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Entry 2023/04/17
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映画『宇宙の彼方より』あらすじ感想考察。冒頭フィルムノワール的演出で始まるドイツでの“文学的謎解き”に注目!【銀幕の月光遊戯 89】

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第89回

映画『宇宙の彼方より』は2023年6月に封切り後、2024年1月5日(金)より高円寺シアターバッカスで劇場公開を迎えた映画『宇宙の彼方より』

「クトゥルー神話の父」こと作家H・P・ラヴクラフトの傑作小説を、ベトナム系ドイツ人のフアン・ヴ監督が2010年に映画化した本作は、制作から10年以上経った今なお、ヨーロッパの数多くの映画祭に入選するなど高い評価を受け続けています。

「映画史上、最も“原典”の魅力を忠実に描いた作品」とも評される本作ですが、フアン監督はラヴクラフトが提唱した「宇宙的恐怖」をより拡大すべく、自身の両親が移民を決意したベトナム戦争下の1975年のアメリカ、第二次世界大戦下のドイツを新たに作品の舞台に設定するなど、非常に野心的な作品でもあります。

奇妙な隕石が落ちたドイツの田舎の村で、一体何が起きたのか。そして第二次世界大戦への従軍時、その村に訪れたアメリカ人の父は、何を目撃したのか!?驚くべき真相が明かされます。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『宇宙の彼方より』の作品情報


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

【日本公開】
2023年公開(ドイツ映画:2010年制作)

【原作】
H・P・ラヴクラフト『宇宙の彼方の色(原題:The Color Out of Space)』

【制作・監督・脚本・編集】
フアン・ヴ

【キャスト】
マルコ・ライプニッツ、ミヒャエル・コルシュ、エリック・ラスタッター、インゴ・ハイセ、ラルフ・リヒテンベルク

【作品概要】
「クトゥルー神話」の生みの親として知られるH・P・ラヴクラフトが1927年に雑誌「Amazing Stories(アメージング・ストーリーズ)」に発表した小説「宇宙の彼方の色(原題:The Color Out ofSpace)」をファン・ヴ監督が2010年に映画化。

10年以上経った今なお、世界各国で高い評価を受けている本作。今回の日本公開は「世界初の劇場公開」でもあり、新日本語字幕の監修を「日本のクトゥルー神話研究の第一人者」にして作家の森瀬繚が担当しています。

映画『宇宙の彼方より』のあらすじ


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

その色はどこへ去ったのか……。

1975年、ジョナサン・デイビスは行方不明になった父親を捜すべく、探偵から情報を得たドイツのシュヴァーベン=フランケン地方に向かう。

彼の父親は軍医として第二次世界大戦に参戦し、この地域に駐屯していた。

父は戦時中のことについて息子ジョナサンに話すことはなかったが、アメリカに戻って来た時はPTSDのような症状を患っていたという。

戦時中のドイツで、父親は一体どのような体験をしたのか。そしてなぜ今頃になって、再びその地へと向かったのか……村にたどり着いたジョナサンは、「戦時中に父と出会った」という男性を出会う。

全ては、宇宙の彼方より飛来した隕石が、村に落ちてきた時から始まった……。

映画『宇宙の彼方より』の感想と評価


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

モーテルの建物の一部と、その前に停められた車の列を捉えたモノクロのショットから映画『宇宙の彼方より』は始まります。カメラがゆるゆると下がっていくと、窓枠が現れ、先ほどの風景が室内から見たものだったことがわかります。

デスクの上には旅券とパスポートが無造作に置かれており、アンティークな電灯、壁際に置かれたウィスキーの空き瓶が順に映し出されます。壁にはハエがとまり、あの嫌な羽音をたてて飛び去ります。

そして、ジョナサンと彼の父の行方を捜していた探偵ウォードの会話の場面後、ヘッドライトだけを頼りに暗闇を走る車のショットは、デイヴィッド・リンチの一連の作品を彷彿させます。

このようにテンポよく進む導入部の描写の、なんとかっこいいことかモノクロ映像で綴られる光景は、まさに光と闇が織りなすフィルムノワールの世界そのものです。

ジョナサンは行方不明になった父を捜しに、ドイツのシュヴァーベン=フランケン地方を訪れます。そこで一人の男と出会い、過去にこの地で起こった出来事を聞かされます。

ここではオープニングのテンポの良さとは打って変わって、ビックバジェットのハリウッド映画では決して実現できなかったであろう、贅沢ともいえるじっくりとしたペースで、この村に何が起こったのかが綴られてゆきます。

奇妙な隕石が落下した、ある一家の土地に起こった異常事態。死んだ鳥や蛙など、生き物を使って表す場面も描かれますが、すっかり様子のおかしくなった夫人の額に大きな蜂がとまっている場面がとりわけスリリングです。

原作であるH・P・ラヴクラフトの短編小説『宇宙の彼方の色』の冒頭、問題の地を訪れた語り手は「何もかもに得体のしれない不安感と圧迫感があった」(『ラヴクラフト全集4』大瀧啓裕訳/創元推理文庫より)とその地の印象を述べています。

映画『宇宙の彼方より』は、まさにこうした「不安感」「圧迫感」を映像として表現することに成功しています

また原作に描かれる「色」がどのように表現されているのかは、本作が最もチャレンジした箇所であり、最もエキサイティングな見せ場のひとつといえるでしょう

そして、映画『宇宙の彼方より』は圧倒的な画の力とショットの強度で、現代にも通じる「恐怖の正体」を示すのです

まとめ


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

本作で描かれている異常事態は、悪質物質が土地や水に染みこんだ土壌汚染による健康被害そのものを暗示しているといえます。

ラヴクラフトの原作小説も「“放射線被曝”の恐怖を描いた先駆的作品」とも言われているように、映画『宇宙の彼方より』からもその確かな意図を感じることが出来ます。

本作は、SFや古典ホラーの魅力を十分に伝えながら、様々な提示を投げかけ、今を生きる私たちを事態の核心に引きずり込むのです。

映画『宇宙の彼方より』は2023年6月に封切り後、2024年1月5日(金)より高円寺シアターバッカスで劇場公開!

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