連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第69回
今回取り上げるのは、2022年5月20日(金)から新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開の『a-ha THE MOVIE』。
1985年発表のデビュー曲『テイク・オン・ミー』で一気にスターダムを駆け上がったノルウェー出身のスリーピースバンドa-haの、出会いから解散、そして再結成を経て、いまだ進化を続ける軌跡を追います。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
『a-ha THE MOVIE』の作品情報
【日本公開】
2022年(ノルウェー・ドイツ合作映画)
【原題】
a-ha: The Movie
【監督】
トマス・ロブサーム、アスラーグ・ホルム
【製作・脚本】
トマス・ロブサーム
【共同製作】
イングヴィ・セーテル
【撮影】
アスラーグ・ホルム
【編集】
ヒルデ・ビョルンスタット
【キャスト】
モートン・ハルケット、ポール・ワークター=サヴォイ、マグネ・フルホルメン
【作品概要】
1982年にノルウェーで結成されたシンセポップバンド、a-haのキャリアをひも解きます。
監督は、プロデューサーとして『わたしは最悪。』(2021)などを手掛けたトマス・ロブサームと、ノルウェーのドキュメンタリー作家アスラーグ・ホルム。
モートン・ハルケット、ポール・ワークター=サヴォイ、マグネ・フルホルメンらバンドメンバー3人や音楽関係者に4年の歳月をかけて取材を敢行し、製作されました。
『a-ha THE MOVIE』のあらすじ
1982年、ノルウェー出身のモートン・ハルケット、ポール・ワークター=サヴォイ、マグネ・フルホルメンの3人により結成されたシンセポップバンド、a-ha。
革新的なMVが大きな話題を呼んだデビュー曲『テイク・オン・ミー』が1985年に米ビルボード1位を獲得、ファーストアルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』が全世界で1,100万枚以上のセールスを記録し、3人は一気にスターダムを駆け上がります。
その後もヒット曲を次々に生む3人。ですがその栄光の影で、次第にメンバーの間に溝が生じていき……。
『テイク・オン・ミー』が与えた影響
10歳の頃からの知り合いで、地元ノルウェー・オスロでブリッジズというバンドで活動していた2人のギタリスト、ポール・ワークターとマグネ・フルホルメンは、1982年にバンドを解散し渡英するも、思うような成功を得られず、わずか半年で帰国。
2人は、かねてからの知人で別バンドのボーカルをしていたモートン・ハルケットを誘い、a-haを結成。牧師を目指していた時期もあったという彼の美声を活かすべく、マグネはキーボードに転向し、ポールと作曲活動に勤しみます。
1984年、「10代の頃にリフ(曲のコード進行)が出来ていた」(マグネ)という『テイク・オン・ミー』がついに完成、本国ノルウェーでスマッシュヒットを記録するも、海外では不発に。しかし3人は、この曲にはまだ勝機があるとして、変奏バージョンをいくつも作成します。
本作『a-ha THE MOVIE』では、ギターやドラム音を際立たせたり、モートンがニワトリの鳴きマネを吹き込んだりといった試行錯誤のバージョンを繰り返し、最終的にモートンのファルセットを活かした完成版が、世界的ヒットとなっていく過程が観られます。
『テイク・オン・ミー』といえば、真っ先ににPVを連想する方も多いはず。
コミックの中に入った現実世界の女性が、コミック内のキャラクターであるモートンと恋に落ちるというストーリーを、実写映像を3,000枚ものスケッチに起こしてアニメ化するという斬新な手法は、当時台頭していたMTVとの相乗効果も手伝って大きな話題に(本作でも、このPVにインスパイアされた演出がされている)。
『シング・ストリート 未来へのうた』(2016)、『ラ・ラ・ランド』(2017)、『バンブルビー』(2019)や、最近では6月10日公開のアニメ『FLEE フリー』(2022)といったさまざまな作品の劇伴に使われるなど、『テイク・オン・ミー』、そしてa-haは、一躍ポップミュージックのアイコンとなります。
a-ha『テイク・オン・ミー』PV
栄光と距離感の狭間で
本作は、制作を開始した2018年時の3人への個別インタビューから始まります。
