連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第39回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回はマレーシア発のヒーロー映画を紹介します。
ボルネオ島の東マレーシアにあるサパ州。そこに暮らす先住民の人々の間には、“トンビルオ”と呼ばれる精霊が、畏敬の念を持って深く信じられています。
“トンビルオ”をサバ州出身の作家Ramlee Awang Murshid が小説に描き、それを基にして今までにない映画が登場します。
監督のセス・ラーニーは『マトリックス』シリーズのVFXコーディネーター、『スーパーマン・リターンズ』や『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』のスーパーバイザーとして活躍した人物。
VFXに精通した監督が、肉体を駆使したアクションで見せる、大自然とそこで生きる人々の守護神というグレートネイチャー・ヒーローを誕生させました。
第39回はマレーシアの本格派ヒーロー映画『トンビルオ! 密林覇王伝説』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『トンビルオ! 密林覇王伝説』の作品情報
【日本公開】
2019年(マレーシア映画)
【原題】
Tombiruo
【監督】
セス・ラー二ー
【キャスト】
ゾル・アリフィン、ファリド・カミル、ナビラ・フダ、ファイザル・フセイン、M・ナサイア
【作品概要】
自然を汚す悪党たちに立ち向かう青年の戦う姿を描くマレーシア発のヒーローアクション。
数奇な運命の元に生まれ、恐ろしく醜い顔と、大自然の木々や大地を自由に操る力を持ったエジム。彼は密林の中、育ての父に守られて逞しく成長します。
青年となったエジムは“トンビルオ”となって、自然を破壊する者から森を守りますが、その闘いの中で父を失います。怒りに燃えた“トンビルオ”は鍛えられた肉体と、森の加護を武器に立ち上がります。
“トンビルオ”は闘いを通じて知り合った人々から、自分の誕生に隠された秘密を知ります。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『トンビルオ! 密林覇王伝説』のあらすじとネタバレ
この森の奥深くに悪魔が棲みついていると、語りかけるモンシロイ。彼女が若く、まだ未熟な呪術医であった頃の出来事を語ります。
悪魔とは乱暴された娘が産んだ子供でした。子供が産まれるその夜、娘を汚した男は、自分の恥の証を消し去るべく、娘と子供を殺しに現れます。
娘を憐れんだ別の男が立ち向かいます。2人の男は激しい雨の中闘いますが、娘を守ろうとした男は倒されます。
男は娘と子供を殺そうとしますが、娘は出産の苦しみで既に死んでいました。業を背負って産まれた子供の、世にも恐ろしく醜い顔に男は驚きます。
出産に立ち会っていた呪医のモンスロイが、その隙をつき男を刺し殺します。こうして両親は死に子供だけが残されます。
この子がこの世で生きることなど、望むべくもないと考えたモンスロイは小舟に子供を乗せ、川に流します。
しかし森の奥から子供の名を呼ぶ声が響き、草木のつるが自然に伸びて小舟の行方を助けます。
小舟は川辺に流れ着き、子供は森の中で1人静かに暮らす元兵士の男ポンドロウ(ファイザル・フセイン)に拾い上げられます。
こうして内にはげしい嵐を秘めた子供は、ポンドロウによってエジムと名付けられ育てられます。
醜い顔から人々に恐れられ虐げられるエジム。しかし彼が怒りに駆られて叫ぶと、大地や木々が揺り動かされ、人々はさらに恐怖を覚えます。
悩む幼いエジムを、ポンドロウは優しく諭します。嵐はお前の心の中にある、嵐が起きたときは愛を思い出せ。それがエジムに対する父の教えでした。
ポンドロウはエジムにお前の顔は神の顔だ、人に見せてはいけないと告げ、顔を隠す木の仮面を与えます。
僕は悪魔の子と、尋ねるエジムにポンドロウはお前は森の守護者だと告げます。
