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Entry 2019/01/26
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クシシュトフ・キェシロフスキ【トリコロール三部作】感想と内容解説。映画という夢の世界からの呼びかけ|偏愛洋画劇場19

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

今回の連載でご紹介するのは、クシシュトフ・キェシロフスキ監督による「トリコロール三部作」です。

『トリコロール/青の愛』の予告

フランスの国旗トリコロールをモチーフに、『青の愛』『白の愛』『赤の愛』それぞれ3つの色が持つ意味に沿って展開される、美しくダイナミックなストーリー。

「トリコロール」シリーズの作品が内包するある大きなテーマについて考察していきます。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

『トリコロール/青の愛』の作品情報

【公開】
1994年(ポーランド・フランス・スイス合作映画)

【原題】
Trois couleurs: Bleu

【脚本・監督・製作】
クシシュトフ・キエシロフスキ

【キャスト】
エレーヌ・バンサン、ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・レジャン

【作品概要】
ポーランドの巨星クシシュトフ・キエシロフスキ監督による、「青、白、赤」のフランス国旗をモチーフにした「トリコロール三部作」の第1作。

自動車事故で最愛の夫と娘を失ったジュリーは、すべてを引き払いパリでの生活を始める。静かな日々を過ごすジュリーは、音楽家であった亡き夫に愛人がいたことを知る。ジュリーを演じるのは、のジュリエット・ビノシュ。

「トリコロール」の第1作目は『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)『ショコラ』(2001)などで知られるジュリエット・ビノシュ主演の『トリコロール/青の愛』。

『トリコロール/青の愛』のあらすじ

著名な作曲家の夫と幼い娘を交通事故で一度に亡くし、自らも重傷を負った女性ジュリー。

のこされた彼女は邸宅もと家財道具も、夫が遺した未完の楽譜も処分してしまいます。

引っ越した先で新たな人間模様に巻き込まれますが、あくまでも静かな生活を保ち続けるジュリー。

しかしそんなある日、処分したはずの未完の楽譜の写しを夫の同僚オリヴィエが持っており、彼がその協奏曲を完成させようとしているのを知ります。さらにジュリーは夫に愛人がいたことも知り…。

『トリコロール/青の愛』の作品解説

本作は第50回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、女優賞、撮影賞を受賞。また第19回セザール賞では主演女優、音楽、編集賞を受賞しました。

孤独を背負ったジュリーを演じたジュリエット・ビノシュの抜群の透明感、哀しみに濡れながら有無を言わせない凄みを感じさせる女性を体現したその演技力に圧倒されます。

『トリコロール/白の愛』の作品情報

【公開】
1994年(ポーランド・フランス・スイス合作映画)

【原題】
Trois couleurs: Blanc

【脚本・監督】
クシシュトフ・キエシロフスキ

【キャスト】
ジュリー・デルピー、ズビグニエフ・ザマホフスキー、ヤヌシュ・ガヨス

【作品概要】
ポーランドの巨星クシシュトフ・キエシロフスキ監督による、「青、白、赤」のフランス国旗をモチーフにした「トリコロール三部作」の三部作のなかで、唯一男性の主人公でコメディタッチで綴られる2作目『トリコロール/白の愛』。

主演はズビグニエフ・ザマホフスキー、ジュリー・デルピー。

『トリコロール/白の愛』のあらすじ

ポーランド人理髪師のカロルは、フランス人の妻ドミニクから性的不能を理由に離婚を付きつけられてしまいます。

カロルの言い分もむなしくドミニクは彼の元から立ち去ってしまい、フランス語もろくに話せない彼は途方にくれるばかりでした。

そこに地下鉄で知り合った同郷の怪しげな男ミコワイの手引きにより、何とか故郷ポーランドに戻ることに成功します。

兄の元に身を寄せたカロルは銀行の用心棒として働き始め、そこからなんと実業家としても成功。

実はずっと元妻ドミニクへの復讐を考えていて…。

『トリコロール/白の愛』の作品解説

第44回ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞した本作の主人公カロルを演じるのは、『戦場のピアニスト』(2002)にも出演するポーランドの俳優ズビグニェフ・ザマホフスキ。

カロルの元妻ドミニクを演じるのはゴダール作品にも多く出演、『ビフォア・サンセット』(2004)では主演兼脚本も務める多彩な女優ジュリー・デルピーです。

『トリコロール/赤の愛』の作品概要

【公開】
1994年(ポーランド・フランス・スイス合作映画)

【原題】
Trois couleurs: Rouge

【脚本・監督】
クシシュトフ・キエシロフスキ

【キャスト】
イレーヌ・ジャコブ、ジャン=ルイ・トランティニャン、フレデリック・フェデール、ジャン=ピエール・ロリ、サミュエル・ル・ビアン

【作品概要】
ポーランドの巨星クシシュトフ・キエシロフスキー監督による、「青、白、赤」のフランス国旗をモチーフにした「トリコロール三部作」の三部作を締めくくるのがこちらの『トリコロール/赤の愛』。

