連載コラム「銀幕の月光遊戯」第15回
来る2018年12月15日(土)、16日(日)に、座・高円寺2にてAfter School Cinema Club + Gucchi’s Free Schoolによる上映イベント【珍作?傑作?大珍作!!コメディ映画文化祭】が開催されます。
今回は、その最強ラインナップの中から、ポール・トーマス・アンダーソン監督、アダム・サンドラー主演の珠玉の作品『パンチドランク・ラブ』(2002)をご紹介いたします。
CONTENTS
映画『パンチドランク・ラブ』のあらすじ
ロサンゼルスの北部、サン・フェルナンド・バレーの倉庫街で、バリー・イーガンは、相棒のランスとともに、吸盤房の販売業を営んでいました。
朝早く出社したバリーは、ヘルシー・チョイス社の購入特典に関する質問を電話で問い合わせたあと、倉庫を出て、何気なく車道の方に目を向けました。
すると、車が突然クラッシュして、激しく横転していく様が見えました。驚いて突っ立っていると、トラックが急停車し、小さなピアノらしきものを唐突に置くと、急いで走り去っていきました。
唖然とする間もなく、一台の乗用車が、ピアノを避けるようにゆっくりと曲がって、こちらにやってくるのが見えました。
降りてきたのは、女性で、バリーの会社の隣の自動車修理店を訪ねてきたようです。時間が早すぎて、まだ開いておらず、女性はあなたから修理を頼んでくれないかと頼み、バリーに車のキーを渡して、帰っていきました。
バリーは道路に置かれたピアノをオフィスに運び、音を鳴らしてみるのでした。
顧客に商品説明をしていると、バリーの7人の姉のうち3人が次々と、今日の夜のパーティーに来るかと電話してきました。「前みたいにドタキャンはなしよ」と一人の姉は念を押しました。
さらにもうひとり、姉が会社までやってきて、あなたに紹介したい同僚の女性がいるんだけど、今日のパーティーに連れて行ってもいいかしらとバリーに尋ねました。
気乗りしないバリーが断ると、姉はなぜ?としつこく問いただしてきます。「今日はいけないかもしれないし」とバリーが言うと、みんなに行くと言ったのに?と姉はさらに続け、「免許の更新があるし」とバリーが言うと、ひどく気分を害したようでした。
約束を守って、姉のスーザンの誕生パーティーにやってきたバリーはドアのところで何度も躊躇しますが、結局家の中に入ります。
同僚の女性は用事があって来ることができなかったようでした。
姉たちはバリーが以前、癇癪を起こして窓ガラスをハンマーで割った話しを持ち出しました。食事が全て揃って、パーティーも本番となった時、突然バリーは窓ガラスをキックして、次々と割ってしまいます。
歯医者をしている姉の夫に謝罪したバリーは、最近、気持ちが不安定だということを吐露しますが、男同士の内緒の話のつもりが、後に全て姉に知られてしまうことに・・・。。
バリーはヘルシー・チョイス食品の、マイレージが貯まるキャンペーンで、どの品を買えばお得なのか、スーパーにでかけ調査したところ、プリンが目に入ってきました。彼はプリンを大量に買い込むと会社に持ち込みました。
夜、自宅に戻ったハリーは、テレクラに電話をします。個人情報を他に漏らすことはないと受付の女性に言われ、バリーは素直にクレジットカード番号から名前、住所、社会保障番号まで、聞かれたこと全て答えました。
翌日、昨晩の電話相手の女性が「お金がなくて困っているので援助してほしい」と連絡してきます。気の毒だけど協力できないと告げてバリーは電話を切りました。
会社に姉が同僚の女性を連れて現れました。女性は前に車のキーをバリーに預けていった女性でした。
姉は、お昼を一緒にどうかとバリーを誘いますが、どこで会社の電話番号を調べたのか、昨日の女性がバリーに何度も電話をかけてきて、それどころではありません。姉たちは諦めて帰っていきました。
脅しのような言葉を吐く女の電話を切ったバリーのもとへ、同僚の女性が一人で戻ってきて、明日の晩一緒に食事しましょうとバリーを誘い、バリーもすぐさまOKします。
バリーと女性は洒落たレストランに入りました。女性はリナといい、バリーが姉たちと一緒に映っている写真を見て、あなたのことが気になったのだと告白します。だから、わざと自動車を置いていったのだと。
いい雰囲気で会話が進んでいましたが、姉がハンマーの話をリナにしたことを知って、バリーはトイレに立ちました。
トイレに入った途端、彼は暴れてドアや壁などを破壊してしまいます。席に戻るも、支配人から呼び出しを受け、店を追い出されてしまいました。
