第32回東京国際映画祭・コンペティション部門『ジャスト6.5』
2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの10日間をかけて開催されました。
この映画祭の最大の見せ場となる「コンペティション」部門。今回も世界から秀作が集まり、それぞれの個性を生かした衝撃的かつ感動的な作品が披露されました。
その一本として、イランのサイード・ルスタイ監督による映画『ジャスト6.5』が上映されました。作品は本映画祭で審査員特別賞を獲得しました。
会場には来日ゲストとしてサイード監督とともにメインキャストの1人であるナヴィド・モハマドザデーも登壇し、映画上映後に来場者に向けたQ&Aも行われました。
CONTENTS
映画『ジャスト6.5』の作品情報
【上映】
2019年(イラン映画)
【英題】
Just 6.5
【監督】
サイード・ルスタイ
【キャスト】
ペイマン・モアディ、ナヴィド・モハマドザデー、ファルハド・アスラニ
【作品概要】
警察と麻薬組織の仁義なき戦いを、組織関係者やその家族などを含めて描きます。
監督にはファジル国際映画祭、ジュネーブ国際映画祭など数多くの受賞歴を誇るサイード・ルスタイ。
薬物撲滅警察特別チームのサマド役を2011年の『別離』で国際的評価を得たベイマン・モアデイ、麻薬王ナセル・ハクザド役を2017年の『No Date,No Signature』に出演したナヴィド・モハマドザデーが演じます。
サイード・ルスタイ監督のプロフィール
サイード・ルスタイ監督(右)
1989年生まれ。イラン、テヘラン出身。ソア大学の芸術・映画演出学科を卒業後、ファジル国際映画祭で監督と脚本でクリスタル・シムルグ賞を2度受賞。さらに2016年にはジュネーブ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞しました。
本作は2−19年のヴェネチア映画祭でプレミア上映されました。
映画『ジャスト6.5』のあらすじ
薬物依存者であふれ返る街。その大半はホームレスとして悲惨な生活を送っていました。
そんな人たちにも容赦なく、警察は薬物撲滅警察特別チームのサマドを中心に大勢の薬物依存者を摘発。そして麻薬取引のボスであるナセルという元締めの存在を突き止めます。
捜査は難航しましたが、あきらめず続けたことによって、ついにナセルを彼のペントハウスに追い詰めることに成功します。
しかしなおもナセルの有罪を決定づけることに苦労する警察。一方でサマドたちは、以前行った自分たちの捜査でのミスが尾を引き、警察内部のチームワークにも問題を引き起こしていました…。
映画『ジャスト6.5』の感想と評価
映画のスタートからエンドまで、とにかく息を呑む展開。そんな空気感が漂っています。
映像ではハリウッド作品を意識したかのようにショット割りをしっかりと行ってシーンの熱量とスピード感を作りだしており、エンタテインメント的な要素がかなり高い作品となっています。
一方、単なるアクション映画であれば展開の中に抑揚感も覚えるものでありますが、この作品ではそういった物語の波のような感覚が感じられず、トーンダウンするのを待っている間にクライマックスまでもっていきます。
ここまでハイテンションが続くと、作品を鑑賞するにも体力が必要でありますが、Q&Aの方でサイード監督が語られているとおり、作品に対して意識的に現実性を追究しているという部分がかかわっているのでしょう。
本作では警察のサマドと、麻薬王のナセルという二人の人間がクローズアップされて描かれます。
そのキャラクターは正反対、善と悪という存在になるはずでありますが、物語の中では二人とも完全に白、黒と着地しないグレーな部分が描かれています。
麻薬関係者に容赦のないサマドが、捜査ミスをめぐって仲間や関係者ともめるときの表情、そして麻薬王という立場にあるナセルが家族を人一倍いつくしむ姿。
警察対ヤクザ的な構図のドラマであれば、こうしたグレーな領域は消され、善悪がはっきりしたものとして描かれる傾向が強いでしょう。
しかし確かにリアルな人間像としては、こういったグレーの部分が実は重要な点であり、こうしたエンタテインメント的な作風の中に現実性を追究するという部分に斬新さが見られます。
人によっては作品を見られた時点では、何らかの違和感を覚えるかもしれません。しかしそれこそが大きな出来事の中にあるリアルな部分であると、改めて感じられるものであります。
上映後のサイード・ルスタイ監督、ナヴィド・モハマドザデー Q&A
左からナヴィド・モハマドザデー、サイード・ルスタイ監督
2日の上演時にはサイード・ルスタイ監督、ナヴィド・モハマドザデーが登壇、舞台挨拶を行うとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。
──映像の最後には、ドローンで撮影したと思われるハイウェイの乱闘シーンがありますが、これはどのように撮影したのでしょう?
サイード・ルスタイ監督(以下、サイード):
普通のハイウェイで、私たちがわざと車を入れて渋滞を起こしたんです。いろんな車を入れて大変な渋滞になってしまいまして…、ラジオで「このハイウェイは今日、どうなっているのでしょうか?」とニュースが流れたくらいでした(笑)。
大変なシーンだったんですが、この日に撮影しなければ、おそらく次は無理だったので頑張って当日に撮影を行いました。
ナヴィド・モハマドザデー(以下、ナヴィド):そこでは携帯で写メを撮っていた方たちが、その様子をSNSに流しちゃったんですが、海外のマスメディアが「今のイランでは大変なデモが流れています。それはアメリカの制裁があるからで」みたいなことを書かれていました(笑)
キャストのナヴィド・モハマドザデー
──この映画では貧困と麻薬という大きな二つのポイントが書かれていますが、これについて監督ご自身が考えられていることはありますか?