主演はキエシロフスキ監督の1991年公開の『ふたりのベロニカ』に出演したイレーヌ・ジャコブ。

『トリコロール/赤の愛』のあらすじ

ジュネーヴに住む大学生ヴァランティーヌは学業の傍らファッションモデルをして暮らしています。

なかなか会うことのできない恋人と、電話で連絡を取り合いますが、いつも浮気を疑われてばかり。

ヴァランティーヌ自身も彼の愛情のあり方に疑問をいだていました。

一方、法学生のオーギュストは、司法試験に向けて勉強の日々。彼には年上の恋人がいます。

ある日、ヴァランティーヌは車で犬を轢いてケガをさせてしまいます。

首輪についていた札をもとに犬の飼い主を訪ねますが、そこに住んでいたのは人の電話の盗聴を趣味とする老判事で、犬も引き取りたくないと突っぱねます。

盗聴なんて卑怯だと突っぱねるヴァランティーヌ。しかしそんな彼らを、ある力が導いて…。

『トリコロール/赤の愛』の作品解説

ヴァランティーヌを演じたのは、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『ふたりのベロニカ』(1991)に出演、日本の映画や舞台などにも出演したことがあるイレーヌ・ジャコブ。

老判事を演じたのは『男と女』(1966)『Z』(1969)、近年ではミヒャエル・ハネケ監督作品『愛、アムール』(2012)『ハッピーエンド』(2017)に出演する名優ジャン=ルイ・トランティニャン。

キェシロフスキ監督の遺作となった本作は、全米批評家協会賞・ニューヨーク映画批評家協会賞・ロサンゼルス映画批評家協会賞で、外国語映画賞を受賞しました。

映画「トリコロール」三部作の解説

青が意味するのは自由、白が意味するのは平等、赤が意味するのは博愛。

それぞれの色の意味に沿った愛の物語が展開するのが「トリコロール」三部作です。

まず一番に惹きつけられるのは叙情的な映像の美しさ。第一部『青の愛』は、ジュリエット・ビノシュ演じるジュリーの部屋にぶら下がる、光に煌めく青いストーンの飾り。そしてジュリーが身も心も一人にならんと飛び込む夜の青いプール。

第二部『白の愛』は、ジュリー・デルピー演じるドミニクがカロル回想シーンで見せるまばゆい笑顔、その時彼女が身を包むのは純白のウエディングレス。またカロルが友人と転げまわる雪景色。

第三部『赤の愛』は、イレーヌ・ジャコブ演じるヴァランティーヌが大きく写るポスターの赤。車、看板、煙草、断片的に登場する赤が象徴的な演出をしています。

同じくキェシロフスキー監督の代表作である『ふたりのベロニカ』でも、色彩や光を用いて異なる世界との繋がりや、何層にも重なった時間や人々の心情が描かれていました。

そのことは「トリコロール」三部作でも、各編を満たす単一の色に導かれ、作中人物たちの心の中へ観客は誘われていきます。

各作品が描く3つのテーマ

孤独や悲しみといったネガティブなイメージと結びついてしまうような、寒々とした青色が散りばめられた『青の愛』が描くのは“自由”。

主人公ジュリーは夫と娘を一度に亡くし、自らも重傷を負った女性ですが、あくまでも淡々と冷静でいるように終始感じられます。

ゴミ箱に空き瓶を捨てようとするも手が届かない道の老人の姿にも気づかず、自分は角砂糖がコーヒーを吸い上げること、部屋のネズミのこと、そういった小さな物事に心をとらわれているジュリー。

しかし彼女は鉄の心臓を持っていたわけではなく、過去の哀しみを捨て去ることができていなかったから、『トリコロール/青の愛』で描かれる“自由”は、“失った愛さえも受け入れる”のです。

愛を拒絶するのではなく受け入れることで、人は真に孤独になり、自由になると『青の愛』は歌い上げます。

果たして愛のもとに平等はあるのだろうか。『トリコロール/白の愛』で描かれるのはフランス人の女性とポーランド人の男性の離婚した夫婦の愛、元夫が元妻に復讐せんと奔走する姿を軸に“平等”のテーマが描かれます。

