1986年の夏、小学5年生の2人の男子が築いた友情の冒険物語。
映画『サバカン SABAKAN』は、大ヒットドラマ「半沢直樹」の脚本など、テレビや舞台の脚本・演出を手がけてきた、金沢知樹の映画初監督作品です。
監督の故郷である長崎県を舞台に、濃密な夏を過ごして友情を育み“サバ缶”の味で、忘れがたい思い出と絆を結んだ2人の少年を描きます。
斉藤由貴が大好きで、キン肉マン消しゴム集めが趣味の久田孝明は小学5年生。うだつの上がらない父ちゃんと怒ると怖い肝っ玉母ちゃんはいつもケンカばかりですが、生意気で甘ったれな弟と4人楽しく暮らしています。
久田のクラスには少し変わっていて、同級生から避けられている竹本という少年がいます。ある日、竹本はイルカを見に行こうと、久田を誘い海に出かけます。
ところが、ヤンキーに絡まれたり、海で溺れそうになったりトラブル続きでした。そんなひと夏の冒険で2人には友情が芽生え始めますが、悲しい事件が起こってしまいます。
映画『サバカン SABAKAN』の作品情報
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
金沢知樹
【脚本】
金沢知樹、萩森淳
【キャスト】
番家一路、原田琥之佑、尾野真千子、竹原ピストル、貫地谷しほり、草なぎ剛、岩松了、村川絵梨、福地桃子、ゴリけん、八村倫太郎(WATWING)、茅島みずき、篠原篤、泉澤祐希
【作品概要】
久田の両親を『そして父になる』(2013)で、第37回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した尾野真千子と、『永い言い訳』(2016)で第40回日本アカデミー賞・優秀助演男優賞にノミネートされたミュージシャン・竹原ピストルが演じます。
また大人になった久田役には、『ミッドナイトスワン』(2020)で第44回日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞を受賞した草なぎ剛が務めます。
子供時代の久田孝明役に番家一路、親友の竹本健次役には原田琥之佑が務めますが、2人とも演技が初ということで異例の大抜擢と話題になっています。
映画『サバカン SABAKAN』のあらすじとネタバレ
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
ゴーストライターで生計を立てている久田孝明は、編集担当者からダイエット動画の成功例を書籍化依頼を持ちかけられます。
久田の読みやすい文章は、ゴーストライターとして重宝がられていました。しかし、作家として小説を書くことを捨てきれない久田は「新作を出そうと思う」と依頼を断りました。
その久田は離婚していて、娘が1人いました。養育費の振込が滞っていると、元妻から連絡が入ります。彼は日曜日の娘との面会の時に渡すと言います。
久田は娘と水族館へ行き、イルカショーを観て楽しい時間をすごします。イルカは久田にとって特別な生き物でした。
東京湾の海を2人で眺めながら久田は、「やっぱり長崎の海の方がきれいだ」とつぶやきます。娘もまた長崎に行きたいと言います。
久田は小説の執筆にとりかかりますが、パソコンを目の前にし最初の一文に悩みます。そして、冷蔵庫の上に置いてあった、“サバの缶詰”が目に入り、たちまち少年の頃を思いだします。
「ぼくには、サバの缶詰をみると、思い出す少年がいる」久田の脳裏には長崎の小さな島々に囲まれた、静かな海の漁港と故郷の町が浮かびます。
以下、『サバカン SABAKAN』のネタバレ・結末の記載がございます。『サバカン SABAKAN』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
1986年夏、久田少年は直りそうもなくボロボロになった自転車を魔法のように修理して乗れるようにした、父親の様子を作文にして担任から褒められます。
昭和から平成に変わる少し前、毎日友達とくだらないことをして遊んだり、ふざけていた小学5年生の久田少年のクラスには、竹本という少し変わった少年がいました。
