連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第118回
『七人樂隊』は、香港で活躍する7人の監督が1950年代から未来まで、さまざまな年代の香港をつづった7作で構成されたオムニバス。
プロデュースは監督も兼任したジョニー・トーが務め、他にサモ・ハン、アン・ホイ、パトリック・タム、ユエン・ウーピン、リンゴ・ラム、ツイ・ハークといった名匠が映画を取りまとめています。
本作は、2020年・第73回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション作品。日本では同年の第21回東京フィルメックスの特別招待作品として上映され、観客賞を受賞(映画祭上映時タイトル『七人楽隊』)。
7作全てがフィルム時代に敬意を表し、全編35ミリフィルムで撮影され、香港を代表する7人の監督による“香港七重奏”が映し出されます。
実力派ぞろいのベテランとフレッシュな若手が入り混じったキャストたちも魅力的です。
『七人樂隊』は2022年10月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
香港の魅力たっぷりの『七人樂隊』をそれぞれ1作ずつご紹介します。
CONTENTS
映画『七人樂隊』の作品情報
【日本公開】
2022年(香港映画)
【英題】
Septet: The Story of Hong Kong
【監督】
サモ・ハン(洪金寶)、 アン・ホイ(許鞍華)、パトリック・タム(譚家明)、ユエン・ウーピン(袁和平)、 ジョニー・トー(杜琪峯)、リンゴ・ラム( 林嶺東)、 ツイ・ハーク(徐克)
【出演】
ティミー・ハン(洪天明)、フランシス・ン(吳鎭宇)、サイア・マ(馬賽)、ジェニファー・ユー(余香凝)、イアン・ゴウ(吳澋滔)、ユン・ワー(元華)、アシュリー・ラム(林愷鈴)、ン・ウィンシー(伍詠詩)、トニー・ウー(胡子彤)、エリック・ツイ(徐浩昌)、サイモン・ヤム(任達華)、ミミ・コン(龔慈恩)、ロイス・ラム(林宇軒)、チュン・キンファイ(鍾景輝)、チョン・タッミン(張達明)、チョン・カムチン(張錦程)、ラム・シュ(林雪)、ローレンス・ラウ(劉國昌)
【作品概要】
映画『七人樂隊』は、製作を兼任したジョニー・トーの呼びかけにより、長らく香港映画界を牽引してきた7人の名匠が集結して作り上げました。
それぞれ固有の作風で世界的な注目を集める監督たちが、1950年代から未来までを背景に撮り上げた7つの短編です。
独立したストーリーでありながら時空を超えてエモーショナルに響き合い、魅惑的な“Septet(七重奏)”というべき作品となっています。
映画『七人樂隊』#01『稽古』
【脚本・監督】
サモ・ハン(洪金寶)
【脚本】
アウ・キンイー(歐健兒)
【出演】
ティミー・ハン(洪天明)
【あらすじ】
1950年代。ある建物の屋上で、戯劇学校に入門した大勢の少年少女がカンフーの稽古に励んでいます。しかし師匠(ティミー・ハン)の厳しい指導に耐えかねた彼らは、師匠の目を盗んで逆立ちの稽古をサボっていました。
そんなある日、見張り役の少女がうっかり居眠りしたため、サボっていたところを師匠に見つかりました。大目玉を食った兄弟子のサモは、椅子の上での逆立ちを命じられます。
成功に近道はない。この日、師匠から与えられた罰は、サモにとって生涯忘れられない教訓となりました。
【見どころポイント】
カンフーマスター、サモ・ハンが修業時代の自伝的エピソードを紡ぎ上げた『稽古』。
戯劇学校の稽古の様子が冒頭から順次映し出されます。逆立ち、バック転、前方宙返りなどなど。身体を使ってアクロバットをする少年少女の逞しさと機敏な動作に目が奪われることでしょう。
