第91回アカデミー賞で最優秀作品賞、脚本賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)。
学の無いがさつなイタリア系用心棒と、天才黒人ピアニストの凸凹コンビが差別の色濃い南部への旅に出ます。
実話ならではの感動に満ちた結末をコメディの名手ピーター·ファレリーがみごと映画化。
アカデミー作品賞に輝いた『グリーンブック』、必見の一作を紹介いたします。
映画『グリーンブック』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Green Book
【監督】
ピーター·ファレリー
【キャスト】
ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ、ディミテル・D・マリノフ、マイク・ハットン、P・J・バーン
【作品概要】
第91回アカデミー賞で最優秀作品賞、脚本賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)を受賞。
ガサツなイタリア系用心棒と、英才教育を受けた黒人の天才ピアニストが、旅を通して友情を深めていく感動ドラマです。
ヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリが初共演。
監督は『メリーに首ったけ』(1999)『愛しのローズマリー』(2002)のピーター・ファレリー。『ムービー43』(2013)でラジー賞を受賞してから5年、本作でアカデミー賞に輝きました。
脚本・原案は主人公トニー・バレロンガの実の息子ニック・バレロンガ。父の人生を変えた特別な旅を映画化しました。
映画『グリーンブック』のあらすじとネタバレ
1962年秋、ニューヨーク。
ナイトクラブ「コパカバーナ」で用心棒として働くイタリア系の中年男トニー・“リップ”ことトニー・バレロンガ。
コパカバーナが改装工事で2ヶ月休業となり、家族を養っているトニーはその間の仕事と金の工面を模索していました。
親戚達が家に集まっている中、妻のドロレスが黒人の作業員に家の修理を依頼。
妻が黒人たちを労って飲み物を渡しているのを見たトニーは、彼等が帰った後にそのコップを捨ててしまいます。
トニーは家族や親戚に、仕事とお金はなんとかすると公言しましたが、彼がすることといえばホットドッグの大食い競争での賞金稼ぎぐらい。
そんな中、コパカバーナのオーナーから電話があり、とある“ドクター”が運転手を探していると言います。
面接に行ってみると、そこはカーネギーホール。
トニーが疑問を抱きながら上階へ向かうと、貴族の邸宅のような空間があり、そこにいたのは医者ではなくドクター・シャーリーという黒人の音楽家でした。
洗練された佇まいのドクターは、面接でトニーに今回の仕事の説明をします。
ディープサウスと呼ばれるアメリカ南部のケンタッキー州やテネシー州へ2ヶ月間のツアーに行くのでその間は家族に会えないこと。
運転手だけでなく、用心棒、マネージャー業務、ドクターの身の回りの世話まですること。
週給100ドルで経費は別。
そしてピアノは最高級のスタンウェイでないと弾かないこと…。
条件を聞いたトニーは、世話まではしない、週給は125ドルにしろと交渉しますが、ドクターから帰るように言われてしまいます。
トニーは大事な腕時計を質屋に入れて金を作った後、行きつけのパブにやってきました。
そこにはマフィアの幹部たちがおり、トニーに仕事を持ちかけますが、彼はどれも断ってしまいます。
翌朝トニーの家にドクターから電話がかかってきました。
ドクターはドロレスと会話をしたいと言って、彼女にトニーが2ヶ月家を空けても大丈夫か聞きます。
トニーは今までも様々なトラブルを解決したことで有名になっており、その噂を聞いたドクターは彼の要求を飲んだ上で雇うことに決めたのでした。
ドロレスも家計のためにと認め、トニーは仕事を引き受けました。
