イ・ビョンホン主演『それだけが、僕の世界』が、12月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー。
母の愛を求めながら孤独に生きてきた元ボクサーの兄と、母の愛を一身に受けて育った、自閉症で天才的なピアノの才能を持つ弟が織りなす家族の愛と絆の物語です。
監督を務めるのは、『王の涙・イ・サンの決断』(2014)の脚本で知られるチュ・ソンヒョン。本作の脚本が高い評価を得て、遅咲きの映画監督デビューを果たしました。
2018年も多くの素晴らしい韓国映画が公開されましたが、その最後を飾り、新しい年を迎えるにふさわしい作品といえるでしょう。
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イ・ビョンホンが演じるのは元ボクサーの男
イ・ビョンホンの役どころは、かつて東洋チャンピオンだった元ボクサーです。
今ではすっかり落ちぶれてしまい、スパーリング相手として雇ってもらいながら国の代表候補をノックアウトしてしまったため、ジムの出入りも禁止され、定職もなく、その日暮らしをしているジョハという人物を演じています。
ほぼ全編ジャージ姿、短く刈り込んだ髪型(短すぎる前髪)は、いつものイ・ビョンホンのイメージとは随分違っていて、街中でチラシ配りをしている姿などは全く違和感なくその場に溶け込んでいます。
街中のロケは、エキストラを入れて行っているのでしょうが、もしかするとゲリラ的に撮影して、誰もチラシ配りをしている男性がイ・ビョンホンと気づかなかったという可能性もありそうです。
元ボクサーという役柄も納得のボクシングの技術と、鍛えられた体もあいまって、ジョハという人物が非常にリアリティのある存在として映画を引っ張っています。
父は暴力を振るうろくでもない男で、母はそれに耐えられず中学生のジョハをおいて家を出てしまいました。それがずっと心の傷となっている孤独な人物である一方、巧まざるユーモアも持ち合わせていて、類型的でない人物像が魅力的です。
ストーリーだけ追うと、もっとシリアスで、お涙頂戴の作品になってもおかしくないところ、絶妙な笑いのセンスが要所要所に現れ、ここで笑わせてくるの?と感心させられることしきりでした。
ジョハが再会した母親とワインを飲みながら変なダンスをするシーンや、家族写真を撮る際、ジョハが取る大げさなポーズなどは、この人物のひょうきんな性格がよく現れていますが、同時に、失ったものを取り戻そうとするジョハの必死な心情も感じ取ることが出来ます。
イ・ビョンホンが、アドリブではないかと思わせるくらいのりのりで演じていて、眩しくなるようなきらめきに溢れるシーンとなっています。
悲しさの中に笑いを、愉しさの中に涙を、そっと忍び込ませる脚本と演出に、チョ・ソンヒョンのセンスを感じずに入られません。
パク・ジョンミンの驚異的な演技
母と再会したジョハは、弟・ジンテと初めて顔を合わせます。サヴァン症候群で、いつもスマートフォンを手にしてゲームをしている青年ですが、ピアノが好きで天才的な才能を持っています。
ジンテを演じるのは、パク・ジョンミン。『空と風と星の詩人 尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯』(2016/イ・ジュニク監督)で、尹東柱のいとこ宋夢奎(そんもんぎゅ)を演じ、多くの新人賞を獲得するなど、高い演技力を評価されている注目の若手俳優です。
参考映像:『空と風と星の詩人 尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯』
入念に役作りをすることで知られており、サヴァン症候群についても徹底的にリサーチを行ったそうです。視線や振る舞いなどを習得し、それらを演技に落とし込み、ジンテという心優しい男性像を見事に作り上げました。
母からの愛を一身に受け、幼馴染の大家の娘とは仲睦まじく、そうした点でも兄とは正反対なのですが、その愛が、少しずつ、兄にも届いていく様が、豊富なエピソードともに綴られていきます。
また、ピアノに関しても、撮影の三ヶ月前から猛特訓を行ったということですが、多少の心得はあったとしても、三ヶ月でここまで完璧なものに仕上げられるのかと驚かされます。
音楽をテーマにしている作品ならその演奏シーンが当然重要となってきます。演奏しているらしき上半身と手元を撮ったカットをうまく編集していかにも役者が弾いているように見せるのも映画というマジックの一つの醍醐味ですが、本人が実際に弾いているところを引きで撮る臨場感にはやはり圧倒的な説得力があります。
パク・ジョンミンがオーケストラと共演する、クライマックスとも言える十数分間の演奏シーンの素晴らしさといったらありません。
言葉での解説はひとつもいりません。ただ、ただ、演奏に聞き入り、見入り、驚嘆する。パク・ジョンミン恐るべし!と多くの人が心の中で呟くこととなるでしょう。
母を演じているのは、ホン・サンス監督作品でもお馴染みのユン・ヨジュンです。夫の虐待に耐えかねて息子をおいて家を飛び出し、そのことを深く後悔している彼女が、偶然息子と再会し、関係を取り戻そうとします。難しい役どころなのですが、これがまたいい味を出していて、実に旨いのです。さすが、韓国が誇るベテラン女優です。
彼らの住まいの大家である母娘[娘役のチェ・リが可愛い)など、彼らを取り巻く登場人物も皆、それぞれに強い個性があり、誰一人、おざなりにされるキャラクターはいません。そんなところからも構成の緻密さと映画の温かみが感じられます。
言葉ではなく映像で語る
感情を激しく爆発させ、言葉で説明したがる映画も数ある中、本作は、むしろ感情を抑え、言葉ではなく、役者の動きや、映像で語らせようとしています。
『ヒマラヤ~地上8,000メートルの絆~』(2015/イ・ソクフン監督)、『トンネル 闇に鎖された男』(2016/キム・ソンフン監督)など、多数の名作に参加してきた撮影監督・キム・テソンによる撮影は、その街で暮らしている人物の鼓動が聞こえてくるかのような親近感を与えてくれるものです。
標準レンズより画角の広いアナモフィックスレンズを使用するなどし、何気ない韓国の街並みが魅惑的に映し出されます。ただの“背景”や“舞台”ではなく、キャラクターの生きる場所、生活するリアルな場所として浮き上がってくるのです。
イ・ビョンホンや、パク・ジョンミンがそこに溶け込み、ロングショットで撮られている画面の美しいこと! 時に孤独を、時にささやかな驚きや喜びをカメラは表現してみせるのです。
信号が青に変わるのを待つ僅かな時間でさえ、たまらなく愛おしくなる、そんな映画に仕上がっています。
韓国で累積観客数が341万人を超え、大ヒットを記録したのも頷けます。
次回の『コリアンムービーおすすめ指南』は…
次回は、12月08日(土)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋、愛知の中川コロナシネマワールド、半田コロナシネマワールドにて公開され、以降順次全国公開予定の『ときめき・プリンセス婚活記』を取り上げます。
お楽しみに!