ようこそ、地上600メートルの絶望へ
2023年2月3日(金)より新宿バルト9ほかにて全国ロードショーを迎える映画『FALL/フォール』。
地上600メートルの高さを誇る、老朽化した超高層鉄塔……その頂上へと取り残されてしまった二人の女性の顛末を描いた“高所サバイバル・スリラー”です。
水と食料はなく、スマホの電波も通じず、鉄塔の周りには人影もない……“地上600メートルの絶望”に立たされた時、人間は生き残ることができるのか。
本記事では、映画作中に登場する鉄塔の元ネタ、そして「塔の映画」である『FALL/フォール』が同時に「鳥の映画」でもある理由などを解説していきます。
CONTENTS
映画『FALL/フォール』の作品情報
【日本公開】
2023年(イギリス・アメリカ合作)
【原題】
FALL
【監督】
スコット・マン
【脚本】
ジョナサン・フランク、スコット・マン
【キャスト】
グレイス・フルトン、ヴァージニア・ガードナー、ジェフリー・ディーン・モーガン、メイソン・グッディング
【作品概要】
超高層鉄塔へと取り残された二人の女性の顛末を描いたサバイバル・スリラー。監督は『ファイナル・スコア』『タイム・トゥ・ラン』などのアクション映画で知られるスコット・マン。
夫を落下事故で亡くした主人公ベッキー役を『シャザム!』(2019)などの話題作に出演するグレイス・フルトン、その親友ハンター役を『ハロウィン』(2018)のヴァージニア・ガードナーが演じるほか、「ウォーキング・デッド」シリーズなどで知られるベテラン俳優ジェフリー・ディーン・モーガンが出演している。
映画『FALL/フォール』のあらすじ
山でのフリークライミングの最中に夫ダンを落下事故で亡くしたベッキーは、悲しみから抜け出せず1年が経とうとしていた。
ある日、ベッキーを立ち直らせようと親友のハンターが新たにクライミングの計画を立てる。
今は使われていない地上600mのモンスター級のテレビ塔をターゲットとして選んだ彼女たちは、老朽化で足場が不安定になった梯子を登り続け、なんとか頂上へと到達することに成功する。
そこでベッキーは夫の遺灰を空から撒くことで、彼を偲び、新たな1歩を踏み出す決意を示すが、それもつかの間、梯子が崩れ落ち、彼女たちに次々と困難が襲いかかる!
自分たちの持つ技術と知識をフル活用して、どうにかこの危機を抜け出そうとするが……。
映画『FALL/フォール』の感想と評価
地上600m・超高層鉄塔の「元ネタ」は?
『FALL/フォール』に登場する高さ600mという超高層鉄塔には、いわゆる「元ネタ」があるとされています。それが、アメリカ・カリフォルニア州のウォルナット・グローブ市に実在する支線式鉄塔「サクラメント・ジョイント・ベンチャー・タワー(別名称:KXTV/KOVRタワー)」です。
1986年にテレビ用電波塔として建設され、「カリフォルニア州で最も高い建造物」で知られるサクラメント・ジョイント・ベンチャー・タワー。
その全長は、映画に登場する鉄塔よりも高い625m(2049フィート)。映画作中でも言及されるフランスのエッフェル塔330m、日本の東京スカイツリー634mと比べてみると、その高さの恐ろしさが伝わってきます。しかしその「危険度」は同時に、エクストリームスポーツ(速度や高度などの「危険」への挑戦に重きをおくスポーツ)を愛する人々の格好の相手でもあります。
実際、ベースジャンピング(崖・建造物など地上に立つ高所からのパラシュート降下を行うスポーツ。スカイダイビングに比べると低空からの降下、周囲の障害物の多さなどから危険度は非常に高い)の愛好家たちをはじめ、「daredevil(命知らず)」による塔への侵入・降下が頻繁に発生。
2005年、とあるベースジャンパーが降下したところパラシュートが塔の一部に引っかかってしまい、消防隊に救助されたという事件を機に塔周辺の警備が強化されたものの、それでも命を賭した危険を愛する者たちによる「挑戦」は後を絶たないそうです。
