連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第21回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作にSF映画など、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第21回で紹介するのは、未来世界を描いたSFサバイバル映画『プロジェクト・ユリシーズ』。
数々のSF映画、『ミッドウェイ』(2019)など大作映画でお馴染み、ローランド・エメリッヒが制作総指揮を務めた作品です。
彼らしいスケール感と、SF的設定にこだわった世界が登場する本作。いかなる物語が展開するのでしょうか。
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CONTENTS
映画『プロジェクト・ユリシーズ』の作品情報
【日本公開】
2022年(ドイツ・スイス合作映画)
【原題】
Tides / The Colony
【監督・脚本・製作】
ティム・フェールバウム
【キャスト】
ノラ・アルネゼデール、イアン・グレン、サラ=ソフィー・ブースニーナ、ショペ・ディリス
【作品概要】
居住不可となった地球を棄て、他の惑星に移住した人類。彼らは地球に帰還する”ユリシーズ計画”を実行します。地球に到着した彼らが見たのは…未来の地球を舞台に展開する、SFサバイバル・アクション映画です。
製作総指揮はローランド・エメリッヒ。彼が製作総指揮を務めた近未来サバイバルスリラー、『HELL』(2011)を監督したティム・フェールバウムが、本作の監督を務めました。
主演はYouTube PremiumオリジナルSFドラマ『オリジン Origin』(2018~)、『アーミー・オブ・ザ・デッド』(2021)のノラ・アルネゼデール。共演は『エスケープ ナチスからの逃亡』(2019)のサラ=ソフィー・ブースニーナに、『獣の棲む家』(2020)のショペ・ディリス。
『愛と野望のナイル』(1989)に『トゥームレイダー』(2001)、『バイオハザード』(2001)シリーズでアイザックス博士、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011~)ではジョラー・モーモントを演じた、イアン・グレンも出演しています。
映画『プロジェクト・ユリシーズ』のあらすじとネタバレ
ある少女がマッチを擦って、その炎を眺める姿が映し出されます…。
近未来、気候変動や伝染病、戦争による環境汚染で地球は人類の生存に適さぬ場所になっていました。人類は惑星ケプラー209に移住します。
しかし惑星ケプラー209の生活は、人間の生殖機能に悪影響を及ぼし、子孫が残せなくなります。この環境で2世代過ごした人類は、種を残そうと地球へ帰還する”ユリシーズ計画”を開始しました。
しかし第1次計画で地球に降り立った隊員との連絡は絶え、消息は不明です。そして現在、改めて地球に降下する第2次調査隊の宇宙船。
1つの大気圏突入カプセルが海中に降下しました。女性隊員ルイーズ・ブレイク(ノラ・アルネゼデール)は、辛うじて水中のカプセルから脱出します。
浅瀬に打ち上げられたブレイクは、仲間の隊員が溺死していると気付きます。近くに漂着していたカプセルのハッチを開け、中にいたタッカー(ショペ・ディリス)を助け出したブレイク。
ブレイクはタッカーに、外は呼吸可能と告げます。負傷したタッカーを残し、ブレイクは果てしなく広がる千潟を1人で歩き出しました。
タッカーと無線連絡を取りながら、周囲の環境や発見した生物、自分の健康状態をバイオメーターを使い調査するブレイク。ケプラー209に連絡しようと試みるタッカーは、周囲の天候が悪化していると気付きます。
周囲は霧に包まれます。タッカーはブレイクに引き返せと命じて、場所を示す照明弾を打ち上げました。
その直後に、タッカーの降下カプセルは何者かの襲撃を受けます。タッカーの危機を悟り駆け出すブレイク。
ブレイクが到着した時にはカプセルは消えていました。しかしそれを引きずった跡が、泥の大地に残っています。
