守るため、生きるために嘘をつき、裏切る……その先に待ち受けるものとは
第二次世界大戦、ナチスドイツ支配下のスロバキア。
歩兵のジャックは、仲間たちが娼館で楽しんでいるなか抜け出し、流産した妻の元に帰ってきます。脱走をしたことを隠し妻と新たに生活をやり直そうとします。
しかし、皮肉な運命の引き合わせで娼館にいた娼婦と再会してしまいます。生きるために嘘をつき、裏切りが蔓延る小さな村。裏切りに果てにあるものとは……。
デブリス・カンパニーの舞台劇「EPIC」をもとに、本作が長編デビューとなるペテル・マガートが監督を務めました。
妻のエヴァ役は『ザ・クーリエ』(2020)のアリシア・アグネソン、夫のジャック役は『リジェネレーション』(2015)のラクラン・ニーボアが演じるなど、世界各国から集結したキャストが顔を揃えました。
映画『未来は裏切りの彼方に』の作品情報
【日本公開】
2023年(スロバキア映画)
【原案】
【原案】
ユエン・グラス
【監督】
ぺテル・マガート
【脚本】
ユエン・グラス、ルツィア・ディッテ、ミハエラ・サボ
【キャスト】
アリシア・アグネソン、ラクラン・ニーボア、ブライアン・キャスプ、クララ・ムッチ、ヤン・ヤツクリアク、エイミー・ラフトン、アビゲイル・ライス、クリスティーナ・カナートヴァー
【作品概要】
デブリス・カンパニーの舞台劇「EPIC」をもとに映画化。もとは愛と嫉妬をテーマにしたコンテンポラリーダンス劇であったが、第二次世界大戦下を舞台に、夫が戦地に向かい残された女性たちの生き様を描くヒューマンドラマとして作り上げたと言います。
妻・エヴァ役を演じたのは、『ザ・クーリエ』(2020)のアリシア・アグネソン、夫・ジャック役は『リジェネレーション』(2015)のラクラン・ニーボア、工場長のバール役には、『ジョジョ・ラビット』(2019)のブライアン・キャスプが演じました。
映画『未来は裏切りの彼方に』のあらすじとネタバレ
第二次世界大戦下のスロバキア。
歩兵部隊に所属するジャック(ラクラン・ニーボア)は、仲間らと共に娼館でひとときの休息を過ごそうとしていました。仲間らが楽しむために娼婦とそれぞれの部屋に向かうなか、ジャックは一人部屋に向かおうとせず俯いて座っていました。
娼婦が一人で上の階に向かったのを確認するとジャックは、軍服を脱いであたりの様子をうかがいながら脱走します。後ろの方で銃声が聞こえ、ジャックは身を低くしながら森の中でと向かっていきます。
ジャックの妻・エヴァ(アリシア・アグネソン)が、いつものように軍需工場勤務から帰ると部屋にはジャックの姿があり驚きます。
「知らないうちに終戦したの?」と冗談混じりでエヴァは言いながらジャックの帰還を喜び2人は固く抱き合います。
ジャックはエヴァからの流産の報告の手紙を受け取り脱走してきたことを説明し、仕事のことは書いていなかったと言います。エヴァは大切なことだけ知らせたかったと言います。
エヴァは工場を経営する傲慢なバール(ブライアン・キャスプ)に気に入られているから大丈夫だとジャックに言い聞かせ、片方の足を負傷して帰還した兵士を装って共に工場で働くことになります。
ジャックが少しずつ仕事に慣れてきた頃、バールが2人を呼び出します。村中の誰もが知っていると2人を脅し、自分は優しいから2人とも仕事を辞めろとは言わない。2人で話し合ってどちらかが仕事を辞めろと突き付けます。
その夜エヴァが話し合いましょうと言うと、エヴァを守りたい、働くのは男の仕事だとジャックは言います。
私が自分で勝ちとった仕事、私の方が仕事ができて気に入られているとエヴァも言いますが、ジャックは子供が欲しいということをダシにエヴァに仕事を辞めるように言い、とうとうエヴァも折れます。
エヴァが仕事を辞めてしばらく経った頃、工場で働く同僚のジュリア(エイミー・ラフトン)がジャックにエヴァが妊娠したみたいねと話しかけられます。しかし、実際は妊娠していませんでした。
その頃、工場長のバールは少しずつナチスドイツが劣勢になり、終戦が近いことを感じ始めています。終戦になると軍需はなくなり、工場の経営は成り行かなくなってしまうからです。
焦ったバールは、政府の役人であるハナーチェク(ヤン・ヤツクリアク)に注文の確約をお願いします。するとハナーチェクは、スパイであったキャット(クララ・ムッチ)の身を潜めるために、キャットとの結婚を確約の条件に提示します。
