2019年8月23日(金)より、キネカ大森ほかで開催される「第6回夏のホラー秘宝まつり2019」。
日本映画界夏恒例のホラー作品上映イベント「夏のホラー秘宝まつり」。今年は6本の新作映画と、2本の旧作洋画が上映されます。
旧作リバイバル上映作品に選ばれ、このコラムで紹介する最後の作品が、ジョージ・A・ロメロ監督作品、『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』です。
低予算映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を製作、その大ヒットで、現在世界に広く知られているゾンビ像を確立し、「ゾンビ映画の先駆者」「マスター・オブ・ホラー」「カルト映画の鬼才」と呼ばれ、死後も敬意を集めているジョージ・A・ロメロ監督。
その彼の初期の作品の1つは、今やホラー映画の定番、感染パニック映画の元祖となる映画でした。
ホラー映画の巨匠が若き日に手掛けた作品が、今年の「夏のホラー秘宝まつり」で甦ります。
【連載コラム】「夏のホラー秘宝まつり:完全絶叫2019」記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』の作品情報
【製作】
1973年(アメリカ映画)
【原題】
The Crazies / The Crazies Code Name:TRIXI
【監督・脚本】
ジョージ・A・ロメロ
【出演】
W・G・マクミラン、レイン・キャロル、ハロルド・ウェイン・ジョーンズ、ロイド・ホーラー、リン・ローリー
【作品概要】
ジョージ・A・ロメロ監督の長編映画第4作目となる、セミ・ドキュメントタッチで描かれたパニック・ホラームービー。
出演者の1人は、70年代ホラー映画のスクリーム・クイーンとして有名なリン・ローリー。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のゾンビ役で有名なビル・ハインツマン、ジョージ・A・ロメロ自身も出演しています。
細菌兵器の感染が拡大する中、脱出を試みる生存者と、事態を掌握しようとする軍人、そして感染の末狂人と化した人々が、三つどもえの争いを繰り広げます。
映画『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』のあらすじ
アメリカの田舎町、エバンズ・シティに住む幼い兄妹は、ベットの上に殺害された母親の姿と、そして家に火を放つ父親の姿を目撃します。
火災を知らせるサイレンで目覚めた消防士のデヴィッド(W・G・マクミラン)と、その恋人で看護婦のジュディ(レイン・キャロル)。それぞれ消防署と病院に向かった2人。
そのころ事態に対処するよう命じられたペッケム大佐(ロイド・ホーラー)は、エバンズ・シティに向け出発します。
デヴィッドは同僚で、共にベトナムで戦った経験を持つクランク(ハロルド・ウェイン・ジョーンズ)と、火災現場に向かう。そこには家に火を放った父親が、狂ったように叫んでいました。
到着すると、ジュディはガスマスクと防護服を付けた兵士の姿が、病院中に溢れている光景を目撃します。感染症が広がり、間もなく町は隔離されるとジュディに説明する医師。彼は身重の彼女を案じ、密かに町からの脱出をすすめます。
極秘に開発された細菌兵器を積んだ輸送機が、エバンズ・シティの水源地に墜落、それを原因とする感染症が広がっていました。細菌兵器に感染したものは凶暴化し、やがて死んでゆくのです。
軍は事態を掌握しようと町の隔離を決定、戒厳令を発令します。万一の事態に備え、爆撃機が上空に待機する中、軍は行動を開始しますが、情報が錯綜し混乱したまま動き出す事になります。
家に押し入り、住人の収容を開始した隔離部隊。デヴィッドとジュディとクランクも捕まり、軍の車両に乗せられますが、そこには父と共に捕えられたキャシー(リン・ローリー)の姿もありました。
デヴィッドとクランクは隙を見て兵士を襲い、脱出に成功します。こうして隔離部隊から追われる身となった、デヴィッドたち一行。
到着したペッケム大佐は事態を収めようと、科学者はワクチンを開発しようと努力しますが、上層部からは的確な指示も、支援も得られない状態が続きます。
やがて軍のやり方に反発した、そして感染し凶暴化した住人たちが、次々兵士を襲い始めます。対する兵士の行動も過激化し、事態は混迷を深めていきます。