慎重に身構え、ライフルの暗視スコープを使って周囲を探るブレイク。遠くに降下カプセルを引き移動する人々の姿が確認できました。
地球には生存している人類がいた。そう悟った時、背後から迫る一団に襲われ、殴られて意識を失ったブレイク。
意識を取り戻したブレイクは、堀り下げられた水牢に突き落とされます。そこには既にタッカーがいました。地球に生き残った人類がいると口にした2人。
水牢の壁を登り、外の様子を伺ったブレイクは子供たちが遊んでいると気付きます。遭遇した地球の人々には、子孫を残す能力があるのです。
上からロープが投げおろされます。タッカーを残し、ロープを登り外に出たブレイクの周囲には、多くの人々がいました。
彼らはブレイクたちとは異なる言語(様々な言語が融合した独自の混成悟)を使っています。彼女は負傷した男の前に案内されます。この男を治療しろというのでしょうか。
治療には器材や薬品が必要だ、と訴えるブレイク。リーダー格らしい1人の女が理解したようで、ブレイクが降下カプセルに入る事を許します。
女はブレイクの行動を厳しく警戒していますが、医療用キットは手に入りました。痛みを訴え男が暴れると、蹴り飛ばして気絶させた女。
負傷者が気絶したおかげで、ブレイクは無事治療を終えました。彼女は水牢に戻されますが、密かに持ち出した医薬品でタッカーの治療を試みます。
地球で暮らす生存者たちは、コミュニティーを作り集団生活を営んでいる、と報告するブレイク。しかし自分の死を悟ったタッカーは使命をブレイクに託し、認識票に仕込まれた毒薬を飲んで自決しました。
過去を思い出すブレイク。彼女は少女時代、父から紙マッチを渡されました。それは人類の月面初着陸100周年を記念して作られたものでしょうか。
ブレイクと父は1つずつ、同じマッチを持ちます。天体運動の周期が重なる同じ時に、2人は同時にマッチを擦って火をつける。こうして父娘どれだけ離れた地にいても、2人の絆を確かめられると告げる父。
そう告げた彼女の父は、”ユリシーズ計画”の第1次調査隊の隊長として、計画のスローガンの「多くの人々のために、人類のために」の言葉と言い残して、地球に向け出発しました。
ブレイクはそのマッチの最後の1本を、今も大切に持っています。2次調査隊ただ1人の生き残りとなったものの、任務を果たそうと自らを励ますブレイク。
突然牢に海水が流れ込んできます。潮が満ちてきたのでしょうか。水で満ちあふれた牢から彼女を助けたのは、治療を施した男でした。
干潟に住む人々は潮が満ちると、かつての文明が遺した資材を組んで作ったイカダに乗り、そこで生活していたのです。
降下カプセルもイカダに引き上げられています。逃亡しないよう縛り付けられますが、ブレイクは彼らの暮らしぶりを観察します。生存者は過去の文明が残した品々を使い、泥にまみれたの千潟で暮らしていました。
かつて彼女の父は小さな苗木を見せ、この木を地球に植えて育てると言い残し、”ユリシーズ計画”第1次調査隊の隊長として宇宙船に乗り込みます。
宇宙船は惑星ケプラー209の多くの人々に見守られ、地球に向かって発進しました。その光景を夢に見たブレイク。
潮が引くと彼女は水牢に戻されます。子供たちは囚人の彼女をからかいますが、1人の少女が彼女に興味を示した様子です。
自分は牢の壁に絵を描き、自分は他の惑星から来たと伝えるブレイク。マイラと名乗った少女に、彼女は自分の名を伝えました。
交流を果たせたマイラにバイオメーターを絵に描いて示し、持ってきて欲しいと頼むブレイク。
しばらくすると水牢に子供や赤ん坊が入れられ、蓋にシートがかけられます。人々は子供たちを何者かから、隠そうとしているのでしょうか。
外で銃声や叫び声、悲鳴が響きます。何が起きているのかブレイクは理解できません。
牢を登ったブレイクは、人々が襲撃者に襲われる光景を目にします。襲撃者は銃を持ち抵抗する者を殺し、子供ら住民を連れ去っているようです。
襲撃者が牢のシートをめくった時、ブレイクは身を隠しやり過ごします。赤ん坊を抱いて、彼女は外が静かになるのを待ちます。
やがて辺りは静かになり、あのリーダー格の女が牢にロープを投げおろします。我が子マイラの名を呼んで探すその女。
