Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/06/29
Update

映画『カニバ / パリ人肉事件38年目の真実』感想レビュー。ラスト30分は衝撃と恍惚が控える|だからドキュメンタリー映画は面白い21

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第21回

1981年に前代未聞の猟奇殺人事件を起こした男の、知られざる現状とは――。

今回取り上げるのは、2019年7月12日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開される、『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』。

そのあまりの衝撃的な内容に、各国の映画祭では途中退席者が続出したという問題作の全容に迫ります。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』の作品情報


(C)Norte Productions, S.E.L

【日本公開】
2019年(フランス・アメリカ合作映画)

【原題】
Caniba

【監督・撮影・編集・製作】
ヴェレナ・パラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー

【キャスト】
佐川一政、佐川純、里見瑤子

【作品概要】
1981年にフランス・パリで起きた、通称「パリ人肉事件」の容疑者・佐川一政の現在を、克明に追ったドキュメンタリー。

2013年に脳梗塞で倒れて以降、実弟・純の介護を受け暮らす佐川に、フランスの撮影クルーが15年6月から約1カ月間にわたって密着。

幼少時に撮られた8ミリフィルムや、佐川自身による漫画、出演したアダルトビデオ映像なども盛り込みつつ、彼を支える弟との奇妙な関係性を映し出していきます。

各国の映画祭で途中退席者が続出したとされながらも、本作は第74回ベネチア国際映画祭でオリゾンティ部門審査員特別賞を受賞しています。

映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』のあらすじ

(C)Norte Productions, S.E.L

1981年にフランス・パリで起きた、パリ人肉事件。

その容疑者として逮捕された佐川一政は、その2年後に心神喪失で不起訴となり、日本に帰国します。

本作は、2013年に脳梗塞で倒れ歩行が困難となり、実弟である純の介護を受け暮らす佐川の生活に密着。

当時の事件を振り返りつつ、彼の心の奥底にあるカニバリズムについて追求するとともに、終盤では純のパーソナルな面にも迫る、驚きの展開を見せていきます。

パリ人肉事件とその容疑者・佐川一政

(C)Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016

1981年6月、パリのソルボンヌ大学のひとつである、パリ第3大学の博士課程に在籍していた当時31歳の佐川は、友人のオランダ人女性を自宅に呼び出し、殺害。

その遺体をブローニュの森の池に遺棄しようとしたところを逮捕され、その後の取り調べで、遺体の一部を食べていたことが判明します。

佐川は犯行を自供するも、事件から2年後に心神喪失と診断(後に誤診だったことが判明)されて不起訴となり、日本に送還されることに。

事件をめぐっては、ザ・ローリング・ストーンズが詳細を歌詞にした『トゥー・マッチ・ブラッド』という曲を作れば、劇作家の唐十郎が佐川と交わした手紙のやり取りを小説化した『佐川君からの手紙』を発表するなど、各方面に影響を与えています。

日本に帰国後は、作家、コメンテーター、漫画家、俳優などマルチに活躍していた佐川ですが、2013年に脳梗塞に倒れて以降はほぼ寝たきり状態となり、弟の純の介護を受けて暮らしています。

参考映像:ザ・ローリング・ストーンズ『トゥー・マッチ・ブラッド』PV

ピントのずれたカメラが映し出すカニバリズム嗜好

(C)Norte Productions, S.E.L

本作の大きな特徴として、メインの被写体である佐川一政へのカメラワークがあります。

とにかく異常ともいえるほど、超クローズアップで佐川の顔を捉え続けるカメラ。

被写体に密着する撮影手法を好む監督といえば、『サウルの息子』(2016)や『サンセット』(2019)のネメシュ・ラースローがいますが、本作はそれよりも接写率が高く、しかもそのカメラはフォーカスが定まらず、ピントもずれています。

ぼやけた状態で映し出される佐川は、全くまばたきをすることもなく、ほとんど無表情。

それでいながら、「好きな人の唇をなめたいといったフェティシズムな欲求の延長線上に、カニバリズムがある」と、今もなお人肉を食すことへの飽くなき欲求を語ります。

実は本作では、38年前に佐川が犯した人肉事件の顛末には触れていません。

本作を監督したルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェルのコンビは、前作『リヴァイアサン』(2014)で巨大な底引き網漁船での海洋生物と船員たちの、今そこにある情景のみを接写することに専念しました。

両監督は、今回もありのままの佐川の現状に特化しつつも、ピントがずれたカメラで彼の“心の奥”を接写。

併せて、かつて佐川が出演したアダルトビデオ映像を挿入し、そこに映る佐川の姿をもってして、観る者にもカリバニズムを疑似体験させるのです。

「理解が及ばない」兄をサポートする弟

(C)Norte Productions, S.E.L

本作のもう一人の主人公ともいえるのが、佐川の弟である純。

時にはインスリン注射を射ったり、時には洗髪をしたり、時には兄がカニバリズムについての説明に言葉が詰まると、すぐさま補足説明をしたりします。

「いろんなことがありましたけど、今では、わだかまりはまったくないです。むしろ、もっと一生懸命に介護しなきゃいけないなと」
(2019.5.23 AERA dot.)

