連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第101回
神奈川県横浜市の本牧を舞台に、人生の岐路に立つ2人の女性が織りなすささやかな物語を描いたドラマ『ある惑星の散文』。
濱口竜介監督の『偶然と想像』(2021)などで助監督を務めてきた深田隆之の初劇場公開作品です。
本作は、横浜市出身の深田監督が、ロケーションからシナリオを発想して制作しました。舞台となった本牧は、かつてアメリカ軍の接収地として文化を吸収し、その後は鉄道計画のとん挫などにより‟陸の孤島”となった地域です。
海沿いに巨大な建物が多く残る不思議な空間を醸し出すこのエリアで、自分の人生を見つめる女性の姿が映し出されています。
映画『ある惑星の散文』は2022年6月4日(土)から池袋シネマ・ロサにて単独レイトショー公開、その後順次公開です。
映画『ある惑星の散文』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
深田隆之
【脚本】
深田隆之、島田雄史
【撮影】
山田遼
【出演】
富岡英里子、中川ゆかり、ジントク、渡邊りょう、鬼松功、伊佐千明、矢島康美、(声の出演)水越朋
【作品概要】
『ある惑星の散文』は、深田隆之監督の初劇場公開作品。
濱口竜介監督の『偶然と想像』(2021)などで助監督を務めてきた深田監督が、かつてはアメリカ軍の接収地だったのに、今は陸の孤島となってしまった本牧を舞台に映画を撮ろうと考え、ロケーションからシナリオを発想して制作しました。
本作は、2018年の第33回フランスのベルフォール映画祭にて長編コンペティション部門にノミネートされました。主演は富岡英里子、中川ゆかり。
映画『ある惑星の散文』のあらすじ
横浜市の本牧(ほんもく)という地域に、ルイと芽衣子は住んでいます。
脚本家を目指すルイは、本牧のアパートで海外に行っている映画監督の恋人アツシの帰りを待っていました。スカイプ越しに会話を交わす2人は新しい生活への計画に胸を躍らせています。
一方、芽衣子は精神疾患によって舞台俳優の活動を離れ、カフェで働いています。
ある日、ふらりとルイがカフェでお茶をしにあらわれ、2人は初めて出会いました。
舞台への情熱がさめやらぬ芽衣子。悶々とする思いを抱えて毎日カフェの仕事をしていますが、そこへ急に兄のマコトがやって来ました。
片や、ルイもアツシとのすれ違いの毎日に不安が募って行きました。やがてアツシは帰国するのですが……。
映画『ある惑星の散文』の感想と評価
人生の漂流者たち
物語の主人公は、脚本家を目指すルイと元舞台俳優の芽衣子という2人の女性です。
近くに住みながら接点のなかった2人ですが、ある日芽衣子の働くカフェにルイが客として現れました。
ルイは、恋人アツシとの新たな生活がなかなか始まらず、自分自身は彼から忘れられるかもしれないという不安を抱えています。
精神疾患から俳優業から離れている芽衣子にも、兄が来たことで人生の転機が訪れました。
自分の生きる道はなんだろうと思い悩む2人。止まったような時の中で、2人の思いは大海を漂流するかのように、たんたんと流されていきます。
はたして、2人の辿り着く先にあるものは? 自分たちの生きる道としてどんな選択をするのでしょう。
舞台は横浜の‟陸の孤島”
深田隆之監督は横浜市出身。舞台となった本牧については、下記のようにコメントされています。
横浜市に長く住んでいながら一度も行ったことがなかった本牧という土地。この本牧というエリアで映画を撮れないかと思ったのは2015年初めのことでした。本牧はかつてアメリカ軍に接収されながらその文化を吸収し、音楽を中心とした文化の発信地となりました。しかし、その後の鉄道計画の頓挫により、開発された巨大な建物が多く残るエリアとなっています。接収されていた痕跡も今はほとんど見えなくなり、”陸の孤島”と呼ばれるほどアクセスも悪くなってしまったこの土地に、わたしは歴史の地層とも呼べる複雑な魅力を発見していたのだと思います。接収されていた痕跡も今はほとんど見えなくなり、”陸の孤島”と呼ばれるほどアクセスも悪くなってしまったこの土地に、わたしは歴史の地層とも呼べる複雑な魅力を発見していたのだと思います。『ある惑星の散文』の登場人物たちは様々な不安を抱える人間たちです。恋人との新たな生活が始まらない、自分自身は忘れられるかもしれない、そんな不安と本牧という土地が持つ時間の地層が呼応し合うのではないかと考えていました。終盤、映画館のシーンで芽衣子はささやかな生きる希望を見出します。このシーンはまさにマイカル本牧のがらんどうになった映画館から発想したシーンでした。わたしにとって、土地からシナリオを発想することは「ここには人がいるのだ」という映画を撮影する上での根幹を支えるものなのです。
深田監督の思いを伝えるかのように、映画では以前は繁栄していたであろう映画館や海岸沿いに立ち並ぶ巨大な工場倉庫跡などが映し出されます。
交通の便が悪いがため、なかなか開発が進まない‟陸の孤島”。
馴染みは薄いのですが、その映像には、どこか懐かしく胸を捉えられるような哀愁が漂っています。
おまけに、そこだけが違う惑星と思える不思議感すらありました。
その不思議感の中にも伝わってくるのは、見守っているような‟温かな思い”です。
寂れた廃墟となった建物にも、街の歴史と地元への愛が込められた作品と言えます。
まとめ
‟陸の孤島”と呼ばれる小さな町を舞台に、人生の岐路に立つ2人の女性が織りなすささやかな物語の映画『ある惑星の散文』をご紹介しました。
閉じ込められた空間、あるいは時間を宇宙に、‟陸の孤島”と呼ばれる町を惑星、もがきながら自分の生き方を見つめる主人公たちの軌跡を散文と例えているようです。
本作の主人公ばかりでなく、さまざまな悩みを持つ自分たちもまた「ある惑星における時間の漂流者」ではないでしょうか。
不思議な世界に生きる大人のファンタジーと考えてもおかしくない作品です。
映画『ある惑星の散文』は2022年6月4日(土)から池袋シネマ・ロサにて単独レイトショー公開、その後順次公開です。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。