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フィリピン映画『マニャニータ』あらすじと感想レビュー。監督ポールソリアーノが注視した時間に癒される闇を抱えた軍人女性|TIFF2019リポート31

  • Writer :
  • 桂伸也

第32回東京国際映画祭・コンペティション部門『マニャニータ』

2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの10日間をかけて開催されました。


(C)Cinemarche

この映画祭の最大の見せ場となる「コンペティション」部門。今回も世界から秀作が集まり、それぞれの個性を生かした衝撃的かつ感動的な作品が披露されました。

その一本として、フィリピンのポール・ソリアーノ監督による映画『マニャニータ』が上映されました。作品は本映画祭で審査員特別賞を獲得しました。

会場には来日ゲストとしてポール監督とともに主演のベラ・パディーリャも登壇し、映画上映後に来場者に向けたQ&Aもおこなわれました。

【連載コラム】『TIFF2019リポート』記事一覧はこちら

映画『マニャニータ』の作品情報

【上映】
2019年(フィリピン映画)

【英題】
Mañanita

【監督】
ポール・ソリアーノ

【キャスト】
ベラ・パディーリャ、ロニー・ラザロ

【作品概要】

凄腕のスナイパーとして優秀なスキルを持ちながら、顔におびただしく広がるケロイドの影響により体調に異変をきたし、軍を追われた一人の女性、エディルベルタが、一本の電話でを受けたことで大きく運命を動かされるまでの経緯を描きます。

かつてフィリピンの鬼才、ラヴ・ディアス監督とともにタッグを組んで『痛ましき謎への子守歌』を作り上げたポール・ソリアーノが監督を担当。今回はラヴ監督が脚本を担当し、再びのタッグでこの作品を作り上げました。

ポール・ソリアーノ監督のプロフィール


(C)Cinemarche

フィリピン出身。作品作りへの情熱が高じ、制作プロダクションTEN17Pを設立。フィリピンのプロボクサー、マニー・パッキャオの伝記映画『キッド・グラフ~少年パッキャオ』はレインダンス映画祭や東京国際映画祭でも上映されました。

また2016年にはラブ・ディアス監督の『痛ましき謎への子守歌』をプロデュース、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(アルフレッド・バウアー賞)を受賞しました。

映画『マニャニータ』のあらすじ


(C)TEN17P Films (Black Cap Pictures, Inc.)

とある草原。緊張の極限の中で、軍の凄腕スナイパーであるエディルベルタは、一人で遠くにいた数人のゲリラを狙撃。数々の実績を上げてきました。一方で顔におびただしく広がるケロイドを持つエディベルタは、その影響により体調に異変をきたしており、たびたび任務遂行ができない状態になり、結果的に軍を追われることになってしまいました。

すっかり気力を無くし、何日も酒場をさまよい続けるエディベルタ。そしてある日、彼女は宿舎を出て旅に出ます。しかし、彼女は旅先で一本の電話を受けることに。その電話は、すっかりふさぎ込んでいた彼女の運命を、大きく変えることになるのでした。

映画『マニャニータ』の感想と評価


(C)TEN17P Films (Black Cap Pictures, Inc.)

本作『マニャニータ』は、映画的な効果として、非常に時の流れを惜しみなく使った作品です。

冒頭で映し出される緊張感あふれるエディベルタの狙撃シーン。そして軍から彼女への退役宣告以降は、まるで彼女の日常をそのまま追ったかのような姿で描かれています。

時間を持て余す昼夜に描かれる彼女の絶望的な表情、そして時々、彼女に付きまとうケロイドの表情がその憂いをさらに倍増してきます。

劇中の場面によっては、撮影に広角レンズ使用してフレームの中に主人公エディルベルタの姿を10数分も映し続けるなど、その撮影スタイルも時にかなり大胆でもあります。

しかし、その一方でこういった撮影手法を用いたからこそ、主演を務めたベラ・パディーリャがエディベルタとほぼ同化したような印象も受けるのです。

一般的な人物として生活する姿とは対照的に、日常ではあまり人に見せられないような堕落した表情ものぞかせています。

もちろんこれだけのロング・テイクの長回しで、広い画角レンズでフレームを切り取った場合、登場人物を際立たせるには俳優としてかなり高い技量を要求されています。

さらにQ&Aでも言及されていますが、脚本を担当したラヴ・ディアスから示された脚本には、僅かな情報であり、ゆえに監督、キャスト、ひいてはスタッフ一同には、幅広い想像力を要求されたことがうかがえます。

