『この世界の片隅に』に新たなカットを追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は2019年12月20日に公開。
2016年、日本中にじわじわと感動の輪を広げていった『この世界の片隅に』。
この2016年版であまり描かれなかった遊郭の女性リンのエピソードなど、新規に制作した39分を加えた『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、主人公すずの心情がより理解しやすい内容になっています。
CONTENTS
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の作品情報
【日本公開】
2019年(日本映画)
【監督】
片渕須直
【キャスト】
のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、花澤香菜、澁谷天外
映画『この世界の片隅に』とは?
参考動画:『この世界の片隅に』予告編
2016年に公開された『この世界の片隅に』は、クラウドファンディングで資金を集めたことで話題となりました。
そして、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』で国民的女優となった能年玲奈が、のんと改名してから初の主演作としても注目を集めました。
原作は、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した、こうの史代の同名コミックです。
異例のロングランヒットとなった映画『この世界の片隅に』は、戦争前から終戦後までの広島・呉でのひとりの女性すずの日常を描き、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞などさまざまな映画賞を受賞。
そして、2019年、こうの史代原作のマンガにはあるものの、映画内ではあまり描かれなかったエピソードなど250カットを加えた完全版として、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が制作されました。
前作で触れられなかったリンやテルとの会話シーンや終戦後の暮らしなど、物語をより深く理解するためのピースとなるエピソードが加わり、前作でふわっとしていた部分の答え合わせができたような仕上がりとなっています。
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のあらすじとネタバレ
昭和8年。広島市江波に暮らす浦野すずは、絵を描くことが得意なちょっとぼーっとした女の子。
ある日、少し年上の少年とともに人さらいにさらわれるも、機転をきかせ逃げ出すことに成功しました。
昭和10年8月。お盆に草津の祖母の家を訪れたとき、すずは屋根裏に潜む少女を見かけます。
すずたちが食べたスイカの残りを口にする少女に、すずは新しくスイカを用意しますが、もうその姿はありませんでした。
昭和13年2月。兄を海で亡くしたいじめっ子の水原が課題を終わらせず家に帰らない姿を見て、すずは代わりに海の絵を描いて渡しました。
昭和18年12月。祖母の家で海苔すきの手伝いをしていたすずのもとに、呉からすずを嫁にほしいという男性が来ていると知らせがありました。
昭和19年2月。よくわからないままトントン拍子に縁談は進み、すずは呉の北條周作の家に嫁いできました。
おっとりしたすずは、失敗をくり返しながらも徐々に嫁として受け入れられていきます。
ただ、娘の晴美を連れて出戻ってきた夫の姉、黒村径子は、仕事の遅いすずにきつくあたるのでした。
一度は嫁ぎ先に帰った径子でしたが、建物疎開で店が取り壊され、正式に離縁して戻ってきました。
ある日、砂糖を買うため闇市に出かけたすずは、道に迷い遊郭が立ち並ぶ区域に入り込んでしまいます。
そこで道を教えてくれた遊女の白木リンと仲良くなり、その場で彼女のために食べ物の絵を描きますが渡しそびれたすず。
翌月。周作の計らいで町へ出かけ、ふたりきりの時間を過ごしたすずは幸せを感じていました。帰宅したすずは、リンのためにいろいろな食べ物の絵を描くのでした。
食欲のないすずは妊娠したかもしれないと思い病院に行きましたが、原因は栄養不足でした。失意のままリンのもとへ向かったすずは、リンがいいお客さんに書いてもらったという名前と住所が書かれたメモを見せてもらいます。
後日すずは、周作が以前ある遊女を身請けしようとしていたことを知ってしまいます。
