連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第74回
今回取り上げるのは、2022年9月30日(金)からTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショーの『プリンセス・ダイアナ』。
今年2022年に没後25年を迎えたイギリスのダイアナ元皇太子妃の、1981年の結婚から96年の事故死までの約16年間にスポットを当てます。
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『プリンセス・ダイアナ』の作品情報
【日本公開】
2022年(イギリス映画)
【原題】
The Princess
【監督】
エド・パーキンズ
【製作】
サイモン・チン、ジョナサン・チン
【製作総指揮】
ナンシー・エイブラハム、リサ・ヘラー、ジャック・オリバー、ポピー・ディクソン、ウィル・クラーク、アンディ・メイソン、マイク・ルナゴール、ジェイミー・モリス
【撮影・音楽】
マーティン・フィップス
【キャスト】
ダイアナ・フランセス・スペンサー
【作品概要】
“世界で最も愛されたプリンセス”、イギリスのダイアナの元皇太子妃の生涯に迫った、世界初の劇場ドキュメンタリー。
1981年にチャールズ皇太子と婚約する数週間前から、96年の突然の死までの約16年間にスポットを当てます。
監督は、Netflixオリジナルの長編ドキュメンタリー『本当の僕を教えて』(2019)で英国インディペンデント映画賞にノミネートされたエド・パーキンズ。
彼にとって長編3本目となる本作は今年1月のサンダンス映画祭で初上映され、「ダイアナのドキュメンタリーの決定版!」(Rolling Stone)、「中毒性のあるドキュメンタリー」(Variety)、など米メディアからも絶賛の声が相次ぎました。
『プリンセス・ダイアナ』のあらすじ
スペンサー伯爵家の令嬢として誕生し、20歳でチャールズ皇太子と結婚したダイアナ・スペンサー。
その気品さから世界中でダイアナ・フィーバーを巻き起こし、2人の男児にも恵まれた彼女ですが、夫チャールズの不倫や自身へのスキャンダル、王室との確執などで、常にマスコミに追われる存在となります。
離婚や人道支援活動、そして自動車事故による突然の死にいたるまでの、ダイアナ妃の軌跡を振り返ります。
アーカイブ映像のみで綴られる“ピープルズ・プリンセス”の人生
2022年8月31日は、イギリスのダイアナ元王太子妃が亡くなってから25年目の命日にあたります。
それに合わせて、クリステン・スチュワートがダイアナ妃を演じたドラマ劇『スペンサー ダイアナの決意』(2022)が10月14日(木)に公開されるなど、再び注目を集めています。
「ピープルズ・プリンセス(庶民のお姫様)」と呼ばれ、イギリスのみならず全世界で愛されたダイアナ妃。
そんな彼女のドキュメンタリーは過去にも制作されていますが、その多くはアーカイブ映像に有識者の証言やナレーションを挟むことで、彼女の置かれていた立場や心情を推し量ろうという構成となっていました。
しかしながら、ダイアナのドキュメンタリーとしては初の劇場用作品となる本作『プリンセス・ダイアナ』では、ナレーションも有識者の証言もなければ、アーカイブ映像の説明テロップまでも排除しています。
王妃としてのダイアナ、そして女性としてのダイアナとはどういう人物だったのかを、観る側の感性に委ねることで、彼女の人生を解き明かしていきます。
『スペンサー ダイアナの決意』(2022)
ダイアナ・フォーバーの表と裏
1961年にスペンサー伯爵家の令嬢として誕生したダイアナは、77年にチャールズ皇太子と初対面。その2年後に再会した際に交流を深め、81年に婚約へと至ります。
ダイアナ王妃の誕生は、それまで閉ざされた旧態依然の世界とされていた英国王室を、オープンなものにしました。
