是枝裕和×坂元裕二×坂本龍一の第76回カンヌ国際映画祭脚本賞受賞作『怪物』をご紹介
映画『怪物』は、『万引き家族』(2018)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和監督が、映画『花束みたいな恋をした』(2021)の脚本家・坂元裕二によるオリジナル脚本で描くヒューマンドラマです。
大きな湖のある郊外の町で小学生の子どもたちが起こす小さなトラブル。子どもと新任教師とのいさかい、あるいは子ども同士の喧嘩と思われましたが、双方の言い分が食い違いを見せます。
登場人物それぞれの思惑が交錯する結末を、監督・是枝裕和×脚本・坂元裕二×音楽・坂本龍一というクリエイターのコラボレーションで描き出しました。
主演に安藤サクラ、メインキャストの子役には黒川想矢、柊木陽太。実力派キャストも大勢脇を固める本作。果たして、タイトルが示す「怪物」とはいったい誰のことでしょうか?
映画『怪物』の結末をネタバレあらすじ有でご紹介します。
映画『怪物』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督】
是枝裕和
【脚本】
坂元裕二
【音楽】
坂本龍一
【製作】
市川南、依田巽、大多亮、潮田一、是枝裕和
【企画】
川村元気、山田兼司
【キャスト】
安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子
【作品概要】
映画『怪物』は、『花束みたいな恋をした』(2021)の脚本家坂元裕二のオリジナル作品を、『万引き家族』(2018)の是枝裕和監督が映画化したものです。
中心となる2人の少年を演じるのは黒川想矢と柊木陽太。安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子ら豪華実力派キャストたちも集結しました。
本作は、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され脚本賞を受賞。また、LGBTやクィアを扱った映画を対象に贈られるクィア・パルム賞も受賞しました。ピアノ曲2曲は坂本龍一が担当し、彼の手掛けた最後の映画劇伴となりました。
映画『怪物』のあらすじとネタバレ
大きな湖のある郊外の町である夜、雑居ビルが火事になりました。
自宅のベランダで、火事を見ていた麦野早織(安藤サクラ)は、11歳になる息子の湊(黒田想矢)から「豚の脳を移植した人間は、人間? 豚?」と奇妙な質問をされて戸惑います。担任保利先生(永山瑛太)が、そういう研究があると話したと言います。
夫を事故で亡くしてから湊と2人で暮らす早織は、その話を聞いて以来、湊が自分でくせ毛の髪をはさみで切ったり、スニーカーの片方が無くなったり、水筒から泥水が出てきたりと、近頃の湊のことが気がかりでした。
ある夜、早織が帰りの遅い湊を車で捜し回ります。湊は廃線跡の暗いトンネルの中にいました。湊はまるで誰かと待ち合わせているかのように、スマホの懐中電灯の光をかざし、「かいぶつ、だーれだ」と叫び続けていました。
早織の車に乗り込んだ湊は走行中に突然、ドアを開けて外へ飛び降ります。幸い、軽い怪我ですみ、脳のCT検査も異常はありませんでしたが、湊は「湊の脳は豚の脳と入れ替えられた」と保利先生に言われたと涙ぐみます。
翌日、早織は小学校へ行き伏見校長(田中裕子)に、湊が保利先生からモラハラを受け、挙げてくの果てに殴られたと訴えます。校長はメモはとりますが、どこか気もそぞろで、教頭と学年主任の先生が現れると帰ってしまいます。教頭が愕然とする早織に、校長は先日まだ幼い孫を亡くし、その用件で・・・と説明します。
次の日学校から呼ばれた早織は、保利の謝罪を受けます。けれども、保利は明らかに嫌々という態度で、「誤解を生むことになって残念だ」と述べます。早織は誤解ではなく事実だと詰めよりますが、校長も早織の言い分をきかず、報告書を読み上げるだけでした。
数日たっても沈んだままの湊を見て、早織は再び保利と対峙します。すると保利は早織に「あなたの息子さんは、イジメやってますよ。家にナイフや凶器とか持ってたりしません?」と言います。
