演出家・佐川大輔インタビュー
「映画のまち」と知られる東京・調布に、調布市せんがわ劇場という公共劇場があります。
2019年4月、調布市せんがわ劇場に演劇ディレクターチームチーフディレクターとして、演出家・佐川大輔さんが就任されました。
映画の祖でもある演劇の分野で活躍される佐川大輔さんは、2004年に劇団「THEATRE MOMENTS(シアターモーメンツ)」を女優・中原くれあと共に設立し、独自のスタイルを確立して活躍されています。
今回は特別企画として、チーフディレクター就任と劇団の新作公演にあわせて佐川大輔さんにインタビューを行いました。
せんがわ劇場への想いから、劇団での取り組みや演劇の魅力、劇団の新作についてと、多岐にわたりお話を伺いました。
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せんがわ劇場
──調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチームチーフディレクター就任おめでとうございます。
佐川大輔(以下、佐川):ありがとうございます。
──今後せんがわ劇場をディレクションする訳ですが、今の意気込みをお聞かせください。
佐川:せんがわ劇場で2013年に開催された「第4回せんがわ劇場演劇コンクール」に出場し、そのコンクールで賞を頂いたんです。
今までずっと泣かず飛ばずで、これで賞を取れなかったら演劇をやめようと思っていたら、やっと社会的に評価をしてもらえた。神さまが演劇を続けて良いよって言ってくれたんだなって思わせてくれたのが、せんがわ劇場なんです。
自分を拾ってくれたせんがわ劇場に何か貢献出来ることは無いかなと考え、この4、5年は、劇場の事業運営に関わってきました。
劇場の人材育成は、劇場出身のアーティストの人たちに、どんどん劇場事業に関わってもらおうということになり、僕が最初のモデルケースとして、2019年度から演劇部門のトップということでお仕事を頂いたという経緯があります。
(*演劇ディレクターチームは佐川さんをチーフとする4人のディレクターから成り立ち、2019年度からこの体制で演劇事業の運営を進めることに。)
小さな公共劇場なのですが、小さいからこそ出来ること、地域の公共劇場でどんなことができるのかなというのを僕達なりに模索していきたいと考えています。
THEATRE MOMENTS(シアターモーメンツ)
──コンクールにはご自身の劇団「THEATER MOMENTS(シアターモーメンツ)」で出場されたのですか?
佐川:そうです。長いこと劇団をやっていますが、それまでは評価らしい評価を殆ど受けていませんでした。
僕たちの劇団は、日本の演劇界という範疇ではなく、世界基準で演劇をつくりたいと模索しています。
でも日本で公演する上では、どうしても日本でウケるスタイルがあることも理解しています。なので自分たちのスタイルを貫き通すこととの狭間で凄く葛藤を抱えながらやっていました。
──THEATER MOMENTSが目指している演劇とはどんなものですか?