エクストリームスポーツの精神的側面がそうであるように、命懸けの危険へと自らの身を投じようとする人々の中には「死へ肉薄することでの生の実感」などの精神的充足を目的に据える者もいます。
しかしながら、それはあくまでも「自分は生きて帰ってこれる」という何の保証もない、幻想と同義の確信を抱いているからこそ、そんなことを言えるのではないか?……その問いへの答えを提示するために用意されたのが、実在の鉄塔に基づいて生み出された“地上600メートルの絶望”なのかもしれません。
鳥たちが司る「死の領域」へ放り出される
予告編がポスタービジュアルを目にした誰もが「鉄塔の映画」と覚える映画であろう『FALL/フォール』は、同時に「鳥の映画」でもあります。
夫・ダンをフリークライミングでの落下事故で亡くし、意気消沈していた主人公ベッキー。親友ハンターに誘われ、登り着いた先でダンの遺灰をまくことで彼との永別の「儀式」を執り行おうを決意します。
しかし、その塔へと登り始める直前で目にしたのが、まだ息のある野良犬の肉を啄ばみ続けるハゲタカたちでした。
そもそもフリークライミングでの死亡事故が起こったのは、断崖の小さな穴にダンが手をかけようとした瞬間、中から鳥が飛び出してきたのがきっかけでした。ベッキーにとって鳥は、夫ダンの死を招いた存在でもあるのです。
そして、死期の近い者のそばへと舞い降り、息絶えるのも待たずにその肉を喰らい「完全なる死」をもたらそうとするハゲタカの姿を目撃した時も、ベッキーは鳥というイメージと結びつけられた夫ダンの死を連想したはずです。
天空。そこは本来、人間にとっては「未知にして不可侵の領域」であり、天国という死者が向かう世界が存在するとも信じられていた「死の領域」でもありました。そしてそんな死の領域を司っていたのは、人々が天からの使者を「翼の生えた者」としてイメージした通り、鳥という種そのものでした。
なお、「鳥がもたらす人間の死」と聞いて、航空機の墜落事故の原因の一つとしても知られている「バード・ストライク」を思い出す方も決して少なくないでしょう。
あくまでも人間は「事故」として扱うバード・ストライク。しかし、明治時代の日本で起こったと語り継がれる「偽汽車」の物語……汽車の姿へと化け、本物の汽車が走る線路の反対方向から出現して人を驚かせていたが、ついには汽車に轢かれ命を落としたという、人間に住処を追われたムジナの物語を重ね合わせた時、鳥たちは果たして本当に「誤って」飛行機に衝突したのかと考えさせられます。
「人間は、鳥たちが支配していた天空という死の領域を克服した」……映画『FALL/フォール』は、それがとんでもない勘違いであることを「過去の記憶」と「前兆」という演出によって提示します。
そして、飛行機という巨大な鳥の形をした鉄製の鎧に保護されず、一つの武器も持たぬまま「死の領域」に放り出された人間がどんな目に遭うのか……その結果も同時に描き出していくのです。
まとめ/死の領域で掴みとる「ありのままの自分」
映画作中、YouTuberとしても活動している親友ハンターが「キャラ」を作った上で動画を撮影するのに対して、ベッキーは「ありのままの自分」を見せてはどうかと提案の言葉を投げかけます。
その言葉は、二人の間に潜む「秘密」たちがのちに塔の上で一つずつ明らかにされていく物語の展開、そして夫ダンを失って以降、生きることから目をそらすようになり、実の父にも酷い振る舞いをするベッキーが「ありのままの自分」と向き合えるようになる瞬間を暗示しています。
天空という「死の領域」に放り出された時、人間はどんな「ありのままの自分」を手に入れられるのか。その上で、人間は生き残ることができるのか。その一つの答えを、本作は映し出すのです。
映画『FALL/フォール』は2023年2月3日(金)より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー!
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。