歳を重ねていくことに、あなたは何を求めますか?
今回ご紹介する映画『未来よ こんにちは』は、若き新鋭監督ミア・ハンセン=ラブの最新作。人生の半ばを過ぎて潔く出来事と向き合う独りの女性の姿をフランス女優のイザベル・ユペールが熱演。
2017年日本公開の上半期のなかでもベスト級にお薦め作品です!
映画『未来よ こんにちは』の作品情報
【公開】
2017年(フランス映画)
【脚本・監督】
ミア・ハンセン=ラブ
【キャスト】
イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ、サラ・ル・ピカール、ソラル・フォルト、エリーズ・ロモー、リオネル・ドレー、グレゴワール・モンタナ=アロシュリナ・ベンゼルティ
【作品概要】
『あの夏の子供たち』(2009)『EDEN エデン』(2014)などで注目作が多い、フランスの若き女性監督ミア・ハンセン=ラブの最新作。
フランスを代表する大女優イザベル・ユペールを主演にむかえ、時の流れのなかで孤独感を受けとめながらも、未来に生きるひとりの女性の高校教師の姿を描いたヒューマン・ドラマ。
第66回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)、第82回ニューヨーク映画評論家協会賞主演女優賞、第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞主演女優賞、第37回ボストン映画批評家協会賞主演女優賞、第51回全米映画批評家協会賞主演女優賞、第37回ロンドン映画批評家協会賞主演女優賞などを受賞。
映画『未来よ こんにちは』のあらすじとネタバレ
パリの高校で哲学の教鞭をとるナタリー、その夫も同じく哲学教師を勤めるハインツ。
2人の子どもを連れてブルターニュに家族旅行した際に、サン・マロ沖のグラン・ベ島に埋葬された文学者シャトーブリアンの墓を訪ねます。
「Un grand écrivain français a voulu reposer ici
pour n’y entendre que la mer et le vent
Passant
respecte sa dernière volonté
偉大なフランス人作家がここに葬られることを望んだ
海と風の音だけを聞くために
彼の遺言に敬意ともに過ごしましょう」
シャトーブリアンの墓前でナタリーとハインツは穏やかなに佇む。2人は仲の良い夫婦であると同時に同志のような関係でした。
しかし、そんなことにおかまいなしの子どもたちとって、面白くもないので飽きてしまい早く帰ろうと促します。
それから数年が経ち、やがて、そんな子どもたちも独立。ナタリーはパリ市内で一人暮らしの母イヴェットの介護に追われています。
体調の異変を訴えるのに夜中の時間でもおかまいなしにすぐに電話で掛けて来ることもあり、それが寂しさゆえの演技であっても母の元に伺わなければなりません。
そんな慌ただしい日常でも、ナタリーにとって、電車内で哲学書を読む時間が何よりの癒しの時間です。
ナタリーの勤める高校では、「若者の失業を増やす改悪」反対ストに学生たちは揺れていた。かつては五月革命で学生運動にのめり込んでいた彼女だが、今ではストを起こす学生たちに揶揄されます。
ナタリーは政治的な発言はしないと、毅然とした態度で授業を続けるのです。その日の授業の課題は“革命の生みの親”ルソーで、「自分で考えること」をテーマに生徒を指導します。
かつて、ナタリーの教え子で、そんな授業で哲学の面白さを知り、教師になったファビアンがいました。彼は才能がありナタリー監修で哲学書黙すほどのナタリーには自慢の教え子でした。
ファビアンと久しぶりに会ったナタリーは、彼が教師を辞めて、執筆活動をしながらアナーキストの仲間たちと住み活動をしていることを聞かされます。
そんなファビアンがナタリーの自宅に訪ねて来ると、夫ハインツは「全知全能のインテリタイプ」と言い捨て気に入らない様子。ナタリーは「ヤキモチ?」と夫ハインツをからかいます。
一方で母イヴェットの認知症の症状を見せていきます。イヴェットの自宅には若い頃のモデルをしていた写真が飾られ、彼女は自身の加齢による老いを受け入れられないようです。
いつものようにイヴェットからの電話。ナタリーは生徒たちを前に課外授業の最中でしたが、「ガス管をひねったの。もう死ぬわ」と言いだしました。
慌てて母イヴェットの自宅に向かうと消防隊がいました。消防士によれば、このような騒ぎは今週だけで3度目だと言われ、ナタリーの責任も問われます。