出発の日、レコード会社の社員がトニーに“グリーンブック”という、南部を旅する黒人が安心して入れる店や宿をまとめた本を渡します。
ドロレスはトニーに定期的に手紙を送るようお願いしました。
トニーはドクターとトリオを組んでいるチェロ奏者のオレグ、ベースのジョージと出会いますが、彼らの車は別。
そしてトニーとドクターの南部への旅が始まります。
余計なことばかり喋るトニーにドクターはウンザリ。
トニーは彼に、12月23日のツアー最終日が終わったら急いでニューヨークに戻らせて欲しいと頼みました。
家族とクリスマスを過ごすためです。
最初のコンサートの夜、ドクターはトニーに言葉遣いと所作を直すよう要求します。
また、彼の“バレロンガ”という名前は読みにくいため“バリー”と略して名乗るように言いますが、トニーは拒否。
結局トニーはほかの黒人運転手とともに、コンサート会場の庭の窓から初日を覗くことになりました。
司会がドクターの経歴を発表します。
「生まれた時からピアノを習い3歳で初コンサート、その後9歳でレニングラードに留学して英才教育を受けてきました。心理学・音楽・典礼芸術の博士号を取得。ホワイトハウスでも2回演奏しています」
そしてドクターの演奏を聴いたトニーは、そのあまりに素晴らしい技巧に驚きます。
ドロレスへ送る手紙にも「あいつは天才だ」と書きますが、「金持ち白人のために演奏しているあいつの姿は楽しそうじゃない」とも付け加えました。
トニーがホテルのベランダに出ると、ベランダで1人で酒を飲んでいるドクターの姿が見えました。
翌日の道中、トニーが黒人ロック歌手リトル・リチャードの曲を聞いていると、ドクターがそれはなんだと質問。
ヨーロッパで育ったドクターは、チャビー・チェッカーやアレサ・フランクリンなどのブラックミュージックを知らず、トニーは驚きます。
その後、2人は徐々に身の上話をしていきました。
トニーが“リップス”と呼ばれているのは、彼が口が達者でデタラメが得意な子どもだったから。
嘘ではなくて“デタラメ”でたくさんトラブルを解決し、この仕事も得たと胸を張るトニー。
ドクターは疎遠になっている兄が居ること、一度結婚しようしたがピアニストと両立できなかったことなどを話します。
途中でに立ち寄った土産物屋で、地面に落ちていた売り物の翡翠を拾ってポケットにしまうトニー。
別の車で移動していたジョージに見られ、ドクターに報告されてしまいます。
落ちていたものを拾っただけだと主張するトニーに、ドクターは石を戻せと譲らず、トニーは諦めて石を戻しにいきます。
コンサート会場で設備チェックをしていたトニー。
ピアノがスタンウェイではないどころか、ボロボロでゴミだらけなのを見て、劇場主に契約書と違うと意見します。
劇場主は黒人に最高級ピアノなんて弾かせられないと言った上に、トニーを「イタリア野郎」と罵りました。
トニーは劇場主にパンチを食らわせ、スタンウェイを用意させました。
ケンタッキー州に入ったトニーはケンタッキーフライドチキンの1号店を見つけ、フライドチキンを買い込みます。
ドクターにも渡しますが、彼はフライドチキンを食べたことがなく、不衛生だと拒否。
しかしトニーが無理やり食べさせた結果、ドクターはフライドチキンを気に入りました。
その夜についた黒人用モーテルはひどい設備でした。
独りで酒を飲むドクターを、ほかの黒人がお高く止まりやがってと罵ります。
別のモーテルでくつろぐトニーの枕元には、返したはずの翡翠が置いてありました。
そこにオレグから、ドクターが近所の酒場で大変なことになっていると連絡が入ります。
駆けつけると、彼は地元の白人たちに絡まれていました。
トニーは後ろポケットに手を回し、彼を離さないと発砲すると脅します。
店主がトラブルは許さんとライフルを持ち出し、トニーとドクターを出て行かせました。
銃なんて持っているのかと聞くドクターにトニーは「まさか」と答えます。
