2019年7月26日(金)に全国公開された山崎貴監督の『アルキメデスの大戦』。
2020年東京オリンピック開会式・閉会式のプランニングチームにも選ばれている山崎貴監督。
2019年公開作だけでも、本作で監督・脚本・VFX、8月2日公開の『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』では総監督と脚本、そして12月6日公開予定の『ルパン三世 THE FIRST』でも監督・脚本を務めるなど、精力的に作品を生み出しています。
かつて『永遠の0』(2013)で零戦に焦点をあてて太平洋戦争を描いた山崎監督、実は子どもの頃から零戦や戦艦大和が好きだったといいます。
『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(2010)で宇宙戦艦ヤマトの実写化は経験済みですが、今回は史実が前提にある戦艦大和の悲劇を映像化しました。
戦艦大和を題材にした映画は今までもありましたが、それは大和が沈むまでの人間ドラマを描いたものが多く、山崎監督は異なる切り口を探していたそうです。そんなときに出会ったのが漫画雑誌「ヤングマガジン」連載中の『アルキメデスの大戦』でした。
CONTENTS
映画『アルキメデスの大戦』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【原作】
三田紀房
【監督】
山崎貴
【キャスト】
菅田将暉、柄本佑、浜辺美波、笑福亭鶴瓶、小林克也、小日向文世、國村隼、橋爪功、田中泯、舘ひろし
【作品概要】
『ドラゴン桜』などのヒットで知られる三田紀房原作のマンガは、日本海軍の造船や航空機の技術戦略とそれに関わる人々の駆け引きを描いていて、2019年8月現在も連載中です。
その人気マンガ『アルキメデスの大戦』を、日本屈指のVFXディレクターでもある山崎貴監督がCGを駆使しつつ、スリリングな展開の人間ドラマとして、原作のエキスを凝縮して実写化しました。
主演は今ノリに乗っている俳優、菅田将暉。その部下に柄本佑。そして山本五十六役に、残された本人の(若い頃の)写真とそっくりだと評判の舘ひろし。さらに國村隼や橋爪功など安定感のあるベテラン役者を配し、作品に重厚感を与えています。
巧みな物語の構成力
この映画の最大の魅力は、構成の妙と言っていいでしょう。
まず冒頭に、圧倒的な迫力のVFXで、戦艦大和の壮絶な最期を見せる。これには老若男女問わず度肝を抜かれたことでしょう。
戦艦大和の沈没は歴史的な事実ですから、沈むことは観る側もわかっている。その前提があるので、あえて最初にそのシーンを持ってきたのです。
これはかなりの衝撃でした。綿密な調査に基づいた沈没までの大和の動き、それを時間を割いてしっかり見せる。おそらく膨大なCG作業だったのでしょう。その労力が結実した大迫力のこのシークエンスによって、その後の物語がグッと活きてくるのです。
また、大和の機銃隊がようやく撃墜した米軍機からパラシュートでパイロットが脱出し、見事な連携で味方が救出にやってくるシーンがあります。
特攻作戦という片道切符で戦わざるを得ない大和の乗組員たちの目の前で、一つの「命」もあきらめない米軍の姿を見せつけられるのです。
彼らは、その絶望的な差になすすべもありません。セリフもないその短いシーンがその後、観る側の心にジワジワ効いてくるのです。
原作を大胆に改変した監督
山崎監督は原作を大胆に切り取り、キャラクターに独自の解釈を与え、2時間の劇場用エンターテイメントとして成立させました。
原作では海軍内部での争いの他に、陸軍の過激な武闘派や諸外国のスパイなど様々な障壁が次々と現れます。
映画では海軍内の“大艦巨砲主義派”嶋田繁太郎海軍少将や平山忠道造船中将との新型戦艦建造の予算獲得をめぐる闘いに的を絞り、それが功を奏しているのです。
戦艦大和を作りたい嶋田や平山VS航空機を主力に据えた空母を作りたい山本五十六と藤岡。山本は菅田将暉演じる櫂を仲間に引き入れますが、それは山本が櫂の本質を見抜いていたからであり、この二人の関係には後半になってさらに興味深い展開が用意されています。
山本の部下となった櫂は、敵対勢力を出し抜くべく、驚異の数学的能力を発揮して事を進めていきます。そして新型戦艦建造計画会議の場面で、映画は大きな盛り上がりを迎えます。
二転三転する状況に、観る側はワクワクが止まりません。
菅田将暉に寄せた主人公像
ここで主人公の櫂直に触れておきましょう。