はたしてデヴィッドたちは脱出に成功するのか、そして細菌兵器による感染症の拡大は、無事制圧されるのか…。
映画『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』の感想と評価
ジョージ・A・ロメロの隠れた問題作
1968年『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を発表し、大成功を収めたジョージ・A・ロメロ。その次回作である、世界にゾンビブームを巻き起こした映画『ゾンビ』を、1978年に発表するまでの間に、何本かの映画を手がけています。
その映画の1つが1973年に製作された、『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』です。日本では1979年のテレビ放送が最初のお披露目でした。
その際は1977年に公開された、細菌兵器パニック映画『カサンドラ・クロス』にあやかり、『第2のカサンドラクロス事件!? 細菌兵器に襲われた街』のタイトルで放送されました。
細菌兵器が事故で流出、その対応に動く軍と混乱に巻き込まれた人々の姿を、セミドキュメント風の描写を交えて描いた力作です。
そして本作は2010年に、ロメロが製作総指揮を務めた映画、『クレイジーズ』としてリメイクされてました。
参考映像:『クレイジーズ』予告編(2010年日本公開)
しかしこの作品は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と『ゾンビ』の間にある、ロメロの最も低迷した時期の作品、ロメロ監督作で無ければ忘れられた作品、と長らく評されていました。
人生の過酷な時期に作られた作品
厳しい評価を受けていたこの作品を、改めて詳細に振り返ってみましょう。
当時ロメロは、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以降手掛けた作品が、興行的に振るわなかっただけでなく、個人的にも不幸な時期にありました。
『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』の製作に向け、新たな人物をプロデューサーに雇ったところ、自身のプロダクションに内紛が発生します。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以来の盟友、ジョン・A・ルッソ(『ナイト~』脚本)と、ラッセル・ストライナー(『ナイト~』製作)との関係は、互いに弁護士を雇って争うまでに悪化します。
こうして古くから映画を作っていた仲間、同時に多くを語り合えた友人でもあった2人と、決別する事になったロメロ。この時期の事を多く語っていないのは、こういった事情もありました。
友人と別れ、新たなパートナーと映画を作る事になったロメロ。提案された脚本は、細菌兵器の流出と、それを封じ込めようとする軍の活動を書いたものでした。
ロメロは自らその脚本を書き直し、こうして準備された作品が『ザ・クレイジーズ』でした。
軍や政府への不信の露わにした作品
苦難の中スタートした作品ですが、従来のロメロ作品より巨額の製作費、27万5千ドルを集める事に成功します。それでも一般的な映画の製作費に比べると、はるかに低予算ですが。
こうして今までにない規模の作品を、手がけるチャンスを得たロメロ。その作品は彼らしい、社会的メッセージを持ったものになります。
1973年初頭に撮影が始まった『ザ・クレイジーズ』。その時代背景を思い浮かべましょう。
同年1月末にニクソン大統領は、ベトナム戦争の終結を宣言。縮小された米軍は3月末には完全撤退する事になります。
しかし前年の6月にウォーターゲート事件が発生。直後から映画『大統領の陰謀』でお馴染み、ボブ・ウッドワード記者と、カール・バーンスタイン記者による調査報道が始まります。1973年2月には上院特別調査委員会が公聴会を開始します。
ロメロならずとも、米国民の政治不信は徐々に高まっている時期でした。
劇中の軍組織に対する描写、そして状況をコントロールできない政府への不信は、この時代を背景にしたものです。
映画に登場する軍人は、防毒マスクと防護服に身を包んだ無個性な存在。しかし1人1人の素顔は小市民。そんな彼らも権力を手にし、暴力を振るう状況に慣れると、隔離作業に便乗して略奪を働き、平然と残虐な行為を振るう様になります。