ポンドロウはエジムに武術を教え、いつかこれを授けようと自分の短刀を見せます。ただし人を殺めるためではなく、身を守るために使えと語ります。
こうして逞しく成長したエジムは、人々から森の勇者トンビルオ(ゾル・アリフィン)と呼ばれるようになりました。
現在。マレーシアで大企業を経営するオマー社長(M・ナサイア)は、同じ会社の経営に参加している娘のサリーナと共に、車でダムの建設予定地に向かっています。
車をダム建設に反対する人々が取り囲みます。その中にレポーターのワン・スンカ(ナビラ・フダ)がいます。
サリーナの夫、森林警備員のアミル(ファリド・カミル)も現地に向かっていましたが、到着が遅れていました。
ダム建設に関する重大な決定の発表に、オマー社長の一族が集まることになっていました。会社の幹部でオマーの弟ジュスランが、兄とサリーナを迎えます。
記者会見の場で、サリーナは1万もの住民が立ち退きになる、ダム建設計画に反対だと発表します。
発表は大きな反響を呼びますが、レポーターのワン・スラヤは会社の事業に大きな影響が出るのでは、と質問をぶつけます。
サリーナの発表に納得していないワン・スラヤ。彼女は記者会見の会場を木の上から見守る、何者かの気配を感じます。
発表を終えたサリーナとオマーに、ジュスランがダム建設予定地の村が襲われていると告げます。それを聞いたワン・スラヤもカメラマンのファイザルと共に村に向かいます。
森の中にある村は、覆面をした暴漢たちに襲われていました。村人は殴られ、家に火が付けられます。村人を守ろうとした森林警備員にまで火が放たれます。
そこにトンビルオとポンドロウが現れ、暴漢たちと闘い村人を助けます。銃を持ち出す暴漢にトンビルオは素手で立ち向かい、次々倒していきます。
しかしポンドロウが銃弾に倒れます。父の体を抱いたトンビルオが、怒りで絶叫すると森が揺れ動きます。
死の間際、落ち着けとトンビルオに声をかける父。暴漢のリーダーの胸に短刀でをふるい胸を傷付けますが、暴漢たちは2台の車に乗って逃走します。
トンビルオは後を追って車の屋根に飛び乗ります。先行する車から銃が撃たれますが彼は引き下がりません。道路の脇の木々からつるが伸び、車の逃走を妨げます。
ところが暴走した暴漢の車が、村に向かうサリーナとオマーの乗る車に衝突し、サリーナらの車は路上から転落します。アミルとワン・スラヤも車を止め助けに向かいます。
アミルが見たのはトンビルオに襲われているジュスランと、地に倒れた妻サリーナの姿でした。アミルが駆け付けつけると、トンビルオは森の中に姿を消します。
アミルはサリーナに駆け寄ります。オマー社長は死んでおり、サリーナは叔父のジュスランの名を告げこと切れます。うなだれるアミルの肩にジュスランが手を置きます。
その光景を見ていたワン・スラヤは、事故現場に向けられたカメラの撮影を止めさせるのでした。
ワン・スラヤはカメラマンと共に村を訪れます。村人は暴漢らが立ち退きを迫り襲撃してきたと訴えます。
そして仮面の男トンビルオが奴らと闘い、トンビルオが悪魔を追い払ったと彼女に告げるのです。
その頃木の上の小屋に戻ったトンビルオは、形見となった短刀を見つめ、この短刀を身を守れ、戦いに使うなと語っていた、父ポンドロウの言葉を思い出していました。
トンビルオは父さん、許してくれとつぶやきます。
ジュスランはバーハムのもう1人の娘、サリーナの姉であるバイズーラに、兄は遺言で会社をお前に残したと告げます。
今まで会社経営に関わっていないバイズーラに、ジュスランは会社を買い取ると提案しますが、彼女は父と妹の後を継ぐ意志を告げ、ダム予定地の警備状況を確認します。
ワン・スラヤはアミルを訪ね、サリーナの死のお悔やみを述べると、事故現場で仮面の男を見たと告げます。仮面の男がアミルを襲わなかった理由を知りたかったのです。
しかしアミルは、仮面の男が妻サリーナを殺したと信じていました。彼は男を絶対に見つけてやるとワン・スラヤに告げます。