厳しい練習についつい音をあげたり、さぼりたくなる気持ちはどこの国でも同じです。
監督の少年時代の思い出がほろ苦く描かれています。
映画『七人樂隊』#02『校長先生』
【監督】
アン・ホイ(許鞍華)
【脚本】
ロウ・シウワー(呂筱華)
【出演】
フランシス・ン(吳鎭宇)、サイア・マ(馬賽)
【あらすじ】
1960年代。とある小学校では教育に人生を捧げた校長先生(フランシス・ン)のもと、若い教師たちが誠実に日々の職務に取り組んでいました。
とりわけ英語を教えるウォン先生(サイア・マ)は、子供たちに分け隔てなく接し、クラスの悪ガキ3人組も優しいウォン先生のことが大好きでした。
時は流れて2001年。年老いた校長先生の誕生日を祝うため、今では中年になった教え子たちが同窓会を催しました。
小学校時代の思い出話に花が咲くなか、ウォン先生の話題が持ち上がります。当時から心臓の持病を抱えていたウォン先生は体調を崩し、若くして未婚のままこの世を去ったといいます。
後日、校長先生のもとにかつての悪ガキ3人組のひとりから電話がかかってきて……。
【見どころポイント】
教師と教え子たちの絆を人情味豊かに描いた『校長先生』は、『女人、四十。』(1995)『桃(タオ)さんのしあわせ』(2011)のアン・ホイが手がけました。
どこか日本と同じような雰囲気を漂わせる、香港の小学校。悪ガキトリオがいたり、身長差のあるさまざまな小学生たちに親近感がわきます。
そして、大人になってからの同窓会で思い出話に花が咲く様子はとても微笑ましいものです。
時は1960年代。世界中に人情味ある学校の先生がたくさんいた時代だったのかも知れません。
映画『七人樂隊』#03『別れの夜』
【脚本・監督】
パトリック・タム(譚家明)
【脚本】
メルヴィン・ロック( 陸渺回)、
【出演】
ジェニファー・ユー(余香凝)、イアン・ゴウ(吳澋滔)
【あらすじ】
1980年代。高校生のガンフェイ(ジェニファー・ユー)とカーラム(イアン・ゴウ)が恋に落ちました。
しかしガンフェイの一家がイギリスに移り住むことが決まり、カーラムは失意のどん底に突き落とされる。それ以来、カーラムはガンフェイの前から姿を眩ました。
旅立ちの前日、ガンフェイに呼び出されたカーラムは、複雑な思いに駆られながら彼女の自宅を訪れます。
ガンフェイは「私のことが嫌いになったの?」と問い詰めますが、彼女との別れがつらいカーラムは言葉に詰まります。
互いに離れたくない気持ちは一緒ですが、現実はままなりません。やがて切ない思いを高ぶらせたガンフェイは、衝動的に屋上へと駆け上がり……。
【見どころポイント】
ウォン・カーウァイ作品『欲望の翼』(1990)『楽園の瑕』(1994)の編集マンとしても知られるパトリック・タムによる刹那的な青春ロマンス。
イギリスの統治のもと、自由主義の教育を受けた主人公たちですが、ロマンスに国境や政治的背景はありません。
あるのは、青春期特有の相手への思いと誤解。ハイティーンの主人公たちのゆらめく恋心をとっくりとご覧ください。
映画『七人樂隊』#04『回帰』
【脚本・監督】
ユエン・ウーピン(袁和平)
【出演】
ユン・ワー(元華)、アシュリー・ラム(林愷鈴)
【あらすじ】
イギリスから中国への香港返還を前にした1997年。古めかしい集合住宅で暮らしながらカンフーの鍛錬に励むお爺ちゃん(ユン・ワー)。
そんな彼の息子一家のカナダ移住が決まり、高校生の孫娘チュー(アシュリー・ラム)を一時的に預かることになりました。
お爺ちゃんはいくつものぬいぐるみと伝統的な手料理でかわいい孫娘を迎え入れるが、ハンバーガーと即席麺が好きな現代っ子のチューとのやりとりは噛み合いません。
翌朝、チューは登校途中の路上でチンピラに絡まれます。すると、そこに駆けつけたお爺ちゃんが得意のカンフーでチンピラどもをノックアウト。
