連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第176回
第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され独立賞5部門を受賞した、イタリアのジャンニ・アメリオ監督が手がけた映画『蟻の王』。
本作は2023年11月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開を迎えます。
映画『蟻の王』は、同性愛者の存在すら認められなかった時代の史実「ブライバンティ事件」にインスパイアされた物語を描き出します。
蟻の生態学者アルド・ブライバンティ役には『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』(2018)などのルイジ・ロ・カーショ。アルドと恋に落ちる青年エットレ役を、ルーキーのレオナルド・マルテーゼが務めました。
史実に基づく、禁じられた愛の行方の物語をご紹介します。
映画『蟻の王』の作品情報
【日本公開】
2023年(イタリア映画)
【原題】
Il signore delle formiche
【監督】
ジャンニ・アメリオ
【脚本】
ジャンニ・アメリオ、エドアルド・ペティ、フェデリコ・ファバ
【キャスト】
ルイジ・ロ・カーショ、エリオ・ジェルマーノ、レオナルド・マルテーゼ、サラ・セラヨッコ
【作品概要】
実在した詩人・劇作家であり、蟻の生態学者としても知られているアルド・ブライバンティとその教え子をめぐる史実「ブライバンティ事件」を誘引とし、“人間の尊厳”を問い直した映画『蟻の王』。
本作を手がけたのは、ヨーロッパを代表する映画監督ジャンニ・アメリオ。アルドを演じたのは、イタリア映画界が誇る名優ルイジ・ロ・カーショ。本作が映画デビューの新星レオナルド・マルテーゼが青年エットレを演じ、ヴェネチア国際映画祭では独立賞で新人賞2冠を受賞しました。
映画『蟻の王』のあらすじ
1959年の春。イタリア・ポー川南部の街ピアチェンツァには、詩人で劇作家、そして蟻の生態研究者でもあるアルド(ルイジ・ロ・カーショ)が住んでいます。
「この国に“同性愛者”はいない」とされていた、過酷な時代のこと。“同性愛者”との噂があるアルドは、一部の人からは要注意人物とされていました。
彼は、教え子の若者エットレ(レオナルド・マルテーゼ)と恋に落ち、ローマに出てともに暮らし始めます。
しかし、以前からエットレに「アルドに近づかないように」と注意をしていた彼の家族は、2人が住むアパートを見つけて、エットレを連れ帰ります。
その後、アルドは“教唆罪”に問われ逮捕。エットレは同性愛の“治療”を受けさせられるため、矯正施設へと送られました。
世間の好奇の目に晒されながら、アルドの裁判が始まります。新聞記者エンニオ(エリオ・ジェルマーノ)は熱心にその事件の取材を重ね、不寛容な社会に不満の声を上げるのですが……。
映画『蟻の王』の感想と評価
映画『蟻の王』は、実際に起こった「ブライバンティ事件」を基にしています。
ファシスト政権下のイタリアにおいて“同性愛者”は存在すら認められず、それを禁ずる法律はありませんでした。ですが、その一方で“教唆罪”という犯罪が成立します。
1968年に詩人・劇作家のアルド・ブライバンティは、若者をそそのかした“教唆”の罪に初めて問われて逮捕され、裁判にかけられました。これに、小説家や映画監督ら芸術家たちが強く反対し、世に激しい議論が巻き起こったのが、のちに「ブライバンティ事件」と呼ばれた出来事です。
蟻を愛する生態学者でもあったアルドが心惹かれた相手は、自分の言葉を真っ直ぐに信じる青年エットレでした。
幸せそうな2人の姿を描く一方で、息子が同性愛者と知った時のアルドとエットレの母たちの苦悩も対照的に描かれています。当事者家族の相手への憎しみもヒートアップし、当時の社会に存在すら“否認”される恋の過酷さも思い知らされます。
またアルドが受けた裁判では、「アルドの性趣向の犠牲者」と告白する者が何人も現れ「年上の教授からの誘いだったから断れなかった」と法廷で証言。裁判がさらに揺れ動く中で、矯正施設での“治療”を受けた後、呆然とした様子で法廷に現れたエットレの証言が、裁判の行方を左右させることになります。
苦しくてもつらくても、自分の気持ちに正直になろうとするエットレを、本作で映画デビューを飾る新星レオナルド・マルテーゼが、哀しみを込めながらも雄々しく演じていますので、お見逃しのないように。
まとめ
‟同性愛”と蔑まれながらも、互いに惹かれ愛し合うアルドとエットレの史実に基づく愛の物語『蟻の王』をご紹介しました。
当時の社会が許さない禁じられた愛を貫こうとするアルドとエットレ。
“教唆罪”に問われ逮捕されたアルドは、法廷で裁かれます。自分の気持ちを正直に語るエットレもまた、治療施設で頭を壊されるようなつらい治療を施されます。
果たして彼らの行いは、罪に値するものなのでしょうか。恋に落ちた者同士でも、それは罪に問われるのかと疑問が残ります。
アルドが愛してやまない蟻の世界のルールも作品内ではたびたび登場し、タイトルに込められた意味を考えさせられることでしょう。
映画『蟻の王』は2023年11月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。