トニーはドクターに、南部では自分のそばを離れるなと忠告。
次の日の道中、エンストした車をトニーが修理をしている間、ドクターは周りの農場を見渡します。
そこではたくさんの黒人が農作業をしており、ドクターを怪訝そうに見ていました。
次に来たノースカロライナでは、白人名士の家でコンサート。
ゲスト用の晩餐はフライドチキンでした。
トイレに行こうとするドクターに主催者は、外の掘っ立て小屋を使うよう言います。
ドクターは拒否し、トニーに運転させモーテルまで戻って用を足しました。
それでもコンサート後は白人たちとにこやかに握手するドクターを見て、トニーはなぜ彼がわざわざ南部でツアーをするのか不思議がります。
翌日の休憩中、トニーが少ない語彙で妻ドロレスに手紙を書いているのを見たドクターは、もっとロマンチックにとアドバイスをして自分の考えた文面を書き取らせました。
ドロレスはその手紙を読んで感激。
とある夜、ドクターが警察に拘留されてしまいます。
トニーが向かうと、ドクターは白人の男と裸のままでいました。
トニーは警官たちを言葉巧みに買収し、釈放させますが、ドクターは「今夜は見られたくなかった」と礼も言わず車に乗り込みます。
次のテネシー州メンフィスで、イタリア系の友達に会ったトニー。
イタリア語で「あんな黒人の世話よりもっといい仕事を紹介する。このあと飲みに行こう」と誘われました。
その夜、ドクターはバーへ向かうトニーにイタリア語で喋りかけ、さっきの話を聞いていたと言います。
「君を正規マネージャーに昇進させよう」と提案するドクターに、トニーは「友達と飲むだけで、仕事は断るよ」と笑います。
ドクターはトニーに警察から助け出してもらったのに冷たいことを言ったことを謝りました。
その後、ドクターとトニーは2人で飲みます。
本当はクラシックに専念したいが、レコード会社の指示でポピュラーミュージックも仕方なくやっているというドクターに、トニーはあんたにしか弾けない音楽があると励ましました。
映画『グリーンブック』の感想と評価
第91回アカデミー賞で見事最優秀作品賞に輝いた本作。
映画ファンはノミネートの段階で「ファレリーの映画が!?」と驚いたかもしれません。
ピーター・ファレリーのフィルモグラフィを見ると『メリーに首ったけ』(1999)や『愛しのローズマリー』(2002)や『二人にクギづけ!』(2004)など下ネタも多い軽いタッチのコメディばかりで確かに意外ですが、実は彼は今までもさりげなく差別を描いてきました。
彼の映画には、障碍者が分け隔てなく暮らしている描写がよく出てきますが、他のハリウッド映画ではあまり見られない特色です。
また『愛しのローズマリー』では、異性を見た目の美醜でしか判断しない男が変わっていく話を描いています。
インタビューなどでファレリーは「自分たちの暮らす現実がそうだから、障碍者がも見た目がよくない人も当たり前にいる世界を主題と関係なくても描いている」と語っています。
漂白された美男美女だけの世界でハッピーな話を描いても、本当の幸せな気分にはなれないというのが彼の信条なんです。
そんなファレリーが、差別に真っ向勝負で挑んだのが本作『グリーンブック』。
彼がこの映画を撮るのは必然だったのです。
ちなみにいつも組んでいる弟のボビー・ファレリーが参加していないのは、彼の身内に不幸があり仕事どころではなかったという理由。
ピーターも次はまた兄弟で撮ると語っているのでファンの方はご安心ください。
テーマを押し付けない脚本
扱う題材は真面目ながらも、ファレリーはコメディのスペシャリストとして存分に手腕を発揮。
正反対の男2人の珍道中を笑いたっぷりに描いて、その障壁として差別を扱うという方式を取りました。
反差別を声高に訴えるのではなく、差別に対して笑いや人情で立ち向かう話になっています。
差別をしている人達が滑稽に見えてくるくらい、主人公2人のキャラクターが愛おしく、旅の描写で胸躍らせてくれます。
