連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第99回
今回紹介する映画『我々の父親』は、Netflixで2022年5月11日に配信開始されたドキュメンタリー作品です。
本作は、不妊治療の名医が患者に無断で自分の精子を使っていたという衝撃的な内容で、実際に被害者たちが語る真実と、今もなお続く残酷な現状に驚きの連続となっています。
映画『我々の父親』のあらすじと見どころについて解説していきます。
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映画『我々の父親』の作品情報
【日本配信】
2022年(アメリカ映画)
【監督】
ルーシー・ジョーダン
【製作】
ジェイソン・ブラム、ルーシー・ジョーダン、マイケル・ペトレラ、アマンダ・スペイン
【キャスト】
ドナルド・クライン、ジャコバ・バラード、デビ―・ピアーズ
【作品概要】
実話を元に制作されたドキュメンタリー映画で、裁判や音声は実際の物を使い、当時の様子を再現するシーンでは、本人と俳優の双方が参加しています。
監督のルーシー・ジョーダンは違法に売買された数百人の幼児を追ったドキュメンタリーテレビシリーズ「Taken at Birth」(2019~)やアメリカにおける人身売買と地下売春の現場を暴くドキュメンタリードラマシリーズ「MSNBC Undercover:性奴隷」(2007)など、社会問題のテーマにした作品に精力的な監督です。
製作に、「パラーノーマルアクティビティ」シリーズや『透明人間』(2020)(『アップグレード』(2019)など多くのホラー作品を手掛けるジェイソン・ブラムが参加しています。
音楽を、『ダーク・プレイス』(2015)、『マーサイコパスの狂気の地下室』(2019)を担当したグレゴリー・トリッピが担当。
映画『我々の父親』のあらすじとネタバレ
1979年、デビ―・ピアースは子供が欲しかったが夫には子供ができないとわかり、インディアナ州で最も権威のある専門医のドクタークラインの病院に行き、人工受精の処置を受けました。ドクタークラインからは医学研修生の精子を使うと言われていました。
1985年以前のドナーによる精子提供は今のようにシステムが整備されておらず、新鮮な精子を使って行われていました。
精子提供によって生まれたデビ―の娘のジャコバ・バラードは2014年秋、35歳でDNA検査を受け、23アンドミーという血縁者を探すシステムを用いたことで、血縁者が7人いることに気づきました。
同じ精子は3回以上は使わないことになっているはずなのに、おかしいと思い調査を始めました。
家系図を作成し、生物学的父親探しを始めます。するとドクタークラインの母親の家系に行きつき、そのことから父親がドクタークラインだったことが判明します。
患者の一人であるダイアナ・キースラーは不妊治療がうまくいかず悩んだ末にドクタークラインにたどり着きました。他の患者のリズ・ホワイトは夫が子を作れないとわかり、不妊治療の権威であるドクタークラインの元を頼りました。
それぞれ、排卵日に病院の処置室に訪れ針のようなものを使って精子を注入されました。その結果、2人とも子どもを授かりました。
ジャコバは司法省や全国報道協会に連絡をしました。しかし、どちらも取り合わずテレビ局FOX59のリポーターであるアンジェラ・ガノーに連絡します。
アンジェラはすぐに事の重大さに気づき、報道することに決めます。そして、まずドクタークラインに連絡をしますが、本人は事実を否定しDNA検査を拒否しました。
ジャコバはドクタークラインにDNA検査を受けさせようと画策し、医師の息子と妻に会うことになりました。
息子らは、ドクタークライン本人が自分の精子を使ったことを認めていたと話しました。
14人目のきょうだいジュリー・ハーモンはテレビでジャコバが出演しているのを見て、不安になり母に相談します。母のダイアナ・キースラーは、夫の精子を使ったとドクタークラインから聞かされていたので、DNA検査は必要ないと言いました。
しかし、ジュリーが調べたところジャコバと同様の結果が出ました。ダイアナは夫にそのことを告げると、「あの男は俺のすべてを奪った」と言いました。彼の精子は使われなかったのです。
ドクターに会うことになったジャコバと5人のきょうだいたち。ドクタークラインはポケットに銃を忍ばせていました。自己紹介をした後、きょうだいたち全員の名前と年齢、職業を聞きメモを取りました。
まるで品定めしているかのように病歴について聞きました。きょうだいの内の何人かが自己免疫疾患を持っていました。
そして、ドクタークラインがジャコバに聖書の一節が書かれたメモを渡そうとしてきました。ジャコバは「神を言い訳に使わないで」と断りました。
なぜ自分の精子を使ったのかという質問にドクタークラインは「やむを得ないときだけ使った」と話しました。そして、精子を使ったのは15人までだったと断言しました。
17人目のきょうだいであるマットの母親リズ・ホワイトは、当時のことを振り返ります。
病院にはドクタークライン以外おらず、診療所で待っている間にドクタークラインが射精し、その直後、彼がホルモンが上昇している状態で行ったことは医療行為とは言えない。15回レイプされたような気分だと語りました。
ドクタークラインの元同僚であるロバート・コルバー医師は当時のことを振り返って、一回にはほとんど人がいなかったから誰も気付かなくてもおかしくないと話しました。
元同僚や看護師などドクタークラインを知っている人々は、博識だと自負していて、自信過剰な態度だったと話します。
シャリーン&マーク・ファーバー夫妻の場合、マークとドクタークラインがグリゾム空軍基地にいた親しい友人同士でした。
