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Entry 2018/10/08
Update

映画『銃』キャスト女優日南響子(トースト女)の演技力。原作をより魅力的にした女神の存在感

  • Writer :
  • 石井夏子

芥川賞作家・中村文則の同名デビュー作を、『百円の恋』の武正晴監督のメガホン、村上虹郎と広瀬アリスの共演で映画化。

第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に正式出品された本作。

11月17日(土)より、テアトル新宿ほか全国で公開されます。

この記事では、“トースト女”として映画『銃』に登場する、日南響子の魅力に迫ります。

映画『銃』の作品情報

(C)吉本興業

【公開】
2018年(日本映画)

【監督】
武正晴

【原作】
中村文則

【企画・製作】
奥山和由

【キャスト】
村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキー、日南響子、岡山天音、新垣里沙、後藤淳平(ジャルジャル)、中村有志、日向丈、片山萌美、寺十吾、サヘル・ローズ、山中秀樹

【作品概要】
中村文則の同名原作は、新潮新人賞を受賞した他、英訳版の『The Gun』が2016年の「ウォール・ストリート・ジャーナル」年間ベストミステリー10冊に選出されるなど、国内外から評価を受けた作品です。

主演は、『武曲 MUKOKU』で第41回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞した村上虹郎。

ヒロインには広瀬アリス。快活な一方で、心の中に何らかの問題を抱えている女子大生・ヨシカワユウコを演じます。

そして、トオルを追いつめる刑事には、怪優、リリー・フランキー。

村上演じるトオルの性の捌け口となる“トースト女”は日南響子。

偶然銃を拾った主人公・西川トオルがその魅力に捉われ、徐々に銃に支配され狂気に満ちていく様を鮮烈に描く、ジャパニーズ・フィルムノワール。

映画『銃』のあらすじ


(C)吉本興業

俺は拳銃を拾った…。

大学生、西川トオル(村上虹郎)は、雨の夜の河原で、ひとりの男の死体と共に放置されていた拳銃=COLT社の「LAWMAN MK Ⅲ 357 MAGNUM CTG」を手にし、それを自宅アパートに持ち帰りました。

