かつて「誘拐犯」と「被害女児」として扱われた
〈許されない〉ふたりの物語。
2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうのベストセラー小説を原作に、『怒り』(2016)の李相日が脚本・監督を務めた映画『流浪の月』。
広瀬すずと松坂桃李がW主演を務め、横浜流星が新境地に挑んでいます。
公園で雨に降られても帰りたがらない女児を自分の家に連れ帰った青年は「誘拐罪」で逮捕され、少女は「被害女児」として保護されます。しかし、ふたりにとってその短い期間は、自由で平穏な特別な時間でした。
15年後。ふたりは再会し、〈許されない〉ふたりの物語が再び動き出します。
映画『流浪の月』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社刊)
【監督・脚本】
李相日
【撮影】
ホン・ギョンピョ
【キャスト】
広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、多部未華子、趣里、三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、内田也哉子、柄本明
【作品概要】
2020年の本屋大賞に輝いた凪良ゆうの小説『流浪の月』を『悪人』(2010)、『怒り』(2016)の李相日監督で映画化。
誘拐事件の“被害女児”だった女性を広瀬すずが、その事件の“加害者”とされた男性を松坂桃李が演じています。
映画『流浪の月』あらすじとネタバレ
9歳の家内更紗は友人と別れたあと、ひとり公園のベンチに座って無心に本を読んでいました。そこから少し離れたベンチにひとりの青年がすわっていました。
突然雨が振り出しますが、更紗は身動きひとつせず、本を読み続けていました。ふと気付くと、ベンチに座っていた青年が前に立ち、傘をさしかけていました。
「帰らないの?」と声をかけられた更紗は「帰りたくない」と答えました。「うちに来る?」と問われ、うなずきます。更紗は19歳の大学生・佐伯文の家に行き、そこでぐっすり眠り、そのまま居付いてしまいます。
更紗はかつては家族と共に幸せな日々を過ごしていましたが、父が亡くなり母親が恋人と同居し始めてからは、ずっとおばの家で世話になっていました。
おばの家での暮らしは堅苦しく、常に気を張っていなければなりませんでした。夜になると、おばの中二の息子のたかひろが部屋に入ってきて、体をさわってくるのもとても嫌でした。
もの静かな文との生活は、気兼ねなくのびのびとできるものでした。「帰りたい時はいつでも帰っていいんだよ」と文は言いましたが、更紗はそのまま文の家にとどまり続け、二ヶ月が経ちました。
そんなある日、文とテレビを観ながら食事をしているとニュース番組が始まり、「更紗が行方不明になり、事件に巻き込まれた可能性がある」と報道されていました。
自分が誘拐されたと思われていることを知った更紗は「文は誘拐犯にされてしまうの怖くない?」と問いかけました。「誘拐犯にされることよりも、人に知られたくないことを知られてしまうのが怖い」と文は応えました。
ふたりだけの楽しい日々はある日忽然と終わりを告げます。湖でふたりでいるところを誰かに通報され、警察の車が何台もやってきました。更紗は保護され、文はその場で誘拐犯として逮捕されてしまいました。
あれから15年が過ぎ、更紗は24歳となりファミリーレストランでウエイトレスとして働いています。一流企業に務める恋人もできました。彼は更紗の過去を知った上で、更紗を受け入れていました。
「田舎の両親に会ってほしい」「初めは更紗の過去に驚くかもしれないけれど、必ず理解してくれるよ」と恋人の亮に言われますが、更紗は返事を返すことができません。
ある日、ファミレスの仕事仲間の送別会に出席した更紗は、年の近い同僚の女性・安西から面白そうなバーがあるから一緒に行って飲み直そうと誘われます。
たどりついた建物は一階がアンティークのお店で、二階がカフェでした。「バーだと思っていたらカフェだった。こんな深夜にカフェが開いているなんて」と安西は言い、2人は珈琲を飲むことにして階段を登っていきました。
薄暗い部屋に数人の客が腰をおろしていました。メニューはシンプルで何種類かの珈琲しかないようでした。
注文を聞きにきた店主の声を聞いた時、更紗は驚いて思わず顔を見やりました。それはまぎれもなく文でした。あれから15年が経ったというのに、文は少しも変わっていませんでした。
その日から、更紗は毎晩のようにカフェを訪れるようになりました。文は丁寧に珈琲を淹れ、いつも静かに佇んでいました。更紗に対してはなんのリアクションもありませんでした。
ある時、更紗が静かに珈琲を飲んでいると、亮から電話がかかってきます。別の日には亮がどうやって調べたのか、カフェにやって来ました。「更紗にカフェめぐりの趣味があるなんて知らなかったよ」と笑顔で言う亮。