佐川:ワールドスタンダードを日本から生み出したいと考えています。
ワールドスタンダードという点では、日本映画界であれば例えば北野武監督だったり、昔なら黒澤明監督だったりと、世界でも有名な方はたくさんいらっしゃいます。
しかし演劇界では残念ながら、まだまだ世界基準の方は少ない。
映画だと、先のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞し話題となった是枝裕和監督が新作映画を作れば「是枝監督の新作だ」と注目されますけど、日本の演劇人が新作を作ったところで、殆ど話題にならないのが現状です。それって僕は何となく寂しいことだなと感じています。
じゃあ僕がそれになれるかっていうと、今も難しいなと思ってしまいます(笑)。でも誰かがそういう風に世界に向けて開いていけたら良いなと思っていて、その中で僕は僕なりに出来る事で、自分で開拓していきたいと考えています。
自分は作品を日本で作りますが、そのまま世界に持っていっても通用するということを目指しています。
舞台・楢山節考
──そんな中で、劇団作品のひとつ『遺すモノ〜楢山節考より〜』は深沢七郎の小説「楢山節考」を原作としています。楢山節考といえば今村昌平監督がパルム・ドールを受賞した作品でもあり、ワールドスタンダードといって過言ではありません。
佐川:この作品は現代における超高齢化社会を念頭に置いて作り上げました。
高齢者が増え続ければ今後「老人を捨てるか?」それとも「未来の若者に負担を強いるか?」という選択もしていかなくてはいけないかもしれません。
この選択は、単純に言えば「理想」と「現実」のどちらを重視するかという論点に集約できる。理想的には「老人を助けるため、若者が頑張る社会」という答えが美しいです。
でも若者に「老人のために、今よりも貧乏な生活になってもいいか?」と聞いてみたら、果たして何人が理想を答えてくれるのか。やっぱり人は「現実の生活が大事」なのではとも考えてしまいます。
このような「理想より現実重視」という構図は世界的な潮流だと感じています。今も揺れ動いているイギリスのEU離脱、アメリカや中国などの自国優先主義など、世界中は「自分の生活」が最優先で、「平等で文化的な生活」という人類が目指した理想や哲学は崩れだしていると感じています。
世界はモノが溢れているようでいて、実際は精神的に極貧なのかもしれない。その意味において、楢山節考の世界は、日本だけではなく、今の世界情勢とも本質的には変わっていないと感じます。
なによりも楢山節考には、結局はシンプルに観客の心に伝わる力が備わっている作品なんだと思います。
多様な価値観のために
──では、そんな世界基準の演劇を具体的にはどのように作り上げていくのですか?
佐川:スタイルは特殊なんですが、とにかく俳優さんと一緒に作ります。演劇では「デバイジング」といわれますが、皆で話し合いながら作る手法です。
演劇では「作・演出」といった、脚本家と、映画でいう監督の役割を担う演出家がいますが、大体の場合、このふたつの役割をひとりが担っていて、その作・演出家の個性で作品を作っていくというパターンが殆どです。
僕は皆と一緒に作っていきたいんです。皆で意見やアイデアを出し合うことによって、より多面的で多層的な作品を目指しています。
恐らく世界には色んな価値観の人たちがいるはずで、皆の意見を取り入れる事によって、あらゆる価値観の人たちが観ても耐え得る、普遍的で、ユニバーサルな強度のある作品に仕上がると考えているからです。
──ユニバーサルな強度のある作品作りという意味では、身体を駆使した作品作りという点においてもその試みが見て取れます。
佐川:言葉は文化的な背景、文脈があって成立することがしばしばですが、身体の表現は、そういったある地域だけが持つ背景と関係なく、全世界共通であることが多いです。
お客さんに「ビジュアル」として見てもらえる。ビジュアルで与えられるイメージっていうものは強度がはっきりありますね。
フィジカルな表現やビジュアルというのは、単純に国境を越えやすいなと感じていて、そういった点は意識的に作っています。
ただし、あくまで演劇をやりたいので、ダンサーの方や、身体性に特化した人たちだけと身体表現を見せたい作品を作るのではなく、物語をベースとした上で、フィジカルとイメージを駆使して世界に通用する演劇を作りたいと考えています。
──言葉ももちろん使いますよね。
佐川:そうですね。一応、演劇ですので(笑)。
ただ言葉というのは、お客さんが日本人で演じる側も日本人というように、お互い同言語ですと、このくらいの演技で充分に文脈として分かり合えるという暗黙の了解が出てくるケースがあります。
でも、これをそのまま世界に持って行った時には、恐らく日本では通用するけど、世界では通用しない可能性があります。
僕は作品を作るときには、日本人のお客さんで日本人が演じるとしても、演技のスタイルは世界のどこでも通用する「アクション」と「リアクション」といったやり取りが、観ていてドラマチックでダイナミックになるように心掛けています。
相手役にどう働きかけようとしているかというものが、言葉の意味が分からなくても、発せられる音や呼吸、身体の状態で伝わる。こういう部分で勝負をしたいと考えています。なかなか難しいですけどね(笑)。
世界に向けて発信する
──世界に発信していく場合、演劇はどうしても発信力、集客力という面では映画には敵わないところもあります。そんな中で何か工夫されている事はありますか?
