今度は、国を怒らせちゃった?
令和の人気“裁判官”ドラマがついに映画化!
「イチケイ」こと東京地方裁判所・第3支部第1刑事部を舞台に、どこまでも自由で型破りな裁判官・入間みちおの活躍を描いた連続ドラマ『イチケイのカラス』。
2021年に放映され人気を博した同作は、スペシャルドラマ、スピンオフドラマを経てついに劇場版が製作・公開されました。
竹野内豊、黒木華といったシリーズのレギュラーキャストの他、劇場版キャストとして斎藤工、向井理など豪華な顔ぶれが出演した本作。
本記事では映画『イチケイのカラス』のネタバレ有りあらすじとともに、本作で描かれた二つの事件の“自衛”という共通点、特例判事補・坂間千鶴が“カラス”でなくなった理由から見えてくる、シリーズが最後に伝えようとした“真実”などを考察・解説していきます。
CONTENTS
映画『イチケイのカラス』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
浅見理都『イチケイのカラス』(講談社・モーニングKC刊)
【監督】
田中亮
【脚本】
浜田秀哉
【主題歌】
Superfly「Farewell」
【キャスト】
竹野内豊、黒木華、斎藤工、山崎育三郎、柄本時生、西野七瀬、田中みな実、桜井ユキ、水谷果穂、平山祐介、津田健次郎、八木勇征、尾上菊之助、宮藤官九郎、吉田羊、向井理、小日向文世、庵野秀明
【作品概要】
浅見理都の同名漫画を原作に、2021年に連続ドラマが、2023年にスペシャルドラマとスピンオフドラマが放映された人気シリーズ『イチケイのカラス』の劇場版作品。ドラマ版にて演出を担当した田中亮、脚本を担当した浜田秀哉が、本作の監督と脚本をそれぞれ手がけた。
型破りな裁判官・入間みちお役の竹野内豊、堅物で真面目な判事補であり本作は“弁護士”として活動する坂間千鶴役の黒木華の他、山崎育三郎、桜井ユキ、水谷果穂、小日向文世とシリーズのレギュラーキャストが出演。
そして千鶴が出会う弁護士・月本信吾役の斎藤工、若き防衛大臣・鵜城英二役の向井理をはじめ、吉田羊、宮藤官九郎、尾上菊之助、平山祐介、八木優征、津田健次郎、田中みな実が劇場版キャストとして参加。
また『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』で竹野内豊、斎藤工と深い関わりを持つ映画・アニメーション監督の庵野秀明も友情出演を果たしている。
映画『イチケイのカラス』のあらすじとネタバレ
どこまでも真実を追い続ける型破りな裁判官・入間みちお(竹野内豊)が、「イチケイ」を離れてから2年。みちおは熊本地方裁判所・第2支部から岡山地方裁判所・秋名支部へと異動し、同支部の部長裁判官を務めていました。
また、彼と「イチケイ」で仕事をともにした特例判事補・坂間千鶴(黒木華)も、「他職経験制度」により弁護士として活動を開始。奇しくも現在は、秋名支部がある秋名市の隣町・日尾美町に配属され、町役場職員・輝夫(宮藤官九郎)と妻・悦子(吉田羊)の協力を得ながら日々を送っていました。
その頃秋名市では、海上自衛隊のイージス艦と民間貨物船の衝突事故が発生。のちに、亡くなった船長・島谷(津田健次郎)の墓参りに訪れた“史上最年少”防衛大臣・鵜城英二(向井理)に対して、船長の妻・加奈子(田中みな実)が傷害事件を起こしました。
加奈子の起こした傷害事件の裁判を担当することになったみちお。
事故当日、貨物船は法に基づく通常の運航ルートを外れていた可能性が高く、「事故の責任はあくまでも貨物船の方にある」とすでに結論付けられていましたが、貨物船のGPS記録は船の沈没により消失し、イージス艦側の運航記録は“紛失”してしまっていました。
慎重な性格で、操船技術も高かった夫が事故を起こしたとはどうしても信じられない加奈子。みちおは彼女に真実を伝え、全てに納得した上で自身が犯した罪と向き合ってもらうためにも“職権”を発動”。傷害事件の背景にある衝突事故の再調査を宣言します。
一方の千鶴は、シキハマ株式会社・日尾美工場の社員がトラック運搬中に落とした荷物が、老婦人・トメが運転する後続車の前に土埃を起こし交通事故を誘発した事件を通じて、事務所に所属せず、各地を渡りながら依頼を引き受け続けている弁護士・月本信吾(斎藤工)と出会います。
トメの計らいによって二人は同事件の弁護をともに担当することになり、無事にシキハマ・日尾美工場との栽培に勝訴しました。
やがて月本は、日尾美工場では社員の急な配属替えや退職が度々あること、そうした社員たちは皆病院で長期治療を受けていることから、工場内で“健康被害”が発生している可能性を指摘。その調査への協力を千鶴に頼みます。
工場内へ不法侵入し、工業排水を採取するなどの強引な手段をとりながらも、社会正義を貫こうとする月本の姿に、千鶴は次第に惹かれていました。
衝突事故の調査を進めようとするみちおの元には、例の防衛大臣・鵜城が姿を現しました。
事故発生時、貨物船の船員たちは船長を含め頭痛・吐き気などの体調不良に陥っていたが、それは事故発生日の前日に行われた船内での酒盛りが原因である可能性が高く、船長の名誉を守るためにもその情報を伏せていたと語る鵜城。
そして、「あなたのこれからを応援しています」とだけ言い残した鵜城との面会を終えたみちおは、加奈子の傷害事件の担当から外されてしまいました。