アンジェラはドクタージクラインに遺伝子検査を求めましたが拒否され、自分はHIPPA法に守られているから訴えることもできるのだと脅しました。
ドクタークラインはジャコバに電話をかけてきました。結婚して57年になる妻と子がいて立場を守りたい、ジャコバならFOX59のアンジェラを説得できるはずだから、助けてほしいという内容でした。
22人目のきょうだいヘザー・ウックは、DNA検査を受け、事実を知ってから数週間、自分の姿を見ることも嫌になるほどふさぎこんでしまいました。
ジュリーとジャコバから連絡があったものの数か月経ってやっと会う決心がつきました。
33人目のきょうだいリサ・S・スティダムはDNA検査を受けると、14人目のきょうだいのジュリーの知り合いだということが分かりました。娘同士は一緒にバスケットをしています。
きょうだいたちは、半径40キロ内の住人。すれ違う人々が親戚ではないかと考えてしまいます。
アンジェラはテレビ局の近くのレストランで会うことになりました。彼が銃を持っている事がわかりジャコバは怯えましたが面談を始めました。
アンジェラの住所を知っているとドクタークラインに脅され、報道するなと懇願されましたが、アンジェラは報道すべきだと決めていました。
きょうだいたちは、ドクタークラインに関するメールのデータを消去されたり、車のタイヤに細工されたり、嫌がらせの電話がかかってくるなど、陰険な嫌がらせを受けるようになりました。
1963年運転中に少女を轢いて死なせてしまったドクタークラインは、そのことをきっかけに神への信仰心を強くもつようになりました。
教会では結婚生活の相談に乗り、日曜学校の講師としても参加していました。町の人々はドクタークラインの前で祈りをささげることもありました。
教会の年長者の一人であるドクタークラインの家では、50~100人が洗礼式に参加したといいます。過去の過ちを許され先へと進むと、話したそうです。自分は敬虔な信者だと自負していました。
48人目のきょうだいジェイソン・ハイアット。自分だけ家族と目も髪の色も違うのが気になって遺伝子検査をして血縁者を調べると、3000人もヒットしました。そしてジャコバから連絡があり、真実を告げられました。
ドクタークラインは、エレミヤ書第1章5節「胎内に宿る前から知っていた」という一節を引き合いに出し、意味のない誕生はないのだと以前直接会ったきょうだいたちに伝えました。
映画『我々の父親』の感想と評価
本作は、不妊治療の専門医が自分の精子を患者に無断で使用して子どもを生ませた実際の出来事を追ったドキュメンタリー映画です。
現実だと思いたくない、あまりに非道な事実に胸やけがするような思いがしましたが、一番つらいのは被害者たちだと思うと、もっと多くの人が知るべき、観るべき作品なのでしょう。
本人たちの表情と言葉からは、その苦しみや複雑な心境が切実に伝わってきます。中でも印象的だったのは、ドクタークラインの処置で双子の娘を授かった女性の発言でした。
「彼がしたことは吐き気がするし胃が痛くなるが不妊の原因を取り除き、子を授かったことは感謝している。結果的に双子を授かることができたし娘を愛している。夢を叶えてくれたから怒ることはできないのだ。」というものでした。
子どもを望んでも出来ない女性の思いを考えると、まるで自分の身体、自分自身が否定されているような絶望感を抱くのではないでしょうか。
そんな中で、ようやく子どもを授かった喜びや幸福感を思うと、複雑な感情になってしまうのは否めないでしょう。
彼女が切望した子どもをもつことという夢を叶えたのは確かですが、自分の欲求を満たすために患者を騙したドクタークラインのしたことは、決して許されることではありません。
ドクタークラインの処置によって生まれたきょうだいたちが発見される度に、不穏な音楽と共に人数がカウントされる演出が、緊張感を煽る演出となっています。
この事件のことを、全く知らずに観た人は人数がカウントされる度に「一体何人きょうだいがいるんだ」と不安に駆られるはずです。
本作は、登場するきょうだいたち全てにドラマがあり、観ているものの心を揺さぶるので、ノンフィクション映画にもなりうる題材と言えます。
ただ、本人たちが登場するドキュメンタリー映画として作られたのは、大きな意味があります。
それは先に書いたように被害者たちの実際の映像だからこそ胸を打つということ。そして、ドクタークラインは裁かれておらず、この事件は終っていないということです。
ラストクレジットで書かれていた通り、同様の件を行っていた医師は44人おり、現在の時点でドクタークラインの生物学的なこどもたちは94人だとわかっています。
彼が死ぬまでの間に、どうにか償わせる手立てはないのでしょうか。この映画が多くの人に届くことが、その一歩に繋がるのであれば非常に意義深い一作だといえるでしょう。
まとめ
Netflix製作のドキュメンタリー映画は、とても骨太なものが多いです。2022年に配信開始された『TINDER詐欺師:恋愛は大金を生む』ではTinderを使った詐欺事件を暴く見ごたえある内容となっています。
また、タコの生態と交流を描いた『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』(2020)、ロシアのドーピングスキャンダルに迫った『イカロス』(2017)はアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しています。
それらの映画を観て興味深く感じた人にはより、本作は見応えを感じるはずです。また、上記の作品を未見の方はあわせて観てみてはいかがでしょうか。