意図せず加害者の家族となってしまったことで、自身も数多くの迷惑を受けてきた身でありながら、純はひたすら兄を甲斐甲斐しくサポートします。

しかし、兄のカニバリズム嗜好については「全く理解できない」とし、彼が描いた漫画『まんがサガワさん』に目を通しては、「よくこんなの描けるなぁ。これは世に出すものじゃない」と切り捨てる純。

兄弟間に流れる言いようのない静寂を経て、本作は観る者の予想だにしない展開へとなだれ込みます。

衝撃と奇跡、そして恍惚に包まれるクライマックス

(C)Norte Productions, S.E.L

ラスト30分前で突如、純によるカミングアウト行為が映し出されます。

それがどういうものなのかは、ここではあえて記しませんが、兄が好む嗜好を「全く理解できない」と一刀両断していた人物が、観る者が理解に苦しむような行為を実践するのです。

ある意味で、本作で一番のショッキングなシーンを見せる弟に対し、「僕は特に驚きもしない」とほほ笑み、「こんな僕によく付いていてくれた」と感謝の意を表す兄。

他人には分からない、兄弟間でしか分からない繋がりがそこにあります。

ここで挿入される、父が撮影した8ミリフィルムでの幼少時の2人が、数十年後も一緒に映像に収まっているという奇縁。

そして最後の最後に、キャステーヌ=テイラーとパラヴェル両監督は、撮影協力のお礼とばかりに、佐川にとあるプレゼントを贈ります。

そのプレゼントに、佐川は「奇跡が起きたようだ」とつぶやき、恍惚の表情を浮かべます。

(C)Norte Productions, S.E.L

これから本作を観る方はおそらく、ドキュメンタリー映画と認識して観ていたはずが、観終わる頃にはホラー、もしくは荘厳なヒューマンドラマを観ていたという錯覚に陥るかもしれません。

『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』は、扱うテーマが愉快な内容ではないし、過激な描写も含まれるので、「絶対観るべき映画」とまでは言いません。

ただ言えるのは、「観られるのだったら、観た方がいい映画」です。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

大阪アジアン映画祭2023作品ラインナップが発表。上映情報とおすすめインディーズ監督をピックアップ!|大阪アジアン映画祭2023見聞録1

第18回大阪アジアン映画祭は2023年3月10日(金)〜19日(日)に開催! 「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」をテーマに、アジア各地の優れた映画を世界または日本の他都市に先駆けて上映・紹介する大 …

連載コラム

映画『アミューズメント・パーク』感想評価と考察解説。ロメロ監督が描いた現代社会への“風刺”|SF恐怖映画という名の観覧車151

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile151 現代の日本で暮らす以上、切っても切り離せない問題となる「少子高齢化」。 2045年には15歳以下の若者がおよそ10%、65歳以上の高齢者 …

連載コラム

映画『ソン・ランの響き』感想とレビュー評価。ベトナム伝統芸能とボーイ・ミーツ・ボーイの物語の魅力|銀幕の月光遊戯 52

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第52回 1980年代、サイゴンで孤独を抱えた2人の男が出会う一。 伝統芸能「カイルオン」を背景に、2人の男性の出逢いと感情の芽生えを描いたベトナム映画『ソン・ランの響き』 …

連載コラム

『アングスト』元の事件から映画を推察。ラストに向けシリアルキラーの独白と不安が加速する|サスペンスの神様の鼓動33

サスペンスの神様の鼓動33 こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。 このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。 今 …

連載コラム

映画『パロディスター』あらすじ感想と評価考察。奇才マッド・アマノがフォトモンタージュで”権力者との闘争”に笑いで臨む【だからドキュメンタリー映画は面白い78】

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第78回 今回紹介するのは、2023年7月8日(土)より新宿K’s cinema ほか全国公開の『パロディスター』。 写真を切り貼りして作品 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学