映画『ある船頭の話』主演・柄本明インタビュー
2019年9月13日(金)より全国ロードショーされるオダギリジョー長編初監督作品『ある船頭の話』は、第76回ヴェネチア国際映画祭“ヴェニス・デイズ”部門に正式出品されることが決定し、長編の日本映画としては史上初の快挙となりました。
俳優としても活躍を続けるオダギリジョー監督が自ら脚本を手がけ、撮影監督にクリストファー・ドイル、キャストに豪華俳優陣を迎え、近代化の波に揺れ動く人間の姿を、ひとりの船頭を通して、静かにそして強烈に描き出します。
今回は、主人公の船頭「トイチ」を演じる柄本明さんにインタビューを行いました。過酷な撮影現場の舞台裏や共演者についてのお話から、「役者」というもの、「映画」の持っている魅力など、多岐に渡りお伺いしました。
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オダギリジョー監督が生み出した“過酷な現場”
──本作の現場はかなり過酷だったようですが。
柄本明(以下、柄本):そうなんですよ。本当に大変でした。自分が経験した中では、体力的に一番きつい現場でしたね。でも脚本も、そういう過酷な現場に生きている船頭さんの話ですから、当たり前なのかもしれませんが。
それと舟ですね。操舵は結構上手くなったんですが、それだって川の流れがあったら、とてもじゃないけど川下に流されていっちゃう。「そっち行け」って言われたって、いくらやっても行けないんですよ。それで皆でロープで引っ張ったりもして。
しかも主な撮影は7月20から8月末までの正に夏休みの間の炎天下で逃げられる木陰も無くて。
カメラをちょっと移動するだけでも大変で、よくあんな場所を探して来ましたよね。きっと監督のイメージ通りの場所が見つかったんだと思います。大変でしたけど(笑)。
──オダギリジョー監督はいかがでしたか?
柄本:僕はいつも監督とはそんなに喋ることはないんですが、オダギリジョーさんは監督としても凄く真摯で、良い監督だなと感じました。
僕の役はいちばん最初はご自身がやりたいと思っていたようですが、脚本を書いているうちに変わっていったみたいです。それが何で僕になったのか分かりませんが(笑)。
──オダギリジョー監督が手がけた脚本の印象はいかがでしたか?
柄本:普遍的な話ですよね。映画の作りとしても、決して今の流行りとはいえない作風をよく持ってきたなと。
その普遍的な中に貧しさであるとか、いわゆる負の部分というのを描いて行きたいんだなと感じて、とても素晴らしいなと思います。
──舟の上で殆どの芝居が行われるという舞台設定は密室劇のようで、とても面白いと感じました。
柄本:その中で僕は舟を漕いでいるだけですから。面白い設定でしたね。それと、僕自身もこんなに出突っ張りの役っていうのは初めてでした。僕はほぼ全シーン出ているんですけど、恐らく映画史上的にも、こんな映画はそうそう無いですよね。
撮影監督クリストファー・ドイル
──撮影監督がクリストファー・ドイルさんということで、ほかの撮影監督と違いはありましたか?
柄本:大いにありました。これはクリスの提案らしいんですが、休憩をしないですし、テストもしない。用意ができたら最初からカメラを回すんです。
一見ヒッピーみたいな格好で、「ホンバンターイム、ホンバンターイム」と言いながら場を進めていく、まぁムードメーカーですね。そうやって出来上がった画も、恐らくどこか日本人の感覚とは違う面白さがありますよね。
それと、監督が撮りたいカットと、どうもクリスが個人的に撮りたいカットがあるらしく、カット数が増えていく。だから撮影も長くなっちゃうんですよ。これくらいなら早く終わるだろうと思ってても、終わりゃあしない。日もないのにまだ撮ってるみたいなね。
──そんな過酷な現場から生まれた本作をご覧になった感想は?
柄本:自分が出ているものは、客観的になれないから分からないですね。じゃあ、何も分からないのかって言われるとそういう訳ではないですけど、やっぱり全体を俯瞰して見ることはどうしても出来ないですから。
僕なんかはきっと、映画が封切りされて、3年くらい経って二番館で看板が掛かってるのを見かけて「あれ、やってるな」っていう感じで観るのが一番良いですね。それでも客観的になれないかも知れないですけど(笑)。
素晴らしいヒロインと“縁深い”共演者たち
──共演者についてお伺いします。まずヒロインの川島鈴遥さんはいかがでしたか?
