一夜だけの快楽のつもりが・・・男を悪夢へと突き落としたサイコサスペンス
今回ご紹介する映画『危険な情事』の監督は『フラッシュダンス』(1983)、『ナインハーフ』(1986)のエイドリアン・ラインが務め、第60回アカデミー賞6部門でノミネートされた、サスペンススリラーです。
ダン・ギャラガーはニューヨークで弁護士として働き、妻ベス、娘エレンと平穏で幸せに暮らしています。
ある週末、出版記念パーティに妻と一緒に出席します。そこで入社したばかりの編集者アレックス・フォレストと知り合います。
出版社の顧問弁護士をしているダンは、訴訟に関する対策会議でアレックスと再会します。
妻子が実家へ出かけた週末、ダンは一夜だけの遊びのつもりで、アレックスと夜を共に過ごします。
しかし、彼女はそれを運命の出会いと思い込み、執拗にダンをストーキングし、その魔の手は妻子にまで・・・。
映画『危険な情事』の作品情報
【公開】
1988年(アメリカ映画)
【原題】
Fatel Attraction
【監督】
エイドリアン・ライン
【脚本】
ジェームズ・ディアデン
【キャスト】
マイケル・ダグラス、グレン・クローズ、アン・アーチャー、エレン・ハミルトン・ラトセン、スチュアート・パンキン、エレン・フォーリー、メグ・マンディ、ロイス・スミス
【作品概要】
ダン・ギャラガー役は『ウォール街』(1987)でアカデミー賞主演男優賞を受賞し、『ブラック・レイン』で日本の名優、高倉健、松田優作との共演で知られる、マイケル・ダグラスが演じます。
アレックス・フォレスト役にはブロードウェイミュージカルで、トニー賞で3度の主演女優賞を受賞し、『101』(1996)、『アガサ・クリスティー ねじれた家』(2017)などに出演したグレン・クローズが務めます。
映画『危険な情事』のあらすじとネタバレ
弁護士として多忙な日々のダン・ギャラガーは、私生活では妻のベス、娘のエレンと幸せな日々を送っています。
ある夜、ダンは妻ベスとともに、出版社の刊行記念パーティに出席します。その会場でダンは目力が魅力的な女性とすれちがい、バーカウンターで談笑する彼女に話しかけます。
ダンが自己紹介すると彼女はアレックスだと名乗ると、彼女はロビンズ社の編集者だと簡単な自己紹介を交わします。
ロビンズ社の顧問弁護士をしているが、彼女のことをあまり見かけないというと、2週間前に入社したばかりだと話します。
ダンを探していたベスは“帰宅しよう”と合図を送り、アレックスはダンが既婚者だと知りました。
翌日の土曜日、ベスとエレンは新居候補の内見を兼ね、郊外のベスの実家へ帰省します。2人を見送るとダンは、小説の出版中止を求められた訴訟の緊急会議に出席します。
その会議にはアレックスも出席します。ダンはアレックスを意識しつつ対抗策を講じ、アレックスはそんなダンに思わせぶりな視線を送ります。
会議が終わり外へ出ると雨が降っていました。ダンは壊れた傘が開かず悪戦苦闘しながら、タクシーを拾おうとしていました。
その様子を見ていたアレックスは彼に声をかけ、ダンはレストランで雨宿りをしようと誘うと、会話の中で妻子が留守だと知ったアレックスはダンを誘惑します。
2人はアレックスの自宅へ行くと、互いに激しく求めあいました。その晩はダンにとって仕事や家族を忘れる、刺激的な時間となりました。
翌朝、ダンが自宅に帰ると留守番電話にベスからのメッセージがありました。内見の予定が月曜日になり、今夜も帰れないという話でした。
ベスとの電話を切った直後、アレックスから電話が入ります。彼女はダンが黙って帰ったと不服を言い、今日も会えないかと誘います。
ダンは仕事の準備や犬の散歩があると断りますが、アレックスの猛アタックに遂に折れ、ダンは彼女と犬の散歩をします。
全力で犬を追いかけたダンは発作のふりをし倒れます。アレックスは心配して駆け寄り嘘だとわかると激しく怒り、7歳の時に目の前で父親が心臓発作で亡くなったと話します。
ダンが悲しい顔をして謝ると、アレックスはニヤッと笑い、その話しは嘘で父親は健在だといい、騙した仕返しだと笑います。
結局ダンは再びアレックスの部屋で過ごし、昼食の支度をしながら“蝶々夫人”のオペラを聴きます。
ダンは“蝶々夫人”がオペラの中で一番好きで、アメリカ人の夫に捨てられ、自害するお蝶のシーンが印象に強く残っていると話します。
昼食を食べているとアレックスはダンに結婚し幸せな家庭があるのに、どうしてこんな関係をもったのか質問します。
ダンが戸惑っていると、彼女はもっと会いたいと言い寄ります。自分にとってダンは大切な人になっていると告げます。
そして、自分の立場を教えてほしいと、ダンに問いかけますが、彼はアレックスは素晴らしい女性だが、妻がいることに変わりはないとたしなめます。