サイード:貧困と麻薬問題というのは、関係が強いかもしれません、それにプラス経済というのも影響が考えられます。
一方で、私たちの国イランの隣国はアフガニスタンです。アフガニスタンには世界的にも大量の麻薬を作っており、特にこの20年間は100倍以上に増えている。たくさん流れてしまえば、値段はどんどん安くなってしまう、そうなると簡単に麻薬を手に入れる可能性も高くなるんです。
そのルーツはイランになっているので、国の中で対策をして頑張っても、イランの中には流れてしまうんです。いろんな考えて政策をしていても、コントロールするのは難しくなっているのが現状です。
サイード・ルスタイ監督
──ナミドさんは独特の雰囲気を持った悪役像を作られていましたが、どのようにその像を作られたのでしょうか?
ナヴィド:サイード監督と仕事をしたのは今回で2回目ですが、この作品に入る1~2年前にこのキャラクターについてサイード監督と話しました。ですから、その話をしたうえで、ドラマチックポイントまで合わせて作り上げました。
実は私には12人の兄弟がいるんです。だからこそ多くの家族を見る視点があると思っているんです。自分はお父さんみたいな立場でみんなを見たり養ったりする気持ちはよくわかります。だからその意味でとてもこのキャラクターが家族を思う気持ちはとても理解していました。
もちろん。私はドラッグの密輸人ではなく、麻薬とは一切関係ない人間ではありますが、一方で大きな成功を上げていたい。その成功したところ、たくさんの兄弟がいるという点ではこの役にはとてもよく当てはまったと思います。
それと私の尊敬している役者に三船敏郎という人物がいますが「自分の役を自分が判断する」、それは三船から学んだと思っています。
──この作品の中で描かれている雰囲気は、イランの映画としては若干一般的な作品とは違う雰囲気を感じますが、こういったシーンを実際に目にしたことが無く、本当に目新しいと思いました。この作品の中でどのくらいのディストピア(フィクション)を追究し、どのくらいのリアリティを追究しようとしたのでしょうか?(イラン人観衆より)
サイード:私は26歳のときに映画を作り始めました。今まで制作してきた映画はもっとも現実に近づいて映画を作ろうと頑張ってきたわけですが、『ジャスト 6.5』を作るときにディストピアを作るつもりはありませんでした。ただ、私は自分の社会の中に視点を置いて映画を撮っていこうと思いました。
ですから現実からは全く離れているというわけではありません。イランの中ではこうした映画を見るとこういう批判をされることはたまにある一方で、私たちはそんな意味で映画を作っていません。
必ずしも自分の考えから生まれただけでなく現実の一部を描いているだけであり、私は自分の国の悪いところを見せるとか、そういう意味で映画を作っているような思いは全くありません。
第32回東京国際映画祭「最優秀監督賞/最優秀男優賞」受賞コメント
11月5日に行われた映画祭のクロージングにて、本作が国際コンペティション部門で「最優秀監督賞/最優秀男優賞」の二冠を受賞したことが発表され、サイード監督とナヴィドが受賞の喜びを語りました。
サイード:この賞を、黒澤明の国からいただけて光栄です。スタッフの皆さん本当に感謝しています。
ナヴィド:とてもすばらしい賞をありがとう。本作は監督の演出がなければ、演じられなかったです。そして今、劇場にイランの巨匠が来ています。
彼がいなければ映画を愛することはなかったと思います。彼の映画を見て、今まで映画を作ってきました。本当に感謝しています。
受賞後の会見コメント
──イラン国内では本作のようなエンタテインメントに富んだ作品は度々制作されているのでしょうか?
サイード:この映画はイラン映画史上一番売れた映画で、この20年間でもっとも多く観られた映画といわれていますが、私はこういうタイプの映画はイランではあまり観たことがありません。
──黒澤明監督の作品から影響を受けたことがありますか?
サイード:私は15歳から映画を専門学校で学び始めました。大学でも学んで、たくさんの映画を見てきましたが、週に5~6本は見ていました。
黒澤監督は世界的に偉大な監督で、私も大好きな作品がありたくさん見ているので、どこかしらに影響というのは、作品の中に残っていると思います。「自分が語りたい物語を、ゆっくり時間をかけてディテールを込めて伝える」というのが、黒澤監督から学んだことであります
まとめ
例えば部分的に見られる緊迫した取り締まりなどのシーンは、ハリウッドの刑事モノドラマと比較しても全く遜色のない迫力を醸し出しています。
中東諸国は世界と壁があるようにも見え、欧米やアジア諸国から見ると怖い印象もありますが、その意味でこういった作品が映画祭に出品され賞を受けるというのは、映画に力があるからだと、改めて感じさせてくれました。
また一方で、映画の冒頭で麻薬常用者の一斉摘発シーンはかなりの大掛かりなもの。もちろん映像のリアリティ、迫力という面も衝撃的でありますが、現実性を考えると非常にいたたまれない気持ちにもなるところでもあります。
さらに麻薬問題という本来は知らない、でも実は身近に潜む問題に触れるような貴重な機会を得られるものでした。