柄本:素晴らしい子でした。彼女の素晴らしさは一緒にやってても分かりますけど、誰がみても一目瞭然ですよね。
新人で経験が無いとか本当に関係ないです。彼女は現場でそこに立っていられることが出来る。芝居の間(ま)だとかも素晴らしかったですね。
監督もオーディションで会った時から「行ける」と感じたのでしょう。演出で変化していく瞬間もありましたし、監督とも恐らくいろいろ話していたんだと思います。
──町医者役を演じる橋爪功さんとのシーンは見応えがありました。
柄本:ヅメさん(橋爪功)は尊敬する大先輩で、昔に二人芝居でご一緒している事もありますが、言ってみれば舞台出身者という「同じ穴のムジナ」で、そんなムジナ同士が出ている訳ですから、そういった意味では醸し出てくる雰囲気なんかは面白いものがあるでしょうね。
──恐らく脚本には書かれてないであろう部分でおふたりが嬉々として芝居合戦しているように感じました。
柄本:その感覚はわかります。ヅメさんは「新劇」で、僕は「アングラ」という、どうしてもお互いの出身というところで、火花を散らすところは出てきてたのかもしれないですね(笑)。
──しかもその戦いは「舟上」と「診療所」というホーム&アウェーの攻防でした。
柄本:そういったところも面白かったですよね。それでもってヅメさんはやっぱり天才で、これは良い意味で「責任ねえや」というものを感じます(笑)。
意地悪な言い方をすれば「お前は主役なんだからちゃんとやらなきゃダメだ。オレは関係ないからサ」という具合で、そういうのってなんかイイですよね。
──ほかにも柄本さんと関係が深い相米慎二監督の作品に出演している永瀬正敏さん、浅野忠信さんとも共演されています。
柄本:相米監督は僕にとってゆかりの人ですね。永瀬さんも相米キッズ。それに浅野さんね。浅野さんは今回の役柄では何も言わないけど、やっぱりいいですねぇ。
そんなこともひとつの映画の見方として、見てくれることがあったら面白いですね。
「役者」は「ここにいられれば良い」
──柄本さんご自身についてもお伺いします。今回は主演として、また船頭という特殊な役でしたが、役で特に気を使ったことはありますか?
柄本:役について何かを特別に考えるということはいつも無いですね。今回は船頭さんということですから技術的な部分での修練はしましたが、いつもそんなに考えないんです。
いわゆる「役作り」という言葉が使われますが、僕は「役作り」という言葉自体に違和感を感じていて、何か他に言葉がないのかなといつも思っています。
もちろん役の人間が昔、何をしてたかは脚本には描かれていない訳ですが、同じ人間ですからそんなに分からないことは無いし想像はできる。
大切なのは、その時、この場所に自分が溶け込めることが出来るのかという事を、ぼんやり考えていって「ここにいられれば良いな」ということが出来るかどうかです。
──役柄は違いますが、今村昌平監督の『うなぎ』『カンゾー先生』に出演されていた時のような、柄本さんご自身が存在しているような印象を本作でも受けました。
柄本:そうかもしれないですね。結局、役の人間が何か繕ってもしょうがないというようなところでは同じ感覚だと思います。
「大カリスマ」今村昌平監督
──今村昌平監督はどのような監督でしたか?
柄本:大カリスマですね。なにしろ声が良いんですよ。
僕は『うなぎ』(1997)が今村昌平初体験で、テストの時はホイホイやってたんですけど、本番になって「ヨーイ、スタート」ってあの声で言われた途端に「ああ、この人にみんな見られちゃう、何をやろうと見透かされている」と感じて身体が動かなくなりましたね。
大したシーンじゃないんですよ。(カメラの)オフからオンに入って、ゴミ箱のゴミを取りに行くだけですから。
役者なんて、なにかやろうと小賢しいこと考えていますから、そんな事もみんな見抜かれちゃうなっていう怖さを感じました。
でもやらなくちゃいけないから、その中で結論を出さなきゃいけない。そしてコンマ何秒の間で出した結論は「一生懸命頑張ろう!」っていうことでした(笑) 。
そういった怪物にボロボロにされてきたわけですが、どんなに役者が「いられない」「上手くいかない」だとか思っても、役の人間は「そこにいる」ということです。
役者の仕事には“残酷なもの”が流れている
──柄本さんにとって「役者」とはなんですか?
柄本:なんでしょうね。いつのまにか、こういうことになっちゃったんですね(笑)。こういうことになって、どこか水にあってるから続けてるのだと思います。運がいいことに仕事的にも恵まれて。
演劇の場合は、自分たちのリスクで出来ますけど、映画とか、いわゆる映像の仕事っていうのは、需要と供給の世界で、こっちがハリウッドに出たいって言ったところで、当たり前だけど向こうから(オファーが)来なければ叶わないです。
ですから、役者の仕事というのは、人の前で、人に見られる商売ですかね。見世物になる商売。そこには物凄く残酷なものが流れてると思います。見られるんだから。見るほうは絶対に見抜きますから。こっちは見抜かれてもやっていかなくちゃいけない訳ですよ(笑)。
映画は夢のような「祭り」
──柄本さんは演劇でもご活躍をされています。映画と演劇の違いはありますか?