そのような中で撮影した映像、そして俳優の演技は高いレベルで作り込まれたといえます。

この作品では、要所で現地のポピュラー・ミュージックが流れるのですが、その歌詞の意味とエディベルタの心情はマッチしており、相乗効果でイメージを膨らませています。

描かれたのは事情で退役した一人の女性の日常であり、その独りの女性の心情の変化は、実に繊細なまでに描かれ、それに対して劇中に発生するラジオなどで流れる暴動のニュース。そして、ラストへの伏線となる彼女への電話などがアクセントとなっており、まるで人物の肖像画を描いてた映画のだといっても、言い過ぎではないでしょう。

上映後のポール・ソリアーノ監督、ベラ・パディーリャのQ&A

上映後にはポール・ソリアーノ監督、ベラ・パディーリャが登壇、舞台挨拶をおこなうとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。

ベラ・パディーリャ


(C)Cinemarche

──ベラ・バティーリャさん、本作に出演した感想をお聞かせください。

ベラ・パディーリャ(以下、ベラ):『マニャニータ』での役柄は確かに身体的な特徴はあるとは思うのですが、俳優にとして私が感じたのは、それ以上のものです。エディルベルタは、実は自身の中で非常に多くの悪霊と戦っています。それを彼女自身、なかなか外に表せるものではない。そこが彼女を演じるポイントになります。

普段は恋愛的ものなど、かなり王道、主流的な作品に出演しているのですが、こういう実験的な映画に出演オファーをされたのは初めて、今は出演を許諾して本当によかったと思ってます。

エディルベルタがいろいろな歩み、旅を経験していくわけですが、映画の中の彼女の歩みと私が女優として歩んだ道筋は、実は重なるところがあります。この映画は順番通り撮影を進めており、さらに彼女自身との心情が自身と重なる結果を導き出したのです。

ポール監督や『マニャニータ』チームのスタッフ皆さんの支えもあってライフルの特訓、スナイパーとしてどのように構えるかという準備などをしたうえで、非常に満足のできる演技ができたと思っています。

ポール・ソリアーノ監督


(C)Cinemarche

──本作に行きつくまでの経緯を教えていただけますか?

ポール・ソリアーノ(以下、ポール):少し前にラヴ・ディアス監督の『痛ましき謎への子守歌』を私がプロデュースをしたという経験があり、以来、彼を先生として私が学ぶといった関係がずっと続いています。

私はあのラヴ監督のスタイルを非常に気に入っています。だからこそあの映画のプロデュースをおこなったのですが、このジャンルで優れた映画ということであれば、日本だと例えば小津安二郎監督が同様に物語性に富んだ映画を作られていた作家であったと思います。

そして今徐々に、私自身がそういうやり方、流儀に自分自身が入れるようになってきたと感じています。映画作りを始めて13年間、映画作家として今の自分としてはスタイルが確立されつつあると感じています。

──この物語の進行は常に音楽とともにあったと感じました。選曲についてはどのように進めたのでしょうか?

ポール:この物語はいかに音楽の歌詞を通してストーリーを伝えるか、という部分にかかっていると感じていたので、その感想は非常に嬉しく思います。選曲はかなり苦心して考えて行いました。

実際に警察が歌っていた曲でもあったフレディー・アギラーの「マグダレーナ」を参考にしたり、私もかなり時代の音楽や、特に歌詞を研究しました。またオリジナルの音楽もあって、これはラヴ監督が作詞をしてくれたものです。いろいろな話をしているときに歌詞を作ってくれないかと頼んだら、その場で歌詞を作って録音してくれ。そのときに収めたものを実際に映画でも使っています。

彼に私がお願いをしたのは、父が娘にどのような思いを抱いていたであろうか、ということ。それを音楽にしてほしいと言って、できたものです。それは最後の彼女が涙を流しているシーンと、彼女がベッドに横たわっているシーンで使われています。

──クライマックスで見られる警察の現場でのコーラスが印象的でしたが、実際に警察が現場でコーラスをするというのは、フィリピンにも風土的にそういうものがあるのでしょうか?

