連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第125回
萩原朔太郎の娘である萩原葉子の同名小説『天上の花――三好達治抄――』が、没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画『天上の花』としてスクリーンに登場。
映画『天上の花』は、『いぬむこいり』(2017)の片嶋一貴監督が手がけ、三好達治、萩原朔太郎とその妹の慶子の3人が織りなす純粋で凄まじい<愛>と<詩人の生>を描きだしています。
その根底にあるのは、戦争の時代に翻弄された人々の心の痛みと生への葛藤であり、生々しく男女の愛を描いた新しい文芸映画の誕生と言えるものでした。
映画『天上の花』は、2022年12月9日(金)より新宿武蔵野館、ユーロスペース、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田他順次公開。
映画公開に先駆けて、映画『天上の花』をご紹介します。
映画『天上の花』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本映画)
【原作】
萩原葉子『天上の花―三好達治抄―』
【監督】
片嶋一貴
【脚本】
五藤さや香、荒井晴彦
【プロデューサー】
寺脇研、小林三四郎
【出演】
東出昌大、入山法子、浦沢直樹、萩原朔美、林家たこ蔵、鎌滝恵利、関谷奈津美、鳥居功太郎、間根山雄太、川連廣明、ぎぃ子、有森也実、吹越満
【概要】
映画『天上の花』は、萩原朔太郎の娘である萩原葉子の同名小説『天上の花――三好達治抄――』を、1966年の発表から56年の時を経て映画化したものです。
監督は4時間超の長篇大作『いぬむこいり』(2017)の片嶋一貴。
三好達治を演じるのは、『コンフィデンスマンJP英雄編』(2020)などの東出昌大、萩原朔太郎の妹で美貌の慶子は入山法子が演じます。
吹越満や有森也実ら実力派俳優の共演に加え、世界的な人気漫画家の浦沢直樹、原作者・萩原葉子を母に持つ萩原朔美も出演。
映画『天上の花』のあらすじ
昭和になってすぐのこと。
萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治は、朔太郎の美貌の末妹・慶子に一目ぼれをし、彼女との結婚を認めてもらうため北原白秋の弟が経営する出版社に就職しますが、僅か2ヶ月であえなく倒産。
再び職を失くした三好は、慶子の母から貧乏書生と侮られ、拒絶されました。
そして慶子は、三好達治と同じように一目ぼれをした詩人の佐藤惣之助と結婚。失意の三好は佐藤春夫の姪と見合い結婚します。
日本が戦争へとひた走る頃、三好の戦争を賛美する詩は多くの反響を呼び、時代は彼を国民的詩人へと押し上げてゆきます。しかし、萩原朔太郎とはその戦争詩をめぐって関係が悪化しました。
昭和17年、萩原朔太郎は病死し、その四日後には慶子が夫・佐藤惣之助と死別します。
昭和19年、朔太郎三回忌で再会した三好は、慶子に16年4ヶ月の思いを伝え、越前三国に別荘を構えたから一緒に来てほしいと慶子に頼みます。
中途半端が嫌いな慶子は、三好に奥さんと離縁してくださいと言います。三好はそれを承諾しました。
時は太平洋戦争の真っ只中、身を隠すように越前三国にひっそりと新居を構えた三好と慶子の新婚生活は始まりました。
ですが、疎開もかねて東京からやってきた慶子は、息のつまるような単調な生活がつまらなくなります。
三好は純粋な文学的志向と潔癖な人生観の持ち主でした。奔放な慶子に対する一途な愛と憎しみが、いつしか激情とともに制御できなくなってゆきます。
映画『天上の花』の感想と評価
三好達治の激しい愛
三好達治の恋愛をありのままに綴った萩原葉子の小説『天上の花――三好達治抄――』。
主人公葉子の回想部分と慶子の日記部分から構成された原作小説の慶子の日記のところが映画化されました。
映画冒頭は、惚れぬいた慶子を東京から呼び寄せ迎えに行く三好達治の嬉しそうな笑顔で始まります。
美貌の慶子を前にし、「僕はあなたを16年4カ月思い続けてきた」と愛の告白をした三好。
それが、一途な愛し方しかできない男の愛憎地獄の始まりでした。
女性にとってはこんな愛され方は嬉しいはずですが、自由奔放で愛されることに慣れている慶子には、物足りなく思う部分もあったのでしょう。
慶子が夫として三好に望むことを言っても、男尊女卑の考えを根底に持っている三好は聞いてくれません。
ですから、小さな気持ちのすれ違いが次第に大きな溝となっていくのを、誰も止めようがありません。
東出昌大×入山法子が熱演
どんなに愛していると叫んでも、振り向いてもらえない虚しさ、口惜しさ。冒頭の幸福に満ちた笑顔の三好が徐々に変貌していきます。
慶子への愛と同様、言葉を武器として戦争を賛美してきた三好にとって、日本の敗戦は大きな落胆を招き、より一層三好の心を頑ななものにしていきます。
こんな三好を演じたのは、イケメン俳優の東出昌弘。時には切なく、時には滑稽に見えるほど、我武者羅に慶子を愛する三好を体現しています。
原作では三好は酒癖の悪い乱暴な男という印象ですが、映画では慶子を愛するが故の行為ということがはっきわかります。
三好を演じる東出昌大の演技力で、‟憎めきれない三好達治”となっているのでしょう。
一方の慶子は、感情をあまり出さないクールな表情が似合う入山法子が好演しています。
タイトルの「天上の花」は、仏教においての曼珠沙華、彼岸花を指すそうですが、本作では‟決して手の届かない想い人”の意味があるのではないでしょうか。
なんとか自分の愛を受け入れてほしいともがく、東出演じる三好達治の姿にご注目してください。
まとめ
没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画『天上の花』をご紹介しました。
萩原葉子の同名小説から、三好達治と慶子の恋愛部分を取り出して映像化した本作には、押せば引くような男女の交わらない関係がリアルに描かれています。
自分の思いだけを押し付けるような愛し方が果たして本当の愛と言えるのでしょうか。
どんな愛し方をすれば相手に受け入れてもらえるのかと、考えさせられることでしょう。
この作品の出来事が真実かどうかは本人たちでないとわからないことですが、一筋縄ではいかない男女の恋愛の一部始終に切ない思いがします。
スクリーンいっぱいに展開される、詩人三好達治の激しい愛の行く末を見届けてください。
映画『天上の花』は、2022年12月9日(金)より新宿武蔵野館、ユーロスペース、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田他順次公開。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。