酷い差別も描かれていますし、感極まるエピソードも多々あるのですが、重苦しくウェットになり過ぎないような軽妙なギャグを要所要所で入れてくるので、終始ニコニコ笑って見ていられます。
翡翠や手紙にまつわるエピソードなど、小道具や伏線の張り方も見事。
また、差別の色濃い南部の白人たちの中にも、トニーたちを逃してくれるバーの店主や、ドクターの権利を認めて電話を貸してくれる警官など、良心的な人も存在させ、バランスが取れています。
降りしきる雨の中で警官から差別を受けるシーンと、帰路を急ぐ雪の中で警官からささやかながら心温まる善意を受けるシーンの対比は涙が止まりませんでした。
そしてあくまで主題は男2人の友情と成長物語。
どちらかが上から目線で相手を救う話ではありません。
お互いに影響を受けて、トニーは差別や暴力は恥ずかしいことだと気づきますし、ドクターはトニーの計らいからアイデンティティを獲得します。
アカデミー賞を獲るのも納得の脚本です。
最高のコンビとラストシーン
さらに素晴らしいのは主演2人の演技。
トニーを演じたヴィゴ・モーテンセンは、本来は『危険なメソッド』(2012)でジークムント・フロイトを演じるほどのインテリです。
本作ではイタリア訛りの英語を完璧に習得し、14キロも増量してガサツなイタリア系の中年を説得力たっぷりに再現しています。
フライドチキンを食べた手をスーツで拭くなど下品な動作をしても、嫌な気分にならず、むしろチャーミングにすら見えてきます。
学はなくても機転が効くことも序盤の短いシークエンスでしっかり見せ、開始数分で観客は彼のことが大好きになるはずです。
一方、天才ピアニストで気品溢れる孤高な男ドクター・シャーリーを演じ、アカデミー助演男優賞を獲得したのは、『ムーンライト』(2016)でも同賞を受賞したマハーシャラ・アリ。
わずか2年でアカデミー賞を再度獲るということは、演技の素晴らしさを実証していますね。
ピアノの指の動きも実際に再現している上に、スタイルや食事やピアノに座った時の姿勢の良さも洗練されていて、彼のカリスマ性が存分に発揮されています。
同性愛者で、白人の中でも黒人の中でも孤独を感じているという難役を、ここまで実在感をもって演じられるのは彼ぐらいでしょう。
マイノリティでありながら、それを勇気と才覚で乗り越えていくドクターは、多くの観客が感情移入できる存在です。
この主演2人の掛け合いを見ているだけで幸せになってきます。
そして本作で一番素晴らしいのはラストシーン。
ドロレスが、トニーの素晴らしい手紙はドクターのおかげだと見抜いていたことが分かるシーンで爽やかに締めくくってくれます。
ここで重要なのはドロレスは一切差別意識のない人間と言うこと。
南部のひどい差別を笑いに変えて描いた本作ですが、最後のこのシーンだけは、彼女に「黒人がそんな文章を書けるわけがない」という偏見が無いことで成り立っています。
笑いながら温かい涙が流れる最高のエンディングです。
まとめ
最後に字幕で出る通り、トニーとドクターは2013年に死去するまで終生友情を保ち続けました。
そんな美しい友情も、きっかけは金銭の利害関係。
トニーがイタリア系移民で、黒人ほどではなくとも差別されていたことも要因のひとつだったのかもしれません。
彼の苗字“バレロンガ”がいろんな人に読み間違えられる中、ドクターだけは最初から迷うことなく正確に呼んでみせていたことも、後の友情を示唆していました。
劇中で南部の差別主義者たちが改心するわけではありませんし、差別を無くすことの困難さもしっかり描かれています。
しかし、そんな世の中でもトニーが心を変えたのは事実。
いくつになっても、自分の考え方を柔軟に変えられるチャンスがあると言っている映画でもあります。
こういったメッセージを、一切押し付けがましくなく解りやすく、誰もが楽しめる最高のエンタメに包んで届けてくれます。
映画『グリーンブック』は、ここ数年のアカデミー作品賞の中でも、親しみやすい一本でしょう。