着るものがなく1年中ランニングシャツ姿で、“唾”が消しゴム代わりで、いつも机に魚の絵ばかりを描いているような子でした。
そんなある日、掃除の時間に友達の会話の流れで、竹本少年の家を見に行くことになります。竹本は同じ道を何度も歩きながら、彼らを撒こうとしますが……結局、見られてしまいます。
竹本の家は家というよりは“廃虚”といった風貌で、久田以外のクラスメイトたちは、ボロボロの家を見て大笑いをして「面白かった」と言って帰ります。
次の日、そのことを面白おかしくクラスメイトに話し、バカにしている中、竹本はいつもと変わらぬ態度で、机に魚の絵を描いていました。
久田はそんな竹本の姿を見て、「ジャッキー・チェンよりタフ」だと思いました。
帰ると久田家の怒らせたら“長崎一怖い”母親が、おやつを出しますが、手を洗った洗わないで怒られ、弟が生意気なことを言って小突きあいます。
母は孝明におつかいを頼みます。帰ったばかりの彼は文句を言いますが、帰りに“ガチャガチャ”をやってもいいと小銭をもらうと、渋々父親が修理した自転車でスーパーまで行きました。
久田は“キン肉マン”消しゴムが大好きで、ガチャガチャを回すのが楽しみでしたが、お目当てのキャラクターがなかなか出ず、いつも“キン骨マン”ばかり出していました。
彼が悔しがっていると、マンホールの細いすき間に、100円玉が挟まっているのをみつけます。久田は周囲に誰もいないことを確認すると、それをポケットに入れました。
久田は斉藤由貴が大好きで、肩もみを30分10円でさせてた父親から、報酬をもらっていました。
久田は父親に100円拾ったら警察に届けるか尋ねると、父は「するか」と答えると、彼は拾った100円を貯金箱に入れます。天体望遠鏡が欲しくてお金を貯めていました。
次の日、友達と遊ぶ約束もしていないのに、久田を訪ねてきた子がいました。母親が「たー坊」と呼ぶと、久田はその呼び方はやめろと怒り、母はそんな彼をからかいました。
玄関に立っていたのはあの竹本です。“大事な話がある”と呼び出し、近所の神社へ出かけます。久田は恐る恐る「大事な話って?」と切り出すと、誰にも内緒だと指きりゲンマンをします。
それは“ブーメラン島”の辺りにイルカが来たという話でした。“イルカ”と聞いて興奮する久田に、竹本は一緒に見に行こうと誘います。
しかし、ブーメラン島に行くには、“タンタン岩”という山を越えて、海を渡らなければなりません。久田は夕方5時の門限までに帰れない、無理だと断ります。
ところが拾った100円をネコババしたのを見ていた竹本は、そのことをネタに久田を脅して、無理矢理ブーメラン島行きを承諾させました。
出発は翌早朝です。家族が起きてくる前にそっと家を出ると、竹本もやってきました。自転車の後ろに竹本が乗り、久田は「2人乗りは禁止なんだ」と言いだします。
竹本はぐずぐずいう久田を煽り、渋々ペダルをこぎ出そうとした時、背後から父親が「どこへ行く?」と声をかけます。
久田は怒られると首をすくめますが、父親は後ろの荷台にタオルを巻き、途中で飲みものを買って飲むようお金も持たせ、早く行けと見送ってくれました。
冒険への不安は不思議となく、ワクワクしていた久田です。田んぼや海の横道を駆け抜け、順調なスタートでしたが難所はすぐに現れました。
タンタン岩へ向かう道は勾配のきつい上り坂で、自転車を引きながら登っていきます。山道へ入ると悪路が続きます。それでも山頂が近づくと久田の目に、隣りの山が見えその景色に感動します。
ところが竹本は全然良い景色じゃないと、別の方へと進んでいきます。ごつごつした岩肌を進んで行った、本当の山頂に出た久田はその景色に圧倒されます。
竹本は久田を海から山々、町まで見渡せる絶景の場所に連れてきてくれました。タンタン岩を越えることはできましたが、下り坂で自転車の操作不能で転倒し、自転車を壊してしまいます。
自転車を引きながらたどり着いた、海沿いの売店でラムネを買い、防波堤に座って飲む2人、竹本が久田を残してブラっとどこかへ行ってしまいます。
バイクでやってきた数名のヤンキーが、久田に因縁をつけて絡んでいると、助けようとした竹本が石を投げ、袋叩きにあってしまいます。