やがて、手にした銃は彼にとって、かけがえのない宝物のような存在になります。

悪友のケイスケに合コンに誘われたトオルは、欲求不満気味のケイスケとの付き合いから、その夜出逢った女(日南響子)と一夜のアヴァンチュールを楽しみます。

女の部屋でのセックスは、銃の手にした高揚感のあるトオルにとっては、さらに心地よいものでした。


(C)吉本興業

翌朝、彼女の部屋で目覚めると、女はトーストを焼いています。

カフェでバイトしているという女は、バイト先で分けてもらった豆で挽きたてのコーヒーとトーストでトオルをもてなしました。

食べながらテレビに目を向けると、銃と関係する男の遺体が発見されたというニュースが飛び込んできます。

途端に気分が悪くなったトオルはトイレで嘔吐。

心配する女を再び抱いたトオルは、その日以来、彼女を「トースト女」と頭の中で呼ぶようになり、セックスフレンドとして、度々性欲を吐き出すようになります。


(C)吉本興業

一方でトオルは大学の学食で、以前も講義中に話しかけてきた美人のヨシカワユウコ(広瀬アリス)と再会。

彼女に興味を抱きますが、それ以上に銃の存在感のほうがトオルの中で圧倒的な位置を占めるようになっていきます。

やがて、刑事(リリー・フランキー)の突然の訪問を契機に、精神的に追い込まれてしまったトオルは、ある決断を下しますが…。

『銃』の持つ神話性

(C)吉本興業

ある日偶然、強大な力を手に入れた主人公。

力を隠して過ごすものの、いつしかその力に魅了され、試してみたくなる。

それに勘付いた第三者が、予言めいた警告をする。

が、その警告が呪いのように主人公を蝕み、欲望は際限なく膨らんでいく。

やがて訪れる破滅…。

『銃』のあらすじをこう書くと、ギリシャ悲劇やシェイクスピア悲劇のような、不変の神話性を感じます。

シェイクスピア『マクベス』では、3人の魔女による「やがて王になる」と言う予言が、マクベスを血塗られた道へと進ませました。

『銃』でも、刑事がトオルに掛けた言葉が、トオルの脳裏に焼きついて離れなくなります。

刑事がトオルに“呪い”をかけなければ、物語は違った結末を迎えたのかも知れません。

“依存”する登場人物たち

(C)吉本興業
この作品には“依存するもの”“執着するもの”が数多く存在します。

銃に依存するトオル。

事件に執着する刑事。

セックスの事ばかり考えている友人。

男に、トオルに救いを求めるヨシカワユウコ。

男(金)を求め、息子を虐げる母。

母に虐げられながらも、1人で生きていくには幼すぎる少年。

そんな中、名前を持たない“トースト女”は異質な存在です。

トースト女はトオルを受け入れますが、自ら引き止める事も、誘うこともありません

ただ、自然に彼を受け入れるだけ

乱暴に扱われても、朝にはトーストを焼き、コーヒーを淹れる。

トオルが嘔吐しても、優しく声をかける。

名を持たない(トオルが知ろうともしない)彼女は、まるで女神のような包容力を持っています。

“女神”日南響子

(C)吉本興業
本作で異質な存在感のある、“トースト女”

恋人がいてもトオルと寝る。

彼女にとってトオルと寝ることは、欲望でも愛でもなく、食事や睡眠と同じく、当たり前の行為なんです。

そしてそれが不快だったら、はっきりと拒絶出来る

対して本作のヒロインヨシカワユウコは、他人に決定権を委ねています。

「なんか面白い事ない?」

相手を誘導して、自分の都合の良い返事を得ようとするヨシカワと、自己決定能力を持った“トースト女”は対極の存在です。

完成した本作を観た、原作者の中村文則は、「ヨシカワユウコと「トースト女」(「トの女」)。主人公をめぐるふたりの女性の片方には固有名詞があり、片方にはありません」と言う、インタビュアーの発言に、こう答えています。

陰と陽というか。でも、陽が単純な陽じゃないのがポイントかなと。ヨシカワユウコに関しては、(主人公にとって)もう一個のあったかもしれない未来ということなんだと思います。「トの女」は主人公のいつもの日常なんですよね。ヨシカワユウコに対しては「親密になるゲームをしよう」と思いつつ、内面では「普通の人になりたい」ということがあったのかもしれない。その複雑な対比として、あのふたりを置いたのだと思います

原作者の意図とは違うのでしょうが、“トースト女”はトオルを救おうと手を差し伸べた女神の様に見えました。

それは原作や監督の力は勿論、演じた日南響子の魅力によるものが大きいです。

柔らかな声と、まっすぐに伸びた手足。

媚びるわけではなく、トオルを見据える慈悲深い眼差し。

彼女と村上のラブシーンは、リアリティがあり色っぽいのですが、とても美しく、芸術的です。

日南響子の存在が、この映画を怪作にしていると言っても過言ではありません。

“トースト女”という、名も無い女神に欲望の限りを尽くして、怒りを買った男は、破滅するしか無いんです。

東京国際映画祭レッドカーペットで激写!


©2018 TIFF
10月25日に開幕した、第31回東京国際映画祭。

レッドカーペットイベントが、東京・六本木ヒルズアリーナにて開催されました。

激写した華やかな様子を写真でお届けします!


©2018 TIFF

見てください、この日南響子の輝くばかりの美しさ!


©2018 TIFF

まとめ

中村文則の衝撃のデビュー作『銃』が満を持して映画化。

武正晴監督は、モノクローム映像によって、見事にこの原作の本質を浮き彫りにしました。

また、映画をより一層見応えのあるものに昇華させた、日南響子の演技と存在感にも注目です。

青春の、踏み込んではいけない1ページ。

“それ”に触れてしまっては、もう後戻りはできない。

皆さんも、この悪夢のような甘美な体験をご一緒しませんか?

映画『銃』は、2018年11月17日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショーです。



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