しかしリナは問いただすこともなく、二人は穏やかに話を続けることが出来ました。バリーはリナをマンションに送ると、おやすみと告げて、立ち去りました。
マンションの入り口にたどり着いた時、管理人から声をかけられます。電話がかかっているというので、出るとリナからでした。
「キスしてほしかったわ」とリナは言い、バリーはあわてて彼女の部屋に戻り、二人はキスを交わすのでした。
気分良く、自宅に戻ってきたバリーでしたが、そこでチンピラたちに襲われます。表向きはマットレスの店を営業しながら、裏でテレクラを装い、客から金を脅し取るディーンという男が雇った男たちです。
バリーは、キャッシュカードで金をおろさせられ、巻き上げられてしまいました。
次の日、バリーはランスを呼び、ハワイに行くことを告げます。リナが今、仕事でハワイに行っており、自分も行くことに決めたのです。
マイレージを貯めるため、ランスに協力を頼み、プリンを大量に買い込みます。しかし、マイレージは二ヶ月後にしかもらえないことが判明。仕方なく、今回は自腹で、ハワイへ旅立ちました。
あちこちのホテルに電話してリナを探し出します。リナは彼がやって来たことを心から歓迎しました。二人はハワイを満喫し、その夜、ついに結ばれます。
一世一代の恋に落ちたバリーは、強請屋たちに毅然とした態度をとるべく立ち上がります…。
映画『パンチドランク・ラブ』の作品解説
ポール・トーマス・アンダーソン監督作の中でも異色の一本
『パンチドランク・ラブ』は2002年、ポール・トーマス・アンダーソン監督(以下PTAと表記します)が33才のときの作品です。
主演のバリー・イーガン役に『サタデー・ナイト・ライブ』出身の人気俳優、アダム・サンドラーを迎え、自分に自信が持てず消極的な男性が、リナという女性と出逢い、パンチドランク・ラブ=一目惚れするというロマンチック・コメディです。
PTAは1996年に『ハードエイト』という作品で長編デビューし、70~80年代のポルノ映画業界の人間模様を描いた二作目『ブギーナイツ』でアカデミー脚本賞にノミネート。三作目の群像劇『マグノリア』で評価を決定づけました。
『パンチドランク・ラブ』は、PTAの第四作目にあたります。『ブギーナイツ』が155分、『マグノリア』が187分という大作だったのに比べ、『パンチドランク・ラブ』は95分という上映時間です。
その後のPTA作品、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007・158分)、『ザ・マスター』(2012・138分)、『インヒアレント・ヴァイス』(2012・149分)、『ファントム・スレッド』(2017・130分)と比べても、極端に短い作品です。
重厚な大作を発表しつづけ、今や巨匠と呼んでもおかしくないPTAですが、『パンチドランク・ラブ』は可愛らしいロマンチック・コメディーです。彼のフィルモグラフィーの中でも極めつけの異色作と言ってよいでしょう。
コメディ映画界の帝王アダム・サンドラー
本作の発端となったのは、ヘルシー・チョイス社の賞品を購入するとマイレージがたまるというキャンペーンに目をつけた男性が、プリンを12,150個購入し、一生分のマイレージをためたという実話です。
当人に映画化の許可を得たPTAは、バリー・イーガン役にアダム・サンドラーを想定して脚本を書きました。PTAはアダム・サンドラーの大ファンだったのです。
アダム・サンドラーは、言わずとしれたコメディ映画界の超売れっ子です。
『アダム・サンドラーはビリー・マジソン/一日一善』(1965)、『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』(1996)、『ウエディング・シンガー』(1998)、『ビッグ・ダディ』(1999)、『50回目のファーストキス』(2004)などの作品をことごとくヒットさせ、コメディ界だけでなく、ハリウッド映画界随一といっていいヒットメーカーです。
『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』は、アイスホッケーのプロ選手を目指していた男性が抵当に入った祖母の家を取り戻すためにひょんなことからゴルファーとしてトーナメントに参加するというお話です。
ルールもろくに知らず、技術もないのですが、人間離れした飛距離を出すことで人気が爆発。激高しやすい性格で、最初はすぐに癇癪を起こしていましたが、広報担当の女性に諭され、ぐっと我慢し、徐々に成績を上げていきます。