そして、周作の文机で見た裏表紙が破かれたノートとリンのメモの形が一致することに気づき、ふたりがかつてそういう関係だったと悟ったすずは、彼に抱かれることを拒むのでした。
12月。重巡洋艦「青葉」の乗組員となっていた水原が、入湯上陸ですずの家にやってきます。
自分の知らない素の表情を見せるすずに内心おだやかでない周作は、水原を納屋の二階に泊め、すずをそこへ遣わして母屋の鍵を閉めます。
水原はすずを求めますが、今のすずの気持ちは周作へ向いていました。水原は笑って寝転がり、お前だけはいつまでも普通でいてくれ、と言って朝早く出ていきました。
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の感想と評価
白木リンという女性
今回の作品で追加されたシーンの多くは、リンについての描写でした。
描いた絵を渡しそびれたすずは、わざわざ新たに描き直してそれを届けに行きます。
その日、妊娠が勘違いだったとわかりしょんぼりしていたすずにリンは、どうしてそんなに子どもが欲しいのか尋ねます。貧しい家庭に生まれ、売られてしまったリンには子どもを産むことが幸せなこととは思えないからです。
一方すずは、嫁の務めとして後継ぎを産むことが必須だと考えており、このシーンでのふたりの会話の噛み合わなさはユーモラスでありながら、ふたりの立場の違いが明確に表現されています。
また花見で出会ったとき、ひらひらと蝶のように動くリンは軽やかで自由に見えますが、「逃げたと思われるから戻るね」と言うセリフにはドキッとさせられ、遊女という苛酷な状況が浮かび上がります。
明らかにされた周作とリンの関係
前作でははっきり語られなかった周作とリンの過去が、本作では仲人である小林のおばさんによって語られます。
荷物を整理したら出てきたきれいなリンドウの茶碗。皆が何かを察しながらごまかしていると、小林夫人は余計な一言を発してしまいます。
そのときは気づかないすずでしたが、やがてパズルのようにピースがはまり、周作がリンをかつて愛していたことに気づいてしまいます。
せっかく夫婦として距離が縮まってきたのに。せっかく同年代の友だちができたのに。自分は「代用品」だったのかと傷ついたすずのもとに水原がやってきます。
この一連の流れが加わったおかげで、水原と過ごした一夜の理由がわかりやすくなりました。
かつてはほのかに思いを寄せていたのかもしれない水原の誘いを、待っていたのかもしれないと言いながら受け入れなかったすず。
周作はなぜ自分を水原のもとへ来させたのだろう?自身の行いへの後ろめたさなのか、償いなのか。
その葛藤が、あの布団をつかんで告白するという行動につながったのだと、この新作を見て腑に落ちました。
紅の持ち主テル
新キャラとして登場したリンの店の遊女、テル。
実はこのときすずは、リンときちんと話がしたかったのです。竹やりを持っていたため、痴情のもつれと思われリンに会わせてもらえませんでしたが、窓越しに話をすることができたのがこのテルでした。
テルはどこか飄々と他人事のように自らの不幸な出来事を話し、すずの心は次第にやさしくテルに寄り添うようになっていきます。
前作では登場せず、花見のシーンもなかったので、すずの持つ紅の元の持ち主であるテルの存在はセリフで出てくるだけでした。今回、どうしてもこのテルの登場シーンが必要だという監督の強い意向で追加されました。
そして、花澤香菜の繊細で儚くも明るい演技がこのシーンを引き立たせ、印象深いものにしています。
まとめ
初めてこの『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を見たとき、最初にこの作品が作られ、前作はそこから泣く泣くシーンをカットしたのだと思うくらい自然で、まさかあとから新規に場面が付け足されたものだとは考えてもいませんでした。
紹介したもの以外にも、水原とすずの学生時代の教室のシーンや、終戦後の近所の知多さんの様子など、その人物を深く知るためのシーンが追加されており、より完璧な作品になっています。
前作を見た人も、見ていない人も、どちらも納得できる新しい作品です。
そして、複数の動画サイトにて『<片隅>たちと生きる 監督・片渕須直の仕事』が配信されています。
本作の制作過程を追ったドキュメンタリー作品で、驚くほど緻密な調査、こだわり、愛情によって作られたということがわかります。こちらも併せて見てみると、より理解が深まるでしょう。
映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は2019年12月20日より全国ロードショーです。