彼は更紗の職場にシフトを教えてくれと電話するなど、更紗の行動を監視していました。更紗が自分の意志で自由に行動することが彼には我慢ならなかったのです。彼は次第に暴力を振るうようになりました。
ある夜、文に声をかけたくて店の前で待っていると、文は一人の女性と一緒に出てきました。あとをついていき、文に声をかけると文は「よくお店に来てくださる方ですね」と言って頭を下げ、女性と一緒に去っていきました。
そのあとも更紗は2人のあとを追い、2人がマンションに一緒に入っていき、マンションの最上階の部屋の明かりが灯るのを確認しました。文にはちゃんと恋人もいて、やっと幸せをつかんだのだと更紗は安堵し「よかった」と呟きました。
家に帰ると亮が部屋にうずくまっており、更紗の腕を強く握りました。あまりにも力が込められていたので、更紗は思わず「痛い、離して」と叫んでいました。
亮は泣きながら、かわいがってくれた祖母がひどく悪くて入院したらしいと話しました。更紗も一緒に見舞いに行くことになりました。
亮の家族は温かく更紗を迎えてくれ、親族のひとりは「亮も大変な人を選んだと思ったけれど、実際に顔を見たら安心できた。うまくやっていけるよ」と言いました。
就寝前に顔を洗っていた更紗のもとに、年齢の近い親族の女性が通りかかりました。彼女は更紗に向かって「その痣、亮君のせいでしょう?」と話しかけてきました。
家族全員わかっているけど見て見ぬふりをしているのだと女性は言い、「前に付き合っていた女性ともそういうことがあったの。彼女も不幸な生い立ちで、亮君はそういう困った時に逃げ場がない人がいいみたい」と語りました。
思わず笑った更紗を観て、驚く女性。「大丈夫?」と尋ねられ、更紗は「大丈夫」と応えました。
更紗は亮に「わたし、亮くんが思うほど、不幸な女じゃないんだよ」と改めて伝えましたが、亮はその点を理解してくれようとはしません。
そんな中、更紗は職場のパートの人々から、SNSに文のことが書き込まれていることを知らされます。彼女たちも更紗の過去を知っていました。
カフェで仕事をしている文を撮った写真がネットに上がっており、更紗はひどく動揺し何度も見返してしまいました。
その写真を撮ってネットに上げたのは亮でした。そのことを知った更紗は「文がやっと手に入れた幸せなのに」と亮を責めました。
腹を立てた亮は更紗に激しい暴力を振るいます。更紗を押し倒して覆いかぶさってきた亮に更紗は何度もやめるように言いますが、亮は強引にことをすすめようとし、更紗は側に転がっていた電灯に手を伸ばして亮の頭を打ち、家を飛び出します。
顔についた血も拭わず歩いて行く更紗に人々は驚きますが、誰も彼女に声をかける人はいません。街をさまよいながら、更紗はあの時、文が自分にかけてくれた言葉を思い出していました。
「更紗は更紗だけのものだ。誰にも好きにさせちゃいけない」……更紗は、文のカフェに来ていました。
ちょうど閉店して店から出てきた文は更紗をみて、店に入るか尋ねました。更紗がうなずいたので、ふたりは店に入り、文は更紗の顔を丁寧にふいてくれました。
更紗はいつか文に会えたら土下座して謝ろうと思っていたと語り始めました。たかひろにされたことを警察に言えず、誤解されてしまったことを詫びました。さらにネットで文のことが騒がれていて、この店のことも載っていることを報せました。
文は更紗の髪をなで「生きていたからまた更紗に会えた」と言いました。
更紗は少しばかり落ち着いたころ、「私ってどんな子だった?」と文に問いかけました。「すごく自由だった。ひくぐらいのびのびしていた」と応える文。
そのまま更紗は亮のもとには戻らず、文の部屋の隣の部屋で暮らし始めました。それはもう長い間、味わうことのなかった心穏やかな毎日でした。
ところがある日、仕事から帰ってきた更紗は、亮がマンションの郵便受けをあさっているのに出くわします。
亮は、更紗が昔の誘拐犯なんかとなぜ一緒にいるんだと激しくまくしたて、戻ってくれば許してやってもいいと言いました。「許してやっても?」「私がなぜ許してもらわなくてはいけないの」と更紗は抗議しました。
その頃、更紗は安西の頼みで、彼女の8歳の娘・梨花を預かることになりました。安西はずっとひとりで娘を育ててきましたが、最近恋人ができて、3泊で沖縄旅行に行くというのです。すぐ帰るからと彼女は恋人の車に乗って娘に手を振りました。
しかし3日が過ぎても安西は戻らず、何度連絡してもつながりません。梨花が熱を出してしまい、仕事を休めない更紗は途方にくれますが、文が面倒を見てくれることになりました。
その後も文は梨花の面倒をよく見てくれました。ある日、更紗はSNSに、文の店でお絵かきしている梨花と文を撮った写真があがっているのを見つけます。
さらに週刊誌が「15年前の幼女誘拐事件の被害者と加害者の驚くべき現在」という記事を、いつの間に撮影したのか、文と更紗が一緒に写っている写真と共に掲載していることをファミレスの上役から知らされます。
