中原中也をめぐる三角関係の真実を描く
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優・長谷川泰子と詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄という男女3人の壮絶な愛を描いたドラマ。
主演は『流浪の月』(2022)の広瀬すずが務めます。共演は岡田将生、木戸大聖。
『探偵物語』(1979)『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(2009)の名匠・根岸吉太郎が16年ぶりに長編映画の監督を務めました。
歪に絡み合った三角関係に心奪われる名作の魅力をご紹介します。
映画『ゆきてかへらぬ』の作品情報

(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
【公開】
2025年(日本映画)
【監督】
根岸吉太郎
【脚本】
田中陽造
【キャスト】
広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
【作品概要】
『遠雷』(1981)や『探偵物語』(1979)など、日本映画界を長年牽引してきた名匠、根岸吉太郎作品。
また脚本は、鈴木清順監督の「浪漫三部作」[『ツィゴイネルワイゼン』(1980)『陽炎座』(1981)『夢二』(1991)]や『セーラー服と機関銃』(1981)など、数々の映画で異彩を放ち続けてきた名脚本家、田中陽造。
日本映画界を代表するふたりが『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(2009)以来16年ぶりとなるタッグを組みました。
実在の女優・長谷川泰子と詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄が織りなす歪な愛憎を描き出します。大正時代の町並みや衣装にも注目です。
『海街diary』(2015)や『流浪の月』(2022)など、現代日本映画界で著しい活躍をする広瀬すずが主役の長谷川泰子を務めます。
ドラマ『海のはじまり』(2024)や『きみの色』(2024)の木戸大聖が中原中也、NHK連続テレビ小説『虎に翼』(2024)や『ラストマイル』(2024)で話題沸騰中の名優岡田将生が小林秀雄を演じ、豪華共演を果たしています。
映画『ゆきてかへらぬ』のあらすじとネタバレ

(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子は、17歳の学生で後の天才詩人となる中原中也と出会いました。2人は互いにひかれあい、一緒に暮らしはじめます。たびたびケンカをしながらも、離れられない関係でした。
やがて東京に引越した2人の家を、後に日本を代表する文芸評論家となる小林秀雄が訪れます。小林は詩人としての中也の才能を誰よりも認めており、中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていました。
仲むつまじく文学について楽しそうに語り合う中也と小林の様子を目の当たりにした泰子は、彼らに置いてけぼりにされたような寂しさを感じます。彼女を落ち着かせるために、中也は小林と泰子と3人で遊ぶようになりました。
やがて小林も泰子の魅力と女優としての才能に気づき、心惹かれていきます。理知的で大人な小林と、少年のように純粋で情熱的な中也の2人から愛され、泰子の心は揺れ動きます。
やがて、さまざまな感情が入り交じった複雑で歪な三角関係が始まりました。
映画『ゆきてかへらぬ』の感想と評価