初めは妻の母国、フランスでの裁判シーンから始まり、フランス語を完璧には理解できない夫カロルは不利な状態。

しかし物語終盤になり、カロルはドミニクに復讐を遂げることができ、ドミニクはカロルの母国ポーランドで殺人の容疑をかけられ大使館に留置されてしまいます。

カロルが彫像とキスをする場面、幸せだった結婚式の回想、カロルと同郷の友人ミコワイが雪景色の中で戯れるシークエンスなど平等を表現するものが挿入されます。

肝心のカロルとドミニクは、立場が物語を通して逆転しただけで、完璧に平等はあるとは言い切れません。

しかしカロルは留置されているドミニクの姿を発見し、彼女が自分に手話でメッセージを伝えるのを見て、ほろりと涙を流します。

愛しさ余って憎さ倍増、復讐を果たした元妻がまだ自分を愛していること、自分も強く彼女を愛していることに気がつくカロル。

真に愛する2人の間では、平等や対等といった言葉さえ打ち消してしまう大きなエネルギーが流れているのではないか、そう感じさせてくれる、少し哀しくも美しいラストシーンとなっています。

そして『トリコロール/赤の愛』で描くのは“博愛”。

主人公はオープンで優しい性格の持ち主、美しい学生でモデルのヴァランティーヌ。

個々独立したストーリーの「トリコロール」三部作ですが、共通する描写が“老人がゴミ箱に瓶を捨てようとする”というもの。『白の愛』ではドミニクに捨てられ、半ば自暴自棄になったカロルが老人の姿を見て嘲笑する姿が描かれています。

『赤の愛』ではヴァランティーヌが老人に歩み寄り助けるという、本作のテーマ“博愛”を印象付けるシーンとなっています。

ヴァランティーヌの柔らかく生き生きとした物腰が、人間不信となった老判事の心をも解きほぐしてゆくのですが、三部作の最後である『赤の愛』がなだれ込むのは少し不思議な結末。

次にその結末が意味するものについて解説していきます。

映画という夢からの呼びかけ

『青の愛』で美しく印象的ななのが、ジュリーが青い透明なストーンの飾りを覗き込む場面です。

透過性の物体というモチーフは、『白の愛』では小さな望遠レンズという形で現れます。

密着して会うことはなくとも、マンションの一室、自分の偽の葬儀、そこにいるドミニクを望遠レンズを通して確認するカロル。

『白の愛』物語最後、ドミニクが彼の姿に気づき、離れた大使館の一室からカロルに手話で呼びかけをします。

この“レンズの向こう側にいる人のメッセージ”というシーンは、三部作最後の『赤の愛』で、これは“映画の世界と現実の世界が交錯する瞬間を捉えたもの”とより明確に描かれているのではないかと考えられます。

『赤の愛』でヴァランティーヌと老判事の交流と並行して描かれるのは神秘的な出来事。

観客はこの老判事と、もう1人登場する判事志望の若者オーギュストが似通った運命を辿っていることに気づかされます。

ヴァランティーヌがモデルを務めたポスターの構図とそっくりな彼女の横顔の登場。また老判事のヴァランティーヌへ半ば唐突といった形で向けられる「夢のなかで、50歳の君と一緒にいた」という台詞。

そしてクライマックス、劇中のニュースが船の事故を知らせ、生存者を読み上げる場面になります。

そこに映っているのは『青の愛』のジュリー、『白の愛』のドミニクとカロル、そして『赤の愛』のヴァランティーヌとオーギュスト。

そして彼らを見つめるのは部屋で1人佇む老判事のヴェルヌなのです。

飛び出す“夢”というキーワードから、この映画自体が夢のようなものではないかと思わせます。

カメラを通してジュリー、カロル、ドミニク、ヴァランティーヌ、オーギュストの姿を見つめる老判事は、最後には窓からじっと観客の方を見つめます。

「トリコロール」映画三部はこの老判事=監督が思い描いた夢であり、この夢=映画を作った監督もまた時が止まった自らの夢の中から、今も観客を見つめ続けているのです。

『白の愛』でカロルが最後望遠レンズを覗き、ドミニクが手話で話しかけていた場面も、時に映画の作中人物たちが観客に見られているのを知ってか知らずか、彼らの言語でこちら側に呼びかけています。

「トリコロール」三部作は様々な愛の在り方を描いた作品でもあり、映画と現実世界間の双方向の思想といった少し神秘的なテーマが描かれているとも受け取ることができるのです。

まとめ

ヨーロッパの国をまたいで“自由、平等、博愛”のテーマを静粛かつダイナミック、芸術的に描く「トリコロール」三部作。

繊細な演出は重ねて見るごとに発見があり、美しい色彩とライティングに満ちた映像、叙情的な音楽が一段と心に染み入ります。

この三部作で監督業を引退し、『赤の愛』公開から2年後に惜しまれつつも亡くなったクシシュトフ・キェシロフスキ監督。

彼は今も映画の世界の中、時が止まった永遠の夢の中からこちら側の世界を、あの老判事のようにそっと見つめているいるのかもしれません。

トリコロール三部作の『青の愛』『白の愛』『赤の愛』を、ぜひ順番に、ゆっくりとご覧になってみてください。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

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