美人なキャットと結婚できたバールは、パーティを行い得意げに美しい花嫁を村中に見せつけます。しかし、村の人々は金のための政略結婚だと気づいていました。さらにキャットはハナーチェクの愛人であったのです。
そしてパーティでキャットの姿を見たジャックは動揺します。キャットはあの日娼館にいた娼婦であったのです。自分が脱走したことを知っているキャットとの再会にジャックは焦りを隠せません。
映画『未来は裏切りの彼方に』の感想と評価
生きるための裏切り
第二次世界大戦下のスロバキアを舞台にした映画『未来は裏切りの彼方に』では、戦争を戦地ではなく、戦地に赴いた家族を待ちながら懸命に生きる女性の姿を通して描き出しました。
エヴァは幸せな家庭を夢見る女性でしたが、戦争によって大きく変わってしまいました。夫・ジャックが戦地に赴き、一人残されたエヴァは生きるために軍需工場で働き始めます。
工場を経営する傲慢なバールは、働きたいという女性に立場を利用して、性的な行為を強要していました。ジャックはジュリアからその話を聞かされ、実際にバールが女性に性的な行為を強要させている場面を目撃しています。
エヴァがそのような行為をしたかどうかは明かされていませんが、生きていくためにそのような選択をした可能性を仄めかしています。
また、エヴァのジャックに対する態度の変化も印象的です。ジャックが戦争に行く前は、ジャックのよくないところにも目をつむり、幸せな家族であるふりをしていました。
しかし、ジャックが帰ってくるかもわからない状況で一人で生きていく決意をしたエヴァは、一人で流産の悲しみにも立ち会いました。
そして妊娠をしてからは子供と生きることを第一に考えるようになりました。
ジャックとの夫婦関係に対する希望を完全に捨てた訳ではないかもしれませんが、父親としての自覚を持たずエヴァの浮気を疑うジャックを子供のためなら切り捨てる覚悟もあったのではないでしょうか。
悲しみに暮れても希望を捨てず、強く生きていこうとするエヴァとは違う強さを持つ女性がキャットでした。
スパイとして活動し、娼婦として見下されてもその立場を利用し、生きるために嘘も平然とつく、一見するとあまり良い印象は持たれない女性かもしれません。
しかし、誰も信用せず、殴られても平然と立ち向かう強さは誰でも持ち得るものではありません。誰もが裏切ったり利用をしたり、権力者がいつ移り変わってもおかしくない戦争下でキャットが生きるためにしたことを誰が裁けるでしょうか。
キャットは生きるためには裏切るのも仕方ないということが身に染みてわかっているからこそ、キャットをよく思わず、キャットのことを告げ口していると分かっていてもバールの秘書を責めませんでした。
それどころか私は結婚したからバールの横暴に耐えているけれどあなたは何のために耐えているのかと聞きます。
バールの秘書にはキャットほどの度胸はなく、バールに気に入られたい、頼りにされたいという思いからバールに尽くしていますが、バールにとっては都合のいい存在でしかありません。
保身しか考えないバールは、逃げ出す際に共に秘書を連れて行こうとは全く考えていませんでした。そんな秘書の手をとり逃げ出したのがキャットでした。
暴動の中生き延びて逃げ出すのはキャットと秘書、そしてエヴァとジュリアと全て女性です。その姿は終戦後も力強く生き抜いていく強さを感じさせます。
そのような戦争下を力強く生き延びていく女性の姿は、ポール・ヴァーホーベン監督の『ブラックブック』(2007)や、マルグリット・ドュラスの小説の映画化『あなたはまだ帰ってこない』(2019)にも描かれていました。
まとめ
戦地に赴いた男性の帰りを待つ女性の姿を通して戦争を描いた本作は、第二次世界大戦下1940年代のスロバキアを舞台にしていますが、人々の生き抜く強さと愛による愚かさという普遍的なテーマを描いています。
原題は「Little Kingdom」であり、エヴァがジャックに家では威張るというセリフが思い浮かびます。
バールは工場という小さな王国で自身の権威を保つために女性に対して高圧な態度をとり、自分に従わないキャットを服従させようと躍起になります。その一方で、政府の役人であるハナーチェクの前では小さくなっています。
同様にジャックも家ではエヴァに対し威張っていますが、バールに対しては強く出れません。小さな自分の王国で威張る彼らの愚かさを表したような原題になっているのです。
そして小さな王国で服従させたつもりの女性たちは、服従せず広い世界で生き抜く強さを持っているのです。