連載コラム「サスペンスの神様の鼓動」第1回
はじめまして、映画ライターのまこちゃと申します。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
そもそもサスペンスとは、どういう意味でしょうか?
デジタル大辞泉によると、「未解決、不安、気がかり」という意味があり、映画では、話の展開や状況設定で、観客が感じる不安感や緊張感という意味があります。
今回は、盲目のピアニストが、ある事件に巻き込まれた事から、意外な方向に話が展開する作品『インビジブル 暗殺の旋律を弾く女』を紹介しながら、サスペンスを盛り上げている仕掛けについて、考察していきます。
CONTENTS
映画『インビジブル 暗殺の旋律を弾く女』のあらすじ
ピアニストのソフィアは、先天性の病気で幼い頃に失明し、現在は補助杖を使いながら、決まった行動範囲のみで生活する日々を送っています。
ある日、マンションのエレベーターに乗っていたソフィアの元に、マンションの住人ベロニクが乗り込んできます。
その後から男性がベロニクを追いかけてきますが、男性の目の前でエレベーターの扉が閉まります。
同じマンションで、世間話をする仲だったソフィアに、ベロニクはUSBを預けます。
自分の部屋に戻ったソフィアは、ベロニクが住んでいる上の階から、男女が言い争っている声と激しい物音の後に、外へ何かが落下したような音を聞きます。
数時間後、ソフィアは警察の取り調べを受けていました。
窓から落下したのはベロニクで、そのまま死亡した為、警察は殺人事件として捜査していました。
容疑者が消えた事から、刑事のミルズに「何か分かったら教えてほしい」と伝えられます。
次の日のニュースで、ベロニク死亡の情報が流れます。
そして、ベロニクがヨーロッパ黒社会の大物で要注意人物とされている、ラディチの娘である事も判明します。
一方、ベロニクを追いかけていたヒットマン、マークは、同じ目的遂行の為に動いている姉のアレックスに、ベロニクからUSBを奪還する事に失敗したと報告。
その際、ソフィアに顔を見られた事も伝えます。
いつものように、ピアニストとして演奏の仕事に行ったソフィアですが、ベロニクの死が頭から離れず、演奏に集中できません。
仕事を終えて帰宅したソフィア、そこにはソフィアを始末する為に、部屋に忍び込んでいたマークが銃口を構えていました。
ソフィアはマークに気付かない様子で、シャワールームに入って行きます。
マークはソフィアが盲目である事に気付き、危害を与えずに部屋を出ます。
部屋の中に不審な空気を感じたソフィアは、ベロニクから預かったUSBを手に取ります。
亡くなった娘、ベロニク追悼の為にパーティーを開いたラディチ。
そのパーティーにピアニストとして雇われたソフィアは、ラディチに気に入られ別室に誘われます。
「盲目の女が好きだ」と、ソフィアに迫るラディチでしたが、ラディチの配下として潜入していたアレックスに呼ばれます。
飲みかけのワイングラスを置いて、席を立ったラディチ、ソフィアは脚に隠しておいた小瓶を取り出しますが、床に落としてしまいます。
戻って来たラディチに小瓶の存在を気付かれないように、ソフィアは小瓶を粉々に砕き、ラディチと再会する約束をして部屋を後にします。
パーティーからの帰宅道、ソフィアは若者たちに絡まれますが、マークに助けられ2人は親密になります。
次の日、点字の手紙を受け取ったソフィアは公園に向かいます。
公園ではソフィアの事を深く知る老人、ナイルが姿を見せます。
サスペンスの仕掛け①「盲目」
本作の主人公ソフィアは、盲目のピアニストとして生活をしていましたが、実際は目が見えており、盲目の女性を演じていました。
「何故ソフィアが、盲目の女性を演じていたのか?」が物語の核になる訳ですが、はっきりとした説明は作中にはなく、セリフの中にヒントがあります。
それは、ソフィアが命を狙っている裏社会の大物、ラディチが何度か発するセリフ「俺は盲目の女が好きだ」と、クライマックスでソフィアがラディチに言うセリフ「この23年間、何度も頭の中であんたを殺してきた」です。
家族の復讐の為、ソフィアがラディチに接近する為に、ラディチの理想である盲目の女性を演じていた事が分かります。
ラディチに近付く為だけに、23年間偽りの自分を演じ続けたソフィアから、観客は確固たる覚悟を感じ、ラディチへの執念深さも同時に感じます。
ソフィアがベロニクからUSBを受け取った事も、偶然ではなくソフィアの計算だったのではないかとすら考えます。
では、ソフィアは本当は何者なのか?
