連載コラム「銀幕の月光遊戯」第36回
2019年7月20日(土)より、ユーロスペース他にて、『五億円のじんせい』が全国順次ロードショーされます。
『ソロモンの偽証』、『3年A組-今から皆さんは人質です-』の望月歩が初主演! かつて五億円で命を救われた少年が、17歳の夏、五億円を貯めてから死ぬための旅に出た。 彼が知った本当の命の値段とは!?
映画『五億円のじんせい』のあらすじ
「知ってますか? 人が生まれて死ぬまでにかかる金額、日本人の場合、平均約二億百万円。人が生まれて死ぬまでに稼ぐ金額、日本人の平均約二億三百万円。
つまり人は自分が生きるために使う金額を一生かけて稼ぎ、そして死んでいく。自分で自分をプラスマイナスにして生きるのが正しい人生なのだとしたら、僕の人生は最初から難易度が高すぎた。」
幼少期、善意の募金五億円により難病から命を救われた少年、高月望来(みらい)。健康に成長し高校2年生になった彼は、五億円にふさわしい人生を送るべく、周囲から期待をかけられ、テレビでは毎年特集番組が放映されていました。
望来は「go-oku」というアカウントで「僕を知っているやつ、みんな消えろ」とSNSに打ち込みます。
その日は町内会の人々が集まって166回目の“望来を救う会”が開かれていました。皆が、テレビの特集番組を見ている間、望来は一人、部屋の外に座っていました。
その時、キヨ丸と名乗る未知の相手から「もうやめたら五億円の人生」というメッセージが送られてきました。
“わかってます。僕はなんの取り柄もない凡人。5億円の恩返しなんてできる気もしなくて。そんな人生やめてしまいたいってとっくに思っていました。でも、僕には母や助けてくれた人を裏切る勇気がない。こんなやつのために5億円かけるんじゃなかったと思われる勇気が。”
“これからどんどんみんなをがっかりさせる。僕がどれだけからっぽで生きる価値がない人間か、みんなにバレてしまう。”
彼はSNSで、一人だけ大切な人と会う約束を果たしたら、自殺をしますと宣言しますが、再びキヨ丸からメッセージが届きます。「自分に酔ってるんじぇねーよ。死ぬなら、五億円返してから死ね」
望来は、五億円を返してから死のうと決意します。30万円が記載された預金通帳を手に、書き置きを残して家を飛び出しました。
しかし、旅先ではどんな宿も、未成年の彼を一人で泊めてくれません。おまけに雨まで降ってきました。望来は、コンビニに飛び込みますが、店内にATMがなく現金が引き出せません。
ずぶ濡れで困惑するばかりの望来の前に現れたのは、一人のホームレスでした。
彼は一本のビニール傘を彼に手渡し、自分の寝床に案内してくれました。「なぜ、親切にしてくれるの?」と望来が尋ねるとホームレスのおじさんは言うのでした。
「コンビニの前の傘置きにたくさん傘があっただろ? それをお前さんは盗らなかった。そんなお前さんが気に入ったのさ」
おじさんはさらに彼に仕事まで斡旋してくれました。望来は、非力で戦力にならず叱られてばかりでしたが、初めて自分で稼いだお金を手にします。
しかし、ATMに入金しようとして、彼は目を丸くします。預金の30万円が消え失せていたのです!
望来の前に、次々と奇妙な人物が現れます。果たして彼は五億円を貯めることができるのでしょうか?
謎のアカウント、キヨ丸の正体とは? 望来にとって大切な人との約束とは?そして人生とお金を巡る彼の旅はどのような決着を遂げるのでしょうか。
映画『五億円のじんせい』の感想と評価
人生と金銭の関係
GYAOとアミューズによるオリジナル映画の制作企画「NEW CINEMA PROJECT」の第一回には343作の応募があり、映画監督の文晟豪(ムン・ソンホ)、脚本の蛭田直美による「五億円のじんせい」がグランプリに選ばれました。
文晟豪(ムン・ソンホ)監督は、文化庁委託事業ndjc若手映画作家育成プロジェクト2013による短編『ミチずレ』で注目され、蛭田直美はTVドラマ『ワイルド・ヒーローズ』(2015)、映画『女の機嫌の直し方』(2019/有田駿介)などの脚本で知られています。
二人が生み出したプロットはグランプリにふさわしい、実にユニークな視点を持っています。
作品は、いきなり女子高生が校舎から飛び降りようとするショキングなシーンから始まり、ついで、望月歩が扮する主人公の望来が語り手として現れます。
自身の幼い頃の病棟での姿を見守りながら彼が語るのは人生とお金の関係です。
人間が生きていくためにはお金が必要なのは当然の事柄ですが、意外と映画の中で語られる機会は少ないのではないでしょうか?