柄本:似て非なるものですね。映画は役者というものもあるけど、監督でありスタッフのもの。演劇は演出というものもあるけど、役者のもの。
映画の場合は監督がいて、あとは役者もみんな並列で、監督の「ヨーイ、スタート」で一斉に動き出すもので、演劇とは全然違うものですよね。
演劇の場合は、なんといってもライブで役者がお客と対峙していく。役者とお客の間には何もないわけですが、映画には、その間にいろんな要素が入り込んでくるわけです。
演劇の現場も楽しいですけど、映画の現場はなにか土木現場の仕事をしているみたいな楽しさがありますね。
柄本:今回は特に大変でしたけど、そういう苦しいことも含めてやっぱり楽しかったですよ。とにかくやらなきゃしょうがないっていう現場仕事で、みんなでガチャガチャやる。
映画にはそんな面白さがあって、やっている時は辛かったけど、それも含めて映画の現場というのは、やっぱり夢のような世界ですよね。
映画っていうのは、自分だけがやっている訳じゃなくて、何十人ものスタッフの人たちが集まって皆でもって作っていくもので、そこで集まった人たちでやる「祭り」ですよね。僕はそこで、これからどんな祭りが始まるのかという感覚でいる。
今回はクリスがカメラを回していて、オダギリ監督が「ヨーイ、スタート」っていうと全体が動きはじめる。映るのは僕かも知れないけど、決して僕ひとりを見ている訳じゃなくて、そこで起きていることがどういう事なのかという事情もみていく。
その事情も含めての「何か」で映画は作られる訳ですから、その中でなんとか立っていられれば良いなと思っています。
インタビュー/大窪晶
写真/出町光識
柄本明(えもとあきら)プロフィール
1948年11月3日生まれ、東京都出身。
「自由劇場」を経て1976年に劇団「東京乾電池」を結成し、座長を務めます。
1998年、『カンゾー先生』(今村昌平監督)で第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめ、その年の映画賞を総なめ。
2003年『座頭市』などで第58回毎日映画コンクール男優助演賞受賞。その後も映画のみならず、舞台やテレビドラマに多数出演。2011年、紫綬褒章と芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2015年には第41回放送文化基金賞 番組部門「演技賞」受賞。
近年の映画出演作には『シン・ゴジラ』(2016/庵野秀明総監督、樋口真嗣監督)、『モヒカン故郷に帰る』(2016/沖田修一監督)、『武曲 MUKOKU』(2017/熊切和嘉監督)、『万引き家族』(2018/是枝裕和監督)、自身が演出を務めた舞台「ゴドーを待ちながら」の稽古場を記録したドキュメンタリー『柄本家のゴドー』(2019/山崎裕演出)、『居眠り磐音』(2019/本木克英監督)、『楽園』(2019/瀬々敬久監督)など。
映画主演は『石内尋常高等小学校 花は散れども』(2008/新藤兼人監督)以来、本作が11年振りとなります。
映画『ある船頭の話』の作品情報
【日本公開】
2019年9月13日(日本映画)
【脚本・監督】
オダギリジョー
【音楽】
ティグラン・ハマシアン
【衣装デザイン】
ワダエミ
【キャスト】
柄本明、川島鈴遥、村上虹郎、伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功
【作品概要】
俳優として海外でも精力的に活動を続ける俳優、オダギリジョーの長編初監督作品。
撮影監督は『ブエノスアイレス』(1997)『恋する惑星』(1994)などで知られるクリストファー・ドイルが務め、衣装デザインには黒澤明監督作『乱』(1985)で米アカデミー賞®を受賞したワダエミが担当します。
音楽は世界的に活躍するアルメニア出身のジャズ・ピアニスト、ティグラン・ハマシアンが映画音楽に初挑戦しました。
キャストは主人公の船頭トイチ役の柄本明をはじめ豪華キャスト陣が集結。
人懐っこい笑顔でトイチのもとに遊びに来る村人・源三役には、映画『銃』(2018)での演技も印象深い、若手実力派・村上虹郎。
ヒロイン役には『望郷』(2017)の川島鈴遥がオーディションを重ねて抜擢されました。
8月から開催される第76回ヴェネチア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門での正式出品が決定しています。
映画『ある船頭の話』のあらすじ
近代産業化とともに橋の建設が進む山あいの村。
川岸の小屋に住み船頭を続けるトイチは、村人たちが橋の完成を心待ちにする中、それでも黙々と渡し舟を漕ぐ日々を送っていました。
そんな折、トイチの前に現れた一人の少女。
何も語らず身寄りもない少女と一緒に暮らし始めたことで、トイチの人生は大きく狂い始め…。
映画『ある船頭の話』2019年9月13日(金) 新宿武蔵野館ほか全国公開!