野尻克己監督が長編デビュー作として選んだテーマは家族。
どこにでもある家庭に巻き起こった激流を、包み込むようなユーモアと冷静な筆致で描き出しました。
嘘によって再出発するヒューマンドラマ『鈴木家の嘘』をご紹介します。
映画『鈴木家の嘘』の作品情報
【公開】
2018年
【監督】
野尻克己
【キャスト】
岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、吉本菜穂子、宇野祥平、山岸門人、川面千晶、島田桃依、金子岳憲、レベッカ・ヤマダ、政岡泰志、岸本加世子、大森南朋
【作品概要】
長男が亡くなり、倒れた母の心を守るため、残された家族はある優しい嘘をつきます。
いつかは終わる嘘の日々の中、悲喜こもごもを乗り越えていく家族のストーリーです。
監督、脚本は橋口亮輔、石井裕也、大森立嗣などの数多くの作品で助監督を務め、本作が劇場映画初監督作となる野尻克己。
俳優陣は岸部一徳、原日出子、大森南朋など実力派が揃う中、長女を演じる木竜麻生が瑞々しくも鋭い存在感を示しました。
映画『鈴木家の嘘』のあらすじとネタバレ
ある晴れた日、鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)は突然自室で首を吊り自死。台所にいた母・悠子(原日出子)は、死体を発見したショックで昏倒してしまいました。
その後、帰宅した娘・富美(木竜麻生)によって助けられたものの、悠子は昏睡状態に陥ります。
悠子は気絶した時包丁を持ち、左手首を傷つけていたため、浩一の後を追おうとしたのだろうと考えられていました。
父・幸男(岸部一徳)以外は皆、もはや悠子は寝たきりだと諦めていました。
しかしちょうど浩一の四十九日となった時、悠子は奇跡的に目覚めます。
何の後遺症もなく目覚めたかと思われましたが、なんと悠子は浩一の死を忘れていました。
浩一はどこかと尋ねる悠子に、富美はとっさに嘘を吐きます。
浩一は悠子の入院費を稼ぐため、叔父・博(大森南朋)の仕事を手伝いにアルゼンチンに行った。
そんな嘘を幸男もフォローしたため、悠子はすっかり信じてしまいました。
大学を卒業後、何年も引きこもっていた浩一。それが立派に海外で働いているという事に悠子は感動し、退院に向けてリハビリに意欲を見せ始めます。
担当の医師は、しばらくは事実を告げない方が良いと幸男達に助言しました。
嘘のつじつまを合わせるため、幸男と富美は博も巻き込み、浩一からの手紙や贈り物をねつ造しながら“アルゼンチンで働く浩一”像を作り上げていきます。
悠子が元気を取り戻していくのとは裏腹に、浩一の自殺は確実に、鈴木家の中に暗い影を落としていました。
映画『鈴木家の嘘』の感想と評価
『わたくしどもは』という、作家で詩人でもある宮沢賢治の詩があります。
一緒に暮らしていた女が死んでいくまでの様を、“わたくし”の視点で静かに見つめた詩です。
人の死に対する無力さ、どんなに親しい人だとしても理解できない無力さ、“わたくし”として生きていかなければいけない無力さ、そんな思いを圧縮したようなこの詩が、本作と重なりました。
父・幸男は、父親として息子を理解してやれなかった過去を悔い、それでも残った家族を守ろうとします。
娘・富美は、かつては背中を追い掛けていた兄を理解しようと空回り、怒り、気持ちを吐き出す場所を求めていました。
母・悠子は、お腹を痛めて産んだ母として息子を信じ続け、その強固な思いすらも届かなかったと打ちのめされます。
富美としては、母の庇護のもと引きこもり続けた兄の姿を見ていたので、母に対する不信感や見捨てられ不安があったのでしょう。
悠子が浩一の後を追おうとした(誤解でしたが)ことで見捨てられ不安は決定的なものとなります。
富美は悠子と浩一を逆に突き放し、心身の安定を図ろうとしたものの、うまくいきませんでした。
その怒りの元には、二人への罪悪感が横たわっているためです。
浩一の視点は自死の直前だけで、他の家族の目を通した断片的でしかない存在感が、いっそうやるせなさを感じさせます。
浩一に生きる意思さえあれば“本当”になったかもしれない“嘘”は、永遠に嘘のままです。
家族という不思議な共同体と、その危うさについて、本作は静かに語り掛けてきます。
一方でその構成は、鈴木家に罪があるとして追求するのではなく、彼らの苦痛と優しさにひたすら寄り添います。
義男や富美が努力して作り上げた“嘘”は、劇的な意味があったわけでもなく、富美のたった一言であっという間に崩れ去りました。
しかしそんな過程も無駄ではなかったと肯定し、様々なきっかけを通じて、ただ家族の死と向き合うよう促します。
富美にとってはその第一歩がグループセラピーでした。
「浩一の死によって家族が信じられなくなった」と感じる自分を観察した富美は、怒りながらも決着を付けて進もうとあがきます。
そして最後には、同じ経験を共有する父母の痛みに気づきました。
こうやって笑おうが泣こうが、みっともなかろうが、生き延びようとする人々が少しずつ集まり、支え合っていくのもやはり家族の姿ではないでしょうか。
まとめ
野尻克己監督は、本作が初めての長編オリジナル作です。
監督は恐らく鈴木家の人々と同じように悩み抜いて、なぜ悩むのかを突き詰めながら脚本を書き上げたのではないでしょうか。
そんな真摯な姿勢が映画から伝わってきます。
「家族に自死された」という現実にえぐられた傷を探し出し、受容し、傷ついた自分を許そうとする優しくて痛い物語『鈴木家の嘘』。
ユーモラスなストーリーではありますが、その語り口は思いやりと包容力に溢れていました。
挫折した時、どうしようもなく自分を責めたくなる時は、本作を観る事で前を向くヒントがあるかもしれません。