2019年4月12日(金)より公開の映画『魂のゆくえ』
『タクシードライバー』『レイジング・ブル』を執筆した脚本家として知られ、『アメリカン・ジゴロ』など監督としても活躍してきた名匠
かつて戦争で息子を失い、現在は病に蝕まれる牧師が、自身の信仰の揺らぎ、そして生きることへの絶望に囚われてゆく姿を描いたヒューマンドラマです。
映画『魂のゆくえ』をご紹介します。
映画『魂のゆくえ』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ作映画)
【原題】
First Reformed
【脚本・監督】
ポール・シュレイダー
【キャスト】
イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド、セドリック・カーン、ヴィクトリア・ヒル、フィリップ・エッティンガー
【作品概要】
戦争による息子の死を悔やみ続けながらも、現在は病魔に侵されている牧師が、自らの生と信仰を省みるために日記を書き始める中で教会内での不正を知り、その信仰の揺らぎと絶望に苦悩してゆく姿を描く。
『タクシードライバー』(1976)『レイジング・ブル』(1981)といった作品を手がけた名脚本家にして、監督しても『アメリカン・ジゴロ』(1980)など多くの作品を世に放ってきたポール・シュレイダーが、50年もの構想期間を経てついに完成させた渾身の一作です。
主人公にして自らの信仰に悩む牧師トラーを演じたのは、『ガタカ』(1997)『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)をはじめ、様々な作品でその高い演技力を発揮してきた俳優のイーサン・ホーク。
そしてトラーに頼る敬虔な信者メアリーを演じたのは、『マンマ・ミーア!』(2008)『レ・ミゼラブル』(2012)など、数々の人気作に出演してきた女優のアマンダ・セイフライドです。
本作はゴッサム・インディペンデント映画賞にて主演男優賞・脚本賞、ナショナル・ボード・オブ・レビューにて脚本賞・ベスト10選出、インディペンデント・スピリット賞にて主演男優賞など数々の賞を獲得し、アメリカ国内外の映画批評家たちから絶賛の嵐を受けました。
映画『魂のゆくえ』のあらすじとネタバレ
かつては従軍牧師として活動していたものの、息子をイラク戦争によって亡くし、それがきっかけで妻とも別離したことで軍を離れ、現在はファースト・リフォームド教会という小さな教会で活動している牧師のトラー。
彼は病に蝕まれつつある自ら生と信仰を省みるために、一年間日記を書き続けることを決意します。
ある日、彼は信徒であるメアリーから、彼女の夫マイケルの相談に乗ってほしいと頼まれ、翌日夫婦が住んでいる家へと赴きます。
熱心な環境保護活動家であるマイケルは、先日カナダで逮捕され釈放されたばかりでした。
逮捕以前から憂鬱に取り憑かれ、いくら滅亡の危機を訴えても環境破壊を続ける世界に絶望していた彼は、妊娠したメアリーが望んでいる子どもの出産を、「生まれてくる子どもを絶望させたくない」という思いから強く反対していました。
子どもの出産に賛成するよう、トラーはマイケルと長い問答を続けますが、彼を納得させられる程の答えを出すことはできず、結局その問答は明日へと持ち越しになりました。
しかし翌日になって、メアリーから「マイケルが急用で都合がつかなくなった」というメールを受け取り、問答は延期になりました。
ある日、トラーはマイケルの元へ行く前にアバンダント・ライフ教会へと訪れます。それはそこの主任牧師であるジェファーズと、間近に控えるファースト・リフォームド教会設立250周年記念式典について打ち合わせを行うためでした。
ジェファーズや同じくアバンダント・ライフ教会で活動している女性エスターに病気のことを心配されつつも、トラーはメアリーから自宅に来てほしいと呼び出しを受けます。