それから孫娘はお爺ちゃんに英語を教え、お爺ちゃんは孫娘にカンフーを教え、2人は世代の違いを超えた愛おしい時間を過ごしました。
【見どころポイント】
2022年に製作20周年を迎えた『マトリックス』(1999)の革新的なアクション表現に多大な貢献をした監督ユエン・ウーピン。
本作では、アクションものとはガラリと趣向を変え、老人と孫娘の交流を温かく紡ぎ上げています。
主人公の祖父がカンフー名人という設定も、監督がユエン・ウーピンですから頷けます。そして、かわいい孫娘は語学が達者で祖父に英語を教えてくれます。
お互いに得意なモノを教え合うという、微笑ましい満ち足りた時間。心温まる祖父と孫娘の交流にやすらぎも覚える作品です。
映画『七人樂隊』#05『ぼろ儲け』
【脚本・監督】
ジョニー・トー(杜琪峯)
【脚本】
ヤウ・ナイホイ(游乃海)
【出演】
ン・ウィンシー(伍詠詩)、トニー・ウー(胡子彤)、エリック・ツイ(徐浩昌)
【あらすじ】
2000年。とある食堂で、投資で大儲けを狙う若い男女3人(ン・ウィンシー、トニー・ウー、エリック・ツイ)が話し合っていました。
しかし性格の異なる3人の意見はまとまらず、その間に目をつけていたIT企業の株価はどんどん騰がってしまいます。
2003年。ガラガラの食堂に集った3人は、不動産投資でひと儲けをもくろんでいました。
不動産業者は値下がり中の物件をしきりに勧めますが、テレビがSARSウイルス流行のニュースを伝えると、不安に駆られた3人は購入をためらうことに。
2007年。相変わらず投資話に熱中している3人は、中国本土との株式直接取引が始まれば香港市場が暴騰すると見込んでいます。
食堂でカレーとビーフンを注文した3人は、ついに株の買い注文に踏みきのですが……。
【見どころポイント】
アクション・ノワールの巨匠ジョニー・トーが、投資での成功を夢見る市民をコミカルに風刺した本作。
時代設定は2000年から2007年となっており、香港の経済界も現代に近いものになっています。
一攫千金を狙う市民は、日本に限らず香港にもいました。
SARSウイルスの流行など不運なできごとも体験しながら、めげずに投資成功の夢を追う姿に笑いを誘われることでしょう。
映画『七人樂隊』#06『道に迷う』
【脚本・監督】
リンゴ・ラム(林嶺東)
【出演】
サイモン・ヤム(任達華)、ミミ・コン(龔慈恩)、ロイス・ラム(林宇軒)、チュン・キンファイ(鍾景輝)
【あらすじ】
2018年。正月を香港で過ごそうと里帰りし、妻子と待ち合わせのため、香港の中心部にやってきた中年男(サイモン・ヤム)。
ところが彼がよく知る皇后劇院(クイーンズシアター)はとっくの昔に商業ビルに建て替えられ、大会堂(シティホール)も見つからず、なかなか待ち合わせ場所にたどりつけません。
ビルのベンチでの休憩中、生前の父親との思い出が脳裏をよぎった男は、警備員に「ここは禁煙だ」と注意されました。
やがて息子がスマホに送ってきた地図を頼りに再び歩き始めた男は、ついに大通りの向こう側にいる妻と息子の姿を見つけたのですが……。
【見どころポイント】
1990年代にジョン・ウーに続いてハリウッド進出を果たしたリンゴ・ラムの『道に迷う』。
惜しくもラム監督の遺作となった本作は、変わりゆく香港の街並みをひとりの中年男の心象風景に重ね合わせた感動作となっています。
昔の面影を残しながらも進化を遂げている香港の街を目の当たりにして、中年男は何を思うのでしょう。
覚えている建物は無くなり、まるで別世界に来たような感じを受けた男の胸の内を切なく描き出す本作。
鑑賞後は、自分の生まれ故郷への懐古の気持ちが湧いてくること間違いないです。
映画『七人樂隊』#07『深い会話』
【脚本・監督】
ツイ・ハーク(徐克)
【脚本】
ロイ・シートウ(司徒慧焯)