ポール:フィリピン人はみんな音楽が大好きで、文化、アイデンティティの一部だと思います。みんな歌うことも大好きで、歌が下手な人でもすごく歌うのが大好きなんです。だから音楽は重要なものなのです。

この警察が歌を使うようになった発端としては、みなさんもご存じだと思いますが、いわゆる麻薬戦争であります。舞台となったラバウルでは、警察官たちが上の責任者のいうことに従わなければいけない、大統領の命令にも従わないといけないという立場でした。

それでも暴力を使うということをしたくないということで、ならばと所長が「歌ってみてはどうか」と発案されたんだそうです。で、そこから歌うこと、そして歌詞の力で人々の魂に触れるという行為をしてみたそうです。毎回ではないですが、平和を願うその歌詞の気持ちが結果をもたらすこともあり、じきに何千人もの人が自首したそうです。

この歌うことを奨励した警察署の署長に話をうかがったところ「薬を使ってハイになっていると、そのときほど音楽って、気持ちよく聴こえるんだよね」なんて言ってました、当然じゃないかという口ぶりで(笑)。でも実際に歌を歌って聞かせると、麻薬の売人やユーザーたちが涙を流して自首をしてきたそうです。


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──ラヴ監督は撮影の際、事前に脚本を用意せず、当日の撮影分の脚本を俳優に渡されているという話をおうかがいしました。今回ラヴ監督はどんな形で脚本に参加されたのでしょう?

ポール:おっしゃる通り(笑)、何度か打ち合わせもして私の方から、「こういうコンセプト、ストーリーでやりたいんだ」というリクエストをして、その後メールのやり取りもしたんですが、その後1~2か月後に彼からたった8ページの脚本が来て「じゃあ、あとは君に任せた」といわれたんですね(笑)。

だからそこに私のビジョンに合わせて解釈を加えたり、場面も追加してあとは少しセリフもいじったりしましたが、基本的には8ページできた脚本を基に構築しました。

ベラ:私自身もこんな短い脚本は初めてでしたね(笑)。だからその日になにが起こるのかは、当日になってみないとわからないということもたくさんありました。でもポール監督の頭の中には作品の全体像がちゃんとあって、なにを目指しているかというところは最初に教えてもらったので、方向性としては理解できていたと思います。

あとは撮影中に「ここはフレームの中としてここまでしか動いてはいけない」という非常に明確な指示を受けたときもあるし、逆にエディルベルタだったらどうするかを「考えながら自分で演じてみて」といわれたりして、演出的な指導と私が自由にできる部分のバランスがとても上手くいき、仕事としてはやりがいがありました。

ただ何も支持も受けず、ただ「ずっと歩いていなさい」と言われることもあって、そのときはものすごく体重が落ちたんです。その一方で同時にビールをたくさん飲むシーンもあり、その分体重が増えたということもあったので、まあどっこいどっこいというところでした(笑)。

──この映画は時間の使い方がとても贅沢だと思いますが、この長さという部分はどう考えられていたのでしょうか?

ポール:実は撮影時には、長さがどれくらいなるかわかりませんでした。長さが決まったのも、ホスプロに入ってからです。私としては、とにかくこの主人公を中心として描こうと思っていました。

エディベルタは本当につらい思いを抱えていて、なかなか許すことができないという思いを抱いています。その思いというのは、やっぱり瞬時には出てこない、彼女自身が求めている答えや解決策というものもなかなか見えていない。だからやはりエディルベルタの気持ちを観客に伝えるためにも時間は必要だと考えたのです。

エディベルタの傷が癒えるにも20年以上かかったわけで、やっぱりそこはバランスを考えて、時間の使い方というものを自分なりに学んだ上でこのように作ってみました。思うに、やはり王道の映画ではないとは思いますが、一つの旅路やあゆみ、もしくは瞑想的なところを持っているかもしれません。

まとめ


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主人公エディルベルタの人物背景として、はっきりしているものは、軍を自身の身体的ハンディのために追われたという部分しかありませんが、ストーリーの展開の中では、さまざまな彼女のバックグラウンドが明らかになっていきます。

しかし、物語に全く関与しているわけでも、しないわけでもないといえる微妙な位置づけのもの。その出し方は非常に繊細な表現にも見え、ふんだんに使ったように見える時間が、すべて必要な時間ではないかと感じさせる効果です。

また、彼女の顔面のケロイドという存在は、彼女を群から追いやったというだけでなく、なにか彼女に付きまとう闇を抽象しているようにも見えます。

一件ざっと見てしまうと何てゆったりした映画なんだという印象で終わってしまいますが、実はあちこちに物語の本質を解くカギが仕込まれており、構成は実に巧妙なものなのです。

【連載コラム】『TIFF2019リポート』記事一覧はこちら

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