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Entry 2023/02/27
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【ティムラズ・レジャバ インタビュー】オタール・イオセリアーニ映画祭|ジョージアという“表現の基盤”が生み出す“時代を見つめるアーティスト”

  • Writer :
  • 河合のび

「オタール・イオセリアーニ映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」は2月17日(金)よりヒューマン・トラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムにて一挙上映中!

『月曜日に乾杯!』『皆さま、ごきげんよう』などを手がけた名匠オタール・イオセリアーニの劇場初公開作を含む全監督作を一挙上映する「オタール・イオセリアーニ映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」。

そこで上映される『唯一、ゲオルギア』(1994)は、イオセリアーニ監督が1994年当時、ソ連崩壊を機に内戦が勃発したジョージアを前に「祖国がなくなるかもしれない」と思い制作に至ったドキュメンタリー大作です。

このたびの上映を記念し、『唯一、ゲオルギア』を鑑賞された在日ジョージア特命全権大使のティムラズ・レジャバさんにインタビューを行いました。

レジャバさんが『唯一、ゲオルギア』を通じて感じとったイオセリアーニ監督の祖国ジョージアへの想い、そしてジョージアにおける映画という表現の在り方など、貴重なお話を伺うことができました。

ドキュメンタリーの枠を超えて伝わるもの

──『唯一、ゲオルギア』をご覧になった中で、制作当時のイオセリアーニ監督は本作を通じて祖国ジョージアをどう映し出そうとしていたと感じられましたか。

ティムラズ・レジャバ(以下、レジャバ):イオセリアーニ監督は元々音楽学校出身であり、『唯一、ゲオルギア』でも多くの歌や音楽を用いていますが、それは監督自身のアイデンティティと、彼の祖国に対して抱く誇りが密接につながっていることの証でもあります。

その視点なくしてはこの映画を語ることはできませんし、本作を単純に「映像資料を用いたドキュメンタリー」という風に見ることも、私には到底できませんでした。

また『唯一、ゲオルギア』というタイトルも、無数にある国家の一つとしてではなく、ジョージアという地で受け継がれてきた文化や人々のアイデンティティなど、そこにしか存在し得ないものを残したかった想いが反映されているのだと受け取れました。

監督が「君が生まれたジョージアを見つめてほしい」と直接語りかけてくるような、ドキュメンタリーという枠を超えた深い想いが本作には込められていると感じられました。

“新しい芸術”がジョージアと出会えた理由

──ジョージアにとって、“映画”という芸術はどのような存在として認識されているのでしょうか。

レジャバ:映画の作中では、当時“新たな文化産業”として国内で発展を辿っていたジョージア映画が、世界でも急速に注目され始めていたことにも言及されていますが、実はジョージア人には、新しいものに対する抵抗感をあまり持たない気質があるのです。

それが自分たちの性に合えば、積極的に取り組んでいく。新しいものに対する順応性が非常に高いその気質は、近年のジョージアという国の体制や経済などにも表れているといえます。そして生まれたばかりの若い芸術であり、様々な情報を表現できる新しい形の芸術でもあった映画は、まさにジョージア人の性に合っていたのだと思います。

ただ、ジョージアの人々が突然、映画を撮れるようになったわけではありません。

元々ジョージアは地理的に様々な文化に触れられる場所にあり、その結果として国内には、文学や絵画、音楽など様々な芸術の歴史が映画と出会う以前から積み重ねられていた。それらが合わさったことで、映画においても独特な味のある作品が多く生まれたんです。

“ジョージア”という表現の基盤を新時代へ

──ネット配信など、映画の鑑賞環境自体が大きく変化している中、“新しいものに対する順応性”という人々の気質が発展の礎となったジョージア映画が、今後はさらにどのような発展を遂げるとレジャバさんはお考えなのでしょうか。

レジャバ:情報の処理や消費の方法の形態が、様々な媒体の台頭により本当に凄まじいスピードで変化し続けている現在、人間の感受性や物事の捉え方も常に過渡期の状況にあるといえます。

その状況をふまえた上で、新しい感受性に訴えられる映画、新しい感覚を表現した映画を模索してほしいとは感じています。

また情報の処理と消費の方法の形態が変化することで、これまで見えていなかった問題、あるいは見ることを避けられていた問題も世界中で次々と表面化しています。そうした新たな問題の解決の糸口につながるような表現が、これまでの時代以上に求められるはずです。

ただ、どれだけ新しい表現を求められる時代になったとしても、“ジョージア”という考え方、価値観、あるいは表現の基盤は変わらずそこにあります。

その基盤をこれからの時代の表現にも取り入れてほしいし、積み重ねを尊重する表現の在り方こそが、イオセリアーニ監督のような“その時代を見つめられるアーティスト”が今後も現れるきっかけになることを願っています。

インタビュー/河合のび

ティムラズ・レジャバ プロフィール

1988年生まれ、ジョージアの首都トビリシ出身。

父親の日本留学・仕事の関係で1992年に日本へ移り住み、2011年早稲田大学国際教養学部卒業後、2012~2015年キッコーマン株式会社へ入社。

その後2018年にジョージア外務省へ入省し、2021年より在日ジョージア特命全権大使に。

特集上映「オタール・イオセリアーニ映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」とは?

ジョージア(旧・ソ連グルジア共和国)に生まれ、映画製作を行うも上映禁止など制限を受け、故郷を後に新天地パリヘ。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなど世界各国の映画祭で数々の賞を受賞し、ゆるぎない評価を得ているオタール・イオセリアーニ。

『月曜日に乾杯!』『素敵な歌と舟はゆく』などのこれまで公開された作品群に加え、パリに拠点を移してからの初長編『月の寵児たち』、アフリカのセネガルで撮影された『そして光ありき』、現在の世界情勢にも通じるジョージアの歴史・文化を描いたドキュメンタリー大作『唯一、ゲオルギア』、ジョージア時代の短編、トスカーナやバスク地方で撮影されたドキュメンタリーなど初公開となる作品を一挙上映します。

反骨精神をスパイスに、センスの良いユーモアでノンシャランと笑い飛ばすイオセリアーニの素敵な世界で、ちょっとした幸福を体感あれ!

特集上映「オタール・イオセリアーニ監督映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」公式サイトはコチラ→

映画『唯一、ゲオルギア』の作品情報

ソ連が崩壊に向かい、政治的な混迷を深め、ソ連の構成国だったジョージア(ゲオルギア)では内戦が勃発。

1979年以降は祖国を離れフランス・パリを拠点に活動していたオタール・イオセリアーニ監督は、「祖国がなくなるかもしれない」という思いから、本作の制作を決意しました。

3部構成・上映時間は合計約4時間に及ぶ長編ドキュメンタリーであり、映像資料を用いて過去から現在(1994年当時)に至るまでのジョージアの歴史や文化などをイオセリアーニ監督が表現者として、そしてジョージアに生まれた者の一人として検証した作品となっています。

今回の「オタール・イオセリアーニ映画祭〜ジョージア、そしてパリ〜」での上映が、劇場初公開となる作品の1本です。

映画『唯一、ゲオルギア』の上映館・上映日時/その他の上映作品の詳細はコチラ→

ライター:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介



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