原作マンガの彼は青年マンガ誌の主人公らしく、女性の扱いのうまい、色気のあるガッシリとしたエリートという感じです。もちろん数学の天才でもありますが、映画の櫂よりも策士といった印象です。
菅田将暉演じる櫂は、変人と言われるほどの天才です。何でも測らなくては気が済まない、といったエキセントリックな部分をあえてクローズアップし、そこに菅田将暉がうまくはまった、というより、櫂のキャラクターを菅田将暉に寄せていった感があります。
菅田の過去の出演作、『帝一の國』の赤場帝一でもそうでしたが、かなり個性が強調された役が彼にはピッタリです。
撮影中に湧き起こった拍手
そして菅田将暉は、監督のその期待に応えるような熱演を見せてくれています。
会議の中盤、黒板に数式を書きながら長セリフをしゃべるシーンがありますが、実際に正しい数式をスラスラと書きながら、難解な説明セリフを言い切っています。カットがかかった瞬間、脇を固める名優たちから拍手がおこったというのもうなずけます。
またヒロインや、ヒロインとの関係性も、菅田将暉に合わせて改変されています。原作では、ハニートラップ的な展開で家庭教師をやめさせられた櫂ですが、映画のヒロイン鏡子はもっとピュアで、櫂との関係もプラトニックな両思いという間柄です。
浜辺美波の可憐なお嬢様と男臭くない菅田将暉とのシーンによって、恋愛要素は淡く美しいものとなり、緊迫した展開の中での爽やかなエッセンスとなっています。
もっともおいしかったのは“あの人”
新型戦艦建造計画会議が終わってからあとの部分、それがこの映画を成功に導いた大きな要因です。
まず、山本五十六の真意が明らかになる場面。ここまでの展開を観ていると、櫂の良き理解者というか同じ理想を持っている上司と思わされていましたが、あ、彼は“山本五十六”だったんだ、と再認識させられます。
舘ひろしの醸し出す温和な雰囲気のせいでしょうか。やられた、と感じましたね。
ですが、何と言っても一番の存在感は、田中泯演じる平山造船中将でしょう。あの会議の途中まで、観る側は平山を敵役として認識しています。
しかし、櫂の指摘によって自らのミスを認めて提案を取り下げる姿はかっこよく、技術者としての誇り、男としての潔さを感じずにはいられませんでした。
会議から一ヶ月後、平山に呼び出された櫂が研究所を訪れると、そこには20分の1の戦艦大和の模型が置いてあります。このシーンでの平山の言葉が、この作品の肝であり、すべてが彼のセリフに詰まっています。
田中泯の存在感は本作最高のギフト
戦争を終わらせるための“よりしろ”。国民に負けを認めさせ、それ以上の犠牲を出さないための人身御供、それが戦艦大和。
ここで観る者の頭の中には、冒頭の、壮絶な大和の最期が蘇ってきます。そうさせるための構成、見事です。
そして、まだ続いている原作の内容を、違和感なくここで決着させるために、平山というキャラクターには誰よりも説得力のある人物を充てる必要がありました。海軍の軍人で、優秀な技術者で、そして日本国のことを憂い、未来を見据えて考えられる、そういう人でなければならなかったのです。
田中泯の整った顔立ち、研ぎ澄まされた表情、厳格な雰囲気。最初は得体の知れない嫌な感じの男と思わせていましたが、実はこういうことを考えながら設計していたのか、とわかったときの腑に落ちた感は、この映画で得られた最高のギフトでした。
その平山に、理系としての本能をくすぐられ、そして戦争を止めるにはこの方法しかないと説かれる櫂に、抗う選択肢はなかったでしょう。
まとめ
ラストシーンにて。意気揚々と甲板を歩く山本五十六に、複雑な表情をしながらも敬礼する櫂直。
9年経ち、完成した戦艦大和の上で、すっかり軍人となった櫂は、しっかり敬礼こそしますが、恐れていた真珠湾攻撃によって最悪の方向へと舵を切った山本を苦々しく見つめるのです。
それは、勝てるわけないと言っていたアメリカとの戦争に突き進んでいく山本に対する櫂の思いの表れです。
観賞後、気になって原作マンガを読んでみると、真珠湾攻撃の発案者は櫂自身でした。もちろん櫂は、戦争をしたかったからではなく、自らの提案を軍部に通させるためのハッタリとして考えた作戦だったのですが、それが一人歩きし、やがて現実のものとなってしまったのです。
最後、菅田将暉が流す涙に、悔しさと悲しさが込められています。
8月は、戦争について考える機会が増える時期。少しでも多くの人、特に若い人に見てもらい、平和について考えてほしい、そんな作品です。
映画『アルキメデスの大戦』は2019年7月26日(金)より全国劇場にてロードショーです。