彼女の懐妊が報じられると全国民が祝福ムードとなり、生まれた2人の息子ウィリアム王子とヘンリー王子を乳母に託すことなく自ら育て、一般の子どもが通う幼稚園を選択。
送り迎えする車を自ら運転し、車種も王室保有のロールス・ロイスではなく、イギリス市民の足として使われたフォードでした。
遊園地にも親子そろって楽しめば、公務活動にも子供たちを帯同する。7歳で両親が離婚してしまったダイアナにとって、家族はかけがえのないものだったのでしょう。
そんな彼女の人気はイギリスに留まらず、86年5月の初来日時には行く先々で大歓迎され、ファッションにも注目が集まるなど、空前のダイアナ・フィーバーが起こりました。
「皇太子だけの訪問では影響を及ぼさなかった」というニュース報道が皮肉に聞こえないほど、外交にも貢献したとされるダイアナ妃。ですが、好むと好まざるとに関わらず大きくなりすぎていく彼女の存在を、本作では克明に追っていきます。
マスコミの恰好のターゲットとなるのは人気者の宿命ですが、その一挙手一投足が注目されるダイアナに付随するかのように、王室のスキャンダルまでも白日の下にさらされていきます。
スキャンダルの一つとなるのが夫チャールズの女性問題。興味深いのは、チャールズが映っているアーカイブ映像の多くに、後の再婚相手となるカミラ・パーカー・ボウルズも映っていることです。
ダイアナと出会う前の交際相手だったというカミラとの関係は、ダイアナと結婚してからも後を引くように続いていた――それはやがて不倫へと発展。
さらには、エリザベス女王を筆頭とする王室メンバーとの確執も報じられるようになり、孤立したダイアナは92年、チャールズとの別居に至ります(96年に正式離婚)。
路上を歩いている後を追う者、乗り込んだ車に飛び出す者、エレベーターにまで強引に入り込もうとする者など、ダイアナを撮ろうとする“パパラッチ”と呼ばれるカメラマンのえげつなさは、おそらく全世界中でイギリスが1番なのではと思えるほどです。
不屈のプリンセス
監督のエド・パーキンズは、97年8月31日に交通事故という形で天に召されたダイアナの生涯を、「愛、悲劇、裏切り、復讐…そのすべてが詰まったシェークスピア劇」と語ります。確かに彼女は、波乱万丈にして劇的な人生を送ったのかもしれません。
「彼女を本当に“殺した”のは誰?」という刺激的なキャッチコピーから、本作はダイアナを死に追いやった元凶を追及する内容と思われがちですが、真の狙いはそこにはない気がします。もちろん、過熱するマスコミやダイアナの情報を欲した大衆への問題提起を含んでいる面はあるでしょう。
ただ、少なくともアーカイブ映像で強く印象に残ったのは、“微笑”です。
王室を離れ、パパラッチのさらなる標的となりながらも人道支援を欠かさず、ホームレスや飢餓に苦しむ人たちに分け隔てなく微笑みかける。AIDSを患った子どもに素手で抱きかかえて笑顔を見せることで、「触れるだけで感染する」という誤認識を改めるきっかけを作る。
自分を追いかけるマスコミを逆に利用することで、社会的弱者に目を向けてもらう――逆境をものともしないその姿勢は、悲劇ならぬ不屈のプリンセスといえます。
ダイアナ死去時に無言を貫き、半旗の掲揚も命じなかった姿勢を世間に批判され、トニー・ブレア首相の「ピープルズ・プリンセス」声明も手伝って、ようやく弔意を表したエリザベス女王も、今年9月8日に96歳で世を去りました。
新国王となったチャールズが来年6月の戴冠式に向けて準備を進める一方で、ウィリアム王子とヘンリー王子の不仲説が取りざたされるなど、ダイアナ亡き後も英国王室は常に話題を集めます。
そもそも王室とは何のために存在するのか? 王室民であるからこそ、一般人ではできないことがある。
本作にまとめられたダイアナの軌跡が、その回答なのかもしれません。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)