記者・砂田を中村倫也がそれぞれ演じています。
映画『ミッシング』のあらすじ
とある街で起きた幼女の失踪事件。事件発生から3ヶ月が過ぎた中、母親の森下沙織里(石原さとみ)はあらゆる手を尽くして愛娘・美羽を捜しています。
娘の帰りを待ちわびながら、少しずつ世間の関心が薄れていくことに焦る沙織里。冷静な態度で周囲に気を配る夫・豊(青木崇高)の態度に誠意を感じられず、夫婦喧嘩が絶えません。
唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)の取材を通じて、娘の帰りを待ちわびているありのままの姿を公表します。
実は美羽が失踪したのは、沙織里が推しの人気アイドルのライブに行っていた時でした。その際に沙織里は美羽の面倒を自分の弟・圭吾(森優作)に頼みましたが、圭吾と美羽が公園で遊んだ後、美羽が一人で家に帰るまでのわずかな間に彼女は姿を消しました。
その事実が世間に知れると、ネット上では「育児放棄の母」や「弟が犯人ではないか?」といった誹謗中傷が上がるようになりました。世の中の好奇の目や冷たさに晒され続けたことで、沙織里の言動は次第に過剰になっていきます。
一方の記者・砂田も、視聴率を獲得するために、世間の関心を煽るような取材をテレビ局上層部から求められ、自身の信じる報道の本質と葛藤していました。
それでも沙織里は「娘に会いたい」という一心で、世の中にすがり続け……。
映画『ミッシング』の感想と評価
事件を通して見える父母の役割
タイトル『ミッシング』には「見つからない」「紛失している」「行方不明で」「行方不明者たち」という意味があります。本作は、失踪した娘を懸命に捜す父母の物語ですから、観客にもストレートに伝わるタイトルなのではないでしょうか。
石原さとみが迫真の演技で娘を案ずる母親を演じています。娘の情報を得るために、報道番組を流してもらい、取材に協力しない弟を殴ったりもしました。
また、誹謗中傷の書き込みが溢れるネットも「娘の情報があるかもしれないから」と見ることをやめようとはしません。何か手がかりがないかと、縋りつくように小さな情報でも得ようとしています。
感情的に動き回る母・沙織里に対し、父・豊は一見とても落ち着いて見えます。沙織里が話す情報の一つひとつをよく聞き、物事を冷静に判断しようとします。他人事のように何ごとにも対処する豊が佐緒里にはじれったく、夫婦喧嘩は絶えません。
ですが、豊はそんなに冷たい父親ではありません。娘の美羽と同い年ぐらいの幼女を連れて楽しそうな家族を見かけた豊。真っ赤になった眼を潤ませて、両手の握りこぶしを振るわせます。
豊は娘がいなくなった事実を噛みしめ、悲しみをこらえて、感情をむき出しにする沙織里を抑える側に回っているのです。
典型的な父親と母親像がここに見られます。石原さとみが母・沙織里を熱演すれば、父親役の青木崇高は、すべてを受け止めて家族を庇護する一家の主になりきっていました。
幼女失踪事件の報道の在り方
本作では、まずネットでの娘を探す両親の誹謗中傷問題が浮かび上がってきます。「娘がいなくなったのは、母親である自分の責任なのか?」と、自責の念にかられる沙織里は神経をすり減らしながらも、テレビ局の報道という手段によって娘を捜し続けます。
テレビ局記者の砂田は、そんな森下一家を身近で取材して娘の美羽の情報収集に協力します。ですが、報道は視聴力を上げるためによりプライバシーに踏み入った情報を流す例もあります。
それが事件の関係者の傷口に塩を塗るようなことだったとしても、「真実を伝える」という使命を全うしようとする報道。
どこまで真実を伝えればよいのか。どんな報道の仕方がよいのかと、報道が持つ疑問点が浮かび上がります。
本作からは、失踪した幼女の両親の深い悲しみと怒り、事件が解決しないじれったさ、それに伴う社会の歪んだ問題点がひしひしと伝わって来ることでしょう。
まとめ
吉田監督が自身が手がけた『空白』(2021)から派生する物語として書き始めた脚本が、映画『ミッシング』です。
監督は、石原さとみが演じる失踪した愛娘を探す母親の姿を通して、現代社会に蠢くさまざまな問題を提起しました。
娘を捜しているだけなのに、誹謗中傷されるネット社会の恐怖。さらに、感情を抑えきれずに壊れていく沙織里に反し、悲しみを押し殺して通常通りの生活をしているように見える豊からは、はっきりと父親母親の役割と家庭における確執が見えてきます。
そして、事件を取り扱うテレビ局の真意。報道は真実を伝えるものですが、その結果は時としてとんでもない悲劇を招くことにもなります。
逃げ場のない迷路に迷い込んだかのような人々が、それでも自分の出来ることを懸命にやろうとする姿からは、明るい希望も見れることでしょう。
感情を爆発させる沙織里をなりふり構わずに演じた石原さとみの熱演から、とても感慨深い作品となっています。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。