連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回
あのマイケル・ムーアが、ドキュメンタリー作家から“侵略者”に転身!?
『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回は、2016年公開の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2003)でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲得したマイケル・ムーアが、今度はアメリカ政府の片棒を担ぎ、世界で侵略と略奪の限りを尽くします。
一体、彼に何があった!?
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CONTENTS
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』の作品情報
【日本公開】
2016年(アメリカ映画)
【原題】
Where to Invade Next
【監督】
マイケル・ムーア
【キャスト】
マイケル・ムーア、ヌーノ・カパーズ
【作品概要】
2003年公開のアカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作『ボウリング・フォー・コロンバイン』で、一躍脚光を浴びたマイケル・ムーアによる2016年公開作品。
「世界侵略」をテーマに、ムーア自身が国防省に代わり「侵略者」となって、世界各国から“略奪”行為を繰り返します。
一体、彼が奪おうとしている物とは何なのか?そして彼の真の目的とは?
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』のあらすじ
『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『華氏911』(2004)で、ドキュメンタリー映画の第一人者となったマイケル・ムーア監督。
その彼にある日、アメリカ国防総省から依頼が。
国防総省の幹部たちは、アメリカがこれまで行ってきたベトナム、アフガニスタン、イラク、リビアへの度重なる侵略戦争がことごとく失敗してきたことを憂い、その打開案をムーアに相談したのです。
ムーアは、アメリカ国家の代わりに自分一人で世界各国に出撃して、戦利品となる“常識”を略奪してくると提案。
世界各地の幸せの源となる“常識”を奪い、それをアメリカ社会に反映することで、より強固な国家が作れると考えたのです。
早速カメラクルーを率いて、ヨーロッパ諸国やアフリカへと進撃するムーア。
彼は行く先々で、アメリカでは考えられないその国の“常識”を目の当たりにしていきます。
ムーアは、愛国心ゆえに本当に侵略者となってしまったのか?
そして、ムーアが進める世界侵略計画の結末は?
マイケル・ムーアの実体験から生まれた『世界侵略のススメ』
これまで一貫してアメリカの現状を批判してきたマイケル・ムーアが、本作では一転してアメリカ体制側に付き、世界の侵略政策に加担してしまいます。
…といっても、もちろんこれはフェイクなのは言うまでもありません。
今回の企画は、ムーアによると若い時の体験に基づいているとのこと。
大学を中退した19歳のムーアが一人でヨーロッパ旅行していた際、スウェーデンで骨折するケガを負ってしまいます。
親切な地元民に病院に連れて行ってもらい、治療費を払おうとしたムーアでしたが、なんと「無料」と言われたことに大きな衝撃を受け、そこで改めてスウェーデンの先進的な医療サービスを知ります。
この体験を元に、世界各国の知られざる“常識”を明らかにすることで、逆説的に今のアメリカに欠けているものを浮かび上げていく…という本作の骨格が生まれたのです。
ウソのようだがホントにある、世界の“常識”あれこれ
ここで、ムーアが世界各国で略奪した戦利品をいくつか抜粋。
どれもこれも、ウソのようで本当にあるものばかりです。
イタリアの有給休暇は8週間
最初にムーアが訪れたイタリアでは、年間の有給休暇は8週間もあり、消化しなかった場合は翌年に繰り越し可能で、それとは別に育児有給休暇も5か月間取得できます。
そのため、新婚カップルの15日間ものハネムーンも、有給休暇で消化できるというわけ。
しかも会社の昼休みも2時間設けるなど、とにかく休息時間を多く取ります。
こうした休暇によって労働者のストレスを解消し、生産性の向上につながるという結果が出ているそう。
国が定める有給休暇がないアメリカで生まれ育ったムーアは、いきなり面食らうこととなります。
贅沢すぎる上に衛生的!なフランスの学校給食
フランスの学校で出される給食は、なんとフルコース仕様となっており、シェフが料理を運べば、使う食器も陶磁器。
必ずチーズが添えられる上にその種類も豊富な一方で、フランスが語源の「フレンチフライ」と呼ばれる揚げ物料理は、年2回程度しか出ません。
飲み物も校内にジュースの自販機を置かず、水だけ。
これは、子供たちの健康を第一としたメニュー作成が行われているからで、その作成には各自治体の首長も参加しています。
モーガン・スパーロック監督・主演のドキュメンタリー『スーパーサイズ・ミー』では、ジャンクフードを昼食にしたり、時には食品会社との契約を優先させた給食を導入するといった、アメリカの乱れた学校の食生活を追究しました。
同じ先進国ながら、こうまで食事事情が異なるアメリカとフランスの現状が浮き彫りとなります。
麻薬使用は合法、元犯罪者も有権者のままなポルトガル
ポルトガルでは、2000年以降、覚醒剤やマリファナといった一切の薬物使用を罪に問わない制度を導入。
それによってどうなったかといえば、逮捕をしなくなったことで、警察や裁判や刑務所への税金投入が減りました。
さらに、薬物使用を公にできるようになったため、病院治療も公に受けられるようになり、中毒患者も飛躍的に減るなど、いいことずくめな成果を上げました。
また、アメリカの多くの州では前科のある者には選挙権が剥奪されるのに対し、ポルトガルでは元犯罪者も有権者のままです。
世界の“常識”を作ったのはアメリカだった!?
上記の例以外にも、宿題制度がないのに学力が世界一なフィンランドに、大学の授業料が無料なスロベニア、死刑制度がなく再犯率も世界最少なノルウェーといった、驚くべき“常識”を目の当たりにするムーア。
ところが、ムーアが各国の関係者にインタビューしていく中で明らかとなるのは、それらの多くは、元々はアメリカが発信した物だったということ。
世界で初めて民主主義国家を樹立し、世界で初めて公立学校を作り、世界で初めて死刑制度を廃止し、世界で初めて女性参政権を作った国、アメリカ。
しかし現状のアメリカでは、そうした制度や仕組みが風化しつつあります。
学校給食に関しては、ミシェル・オバマ元大統領夫人の主導による改善策などが進められたりはしたものの、犯罪率の高さや学食の低さは依然変わっていません。
それでも、本作を発表した2015年の時点で、よりよいアメリカ社会への希望を見出していた節があるムーア。
しかし、そうした希望がどんどんと大きく揺らいでいったのは、その翌年のドナルド・トランプの大統領就任が原因なのは言うまでもありません。
2018年の『華氏119』では、そんなトランプを当選させたアメリカ社会に、痛烈なブラックユーモアに満ちたメスを入れるのです。
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…
次回取り上げるのは、2016年公開の『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』。
伝説的ハリウッド・スター、スティーヴ・マックィーンの代表作の一つである、1971年のカーレース映画『栄光のル・マン』の製作舞台裏に迫ります。