ベトナムの最前線の様子を把握しないまま、本国で物事を進めた政府の様に、『ザ・クレイジーズ』に登場する上層部は、空虚な議論を繰り返すばかり。大統領(ニクソン?)は後ろ頭だけ見せて登場、やはりロクな事を言いません。
そして軍に抗議するあまり、町の神父は有名なベトナムの僧侶のように、焼身自殺を図ります。実にストレートなメッセージを持つシーンです。
そして軍に不信感を露わにし、抵抗する住人たち。ここまで堂々と権力に逆らっていいんでしょうか?大丈夫、彼らは細菌兵器で「狂っている」から、何をやろうと問題ありません。
殺伐たる描写の数々は、ロメロの政治不信の表れでしょうか。それとも友を失い、荒んだ心情の吐露でしょうか。
間違いなくジョージ・A・ロメロの系譜に中にある作品
同時にこの映画は以前の、そしてこれからのロメロ映画の系譜に連なる作品です。
現地の指揮官、ペッケム大佐を演じるロイド・ホーラーは黒人。黒人に重要な役を与える姿勢は変わりません。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の主人公の黒人、ベンは勇敢に戦い、悲劇的に死ぬ犠牲者です。一方ペッケム大佐は官僚主義の犠牲者ですが、生き残る事ができます。この黒人登場人物の役柄は、『ゾンビ』ではさらに発展します。
主人公2人組、ベトナム帰りの消防士デヴィッドとクランクが、敵と戦いながら脱出を図る姿は『ゾンビ』のSWAT隊員2人組、ピーターとロジャーの原型と見る事が出来ます。
『ゾンビ』と言えば『ザ・クレイジーズ』の、収容・隔離された住民がウィルスに感染し、集団でうごめく姿は、ショッピングモールに溢れたゾンビそのものです(声を出し激しく動きますが)。
この映画で描いた感染者の群れが、『ゾンビ』へと発展した事は間違いありません。
そして事態の収拾に、軍人と科学者が責任を負う設定、そして特異な状況で軍の横暴な態度への反発は、『死霊のえじき』の原型と言えます。
ロメロ自身も『ザ・クレイジーズ』のアイデアが、『死霊のえじき』に生きていると、インタビューで認めています。
まとめ
様々な困難を経て、監督が様々な思いが込めて、ようやく完成した『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』。しかし興行的には振るわず、製作費の回収すら叶いません。ジョージ・A・ロメロは、将にキャリアの底辺を迎えました。
しかし紹介した通り、この作品は後の『ゾンビ』『死霊のえじき』の原点となる作品。ファンは見逃す事は出来ません。
混沌とする現場から、政府上層部までの様々な姿を、幅広くセミドキュメントで描く試みは、結果として冗長な映画を生む事になりました。
この経験を生かして作られた『ゾンビ』は、終末の世界の描写を主人公の周囲に絞り、セミドキュメント調の演出は、アクションシーンに緊迫感を与える事に成功しています。将に『ゾンビ』の習作と呼べる作品です。
実はロメロたちは、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の成功の後、映画のどの分野で活躍すべきか迷っていました。当時低予算ホラー映画は、ポルノ的な存在として扱われていました。若きロメロたちが将来を思い悩むのも、無理はありません。
おそらくジョージ・A・ロメロは、友と別れるきっかけとなり、興行的に失敗したこの作品をバネにする事で、ホラー映画製作の道を突き進むことが出来たのでしょう。
参考映像:「Magic At the Roxy 」(1976) マジックショー番組。最後のクレジットに、ロメロの名があります(George Romero名義)
この後ロメロは、幾つかの仕事(O.Jシンプソンのドキュメンタリー番組に、TVのマジックショー番組)を経て、1977年に『マーティン 呪われた吸血少年』を、そして翌1978年に『ゾンビ』を発表します。
「マスター・オブ・ホラー」の夜明けは、こうしてやって来たのでした。
映画『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』は2019年8月23日(金)より、キネカ大森ほかで開催される「夏のホラー秘宝まつり2019」にて上映、12月11日Blu-ray&DVDリリース!