大人気の彼を疎ましく思う実力派ゴルファーが、人を雇って彼を怒らせ失格させようと企むなど、「キレる」「我慢する」が、物語の重要な要素となっています。
この作品に見られるように、「キレる」はアダム・サンドラーの芸風の一つで、『パンチドランク・ラブ』でアダム・サンドラーが演じるバリー・イーガンのキャラクターは、いつも彼が映画で演じているキャラクターをそのままスライドさせたものです。
バリーは普段はおとなしく、恋愛にも前向きではない消極的な人間なのですが、幼い頃から7人の姉に干渉され、からかわれてきたせいか、鬱積を抱えていて、突然キレて物を破壊します。まさにアダム・サンドラーが演じてきたいつもの人物そのものです。
にもかかわらず、全然雰囲気の違う作風となっているのが面白く、アダム・サンドラーのフィルモグラフィーの中でも異色の作品となっています。
映画『パンチドランク・ラブ』の感想と評価
冒頭、いきなり、車がクラッシュしてバラバラに壊れながら横転していったり、目の前を大型トラックがものすごいスピードで通り過ぎるなど、ショックなシーンが登場します。
突然キレる主人公の性格に、映画自体、同調しているかのようです。
かと思えは、画家のジェレミー・ブレイクの作品を使ったふわふわした淡い感覚の映像がところどころに挿まれたり、ロバート・アルトマン監督の『ポパイ』(1980)のハリー・ニルソンによる主題歌「He Needs Me」が要所要所に流れたりして、甘い雰囲気が醸し出されます。
バリーがキレてレストランのトイレを破壊し、店を追い出されてもリナは何もいわず、この甘い音楽が流れだします。なめらかなカメラワークも相まって、ここはとってもロマンチックなシーンになっています。
ロマンチックといえば、これほど、ロマンチックな作品はないといってもいいくらいの多幸感が『パンチドランク・ラブ』には溢れています。
ハワイ行きを前に浮かれて思わずスーパーでタップを踏むバリー。このときのアダム・サンドラーが滅茶苦茶チャーミングです。
ハワイで再会し、喜びを分かち合い抱擁し合う二人をシルエットで捉え、奥にはワイキキのビーチが映っている完璧なまでに美しいショットを観たら誰もがハワイに今すぐ飛んで行きたくなることでしょう。
二人が手をつなぐのをアイリスアウトで表現するなど、往年のMGMミュージカルや、エルンスト・ルビッチなどのコメディを想起させる手法に、古典的なロマンチック・コメディーへの憧憬、リスペクトが込められています。
一世一代の恋のために、臆病だったバリーが毅然と立ち上がる場面は感動的で、強請屋のボスとのキレキレ合戦の最終決戦に思わずエキサイトすることでしょう。
まとめ
バリーのお相手、リナに分するのはエミリー・ワトソンです。落ち着いた大人の女性を穏やかに、親しみやすく演じています。
強請屋の元締めをフィリップ・シーモア・ホフマン、バリーの同僚のランスをルイス・ガスマンが演じている他、バリーの姉は一人以外は、皆、素人で、バリーを襲うチンピラたちもまったくのド素人を使っているというから驚きです。
ところで、リナが、バリーの姉と電話で会話している時に、姉が、バリーは変わっているからと言うと、リナが「そうね、変人ね」と答える場面があります。
すると姉は、急に態度を変え、「そこまでではないわ」と抗議を始め、リナも「そうね、ごめんなさい」と素直に謝ります。
ここで、吉田恵輔監督の『犬猿』(2018)を思い出してしまいました。
普段兄弟や姉妹のことを散々愚痴って駄目だとかなんとか言っていても、他人に自分の兄弟、あるいは姉妹を悪く言われるとムッとして、そんなことないよ、姉ちゃんはいい面もいっぱいあって、とかばいだすのです。
こういうささやかなクスっと笑える、なんとも人間臭いエピソードが登場してくるのも、コメディ映画の面白さなのでしょう。
『パンチドランク・ラブ』は、座・高円寺2にて開催されるAfter School Cinema Club+Gucchi’s Free Schoolによる上映イベント【珍作?傑作?大珍作!!コメディ映画文化史】の二日目、12月16日(日)のAM11:00より上映されます!
基調な上映機会ですので、是非お見逃しなく!
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、今回に引き続き、上映イベント【珍作?傑作?大珍作!! コメディ映画文化祭】で本邦初公開されるダッシュ・ショウによる長編アニメーション『ボクの高校、海に沈む』を取り上げます。
お楽しみに!