森の中にあるオマー社長の製材所をトンビルオが襲撃します。取材に来ていたワン・スラヤはカメラマンと共に彼を追います。
1人森の中に入ったワン・スラヤに、トンビルオが近づいてきます。彼女が何者かを尋ねてもトンビルオは名乗りません。ワン・スラヤは自分の名を名乗り、手を差し出します。
そこにアミルが同僚と共に現れると、トンビルオは森の中に姿を消します。アミルはその後を追い森の奥へと進みます。
アミルが一匹のトンボに導かれるように進むと、そこに小屋がありました。小屋の中から老婆が現れます。それは長らく行方不明であった呪医モンスロイでした。
モンスロイはアミルに許してやって、トンビルオは誰も殺していない、心の声を聞いてと告げますが、アミルは怒って立ち去ります。
ワン・スラヤは会社の警備主任、ウォンと出会います。ウォンは仮面の男がオマー社長の会社を狙っていると彼女に説明しますが、彼の胸には傷がついていました。
ウォンに不審を感じたワン・スラヤは彼の身元を調べるよう依頼します。戻ってきたアミルにウォンは、俺が仮面の男を捕まえると告げます。
相次ぐトンビルオの襲撃に会社を継いだバイズーラは、ウォンに警備状況の説明を求めます。トンビルオの出没箇所を示したウォンは、現れる場所を予測して倒すと語ります。
自宅に帰ったアミルを、母と幼い息子が迎えます。トンビルオを追うアミルに、母はこの子にはあなたが必要と指摘します。アミルはサリーナとの間に生まれた息子に寄り添います。
またしてもトンビルオが会社の倉庫を襲いますが、それをウォンとその部下が待ち伏していました。倉庫の中にトンビルオを閉じ込めると、発煙弾を投げ込みます。
煙にまかれ苦しむトンビルオが大声で叫ぶと、大地は震え倉庫の窓ガラスや扉が破れます。ウォンとその部下と激しく戦うトンビルオですが、腕に銃弾が命中します。
トンビルオは疾走し、大地を転がってこの場を逃れます。
気を失いそのまま眠っていたトンビルオに、エジム、起きろと呼びかける亡き父の声が聞こえます。トンビルオは立ち上がりますが、周囲には誰もいません。
しかし父ポンドロウの声は、復讐しても何もならないとトンビルオに語りかけます。父の手が自分の頭触れたとトンビルオは感じますが、やはり誰もいませんでした。
ワン・スラヤに会社の警備主任、ウォンの身元調査の結果が報告されます。彼は相談料の名目で、会社から不自然な大金を受けとっていました。
ワン・スラヤは、オマー家の集まるパーティーの会場に忍び込みます。そこで何者かと言葉を交わすウォンの姿を目撃した彼女はその姿を撮影し、彼に電話をかけます。
ウォンに村を襲ったのはお前だ、公表を望まぬなら金を払えと脅し、反応をみるワン・スラヤ。しかしウォンは彼女が電話の主と見破って迫ってきます。
ワン・スラヤは必死に森の中に逃れますが、転倒して気を失います。その彼女をトンビルオが抱きかかえ、自分の小屋に連れ帰ります。
意識を取り戻したワン・スラヤは、小屋から逃げようとして木の上だと知り驚きます。そして助けられたと知ると、あなたはトンビルオと尋ねます。
トンビルオはそれに答えず、無言で彼女に水と食事を差し出します。
小屋の中にある写真を見たワン・スラヤは、彼の父ポンドロウがかつて兵士だったと知ります。父についての話題となり、ようやくトンビルオは口を開きます。
父は村が襲われた時に、ウォンに殺されたと告げるトンビルオ。ワン・スラヤは彼の腕の傷に気付き診ようとします。
トンビルオの仮面を取ろうとするワン・スラヤ。しかし仮面を取った彼女は驚いた表情を見せます。動揺したトンビルオは、明日君を送り返すと告げます。
ウォンとジュスラン、そして連絡をうけたアミルはワン・スラヤの行方を捜します。アミルは森の奥へと入っていきます。
やがてアミルとトンビルオが出会うと、呪医のモンスロイは察します。ついにこの時がきたと知った彼女は、死者に祈りを捧げます。
どうか私の願いを聞いてくれ、どうかお前の愛を、死者の国からあの2人に送ってくれと、モンスロイは祈るのでした。
映画『トンビルオ! 密林覇王伝説』の感想と評価
そもそも“トンビルオ”とは何?
