女性ストーカーに襲われる人気DJの恐怖
ハリウッドを代表するスター、クリント・イーストウッドが初監督を務めた1971年製作の『恐怖のメロディ』。
イーストウッド演じるラジオの人気ディスクジョッキー(DJ)が、ストーカーと化した女性ファンに襲われるサスペンスを、ネタバレありで解説します。
CONTENTS
映画『恐怖のメロディ』の作品情報
【日本公開】
1972年(アメリカ映画)
【原題】
Play Misty For Me
【監督】
クリント・イーストウッド
【製作】
ジェニングス・ラング、ロバート・デイリー
【原案・脚本】
ジョー・ヘイムズ
【共同脚本】
ディーン・リーズナー
【撮影】
ブルース・サーティース
【編集】
カール・パインジター
【音楽】
ディー・バートン
【キャスト】
クリント・イーストウッド、ジェシカ・ウォルター、ドナ・ミルズ、ジョン・ラーチ、ジャック・ギンク、アイリーン・ハーヴェイ、ジェームズ・マッキーチン、ドン・シーゲル
【作品概要】
『ダーティハリー』(1972)のクリント・イーストウッドが初監督と主演を務めたサスペンス。ストーカーと化した女性ファンにつきまとわれる男をイーストウッドが演じます。
女性ファンを演じたジェシカ・ウォルターは、第29回(1972)ゴールデングローブ賞の最優秀主演女優賞(ドラマ部門)にノミネート。
原案・脚本をイーストウッドの知人ジョー・ヘイムズが担当。『ダーティハリー』などでコンビを組んだドン・シーゲル監督も友情出演しています。
映画『恐怖のメロディ』のあらすじ
アメリカ・カリフォルニア州の小さな町カーメル・バイ・ザ・シー(通称カーメル)にあるラジオ局KRMLでDJをしているデイヴ・ガーランドは、現地では知らない者がいない人気者。彼にはプラトニックな関係の女性トビーがいました。
そんなデイブのラジオ番組では、必ず決まった時間に女性からエロール・ガーナーのバラード「ミスティ」の電話リクエストがあり、常連リスナーとしてその都度応対していました。
とある夜、仕事を終えたデイブが馴染みのバーに顔を出すと1人の女性客が。その美貌が気になったデイブは彼女と意気投合し、一夜を共に。イヴリンと名乗るその女性こそ、デイヴの番組に「ミスティ」をリクエストしていたリスナーでした。
それ以来、恋人のように毎日家を訪ねるようになるイヴリンに、一晩だけの関係のつもりだったデイヴは戸惑います。その一方でデイヴは、仕事の幅を広げたいと、かねてからサンフランシスコにある大手放送局の女社長マッジに売り込みをかけていました。
それから数日後、カーメルに戻ってきたトビーと再会したデイヴは恋人同士に。仲睦まじい2人をイヴリンが遠目で見つめます。
KRMLで同じくDJをしているアル・モンテを介し、マッジとカフェで面談するデイヴ。ところがそこにイヴリンが現われてマッジに罵詈雑言を浴びせたことで、デイヴの売り込みはご破算に。
これ以上つきまとうのは止めてほしいと告げたデイヴでしたが、深夜にデイヴの家に押し掛けたイヴリンは、バスルームで自殺を図ります。応急手当をしてその日はそのまま泊めるも、翌朝には姿を消します。
トビーにイヴリンの存在を明かしたデイヴは、身辺に気をつけるよう告げます。その事情に戸惑うも、彼のルーズな性格を知っていたトビーは納得します。
ついにイヴリンは再度デイヴの家に侵入して家具や衣服をナイフで切り刻み、居合わせた家政婦のバーディに瀕死の重傷を負わせます。デイヴの知人で刑事のマッカラムに逮捕された彼女は、精神病院に入ることに。
ようやく平穏な日が訪れた矢先、デイヴはトビーから、同居している友人が引っ越す代わりにアナベルという女性が入ることを聞かされます。親から相続した家に暮らすも住宅ローンの返済に苦慮していたトビーは、新たな同居人を探していたのでした。
『恐怖のメロディ』の感想と評価
クリント・イーストウッドの公式X(旧:ツイッター)
November 7th, 1970, editing first film as a director, Play Misty for Me, at our newly established company, Malpaso Productions… pic.twitter.com/5lmruI00Ab
— Clint Eastwood (@EastwoodMalpaso) June 27, 2024