もう、母イヴェットを1人にさせておくのが限界だと気づいたナタリー。
映画『未来よ こんにちは』の感想と評価
この作品を監督したミア・ハンセン=ラブはまだ30代。まだまだ若い女性でありながら、人生の半ばを迎えた孤独な女性ナタリーの姿を描き切った演出は世界から賞賛は高いようです。
ミア監督は映画を“動いている肖像画”だと例えて、これができるのは映画だけだと述べています。では、主人公ナタリーという人物はどのようにして生まれたのでしょう。
主人公ナタリーを演じたフランスの大女優イザベル・ユペールの存在は大きなものでした。ミア監督はイザベルを想定して脚本を執筆した事実もあります。
ミア監督はイザベルをフランスで1番の女優だと述べ、彼女がよく映画で演じる役柄のきつくてぎりぎりにいる女性ではなく、同時にある種の安定感を持っている点に興味を持ったそうです。
イザベルのなかある人間として魅力の「柔らかさ、優しさ、無垢さ」を撮影中に見つけ出したそうです。
また、主人公ナタリーというキャラクターを描くために、ミア監督の両親が哲学者であった思い出や観察が役に立ち、そこでイザベルが演技を務めたことで大きく人物設定に説得力を持たせることを可能にしたのでしょう。
さらにミア監督は、映画撮影で重要なのは、俳優がどう化けるかで、その時にしか生まれない俳優との相互作用と述べていますから、ナタリーというキャラクターは、ミア監督とイザベルの出会いから生まれた結晶なのです。
ベルリン国際映画祭の銀熊賞受賞や、ニューヨークをはじめ、ロサンゼルス、ボストン、全米、ロンドン映画評論家協会賞のW主演女優賞受賞は納得ですね。
では、そんな魅力溢れる主人公ナタリーは、どのような状況の場面や手立てによって彩られているでしょうか?
まとめ
今だに映画ファンの間では、フランス映画と言えばヌーヴェル・ヴァーグという方も多いのではないでしょうか。
ミア・ハンセン=ラブ監督(1981〜)は、ヌーヴェル・ヴァーグのなかで大トリを務めたエリック・ロメール(1920〜2010)の後継者という呼び名でも知られています。
ロメール監督の多くの作品は、一般的なフランス人を登場人物に軽快な会話と恋愛模様を描いたことで知られ、言葉にするのは少し難しいのですが、“日常の女性の姿が自然で美しいエロティックさ”もあります。
今作のナタリーもそれに似た色気のある存在です。それは男女の枠の隔たりのみでなく、人間として観客は気が付かぬうちに“自然に美しいエロティックさ”に惹きつけられてしまいます。
それが証拠に、夫ハインツと和解、かつての教え子ファビアンの情事、映画館でのナンパの出会いなど、映画のありきたりなエロティックな恋愛要素の展開を想像させつつも、観客の期待を良い意味で裏切っていきます。
この自制を効かせた演出は、並みの監督には真似のできない実力であり、ミア監督の探究心の高さは30代の監督としては見事な絶品としか言いようがありません。
ナタリーという歳を重ねたヒロインが、孤独なっていくなかで男性の不在に苦しむ現実を見せながらも、“わかりやすい幸福感”や“カタルシスなエンディング”ではなく、ある種の人間の聡明さを見せた抑制の効いたエロティシズムの映画とも言えるでしょう。
ナタリーは物語のなかで、常にせかせかと歩き回り動き回っています。また、季節も移ろいのなかで彼女は行動的に動き回り、高校での課外授業や、都会からファビアンのいる田舎に向かう様子を繰り返し見せます。
ミア監督はこのような流れや揺れといった、生命の動きや前向きに進んでいく状況や様子を好み、自然の背景の美しさは人間の内面の美しさと連動しているのでしょう。この点にも注目していただきたい作品です。
また、哲学教師ナタリーの服装も、女性のあなたには見どころ。衣装担当のラシュール・ラウーのセンスある活躍を感じます。
教師らしい服装、哲学的な服装(哲学を愛する女性らしさ)、元教え子に会う服装などに華やかさに注目。何よりもフランスを代表するイザベル・ユペールに似合うように派手でなく、可憐さを感じますね。
新鋭ミア・ハンセン=ラブ監督と大女優イザベル・ユペールの『未来よ こんにちは』は、これぞ通の映画ファンにたまらない作品と言えるでしょう。
2017年3月25日より、東京公開はBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町。その他、横浜シネマ・ジャック&ベティ、千葉劇場、伏見ミリオン座、シネ・リーブル梅田も同日公開。
また順次全国公開予定となっております。ぜひ、ミア監督の描いた女性の満ち足りた人生の妙味は、お見逃しなく‼︎