彼らは更紗の現在の勤務先として自分たちのファミレスの名が記事に出るのは困ると更紗に仕事をやめるよう促しました。
さらに文の店にはひどい落書きがなされ、店の前に立ちすくむ文の姿を中学生くらいの自転車に乗った男子生徒たちがスマホで撮影して囃し立てながら通り過ぎていきました。
マンションの郵便受けにも、ひどい言葉を書きなぐった印刷物が放り込まれ、更紗はその紙を握りしめると亮のところへ出かけていきました。
映画『流浪の月』の感想と評価
雨の中、公園で濡れたまま本を読む9歳の少女・更紗。公園の緑の風景が瑞々しく、画面から季節の匂いが伝わってくるかのようです。
ふいに見る者の視覚を襲う水面の輝きや、雲の晴れ間から現れる月など、光と影が織りなす映像はポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』(2019)などで知られる撮影監督ホン・ギョンピョによるもの。全体の色彩のトーンも、青を基調としたクールな色合いに統一されていて、『パラサイト』を彷彿させます。
帰る居場所のない少女を家に連れ帰った19歳の青年・文。更紗は帰りたがらず、ふたりはこれまで味わったことがない、何にも怯えなくて良い穏やかな日々を過ごします。しかしこの行為は「誘拐」とされるもので、更紗は保護・文は逮捕され少年院へ送られるという結末を迎えます。
誰もこの2人のこの2ヶ月間の日々のことを知ることもなく……いや、知ろうともせず、2人は典型的な「被害女児」と「ロリコンの犯罪者」という枠組みにはめ込まれ、型どおりに対処されます。
「人は見たいようにしか見ない」という台詞が劇中出てきますが、まさにその言葉通り、誰もが自分の価値観や常識と考えているものを盲信し、そこからはみ出る者を許そうとしません。
また、かつては何か事件が起こっても時が経てば風化していきましたが、現代はSNSで永遠に罪を刻まれた上に更新されていきます。匿名で行われる大きな暴力というデジタル社会の怖さも劇中、執拗に描かれています。
社会の枠組みからはみ出た人間が、この世の中で生きていく難しさと苦しみが切々と伝わってきますが、更紗と文の関係を「愛」と認めない人もいることでしょう。しかし、性愛を伴わないものは「愛」ではないのでしょうか?
いずれにしてもふたりは広い世界の中で、たった2人きりのふたりぼっちなのです。
「帰る場所のない少女」に自由を与えた文に対して、「帰る場所のない女性」を欲望のまま支配しようとした亮。
子どもを人に預けたまま育児放棄してしまう同僚。周りの一見まともに見える人々のほうがいびつで歪んでいるのではないか。2人のほうが誠実でまっとうな存在なのではないか。
作品の中に頻繁に現れる澄んだ水のイメージも合わさってそのような思いを抱かせます。
しかし本作は、センシティブなテーマを扱っている上に肝心な問題を曖昧にしている傾向も見られ、そうした結論に向かわせることを躊躇させます。
文は更紗の前で自身がもっとも悩み、誰にも知られたくなかったことを明らかにしますが、それをラスト近くに持ってきてクライマックスとして描こうとしたがために、それまでの文のアイデンティティーに対して問題を生じさせているように感じます。
こうしたことをどう捉えるかで作品の評価は大きく変わるのではないでしょうか。
まとめ
出演俳優の素晴らしさには文句のつけようもありません。
広瀬すずは「ちはやふる」シリーズ(2016~2018)などの溌剌としたイメージから、次第に大人びた表情を見せる俳優へと大きく成長して来ましたが、本作では少女から大人に成長した更紗という女性をそのまま自分に引き受けるように演じ、堂々たる落ち着きすら感じさせます。
また、その更紗の幼少期を演じ、広瀬すずへとつなげた白鳥玉季も素晴らしく、聡明で強い眼差しが印象に残ります。
自分自身をひ弱い木に重ねている文の心情を表現するために、ぎりぎりまでに体を絞って演じた松阪桃李にはもう脱帽以外ありません。まさに「植物的」な繊細さで文を演じきっています。
亮に扮した横浜流星に関しては、これまでの彼のベストアクトは『青の帰り道』(2018)だと個人的に思っていたのですが、今回それを更新。このモラハラ・パワハラのDVという救いのない男性を、ただの悪党でなく、ひとりの人間として見ることができたのは、彼の功績によるところが大きいでしょう。
また本作は長野県松本市でロケされていますが、文の珈琲店が入居しているビルや、彼が住んでいてのちに更紗も入居することとなるマンションなど、非常に魅力的な建物が登場します。
もしかしたら、その建物だけではそれほど印象に残るものではないのかもしれませんが、その建物を広瀬すずが何度も見上げたり、松坂桃李が出入りすることで、見違えるような「顔」を持った存在に見えてくるのです。このマジックこそが映画の力というものでしょう。