佐川:映画の良いところは、記録媒体であるところだと思っています。映画館以外でもDVDや動画配信で全世界に向けて発信出来る。
演劇は体感芸術なので、劇場に観に来て貰い体感してもらうことで伝えていく。でも逆にそれが強みでもあると考えています。
うちの劇団を観に来たら、うちの劇団でしか体験できないものを提供する。それも毎回同じではなく、その日その日の、その瞬間に生まれるものがある。そういった独自の体験と一期一会の時間をどう提供できるのかが勝負ですね。
それと作品を作る時は、英語と中国語の字幕を日本で上演する時でも必ず付けようと考えています。
それは、日本在住の外国人の方、または旅行で日本に来ている外国人の方などに観てもらえることは勿論ですが、日本でやっているけれど、この作品を「僕たちは世界に向けて作ってますよ」っていうメッセージを発信するという意味でも、日本人のお客さんが大半の客席でも字幕入りで上演しようと思っています。
そうすれば観ているお客さんもきっと「ああ、これは日本人だけじゃなくて世界の人に向けて発信されているものなんだな」というフィルターで作品を観てもらえる。
更にそのまま、僕らは海外に持っていってその字幕も使って上演もできる。英語と中国語の字幕を付けるとアジア圏ではかなりの範囲の観客をフォローが出来ます。
新作戯曲『#マクベス』について
──新作についてお伺いします。まさに今、稽古只中ですが、新作はウィリアム・シェイクスピアの『マクベス』ということですが、この作品は演劇でも映画でも、かなりやり尽くされたものではあります。なぜ、今、『マクベス』を選んだのでしょうか?
佐川:『マクベス』自体は劇団でも2007年に『マクベスーシアワセのレシピー』として公演、2010年に再演したことがあります。それから時が流れて震災があったり世の中の様子は変わってきました。
今回『マクベス』に行き当たったのは、最近ニュースで政府が統計を詐称した疑惑だったり、ちょっと遡ると東日本大震災が起きた直後の原発に関する報道だったりと、様々な情報が膨大に流れましたが、その情報に対しての信用性というものが非常に危うい時代だなと感じたことが発端です。
それは世界に目を向けても同じで、アメリカ大統領選挙時に流れたフェイクニュースがあったりと、色々な情報によって物事が直ぐに移り変わります。このことは、ここ10年、20年という時代の大きな変化だなと僕は思っています。
『マクベス』というお話は端的に言ってしまえば、主人公のマクベスが魔女の予言によって振り回されて、最後は悲劇を迎えるというお話です。
この「魔女」という存在は、現代の僕たちが左右されるような情報や、様々な人たちの意見など、そういったものにとても近いなと思っています。
今『マクベス』を上演するのは、現代人にとって、世界的に見ても、与えられた情報に右往左往するマクベスと私たちというのは近いのではないかなという考えがあるからです。
僕たちは『マクベス』という古典劇を前回上演した『マクベス』の再演ではなく、現在でも通用する『#マクベス』という新作を作りたいと考えています。
──具現的にどんなアイデアが出てきていますか?