しかしながら、監督でインタビュアーのトマス・ロブサームの「新作の予定は?」という質問にメンバーは多くを語りません。ただ、「スタジオに集まってもケンカするだけだから」というマグネの呟きに、只ならぬものを感じます。
実は本作には、a-haの3人が揃ってインタビューを受けているシーンはありません。
これは、個別取材することで他メンバーに気を遣わず本音を引き出すという狙いがあるのはもちろんですが、3人からはある種の距離感が感じられます。
ミュージシャンが自身のキャリアを振り返るドキュメンタリーでは、複雑な人間模様が映し出されるのが付きもの。それは多人数で構成されるバンドだと、より顕著になります。
当コラムで取り上げた『ザ・ヒストリー・オブ・シカゴ ナウ・モア・ザン・エヴァー』(2019)、『ザ・ビートルズ:Get Back』(2021)いずれの作品からも、存在が大きくなりすぎたが故に生じたメンバー間の軋轢が生々しく映し出されていましたが、本作も例外ではありません。
『テイク・オン・ミー』以降、次々とヒット曲を生み出していくものの、常にポップスターとしての顔を求められ、ビジュアルを重視するメディアからの扱いに、3人は次第に違和感を感じるようになります。
それとともに音楽性も変化していき、90年発表の4枚目のアルバム『イースト・オブ・ザ・サン、ウエスト・オブ・ザ・ムーン』あたりからは、U2を意識した楽曲が目立つように。
作曲もレコーディングもポール主導になっていったことでマグネとのパワーバランスが崩れ、モートンはアイドル扱いされることに疲れていく――94年に3人がソロ活動に転じていくのは、当然の流れだったのかもしれません。
98年に再活動するも、2010年に解散を発表。当時の日本の雑誌インタビューでは解散理由をこう語っています。
「誰かが壊れてしまうってことじゃなくて、単純にプロフェッショナルとして、もっと高みに行きたい」(モートン)
「a-haでリタイアするってことじゃない。僕らはリタイアしない。砂の城が、波で崩れるようなことじゃなくて、自分自身のテーマやスタイルでやる日が来たという決心をしたってこと」(マグネ)
(「大人のロック!」2010年秋号)
ただ解散後も、11年のウトロ島とオスロでの同時多発テロ追悼行事や、12年のノルウェー王国から贈られる最高勲章授与式などにはに3人揃って参加したりと、不仲による決裂はしていませんでした。
a-haは2015年に再結成することになるわけですが、現在の3人から常に漂うのは、冒頭のインタビューでも感じた適度な“距離感”です。
付かず離れずな集合離散の繰り返しが新陳代謝となり、バンド活動にも影響する。実のところこれは、音楽業界の“あるある”なのかもしれません。
友情ではなく絆
本作の日本公開が決定して以降、ネット上のニュースやSNSなどで「a-haはヒット曲は『テイク・オン・ミー』のみ」、「1990年代以降は目立った活動が減った」といった書き込みを散見しました。
もちろん彼らのヒット曲は他にもありますし、90年以降も日本を含む世界で大規模なライブを行っています。何よりもコールドプレイ、オアシス、ザ・ウィークエンドといった錚々たるミュージシャンたちがこぞってリスペクトを捧げている点からも、a-haが一発屋バンドではないことが分かるはず。
終盤、2020年時のインタビューで監督のトマスから、「新作の予定は?」と問われたマグネ。2年前の同じ質問に「スタジオに集まってもケンカするだけだから」と答えていた彼は、やはり多くを語りません。
2022年秋に新作アルバムを発表予定のa-ha。それはやはり、ケンカしながら制作されたのか?
ただ、ケンカすることが決してマイナスになるとは限りません。衝突するからこそ耳に馴染むメロディが生まれる、葛藤を抱えるからこそ良い詞が書けるというのは、『ザ・ビートルズ:Get Back』でも証明済み。
「a-haには友情はない。あるのは絆だ」(モートン)
他人には理解されないやもしれませんが、スリーピースだけに通じる、音楽で結ばれた絆があるのでしょう。
本作を公開する劇場では、a-haのファンと思しき女性客の姿を多く目にしました。彼女たちは、劇伴として使われているa-haの楽曲の幅広さに魅了され、長らく追い続けてきたのは間違いないありません。
『テイク・オン・ミー』でしかa-haを知らない人も、本作をきっかけに彼らの幅広い音楽センスに触れてみてはいかがでしょうか。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)