そこに偶然「金山」というヤンキーたちの先輩が通りかかり、2人は助けてもらえました。金山は後輩の頬を殴り、竹本は主犯の男の急所を蹴り上げます。
ブーメラン島が見える浜に到着した2人は島を目指して泳ぎ出します。先に竹本が泳ぎ着き、久田もあともう少しというところまで来ますが、足がつってしまい溺れかけてしまいます。
危ういところで島にいた由香という女子高生に助けてもらい、久田も無事に島にたどり着きます。その後、1時間ほどイルカの姿を捜しましたが、結局みつけることはできませんでした。
久田は竹本になぜ、自分を誘ったのか聞きます。竹本は「お前は笑わんかったから」と言います。久田だけ竹本の家を見てバカにしなかったからです。
由香と彼女の彼氏だった金山に送ってもらった2人は、久田の家に着くと「じゃあね、またね!」とお互いの声が聞こえなくなるまで何度も響きます。
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
2人はこの冒険をきっかけに夏休みには釣りをしたり、みかん畑でみかんを盗み取って逃げたり、たくさんの思い出を作り友情を深めます。
ある日、すし屋の前で久田が足を止め、寿司は大好物だが高いからめったに食べられないと言います。竹本は今度うちに遊びに来るよう誘います。
竹本の家に行くと彼には4人の妹弟がいて、母親は仕事で不在でした。竹本は久田のために“サバの缶詰”で寿司を握ってふるまいます。
久田はサバ缶の美味しさを初めて知りました。竹本は亡くなった父がよく作ってくれたと話し、寿司職人になるのが夢だと言いました。
そこに竹本の母が帰ってきて「あら、お友だち?」と声をかけ、ゆっくり遊んでいってねと言います。
後日、久田がスーパーへおつかいに行くと、竹本の母が働いていました。母は久田がどう思っているかもわからないのに「友だち」と言ったことで怒られたと話します。
母はずっと仲良くしてほしいと久田に頼みますが、久田の気持ちは複雑で逆に「友だち」と思われていなかったと感じてしまい、2学期になると竹本を避けてしまいます。
竹本は落ち込んで家に帰ると、様子のおかしい息子を見た母は、気がかりになってしまいます。
そして、スーパーのパートの帰り道、息子の異変に気を取られた母は、自動車事故にあってしまい、帰らぬ人になってしまいました。
両親を亡くした竹本と妹弟は、それぞれ親類に引き取られることが決まります。学校に来ないまま、竹本は親戚に引き取られていきます。
そのことを知った久田は貯金箱を握りしめ、有り金全てを使って“サバの缶詰”を買い、駅に向かって走ります。
竹本に大量のサバ缶が入った袋を差し出すと久田は「友だちばい、おいたち友だちばい」と言い、竹本は「知っとる」と答えます。
みかん畑の内田も袋一杯のみかんを渡しました。竹本と伯父は電車に乗り込み、久田は「じゃあね、またね!」と見送り、竹本も「じゃあね、またね!」と返します。
久田が駅を出ると追いかけてきた父親が立っています。久田はたまらず父親の懐に飛び込み、泣きじゃくり父はそんな息子をただ抱きしめます。
家に帰ると息子の気持ちを察している母は、久田をやさしく抱きしめます。久田家では相変わらず、賑やかな夕飯が始まります。
作家になった久田はこの時の思い出を小説にしました。それを読んだ久田の元妻は、娘が長崎に行きたがっていると伝えます。久田は「3人で行かないか」とメールします。
故郷の駅に帰った久田は寿司職人になった竹本と再会し、サバの缶詰を見ると思い出す彼とは、今でも「友だち」だと感じます。
映画『サバカン SABAKAN』の感想と評価
映画『サバカン SABAKAN』完成披露舞台挨拶にて
(C)からさわゆみこ
草なぎ剛も感動した「幻のラジオドラマ」の映像化
2022年8月10日(水)に東京・TOHOシネマズ日比谷にて、映画『サバカン SABAKAN』の完成披露舞台挨拶が開催され、全国の映画館でも生中継されました。
大人になった久田を演じ、劇中のナレーションも担当した草なぎ剛は、映画初監督を務めた金沢知樹監督を「この監督は天才です」と大絶賛しました。
それには理由があります。数年前に金沢監督はラジオドラマとして脚本を仕上げ、草なぎが朗読をしていました。