早織は怒りに震えて帰宅しますが、湊の部屋に着火ライターがあるのを見つけて不安に駆られます。
次の日、早織は思い切って湊がイジメているという星川依里(柊木陽太)を訪ねます。星川はきちんと挨拶のできる大人しい子でしたが、彼の腕に火傷の跡があるのを見つけました。
けれども、星川は校長たちに、湊にイジメられたことはないと証言し、さらに保利先生がいつも湊に暴力を振るっていると告げます。
数日後、小学校の集会室に保護者が集められました。保利先生が生徒への暴力を認めて謝罪し、地方新聞でも大々的に報じられました。
そして、しばらくして、巨大な台風が町に近づく朝、大雨の中突然湊が自宅から姿を消しました。
映画『怪物』の感想と評価
魅せる脚本とピアノ曲
是枝監督と脚本家の坂元裕二がタッグを組んで完成した『怪物』。小さな町で起こった子どものケンカですが、関係者と子どもたちの言い分に食い違いが生じます。
本作は前半はシングルマザーの早織目線で学校との対立、後半は保利先生目線の一連の事件の流れと現場にいる子どもたち視線で事件の真実を描いています。不可思議な出来事の謎は後半になると全て解明されました。
前半で描かれる、子どもを持つ親のモンスターぶりは、教育委員会やメディアを気にする学校側の体質をリアルに炙り出しました。鬼気迫る様相で先生たちに詰め寄る母は、先生たちからすれば本当に‟怪物”に見えることでしょう。
あくまで我が子を守るために動く‟怪物”なのですが、見方を変えれば自分の欲望を満足させていると思われます。親からすれば「正義」と言えますが、先生たちからは「我儘」と捉えられるかもしれません。言葉の使い方、出来事の報告書の捉え方で変わってしまう状況に驚きます。
本作の脚本は、第76回カンヌ国際映画祭の脚本賞受賞しました。
ストーリーにはリアルな現場の葛藤も盛り込んでいます。主役級の子どたちの細やかな心の動きと隠し持っていた本当の気持ちが次第に明らかにされていき、タイトルにあったミステリアスな出来栄えとなりました。
ラストのピアノ曲を担当したのは坂本龍一。切ないながらも力強いメロディーは、作品のテーマにふさわしく、観客を魅了します。
‟怪物”の正体
前半でも後半でも気になるのは、タイトルの意味する怪物の正体でしょう。期待に反するようですが、映画でははっきりとその正体を述べていません。
学校へクレームを言いに来る母親、豚の脳ミソに入れ替えられた人間、人の心を失くした抜け殻のような校長、世間体を気にする先生たち、イジメを繰り返す小学生とそれらしき相手はいますが、決定打を与えずに観客に委ねています。
それは、「誰が怪物か」ではなく「誰もが怪物に成り得る」ということではないでしょうか。
ラストまで本作を観ると、誰もが残虐性を持ち、怪物となる心を持っていると言えます。後半で明かされる湊の本心はそのいい例えでしょう。しかし、怪物は必ず成敗されます。
嵐が去ったあと、明るい陽射しの中、泥だらけのまま森へ駈けて行く湊と星川。今のこの瞬間が楽しくてたまらないという生の気持ちがひしひしと伝わってきます。
子どもたちの持っているポジティブな逞しさが、怪物のような歪んだ心をはねのけたのに違いありません。終始ハラハラした本作で、心休まる癒しのラストでした。
まとめ
映画『怪物』をネタバレ有でご紹介しました。
タイトルから‟怪物”探しをしてしまいがちですが、実は注意すべきは、湊の心の奥底に潜むある思いでした。湊が苦しい思いを吐露するシーンをお見逃しなく。
こんな湊には黒川想矢、星川役には柊木陽太といったルーキーが扮しました。あっぱれな初陣でした。
安藤サクラもそうですが、自分たちの気持ちを自由に表現し、変幻自在な演技をする子役たちも‟将来の怪物”と言えるでしょう。
そういえば本作も『万引き家族』(2018)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和監督と、今ノリに乗っている脚本家の坂元裕二と『ラストエンペラー』(2007)の音楽家・坂本龍一という、怪物級の才能が集結して作り上げたヒューマンドラマです。
本作が遺作となってしまった坂本龍一に対し、エンドロールで哀悼の意が捧げられています。