映画『いずれあなたが知る話』は下北沢トリウッドで封切り後、2024年5月25日(土)〜31日(金)名古屋シネマスコーレで劇場公開!
ピンク映画から商業映画まで幅広く活躍する古澤健監督が、シングルマザーの母娘の幸せと日常に潜む孤独を描いたサイコ・ノワールサスペンス『いずれあなたが知る話』。
『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020)の小原徳子がシングルマザーの女性を演じ、自らオリジナル脚本を書き上げました。またシングルマザーに執着し始める隣人役を演じた大山大も、本作でプロデューサーを務めています。
アパートで娘の綾と暮らすシングルマザーの靖子は、弁当屋で働くも生計が立ち行かなくなり、風俗で働き始めます。そんな母娘の生活を、アパートの隣室に住む自称カメラマン・勇雄は密かに観察していました。
覗かれていることなど全く知らない靖子と綾でしたが、ある日綾が何者かに誘拐されてしまいます。しかし靖子は綾を取り戻そうとせず、秘密のルーティーンが始まっていくのでした……。
映画『いずれあなたが知る話』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【プロデューサー】
大山大
【脚本】
小原徳子
【監督】
古澤健
【撮影】
高田祐真
【キャスト】
大山大、小原徳子、一華、大河内健太郎、蓮池桂子、穂泉尚子、蓮田キト、伴優香、はぎの一、オノユリ、小川紘司、久場寿幸、奥江月香、中村成志
【作品概要】
監督は『ロスト★マイウェイ』(2004)で商業監督デビューを果たし、『一礼して、キス』(2017)など商業映画からピンク映画まで幅広く手がける古澤健。
シングルマザー・靖子役には『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020)の小原徳子。また隣人・勇雄役を『私、アイドル辞めます』(2022)の大山大が務めました。
大山との会話から着想を得て脚本を執筆した小原は、本作が脚本デビュー作に。また大山も、本作で主演のほかプロデューサーも務めました。
映画『いずれあなたが知る話』のあらすじ
シングルマザーの靖子(小原徳子)は、一人娘の綾(一華)と古びたアパートで暮らしています。靖子は弁当屋で働いていますが、それだけでは生活できず、風俗で働き始めます。
そんな靖子たちの生活を隣に住む勇雄(大山大)が覗き見してはカメラで撮影しています。
ある日、靖子が仕事から帰ると綾の姿がありません。誘拐されたことに気づき靖子は探し回りますが、綾の居場所がわかると連れ戻そうとはせず、靖子の秘密のルーティーン生活が始まります。
母娘の《幸せ》な生活をすぐそばで見ている勇雄。しかし、そのことを靖子は知らず……。
映画『いずれあなたが知る話』の感想と評価
靖子と綾の母娘の生活を覗き見するだけでなく、靖子のストーキングまでする勇雄。また風俗で働く靖子の客の後まで尾けた際には、その客が既婚者であることを突き止めていました。
その描写からは、誰もが秘密を抱えながら生きており、その秘密は人に知られたくないものだということが伝わってきます。
勇雄は靖子の生活を覗き見し、靖子もまた綾を覗き見るようになり、それが日々の楽しみとなっていきます。そうした靖子や勇雄の行為を通して、二人それぞれの「歪な愛と孤独」を観客である私たちは垣間見ることができるのではないでしょうか。
靖子はシングルマザーの生活苦から、思わず綾を手にかけようとしてしまう様子が描かれます。靖子にとって綾は生き甲斐であり、綾のために必死に働く一方で、彼女の心身は「限界」にまで来ていたのです。
誘拐された綾の居場所が分かっても、靖子は綾を連れ戻そうとはしません。それは「その方が綾にとっていい」と思った靖子なりの愛だけでなく、どこか肩の荷が降りたような気持ちもあったのではないでしょうか。
靖子と綾の「社会から孤立し、必要な支援も得られない」という現状は、決して現実の社会と無関係ではないでしょう。
一方の勇雄も「家庭」にまつわるトラウマを抱えており、そのトラウマが靖子と綾を覗き見することにも少なからず関わっています。そして勇雄が、靖子に自身の母の幻影を重ねていることや、その理由についても映画後半で明かされていきます。
トラウマから愛に飢え、しかし怯えもしている勇雄。彼は自分の愛を表明することで、自分も愛されると思い込んでいる様子も映画では描かれていきますが、その愛の「歪さ」には気づけないでいます。
対して「綾が幸せなら自分と共にいなくてもいい」と思う靖子。それは靖子なりの愛なのかもしれませんが、本当にそれは“愛”であり“幸せ”だと言えるのでしょうか。
二人のどこか歪な愛が、次第に狂気を帯びていく様は「この愛は“本当の愛”なのか」と観客に突きつけているかのようです。そして「歪な愛」に縋るしかない哀しさの背景には、現代社会に巣食う格差や社会問題も覗き見えるのです。
まとめ
シングルマザーの靖子と、靖子をストーキングする隣人の勇雄。
歪で異常ですらある関係性の中に、切実で哀しいほどの愛と孤独を描いた本作が魅力的なのは、「誰かの世界を覗く登場人物を、観客がまた覗いている」というメタ構造の面白さだけでなく、観客が「自分たちは私的な空間を見ている」と再認識させられる一種の“気まずさ”にあるのではないでしょうか。
また、タイトル『いずれあなたが知る話』の「あなた」とは、誰のことでしょう。
この「あなた」はおそらく一人ではなく、覗き見られる対象となっている人物、すなわち勇雄に覗き見られている靖子と綾、そして靖子が覗き見ている綾も指しているのではないでしょうか。
もし覗き見られている者たちが「自分たちは覗き見られている」と知った時、何を感じるのでしょうか。自分のパーソナルな空間を覗き見られて喜ぶわけもなく、不快感を抱くのは明らかでしょう。
そもそも犯罪行為である「覗き見」を通してその歪さの中にある切実さを描くことで、自分にとって理解できない行動の背景にあるものは何かと考えるきっかけを与えてくれているともいえます。
また風俗に働き始めた靖子は、他の女性とうまくいかなかったり、客に騙され断れない状況に追いやられてしまったりします。靖子にとって信じられない行動をする人たちにも、それぞれの事情があるのかもしれません。
当たり前のようでいて、日常を過ごしていると気づけない視点が本作にはあるのです。それが歪さの中にある切実な思いとなって観客に訴えかけます。