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Entry 2021/04/22
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映画『「16」と10年。遠く。』感想評価と内容解説。兎丸愛美が体現する自分探しを乗り越えた「強い嘘」の奇跡|映画道シカミミ見聞録55

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第55回

こんにちは、森田です。

今回は、2021年5月15日(土)より池袋シネマ・ロサにて1週間限定公開される映画『「16」と10年。遠く。』を紹介いたします。

兎丸愛美と大門嵩が演じる幼馴染たちが10年越しの時を紡ぎ、互いの再生を目指すストーリー。

その時空を象徴するある小道具に注目し、過去と現在が交差する物語の輪郭をとらえていきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

映画『「16」と10年。遠く。』のあらすじ


(C)Backlight Film Co.

東京でフリーライターをしている馨(大門嵩)は、故郷の新潟で幼馴染の雪那(兎丸愛美)と過ごした日々を忘れられずに生きています。

中学3年生の冬。両親を亡くした雪那は地元の大地主に養子として引き取られ、高校入学後は学校を休みがちになります。

馨は徐々に雪那を取り巻く過酷な状況を知るようになり、無力感を抱えつつも、彼女との淡い交流をつづけていきます。

雪解けを迎えた季節とともに、彼らにもつかの間の安らぎが訪れた矢先、雪那は交通事故に遭って記憶を失ってしまいます。

10年後。取材先で雪那と偶然再会した馨は、彼女からある依頼を受けます。“一緒に、嘘をついてほしい”というのです。

それは「雪那の記憶が戻ったふりをし、2人で里帰りをする」というものでした。

ある「嘘」と、「16」歳の記憶、そして「10」年後の現在が、混濁する意識のように交差しながら進行する本作。

一見すると複雑な印象を受けるこの物語を読み解く鍵は、実はプロローグに巧みに示されています。

冒頭では、かつての雪那を想起させる高校生・楓(森脇なな)との出会いが描かれているのですが、そこでのやりとりに本筋への導入となるヒントが散りばめられているのです。

時間・空間・交換の記号

(C)Backlight Film Co.

馨は養護施設の取材を引き受け、あるきっかけでそこの入所者である楓と知り合います。

それは馨が川沿いの遊歩道で食べていたカップラーメンを、その場に居合わせた楓がねだったことでした。

これが、本編につながるすべての出発点となります。

時間の記号=カップ麺

楓は一口すするや否や、麺が伸びていることを不満げに指摘するのですが、このように麺は時間とともに「変化」する道具として登場します。

なかには“縮れ麺”もあるでしょうが、まさに伸びたり、縮んだりする麺は相対的(心理的)な時間の流れを象徴するものです。

ただ、基本的には時間と同様に不可逆的であり、一度伸びた麺(進んだ時間)を元に戻すことはできません。

これは馨の抱えている喪失感や、帰郷後の雪那との道行きを考えるうえでも、非常に示唆的な記号として機能しています。

場所の記号=河川敷

このやりとりが「川沿い」でなされることも見逃せないポイントです。

彼岸と此岸という言葉にあらわされるように、川はあの世とこの世の「境界」に位置づけられ、本作の内容に即せば“生死”や“記憶”そして“過去と現在”の曖昧な境目を象徴しています。

なお、河原は新潟のシーンでも重要な場所になっており、そこでの思い出が上記のような馨の食生活に影響を与えています。

これらをまとめると、カップ麺は本作の時間を操り、河川敷はその空間を担っているといえるでしょう。

時空の交換

また、カップ麺が「交換」の道具に用いられている点も注目すべきです。

カップ麺を平らげてしまった楓は、後日、おなじ場所でおなじ銘柄のカップ麺を馨に差し出します。

時間と空間が物に託されたことで、物理的にそれを与えたり、返したりすることができる演出になっています。

このことにより、時空のみならず世代を超えて紡がれていく物語の可能性――楓に象徴される私たち自身の救済――も仄めかされています。

物語の枠

(C)Backlight Film Co.

主題のすべてが詰まったプロローグ(馨と楓の行為)の分析をつづけます。

カップ麺から言葉の交換に視点を移してみますと、フレームにある特徴が確認できます。

それは2人が会話するショットでは、「カット割り」をせずに「フォーカス送り」で発話者を示している点です。

つまり、発話ごとにカットを割るのではなく、同一のショットに2人が収まり、発話のたびに焦点が前後に送られていきます。

同一ショットでの会話はさして珍しくありませんが、画のすべてに焦点があうパンフォーカスでもなく、なんとも不思議な感覚にとらわれます。

ぼやけながら手前と奥を行き来する画面そのものの存在感が際立ち、まるで観るもの自身の記憶にも揺さぶりをかけてくるようです。

また、川延監督は本作をとおして“一人ひとりが自分を見つけるような瞬間”を届け、“自身の物語の一部”になることができたら嬉しいと語っています。

フォーカス送りの多用は、前後する記憶という効果に加え、“一人称のまなざしをもって彼らの物語を擬似的に体験してほしい”という意図が込められているのかもしれません。

喪失感の本質

(C)Backlight Film Co.

では、その「物語」の中心をみていきましょう。

馨と雪那の記憶の原風景にはブナ林があり、めぐる季節のなかで何度も登場する大切なスポットになっています。

辺り一面に生い茂った木々は、一度すべて伐採されて新しく育ったものだといい、それが第二の人生を歩まざるを得なかった雪那の状況と重なることは、想像に難くありません。

実際に雪那はそこで自分が“空っぽ”であることや、どこから来て、どこに向かっているのかわからないという不安を吐露します。

一方、このことは記憶の有無にかかわらず、誰にでも当てはまる普遍的な悩みです。たとえ記憶を失っていなくても、人間の性として雪那たちはどこかの段階で「自分探し」をしていたことでしょう。

ここから、本作においても大事なことは記憶を復元することではなく、生きるに値する物語を見つけることだとわかります。

あるいは“喪失”してしまったのは、「自分」ではなく「物語」だといえます。だからこそ本作では「嘘」が求められるのです。

そのためには一度、古い物語を解体しなくてはなりません。復活の前には「死」があります。同様にブナ林のエピソードも「再生」のための伐採ととらえるべきです。

“本当の自分”は生まれ育った場所にも、過去の時間にもいない。強いて言えば、その時々の「選択」だけが唯一「自分」の片鱗を示すものです。

ゆえに、その真偽にかかわらず、雪那が生きるために下したある決断は、したたかな尊さをもって胸を打つのです。

強い嘘

(C)Backlight Film Co.

時空をさまよい、遠く、たどり着いたのは、誰かのためにつく“優しい嘘”ではなく、自分のためにつく“強い嘘”です。

柔らかで静謐な画とは裏腹に、芯が通って、自律的な姿が浮かび上がる本作は、驚きと共感をもって迎えられることでしょう。

映画『「16」と10年。遠く。』は、2021年5月15日(土)より池袋シネマ・ロサにて1週間限定公開。ぜひ「私の物語」として疑似体験してみてください。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら




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