ボルネオ島にある国、マレーシアとインドネシアでよく語られる小話があります。
小舟で海に出た漁師は、雲行きが怪しくなると、まずアラーの神にイスラムの型通りの祈りをささげます。しかし嵐がひどくなると、漁師の目の色が変えヒンドゥーの神々に祈ります。
ところが嵐が更に激しくなり、いよいよ身の危険を感じた漁師は、他所からやって来た神様では間に合わないと、昔から土地に根付く精霊に対して必死の祈りを捧げるのでした。
八百万の神と共に、様々な宗教や信仰と日常的に触れて生活する方が多い日本人には、実感しやすい小話です。
この映画で描かれた“トンビルオ”とは、マレーシア・サバ州の先住民に広く信じられている精霊です。
例えばドゥスン族の人々は、“トンビルオ”の害に会わないよう「干した洗濯物には、木の葉をかける」「天気雨が降ったら、木の葉を耳に差す」などの行為が日常習慣化しているそうです。
日本で言う“天狗”や“狐”のように日常生活に密着した、誰もが知る妖怪変化に近い存在です。
その“トンビルオ”を、アメコミの様なヒーロー像に再創造したのが原作の小説であり、今回の映画です。
アジア的風土が生んだ“不殺”のヒーロー
こうして誕生した大自然の守護者であるヒーロー“トンビルオ”ですが、「ターザン」や「ジャングル大帝」のように、自然の調和を重んじ動物を従えている訳ではありません。
山の隠者というべき育ての父の教えを守り、怒りや復讐よりも愛を重んじる“トンビルオ”。
彼は“憎むな、殺すな、ゆるしましょう”が理念の「月光仮面」のような、不殺主義をモットーとするアジア的ヒーロー像で描かれています。
アメコミにも「バットマン」など、不殺を重んじるヒーローもいますが、リアリズム重視のヘビーな内容に発展するうちに、その理念が薄れているのは周知の通りです。
もっともアメコミヒーローも、レイティングを下げるために過度な暴力描写を控えたり、また人以外の相手と戦う、“商業的不殺主義”で描かれる映画も増えています。
といって『トンビルオ! 密林覇王伝説』は説教臭い映画ではありません。現在のヒーロー映画の図式に忠実な、アクション娯楽映画として楽しめる内容です。
武勇も徳も優れた、山の隠者というべき“トンビルオ”の育ての父、ポンドロウは映画では「元兵士」としてのみ紹介され、ゲリラ兵のような姿で主人公と共に闘います。
舞台となったボルネオ島の北部、サバ州はマレーシア領ですが、島はインドネシア領と二分されており、歴史的には様々な国、勢力が支配した土地です。
特にフィリピンはこの地を自領と主張していた過去があります。現在は表立った対立はありませんが、マレーシアとの領土問題は棚上げ状態であって、完全には解決していません。
そのような背景をもつ北ボルネオは紛争の絶えない地で、近年も武装勢力が上陸し戦闘があった事実があります。
映画では背景が語られなかった「元兵士」ポンドロウは、現地の人々には多くの含みがある存在です。
水木しげるならどう描いた?“トンビルオ”
妖怪と言えば『ゲゲゲの鬼太郎』を描いた水木しげる。彼は第二次大戦時、パプアニューギニアのニューブリテン島で戦った経歴の持ち主です。
その戦争体験は『総員玉砕せよ!』などの作品に描かれていますが、戦後は南方の人々や文化に大いに関心を持っていました。
後年様々な異境の地の、妖怪の取材を行った水木しげる。マレーシアを訪問して知った妖怪は、『ゲゲゲの鬼太郎』に“南方妖怪”として登場、新しいアニメーション作品にも登場しています。
ところで水木しげるがマレーシアで取材したのはセノイ族。マレー半島に住む少数民族です。ボルネオ島の“トンビルオ”は、これらとは異なる地の精霊です。
『ゲゲゲの鬼太郎』などサブカルチャーとしての妖怪を好む方には、“トンビルオ”は実に興味深い存在です。
まとめ
マレーシアの生んだヒーロー“トンビルオ”。ハリウッドで活躍したスタッフが参加しただけあって、アクション、CG共に見事なスケールで描かれた作品です。
これ程のスケールの作品がマレーシア、それも北ボルネオのサバ州を舞台に誕生しただけに、地元の人々が熱狂したのも当然です。
主人公トンビルオ=エジムを演じたゾル・アリフィンは、劇中では素顔を見せる事はありませんが、東南アジアでモデル、俳優として人気を誇る人物です。
彼のインスタグラムのフォロワーは、執筆現在で250万人を超えています。容姿は見れないものの、彼の身体能力と肉体美は映画で十二分に確認できます。
タイにインドネシア、フィリピンなど東南アジアのアクション映画に注目があつまる中、マレーシアが生んだ新たなアクション俳優にご注目下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第40回はクセ者揃いの傭兵部隊と殺人マシーンの対決!実に「未体験ゾーン」テイストな映画『バトル・ドローン』を紹介いたします。
お楽しみに。