アレックスはそれで正当化したつもりなら、いっそ“くたばれ”とでも言えばいいと挑発し、ダンは「くたばれ」と言ってしまいます。
アレックスはダンに理解を示したように振舞いながら、彼女は両手首を切りました。帰り際、その傷に気づいたダンは帰る機会を逃します。
ダンはアレックスの手当をしますが、帰宅できずに彼女の家からベスに電話をかけ、アリバイを作ろうとします。
アレックスは寝たふりをしながら、その仲睦まじい会話に聞き耳を立てていました。
映画『危険な情事』の感想と評価
“蝶々夫人”の悲恋を演じたアレックス
アレックスは「蝶々夫人」の音源を持っていました。ダンがそのオペラを知っていたことにも、運命を感じ更に彼にのめり込んだように見えました。
アレックスはダンが「蝶々夫人」に出てくる、海軍将校と同じように主人公のお蝶を捨て、自分を妻にしてくれると妄想に走ったのかもしれません。
また、ダンにとって父親の思い出は、そのオペラを見た時だけと話すと、アレックスの父親も幼い頃に亡くし、思い出の少なさで共感したともいえます。
したがって彼女にとってダンとの出会いは、“運命”そのものだったといってもよかったのです。
このようにアレックスは思い込みの激しい、自己陶酔しやすいナルシストともいえます。そして何といっても、反社会性パーソナリティ障害の症状が顕著でした。
家庭のある男だとしても、自分のものにしようとする執念は、社会的なルールやモラルなど気にせず、本当のことのように嘘をつかせます。
感情的で“演技”をしているようなアレックスは、典型的な“演技性パーソナリティ障害”だったのでしょう。
父親と思しき“スタンリー・フォレスト”の死亡原因が、彼女にあったとしたら、彼女は良心の欠如によって演技し同情を誘ったと想像させます。
もう一つ存在した“ラストシーン”
映画『危険な情事』は第60回アカデミー賞で6部門でノミネートされるほどに、注目を集め大ヒットした作品でした。
しかし、その反面フェミニストたちからの批判や反発もありました。その理由がアレックスを単なる、サイコキラーに仕立て上げていた点です。
筋書きを完全な悪者としてアレックスを描き直し、ダンの軽率で配慮に欠けた行動について、議論がなされず男社会の正義が全面化したからです。
DVD化された『危険な情事』のスペシャル・コレクターズ・エディションには、特典映像として“幻のエンディング”が描かれていました。
エレンの誘拐、ベスの事故で逆上し、アレックスの部屋で暴行に及び、警察に捜査依頼をした翌日、刑事はアレックスの部屋を訪ねます。
すると、刃物で喉を掻き切られた状態で発見し、その刃物の柄にはダンの指紋がついていたと告げ、彼が逮捕されてしまうというストーリーです。
結局、彼女がダンに送ったカセットテープで、自殺をほのめかすことを言っていたため、無実となります。
確かに公開版の本編では、アレックスから包丁を取り上げ、置いて帰るシーンがあり、ダンは貶められるのでは?と想像できたので、実際そのパターンも用意されていたわけです。
そして、ラストシーンはアレックスが包丁を首筋にあて、喉を突き刺していくシーンがフラッシュバックされ、オペラ「蝶々夫人」のアリア、“ある晴れた日に”が流れます。
「蝶々夫人」の主人公お蝶は、結婚していた将校との間に子供をもうけていました。しかし、その子を残し自死してしまう物語です。
アレックスはダンに殺人の罪を被せたかったのでしょうか?もしそうだとすれば、その目論みは失敗しました。
しかし、オペラと重ねあわせるもう一つのパターンとして、アレックスは子供を身ごもったまま自死することで、ダンに自責の念という精神的な復讐を残したともとれます。
なぜなら「蝶々夫人」に登場する将校はお蝶の悲劇を聞き、罪悪感によって深く打ちひしがれ、自身の軽薄さを恥じたからです。
まとめ
映画『危険な情事』には2つのラストシーンがあり、最終的には試写会での反応から、公開されたパターンで採用されます。
本作は興行的に成功したものの、フェミニズムの観点から見て問題提起も起こった、稀有な作品でもあります。
ヒットの要因は“アレックス”という、不貞と一方的なサイコパスに対する激しい怒りと拒絶反応によるもので、アレックスを演じたグレン・クローズの名演の賜物といえました。
幸せな人生を目の当たりにした女性が、孤独と怒りから猟奇的に変貌する姿を描き、視聴者には非日常的なストーリー展開を見せることで、心のに鬱積している個人的な怒りや不満、不安を解消させました。
本作の公開されたラストシーンからは、あの夫婦は健全さを取り戻せるのか、本当に家庭崩壊を回避できたのか?と思わせ、軽率な行為の代償は大きいと警鐘を鳴らした映画でした。