デビュー作で魅せるイーストウッドの監督術
1959年から65年まで放送の西部劇ドラマ『ローハイド』で若きカウボーイを演じ、人気スターとなったクリント・イーストウッド。演出面にも興味を示していた彼は、同ドラマの数エピソードの監督をさせてもらえないかと打診をするも、結局実現しませんでした。
やがて映画界に進出し、マカロニウエスタン『荒野の用心棒』(1965)のヒットでハリウッドに凱旋帰国した彼は、ユニバーサル・ピクチャーズと出演契約をする際、監督業も出来るという条件を加えます。
そして1970年、イーストウッドが念願の監督デビュー作に選んだのは、若手時代からの友人だったジョー・ヘイムズの脚本。数年前に彼女から読ませてもらい興味を示していた彼は、ユニバーサルが所有していたその企画を映画化することに。
脚本ではロサンゼルスが舞台でしたが、低予算を補うべくイーストウッドは長年暮らすカリフォルニア州の町カーメル(後年にはこの町の市長を務める)に変更。撮影も地元のバーやレストラン、さらには知人の家を借りて行っています。
ワンテイク撮影で予定撮了日より5日も早く終え、なおかつ予算も5万ドル少なく抑える。この手法は、前主演作『白い肌の異常な夜』(1971)で3度目のコンビを組んだドン・シーゲル監督のそれを踏襲したもの。今日まで通底するイーストウッド監督作のスタイルは、すでに出来上がっていたのです。
ちなみにシーゲルは本作でバーテンダー役でゲスト出演しており、彼の演技についてイーストウッドは、「ガチガチに緊張していたよ」とDVDの特典映像で笑いながら振り返っています。
イーストウッドは女性に虐げられるのがお好き?
大ファンのラジオDJデイヴに近づき一夜を共にして以降、執拗に付きまとうようになる女性イヴリンは、今でいうストーカーの狂気。イヴリンの人物像は、脚本を書いたヘイムズの知人をモデルにしている一方で、元交際相手に脅されたことのあるイーストウッド自身の体験も踏まえています。
タフガイのイメージから「マチズモ(男性主義)すぎる」とも評されるイーストウッド作品ですが、要所要所で女性にいたぶられる役を演じています。
南北戦争末期が舞台の『白い肌の異常な夜』では、女学院に運ばれたイーストウッド扮する負傷兵が女性たちの欲望の的となり肉体的にも精神的にも拷問を受け、『ルーキー』(1990)では、自動車窃盗団に捕われイスに縛られた状態で、なんと団員の女にレイプされてしまう刑事を演じています。
結婚・離婚を繰り返しつつ婚姻外の女性との間に子供をもうけ、1970年代半ばから10年以上パートナー関係だった女優のソンドラ・ロックから慰謝料訴訟を起こされるなど、とかく女性遍歴が絶えなかったイーストウッド。
そんな私生活を律するかのように、映画内で女性から罰や虐待を受けるのは、必ずと言っていいほど「贖罪」をテーマに盛り込む彼の作風ならではといえるかも。
『ダーティハリー4』(1983)でのレイプ犯を次々と殺害する女性(演じるのはソンドラ・ロック)のように、虐げる男に復讐・逆襲する女性が登場する作品が目に付くのもイーストウッド作品の特徴であり、「“フェミニスト監督”と呼ばれたこともある」という彼の多面性を表しているといえましょう。
『白い肌の異常な夜』(1971)
まとめ
『クライ・マッチョ』(2022)
イヴリンがデイヴのラジオにリクエストする曲「ミスティ」の歌詞が、本作『恐怖のメロディ』のすべてを物語っています。別の曲(フランク・シナトラの曲と云われる)を使えというユニバーサルの要請を突っぱねてまで、イーストウッドはこの曲にこだわりました。
分からないの?あなたが私を誘っているのよ
そして、それこそ私があなたに望んでいたことなの
私がどれだけ絶望しているか気づかない?
それがあなたについていく理由だから
※筆者訳
2024年時点でのイーストウッド主演最新作『クライ・マッチョ』(2022)。監督としては40本目となるこの作品で彼は、幅広い年齢層の女性たちにモテる老カウボーイを演じています。
曾孫ほど歳の離れた女性を虜にする90歳の老人男性など、普通ではちょっと想像がつきません。でもイーストウッドが演じると違和感がないから不思議。それは裏を返せば、彼が女性の虜から逃げられない男ばかり演じてきた証なのかもしれません。
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)