対して、工場から採取した排水から、基準値を超える量の有毒な有機フッ素化合物が検出されたと分かった千鶴と月本は、公民館を借りて日尾美町の住民に向けた説明会を行っていました。
しかし説明会の途中、日尾美工場の工場長・木村(平山祐介)率いる社員たちとシキハマの顧問弁護士・三田村(尾上菊之助)が乱入。三田村に排水の入手ルートの不明瞭さを指摘され、シキハマ側が準備した別のデータを提示されてしまったことで、説明会は無駄に終わりました。
映画『イチケイのカラス』の感想と評価
事件の共通点は「“自衛”の果ての犠牲」
イージス艦と貨物船の衝突事故と、地元大企業による環境汚染の隠蔽。一見無関係のように見えた二つの事件をつなげていたのは、故郷を守ろうとする住民の想いであったことが明かされていった映画の結末。
作中、悦子は「法律は“こぼれ落ちた人間”を守ってくれない」と法律に基づいて事件の真実を追い続けた千鶴を責めました。彼女のその言葉は、悦子や4人の仲間たち、そして日尾美町の住民が“こぼれ落ちた人間”である自分たちを自らの手で守ろうとしていたことも意味しています。
しかし「自縄自縛」という言葉もある通り、日尾美町の住民は自分たちに課した「町を守らなくてはならない」という暗黙の掟に縛られ、その掟の名のもと同じ日尾美町の住民に犠牲を強いるという最悪の事態に陥っていました。
“自衛”の果てに生まれる犠牲……それは、“自衛”の名を冠した組織「自衛隊」による国防を思案し続け、国防を何より優先すべきと「“真実”の隠蔽」を行なったことで、自身が守る“国民”の一人であるはずの加奈子の心を踏みにじってしまった防衛大臣・鵜城の姿とも重なります。
規模や形に違いはあれども、“自衛”のために作られたはずの法に携わる人々が、その法に翻弄され、果てには法が守るはずの“自身の一部”すらも傷つけてしまう。
本作で描かれた二つの事件は、「“自衛”のために生まれた法も、人間の手で作られたものである以上“不完全”なものであり、それが“自身の一部”を傷つけてしまうこともある」という真実を象徴する事件でもあったのです。
千鶴が“カラス”でなくなった理由は?
シリーズタイトル『イチケイのカラス』における「カラス」は、宣伝ポスターなどにおける“三本足のカラス”のデザインからも察せる通り、日本神話に登場する“導き”の神・八咫烏(ヤタガラス)に由来しています。
そして「罪を裁き、人を導くために不可欠な公正さ」を象徴する“黒一色”で彩られた裁判官の法服に、同じく“黒衣”をまとった“導き”の神の姿を重ねたからこそ、「カラス」の名がタイトルに用いられているのです。
一方、スペシャルドラマ版でもその進路が描かれていた通り、「イチケイ」で特例判事補として活躍していた千鶴は、劇場版の本作では「他職経験制度」により“弁護士”として活動。結末でも、日尾美町の住民一人一人と向き合うべく、弁護士として働き続けることを決意しました。
“法の不完全さ”に志を折られた弁護士・月本との出会いにより、真実を追い続ける自身の内にある“正義感という名の我欲”に直面した千鶴。一方で彼女は「“法の不完全さ”を理解した上で、それでも“こぼれ落ちた人々”の人生と向き合い続ける」という覚悟も彼から教えられました。
裁判官という“人を導く者”としてではなく、弁護士という“人と向き合う者”として、傷ついた人々の心が納得できる真実を見つけ出していく……。
それが、連続ドラマ・スペシャルドラマ・劇場版を経て人間・坂間千鶴が選んだ“歩み始めるべき未来”であり、原作漫画を基に始まった本シリーズが最後に描き出した「“カラス”だけではなく、“カラス”の心を持つ人間ならば誰もが、人々の心を救う真実の見つけ出せる」という真実なのです。
まとめ/“人を導くカラス”として生き続ける決意
神社の階段にて、新たな未来へと歩み始めることを決意した千鶴を、冗談を交えながらも激励し、彼女が選んだ未来へと送り出したみちお。
その場面は同時に、別の道へと進む千鶴を送り出すことで、みちお自身も「裁判官という“人を導く者”の仕事を全うし続ける」と改めて決意した場面とも受けとれます。
未だ成長半ばの千鶴をはじめ、真実を知ろうとし罪を犯した被告・加奈子、故郷を自らの手で守るために誤った選択をした日尾美町の住民たち、“法の不完全さ”に一度は屈した弁護士・月本、そして国防のため暗躍する若き防衛大臣・鵜城まで、劇場版でも多くの人々を導いたみちお。
ただ、連続ドラマ版の作中で明かされた弁護士時代の過去からも窺える通り、彼もまた「法とは、正義とは何か?」という問いに悩み続ける一人であり、裁判官という仕事についても「“苦悩する者”が、“人を導く者”になれるのか?」と幾度となく悩んだはずです。
だからこそ、映画後半で千鶴を励ました際に彼が語った「悩んで悩んで悩み抜くことでしか、いい答えは見つからない」という言葉の説得力、彼が裁判官としての業務の効率を下げてでも、裁判に関わった人々が納得できる“真実”を追い続ける理由を理解できるのです。
ちなみに、八咫烏は“導き”の神であると同時に、“太陽”の化身でもあるとされています。
水辺に生息する鳥“鵜”と領土を守るための“城”をその名に冠し、“太陽”を象った旗を持つ国・日本を守ろうと躍起になっていた鵜城と“人を導くカラス”として生きるみちおが出会ったのは、ある意味では必然だったのかもしれません。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。