佐川:今それを必死に皆でアイデアを出し合って考えている只中です(笑)。
ひとつ言えるのは、限定された小道具だけを使って様々な場面を表現しようと考えています。これは毎回、僕たちのモットーとしているところでもあり、今回はビニール袋を使います。
その小道具が恐らく作品のテーマを表現するものになり、お客さんのイマジネーションをビジュアル的にも刺激するものになると思います。
小道具をどのように使って、そこからお客さんがどんなテーマを受け取ってもらえるのか、そのやり方に関しては楽しみにして欲しいです。
演劇は映画のようにカット割りも出来ませんし、ものに対してのフォーカスもない。足りないところがいっぱいあります。でも足りないからこそ、そこをお客さんが想像力でどう補えるかということが出来た時には、演劇だからこその面白さが生まれると思っているので、僕はそこが勝負だと考えています。
きっとお客さんの想像力を刺激するような色んな仕掛けを用意しますので、そういうところを自分なりに膨らませてみる面白さを是非とも体験してもらえたら嬉しいです。
──とにかくたくさんのお客さんに観てもらいたいですね。
佐川:そうですね。僕たちアジアに行くと非常に評判が良いんです(笑)。
小劇場の演劇を観た事がないという人、演劇鑑賞自体が僕たちの作品が初見だという人にも是非観てもらいたいです。
僕たちは演劇にあまり馴染みの無い人が観ても楽しんでもらえる作品作りを心掛けています。もちろん演劇が大好きな人にも観に来てもらいたいですが、演劇は決して敷居が高いわけではないことを感じとってもらえるようにしていきたいです。
あらゆる価値観の、たくさんのお客さんと演劇空間を共につくっていけたら幸いです。
THEATRE MOMENTS公演『#マクベス』の作品情報
【日本公演】
2019年
5月29日(水)19:30
5月30日(木)19:30
5月31日(金)14:30 / 19:30
6月1日(土)11:30 / 16:30
【場所】
調布市せんがわ劇場
【料金】
[一般] 前売4,000円/当日4,500円/リピーター割2,500円
[U25割] 前売2,500円/当日3,000円/リピーター割1,500円
[U18割] 前売1,000円/当日1,000円/リピーター割500円
[初日割] 前売3,000円/当日3,500円
[平日マチネ割] 前売3,500円/当日4,000円/リピーター割2,500円
[ペア割] 前売7,400円/リピーター割2,500円(1名あたり)
[3名以上割] (1名あたり)前売3,500円/リピーター割2,500円
[調布市民割・外国人割・ハンディキャップ割] 前売3,000円/当日3,500円/リピーター割2,500円
【構成・演出】
佐川大輔
【原作】
ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』
【キャスト】
青木まさと、荒井志郎(青☆組)、池田美郷(O’RAMA Rock’n’Roll Band)、大窪晶(演劇集団円)、今野健太(THEATRE MOMENTS)、ちょびつき雨宮、中原くれあ(THEATRE MOMENTS)、三橋俊平
【作品概要】
THEATRE MOMENTS第23回公演。
「ワールドスタンダードな演劇」を前提として、ウィリアム・シェイクスピアの『マクベス』をTHEATER MOMENTSならではの切り口と小道具と身体を駆使した独自のスタイルで創作される新作です。
また、日本公演以外にも、2019年8月にマカオ公演が決定しています。
構成・演出はTHEATRE MOMENTS主宰の佐川大輔が努めます。
『#マクベス』のあらすじ
スコットランドの勇将マクベスは、ノルウェー軍との熾烈な戦いに勝利した後、奇妙な出で立ちの魔女たちに出会い、「やがて王になる」という予言を受けます。
その予言を伝えられたマクベス夫人は、夫の出世に魅了されます。
そんな中、勝利の宴がマクベスの城で行われ、スコットランド王のダンカンが訪れることとなり、マクベス夫妻は予言を現実のものにすべく王殺しを企てますが…。
佐川大輔(さがわだいすけ)プロフィール
演出家、俳優。調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチームチーフディレクター、日本演出者協会国際部部長。
大学卒業後に劇団俳優座養成所へ入所。その後、フランス、ロシアなど海外の演出家に師事し、2004年「日本発のワールドスタンダード演劇を作る」を目標に、THEATRE MOMENTSを発足し20以上の公演を行っています。
第4回せんがわ劇場演劇コンクールにてグランプリ、オーディエンス賞、演出賞を受賞。
近年は、中国、マレーシア、オーストラリアなどにも招聘公演を行い、活動の幅を海外へ広げています。
「Cinemarche」×「THEATRE MOMENTS」コラボ企画スタート!!
映画サイトChinemarcheでは、今回の佐川大輔さんインタビューを皮切りに、今後もTHEATRE MOMENTSとコラボし、演劇公演『#マクベス』の稽古場リポートやキャストへのインタビューをお届けする予定です!
この機会に、映画とともに演劇の世界にも触れてみるのはいかがでしょうか。
どうぞお楽しみに!!