彼が夫婦の家を再訪すると、メアリーは自宅のガレージで発見してしまった、マイケルが彼女に隠れて製作していた自爆ベスト(自爆テロを目的とした、小型爆弾が全面に取り付けられているベスト)を見せました。トラーは対処に悩みます。
しかし翌朝、トラーがマイケルに呼び出されてある公園へと向かうと、そこにはショットガンで頭を撃ち抜いて自殺したマイケルの亡骸がありました。
映画『魂のゆくえ』の感想と評価
本作を鑑賞された方の多くは、その物語や設定が、かつてシュレイダー監督が脚本を執筆した映画『タクシードライバー』とリンクしていると確信されるでしょう。
『魂のゆくえ』の主人公であり牧師のトラーは、元々従軍牧師であり、イラク戦争によって息子を失った過去を持ちます。その一方で、『タクシードライバー』の主人公トラヴィスはベトナム戦争の帰還兵「らしい」という設定が存在します。戦場に赴いた経験が少なからずある点、その関わり方が直接的か間接的かという違いがあるにせよ、「超大国アメリカが起こしてしまった正義も意味もない戦争」に関わっている点は、決して見逃すことはできません。
そして、「自らの生に(或いは信仰に)疑問を抱いたことをきっかけに、その行き場のない感情が過激な暴力へと注がれてゆく」というトラーの行動は、『タクシードライバー』の物語および主人公トラヴィスの行動と明らかに共通しています。
それでは、トラーとトラヴィス、この二人の主人公の、最も大きな相違点は何なのでしょうか。
それは、端的に言ってしまうとすれば、本作の主人公トラーとは、老いてから「トラヴィス」になった男なのだということです。
『タクシードライバー』を鑑賞されると分かるように、トラヴィスが「自らの生に(或いは信仰に)疑問を抱いたことをきっかけに、その行き場のない感情がテロという暴力へと注がれてゆく」までにかかった時間は決して長くはありません。
一方、『魂のゆくえ』のトラーは、そこの至るまでに長い時間を要しています。戦争で息子を亡くし、妻と別離したことでトラヴィスと同じく孤独な生へと
陥りながらも、彼は信仰という人間の生とは異なる法則に従うという方法によって、その行き場のない感情を長い間抑圧し続け、「トラヴィス」になることを堪えていたのです。
何故、「自らの生に(或いは信仰に)疑問を抱いたことをきっかけに、その行き場のない感情がテロという暴力へと注がれてゆく」までの時間に、これ程の差を作ったのか。それは、シュレイダー監督が本作の主人公トラーを「『タクシードライバー』の主人公トラヴィスのようになれなかった人間」として描きたかったからなのです。
そして「『タクシードライバー』の主人公トラヴィスのようになれなかった人間」とは、『タクシードライバー』を鑑賞した後も何の行動も起こさなかった観客たち全員のことも指しています。
『タクシードライバー』が公開された1976年から数十年もの歳月を経た2019年において、シュレイダー監督は『魂のゆくえ』を通じて、かつてトラヴィスになり切れなかった観客たちに、或いはこれからトラヴィスのようになれるかもしれない観客たちに、「孤独から逃げるな」「自己を抑えつけるな」「そして、どんな理由でもいいから、感情を全て、素直に吐き出してみろ」と、静けさに包まれた映像の中で語りかけるのです。
その行為こそが、50年という構想期間を経て積み重ねてきたシュレイダー監督の、そして映画『魂のゆくえ』の抱く、「静かな怒り」そのものなのです。
まとめ
環境破壊、企業・教会間の不正という大規模な社会問題と絡めつつ、孤独を知りながらも自らを抑圧し続けてきた主人公がその感情を吐き出そうとする様を描き、その試みが不完全燃焼に陥ったとしても、最後には小さな救いがもたらされる映画『魂のゆくえ』。
孤独と抑圧が日常と化した2019年を生きる観客たちに向けられた、シュレイダー監督のメッセージを劇場で感じ取ることができた時、それは最高の映画体験となるでしょう。
映画『魂のゆくえ』、ぜひご鑑賞ください。