人間の金に対する欲望や執着を描いた作品は多く、銀行強盗や詐欺や、偽札といった犯罪行為や、株や投資などの儲け話しを題材にした傑作が次々と生み出されている一方、人生とお金の価値を問い、金銭そのものをテーマとした作品となるとどうでしょうか。
参考資料:成瀬巳喜男監督『嫁・妻・母』(1960)
成瀬巳喜男はしばしば、作品の中で、金にまつわるセリフを登場人物に喋らせました。金、金、また金と金の話ばかりが飛び交う『嫁・妻・母』(1960)や、田中絹代が子供のお使いに細かい指示をして、切り詰めた慎ましい生活を示す『おかあさん』(1952)などが思い出されます。
石井裕也監督の『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)は、若い労働者である池松壮亮扮する主人公が家賃や電気代などの領収書を前に途方にくれる場面があったのが印象的でした。
しかし、大概の場合、描く方も観る方も、人間は、日々、お金を稼ぎ、日々、お金を使っているということが、あまりにも当たり前過ぎて、映画のテーマになりえるとは思いもしなかったのではないでしょうか。
文晟豪(ムン・ソンホ)監督と脚本の蛭田直美は、そのあまりにも日常的すぎる主題を、難病ものというテーマを逆手にとるという大胆な手法により、人間の価値とお金の価値の比較という形で提示してみせるのです。
人々の善意のもとに寄せられた五億円は、望来を救ってくれましたが、望来の生き方を固定させてしまいました。成長するに連れ、その五億という善意の数字に望来は押しつぶされそうになっています。
少年の地獄巡りを描く
五億円という途方もない額を本気で貯めるために望来が行うのは違法ギリギリ(或は充分、違法)なアルバイトであり、彼が体験するのは一種の地獄めぐりのようなものです。
裏社会とも言われる暗黒の世界に純な少年が入り込んでいくという設定ですが、経験する裏バイトや体験自体はそれほど目新しいものではありません。むしろ、映画の中では手垢のついた世界で、少々味気なくもあります。
しかし、肝心なのは、このある意味おぞましい展開にも関わらず、映画自体がカラッとした明るさやピュアな味わいをなくさないことです。
ここで少し、中平康の晩年の傑作『結婚相談』(1965)を引用してみましょう。主演の芦川いずみは30歳という設定で、結婚相談所を訪ねます。ところがその女所長がとんでもない詐欺師で、彼女は騙され、裏社会へと転落し、一種の地獄めぐりを味わいます。
参考資料:中平康監督の『結婚相談』(1965)
ストーリー自体を要約すればとんでもなく不快なお話なのですが、不思議に嫌な感じのしないコメディーとなっており、それは中原監督の持ち味であるユーモア感覚がそう感じさせると共に、ヒロイン芦川いずみのどんな時でもピュアな初々しい個性によるものでしょう。
同様に、望来を演じる望月歩の爽やかな個性が『五億円のじんせい』のトーンを決定付けています。
2019年6月に開催された第22回上海国際映画祭パノラマ部門で本作は公式上映され、大きな反響を呼びましたが、その際、行われた舞台挨拶で、遠藤日登思プロデューサーは、「望来役には誰もが見て良い子で好かれると思えることが重要だった。オーディションの部屋に望月君が入ってきたとき、『あ、みらいくん、いた!』と思った」と述べたそうです。
望月歩が演じたからこそ、誰もがこの子には親切にしてあげたいと考えるとびきりの愛されキャラが成り立ったのは間違いありません。どんなことを体験しても、ピュアさを失わない主人公は望月歩だからこそ、成立したのです。
そして、成瀬や中平を思わず引用してみたくなる感性を持つ文晟豪(ムン・ソンホ)監督のユーモアあふれる演出が、この作品を多くの人の共感を生むものに仕上げているのです。
若い世代への暖かな眼差し
人生そのものが主題となっていることから、当然、人間の生と死を見つめた作品にもなっています。
人々の善意で健康な体を手に入れた望来は、幼いころに小児病室の仲間が、闘病の末、亡くなっていった姿を見てきました。彼にとって死は身近なもので、それ故に自分自身が生かされていることへの戸惑いをもち続けているのです。
一方で、「死んだら愛される」と思い込む女子高校生や、「俺がお前だったら良かったのに」と望来の経験を羨ましがる同級生も登場します。
みんな今の生活に息苦しさや不満を抱えていて、少なからず悩みを抱えているのです。皆、自分自身の価値に確信が持てず、自信を持つことができません。
そうした若い世代に文晟豪(ムン・ソンホ)監督は温かい眼差しを向けています。スラップスティックな展開の中、若い世代が、様々な経験をしながら、自分自身を愛してくれている存在を知り、少しずつ大人になっていく姿を描いています。
人間にとって大切なものは何かをそっと教えてくれる愉快でかつ暖かな映画となっています。
まとめ
望来にとって大切な人として登場するのが、同じ病棟に入院していた年上の少女、明日香です。演じるのは今をときめく山田杏奈。ここ最近の彼女の出演作である『21世紀の女の子』(2019)の一編、枝優花の「恋愛乾燥剤」や、『小さな恋のうた』(2019/橋本光二郎)でのスクリーンの大画面いっぱいに映った彼女の怒った顔は実に魅力的でしたが、それは本作でも健在です。主人公にぶつかっていく体当たりの演技が、強く心を打ちます。
また、平田満、森岡龍、松尾諭らが望来に接する奇妙な大人たちを重厚に演じ、西田尚美が望来の母親役で味わい深い演技を見せています。
主題歌を「NEW CINEMA PROJECT」のミュージシャン部門でグランプリに輝いたZAOが担当。出演者オーディションでグランプリと審査員特別賞に選ばれた兵藤功海と小林ひかりがそれぞれ、望来の幼馴染、後輩を演じて、きらりとした存在感を見せており、見逃せません。
映画『五億円のじんせい』は、2019年7月20日(土)からユーロスペース他にて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
2019年7月20日(土)より全国順次公開の日本映画『暁闇』をお届けする予定です。
お楽しみに!