(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
天才詩人・中原中也をめぐる泥沼三角関係
実話をもとに、壮絶な男女3人の三角関係を映す究極の恋愛ドラマです。
精神薄弱な母に育てられ、一風変わった女性に成長した泰子。詩人の中原中也は、彼女の美貌と、つかみ所のない魅力の虜になります。弱冠17才にして劇薬を飲んだようなものでした。
無邪気な子供のように過ごす時間と、激しい愛憎に振り回される時間とを行き来しながら、2人は宿命とも呼べる深い縁を結んでいきます。
やがて、中也の才能を誰よりも認める文芸評論家の小林秀雄が、泰子の前に現れます。純粋で激しやすい中也とは対照的に、落ち着いて理知的な小林。小林から求愛された泰子の心は、次第に揺らぎ始めます。
この三角関係は、女一人を男二人が取り合うという一般的なものとは少し異なっていました。小林と中也の間にも濃厚な絆が存在していたからです。実際、文学について心から楽しそうに語り合う中也と小林を見て、泰子がひどく嫉妬を覚える姿が描かれます。
中也の天才を誰より理解し作品を愛し抜いた小林が、”中也の愛する女”だからこそ泰子を欲したことは間違いありません。
泰子が小林との同棲先へ向かおうとしたところ、中也とばったり会ってしまったことから、三人一緒に泰子と小林の新居に向かうこととなります。
大きな風呂敷を背負いトランクをぶらさげた泰子、大きな木箱を抱えて付いていく中也、そして何も荷物運びを手伝わず手ぶらで歩く小林。あまりにも歪な関係を浮き彫りにする名シーンです。
泰子が小林と同棲し始めてから三角関係はより濃密になっていきます。捨てたはずの中也の存在は、泰子と小林の間で日に日に大きくなっていきました。
やがて、神経症を悪化させた泰子に耐えきれず、小林は彼女のもとを去ります。
別れから数年後、病により中也は若くして死を迎えます。女優として成功し、瑞々しく咲き誇る泰子とは対照的です。中也はボロ雑巾のようになって死んだと話す小林の言葉からは、喪失への苦痛と悲憤が伝わってきます。
泰子もまた、長年疎遠になっていた中也の死を聞いて、打ちのめされて号泣します。しかしそれは彼の死を悼んだというより、自分たちの青春と、歪な三角関係の終焉を嘆く故の慟哭だったのかもしれません。
メインキャスト三人の熱演

(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
本作には、長谷川泰子役の広瀬すず、中原中也役の木戸大聖、そして小林秀雄役の岡田将生だけしかほとんど登場しません。彼らの力量が問われる一作だったといえるでしょう。
彼らは、男女の愛憎描写に定評ある巨匠・根岸吉太郎の期待に応える熱演を見せています。
同じくらい純粋な心を持つ泰子と中也。ローラースケートにはしゃぐ姿こそが、彼らの素顔だったのではないでしょうか。純粋だからこそ彼らは容赦なく常に互いを傷つけ合いますが、中也より3才年上の泰子からは若い恋人への母性が感じられます。
一方、理知的な小林を前にした泰子は、また違う顔を見せます。同棲をはじめても、何日も自分を抱こうとしない小林にしびれを切らした彼女は、野生的な魅力で彼の理性を剥ぎ取ります。あっけなく小林は陥落しますが、その後に自分を分析しようとした彼に泰子は激怒します。
精神薄弱だった母と同じ血が流れていることに恐れを抱いている泰子は、男を愛することに恐ろしく不器用です。小林と暮らすうちに神経症を悪化させ、彼の愛情を測るためだけにひどい言葉を投げ続けます。
火の玉のような激しい気性、幼女のような純粋さ、そして男を愛することへの恐怖という、とても複雑な要素を持つ難役・泰子を、広瀬すずが文字通り体当たりで演じ、魅力的な女性を映し出すことに成功しています。また、大正時代の女優スタイルを着こなす美しさは圧巻です
木戸大聖は、泰子と出会った当時17才の中也として印象的に登場。年上の彼女に負けまいと突っ張る姿や、純粋に詩を掴もうとあがく姿など、鮮烈な中也のキャラクターに果敢に挑戦しています。
そして、岡田将生演じる、中也の天才を信じ切る無二の存在である小林。どこかすかしたところのある小林の見え隠れする本音を、岡田は細やかに表現しています。
泰子に理性を剥ぎ取られて愛憎の渦に巻き込まれていく情熱的な面や、最終的に泰子の神経症は自分が去れば治ることを見切る冷静さ、そして中也が死んで心が引き絞られる悲しみなど、その時々に見せる岡田の表情に注目です。
まとめ

(C)2025 「ゆきてかへらぬ」製作委員会
死をもってしか終わりを迎えることがない3人の濃密な宿命を描いた『ゆきてかへらぬ』。
悲劇へと疾走しながらも、3人それぞれに命を懸命に燃やす姿に感動を覚えます。悲しいエンディングにも、どこか爽快感を感じさせる作品です。
永遠に語り継がれる伝説となった彼らに、これからも多くの人々が心奪われ続けるに違いありません。


