それはソフィアがマークに語るセリフ「私に合わせて、目隠しをしてピアノを演奏してくれていた姉」から分かります。
本当に盲目だったのは、ソフィアの妹で、ソフィアが「目隠しをしてピアノを演奏してくれていた姉」だったのです。
ソフィアが盲目の女性を演じていたのは、ラディチに接近する目的の他に、自身が「大人になった妹」を演じる事で、妹を現代の社会で生かし続けようとしたのではないでしょうか?
そもそもソフィアも、ソフィアを名乗る女性であり、主人公の本当の名前すら作品中では不明のままです。
正体不明の人物が別の人物を偽る事で、観客が騙される作品と言えば、1995年の映画『ユージュアル・サスペクツ』が傑作です。
都市伝説的な伝説のギャング「カイザー・ソゼ」の正体を巡るストーリーで、「カイザー・ソゼ」は登場人物の中の誰かであり、他の人物を偽っています。
そして「カイザー・ソゼ」の正体が分かった後に、もう一度見直してみると、細かいセリフの中に伏線が張られており、アカデミー脚本賞を受賞した完成度の高い作品になっていることがわかります。
参考映像:ブライアン・シンガー監督『ユージュアル・サスペクツ』(1995)
サスペンスをの仕掛け②「二重構造」
本作のストーリーは二重構造である事が特徴です。
前半は、謎の殺人事件に巻き込まれた盲目のピアニスト、ソフィアのストーリーとして展開しますが、ナイルの登場から一転し、ソフィアの復讐劇へと変わっていきます。
「家族をラディチに殺された」というバックグランドが加わる事で、観客のソフィアへの印象が変わっていき、盲目である事すら疑わしくなる為、あのラストが抵抗なく受け入れられるのです。
サスペンス映画で、二重構造のストーリーは、作り手が観客を騙す為に、精巧に物語を組み立てています。
作り手の仕掛けた罠、またはヒントを感じて、結末を予想しながら観賞すると楽しめます。
二重構造の傑作映画と言えば、2003年の映画『アイデンティティー』がお勧めです。
死刑囚の審議が行われる話と、嵐の夜にモーテルに閉じ込められた人たちの話、2つの話が交わる時に、とんでもない展開へと進みます。
前半のモーテルでの話は不可解な点が多いのですが、後半になり全てに必要性があった事が語られ、そのまま迎える驚愕のラストまで、本当に楽しめる作品です。
参考映像:ジェームズ・マンゴールド監督『アイデンティティー』(2003)
映画『インビジブル 暗殺の旋律を弾く女』のまとめ
盲目の女性ピアニストが、恐ろしい事件に巻き込まれる話と見せかけて、実は正体不明の女性による、復讐劇を描いた本作。
作品全体も、ソフィアの過去や目的を少しずつ観客に提示していく事で、興味を掻き立てストーリーに引き付ける巧みな構成になっています。
しかし、主人公が何者なのかが、全ては語られません。
ソフィアは偽名で、本当の名前すら分からないのです。
観客が、登場人物の中で一番感情移入するであろう、主人公が一番謎の存在という、変化球の利いた本作は見事です。
映画『インビジブル 暗殺の旋律を弾く女』は、ヒューマントラスト渋谷やシネ・リーブル梅田の映画イベント「WWC(ホワット・ア・ワンダフル・シネマ)」で上映されていましたが、現在は終了。
2018年11月2日にDVD発売の予定となっています。
次回の「サスペンスの神様の鼓動」は…
いかがでしたか。
次回は、2018年11月24日に公開される、ウイリアム・フリードキン監督の『恐怖の報酬(完全版)』をご紹介していきます。お楽しみに!