ところが諸事情がありこの企画は、お蔵入りとなってしまい、草なぎは残念な気持ちで一杯だったと振り返ります。しかし、完成した作品を観て、こうして“映像化されるべき作品”だったのだと語りました。
金沢監督は朗読を収録している草なぎが、感極まって涙する姿を見て、脚本を仕上げた甲斐があったと感じたと語ります。
それを聞いた草なぎは「この映画は監督の初メガホン作品ですが、この監督は天才なので、今からチェックしておいてください」と、監督の豊富な経験や人脈からは、多くの可能性があると賛辞をおくっています。
撮影の舞台となった長崎県は金沢監督の故郷で、監督は故郷の風光明媚な風景をどうしても、全国に伝えたくて脚本に着手したとも語りました。
草なぎ剛のナレーションは久田の回想を語るのではなく、朗読劇による風景や空気感の膨らみを更に感じさせ、ラジオドラマでの経験が生かされていると感じさせます。
「じゃあね、またね!」と言いたくなった作品
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
映画『サバカン SABAKAN』は子供たちの物語です。兄弟、クラスメイト、そして親友の日常が包み隠さず描かれています。
母子家庭で貧しい竹本は長兄として、亡くなった父親の代わりに威厳を保ち、父から教わった知識を心を許した久田に伝えます。
久田はなぜ、竹本の家を見て笑わなかったのでしょう?それは両親から小さな“正義”を日常生活で養われたからです。
自転車は2人乗りしてはいけない。拾ったお金は警察に届けなければならない。悪い事をしたときは長崎一怖い母ちゃんに怒られ、父ちゃんが笑わせてくれる。
こんなシンプルで優しい家庭での教育で、普段の竹本様子から彼には“何かしらの事情”があると、想像力豊かな少年に育てられたのだと思えました。
久田の両親は竹本の家庭の事情を知っていたと推察します。冒険で門限過ぎて帰っても、自転車が壊れていても、母親は理不尽には怒らなかったのではないでしょうか?
竹本の友人になった息子をどこか応援していると、そんな親の愛情が伝わってきました。
竹本は久田にだけに心を開き、「友だち」と思います。でも、どうしても久田も友だちと思ってくれている自信が持てない……。
表向きには自信満々でタフな竹本でも、父親の死や家庭の貧しさで心が畏縮した彼には、人間関係だけは自信が持てず、傷つくことを恐れていたのでしょう。
そんな2人がイルカを探す冒険から帰り、いつまでも「じゃあね、またね!」と繰り返した2人の場面に、大人になるとこう言える“友だち”がいなくなると感じ、羨ましさが湧きます。
“じゃあね、またね”という言葉に、永遠の友情を感じました。そして、それが間違いではなかったと思えたのが、数十年の時を経て2人が再会した場面です。
きっと、あのあとも2人は「じゃあね、またね」と言って、それぞれの生活に戻ったことでしょう。竹本の寿司屋に久田家族が行く場面が目に浮かびます。
まとめ
(C)2022「SABAKAN」Film Partners
『サバカン SABAKAN』は1980年代の長崎の小さな港町を舞台に、2人の少年が繰り広げる冒険と、それぞれの家族との愛情に満ちた日々を描いた青春ドラマでした。
主人公たちがすごした日々は、今の40代後半から50代の大人にとって、懐かしさがいっぱいの時代でした。
キン肉マン消しゴム、メタルカセットテープ……アイドルの切り抜きを下敷きホルダーに入れたり、何もかもが自分の記憶の中に残っているでしょう。そして、1980年代は忖度しない子どもとタフな子どもが共存しました。
今では大人が腫れ物にでも触れるように、子どもたちに忖度する感覚を植え付けているように感じます。それが深刻な子どもの貧困問題を埋没させているのではないでしょうか?
貧しくてもタフな心が育つ子ども、家庭の事情を知った上で助け合える心を育てる環境、それが今一番必要だと思わせてくれた作品です。
今の子供たちが「じゃあ、またね!」と言える友だちと巡り会い、永遠の友情を結べるような思い出がたくさん作れるように、大人のさりげない見守りと愛情が必要だと伝えてくれる映画でした。