【出演】
チョン・タッミン(張達明)、チョン・カムチン(張錦程)、ラム・シュ(林雪)、ローレンス・ラウ(劉國昌)
【あらすじ】
未来。ある精神科病院の真っ白な部屋で、医師チョン(チョン・カムチン)と患者チョン(チョン・タッミン)が対峙していています。
医師が「質問には3秒以内に回答するように。最初の質問は……」と切り出すと、患者は先回りして「アン・ホイ」と答えます。
患者は明らかに男性だったが、「お前は誰なんだ?」と問う医師をあざ笑うかのように「マギー・チャン」「じゃあジョニー・トー」などと珍妙な返答を連発します。
そんな医師チョンと患者チョンのやりとりを、隣の部屋にいる別のふたりの男性(ローレンス・ラウ、ラム・シュ)がガラス越しに観察しています。
はたして本当は、誰が医師で、誰が患者なのか……。
【見どころポイント】
7作目となる最終話『深い会話』は、“香港のスピルバーグ”として名を馳せたツイ・ハークの、精神科医と患者の対話が予測不能にねじれていく不条理コメディ。
医学の発達が予想される未来では、精神科でもさまざな治療が実験されていました。
本作でも治療の一環として、まるで医師と患者が入れ替わるような質疑応答の茶番劇が始まります。
誰が本当の医師で誰が患者なのか。最後まで分からず仕舞いで、ミステリーのようなドキドキ感も用意されています。
映画『七人樂隊』の感想と評価
香港が誇る7人の映画監督が集結して作り上げたオムニバス作品『七人樂隊』。
タイトルが示すように、監督たちが思い描く故郷「香港」を音楽隊が奏でるかのように描いた作品となりました。
『稽古』と『校長先生』は、学びの場が舞台。
『稽古』の厳しい稽古に怠け心が顔を出して師匠から叱られるというほろ苦い思い出に対して、『校長先生』は定年になった元校長先生と小学校時代の生徒たちとの触れ合いを描いています。
真逆の体験なのですが、そこから伝わってくるのは、人から人への相手を思いやる気持ちでした。
『回帰』と『道に迷う』では家族の繋がりが描かれています。祖父と孫、夫と妻。世代を超えて紡がれる温かな繋がりが当時の香港の街の様子とともに映し出されます。
昔と今ですっかり変わった街の様子に戸惑う『道に迷う』の主人公を通して、現代の香港の美しい街並みや風景を映像に取り入れているのもお見逃しなく。
そして、恋人たちのラブロマンスの『別れの夜』、シビアな投資の現実物語『ぼろ儲け』、それから未来の医療世界を覗く『深い会話』。
ストーリーのもととなるテーマを取り上げて、それぞれが別々の話として完成している7つの作品に、見え隠れしながらも一貫して存在しているのは、監督たちが持っている‟香港への愛”でした。
本作は、個性あふれる実力派の監督たちが、それぞれにお得意の手法で魅せる香港愛をじっくりと鑑賞できるという、とても贅沢な作品となっています。
まとめ
香港映画『七人樂隊』をご紹介しました。
香港で活躍する7人の監督が、格別なノスタルジーをこめ、腕によりをかけて映像化した7つの物語。
監督たちのそれぞれの香港への思いが随所に込められたオムニバス作品です。
デジタルカメラが主流の現代にあえて35mmフィルムでの撮影を行い、過ぎ去りし“フィルムの時代”へのリスペクトも見事に表明しています。
1作めの『稽古』から7作めの『深い会話』まで、短編映画1作ごとに各時代を特徴づける風景、音楽、ファッションが配されているのも見逃せません。
過去の香港から未来の香港へ。映像からほとぼしる監督たちの香港愛が観る者を魅了します。
『七人樂隊』は2022年10月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開されます。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。