ブレイクは子供たちと共に外に出ます。襲撃者が去った後、周囲には犠牲となった住人たちの多くの死体が残されていました。
リーダー格の女ナーヴィク(サラ=ソフィー・ブースニーナ)は、マイラが大切にしていた人形がを見つけ、娘は拉致されたと悟ります。
生き残った子供たちを残し、ナーヴィクは我が子を探そうと歩み出します。必死にその後を追うブレイク。
ブレイクは彼女に必死に話しかけ協力を求めますが、言語が異なり理解されているのか不明です。岩場で牡蛎を獲り無言で食べ始めたナーヴィクは、その1つをブレイクに投げて寄こしました。
突然、遠くから悲鳴が聞こえます。我が子の声だと悟ったナーヴィクは、海の方へと走り出します。
その後を追うブレイクが見たのは、襲撃者に船に乗せられる拉致された人々の姿でした。
ナーヴィクはブレイクの信号銃を取り出します。彼女はこれが銃だと理解し使おうとしますが、大人数を相手に闘えるものではありません。撃たぬように必死に止めるブレイク。
しかし言葉が通じず理解されません。彼女はやむなくナーヴィクを殴り倒し、空に向け信号弾を放ちます。襲撃者の注意は信号弾に引きつけられます。
その隙に泳いで接近し、密かに襲撃者の船に乗り込むブレイク。彼らは降下カプセルや彼女の装備も略奪していました。
やがて襲撃者たちは船に戻ってきます。捕虜たちが詰め込まれた戦争に忍びこみ、その中に紛れ込んだブレイク。
捕虜となった者の中には、マイラや彼女が治療した男もいました。男は彼女が目立たぬように、身にまとうマントを差し出します。
船が停まると捕虜たちは船外に出されます。そこは干潟の上に、朽ち果てた巨大な貨物船が何隻も乗り上げた場所でした。
彼らは廃船内で工作機械を使い、船体を加工する作業を行っていました。ブレイクたち捕虜は一列に並べられます。
そこにペイリングと呼ばれた男が現れます。捕虜たちを1人1人執拗に眺めるペイリング。
ペイリングは労働力になりそうな者を選びますが、幼いマイラに気付くと別の場所に引き立てて行きます。
彼は略奪品の中にあったブレイクの銃に気付きます。誰の所有物か尋ねますが、答える者はいません。
しかしペイリングは認識票を身に付けたブレイクは、他の者と異なる存在だと見破ります。
ブレイクは捕虜たちから引き離され連行されます。ペイリングは身体検査を行い、ある船室に彼女を入れました。
そこは廃船の船橋(ブリッジ)で、男の子が1人座っています。男の子は彼女を見て宇宙飛行士なの、と尋ねます。
状況が呑み込めない彼女の前に男が現れました。握手すると私はギブスン(イアン・グレン)だ、と名乗る男。
ギブスンは第1次調査隊の一員です。彼女がルイーズ・ブレイクと名乗ると、第1次調査隊の隊長の娘だとギブスンは気付きます。出発した時にあなたは、まだブリッジにいる男の子くらいだった、とギブスンは笑って語ります。
他の第1次調査隊員は死にんで自分だけが生き残り、惑星ケプラー209への通信手段も絶たれたと説明するギブスン。
現在の地球にはマッズ(泥の民)と呼んでいる生存者たちがいる。しかし第1次調査隊の装備は野蛮なマッズたちに破壊され、父上も殺されたと彼は説明します。
その結果ケプラー209に連絡もできず、マッズの中から協力者を集めて文明を与え、ここで生活していると説明するギブスン。
先程の少年が現れ、ブレイクに折り紙で作った宇宙船を見せます。ギブスンは少年を優しくニールと呼んで、母親の所へ行くよう告げました。
ニールは子供なのか、と尋ねるブレイク。惑星ケプラー209での人類の生殖を試みは失敗していたからです。ギブスンはマッズの子を養子にし、ケプラーの人々のように育てていると説明します。様々な事実を知り衝撃を受けるブレイク。
1人残されたギブスンは、配下にしたマッズと文明を再興していました。しかし彼の手下の振る舞いを目撃したブレイクは、不信の念がぬぐえません。
幼い頃に父が語っていた、「多くの人々のために、人類のために」の言葉を思い浮かべるブレイク…。
映画『プロジェクト・ユリシーズ』の感想と評価
近未来、地球の環境は悪化し、人類は居住可能な他の惑星を求め宇宙に飛び立つ…これはクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(2014)の設定です。
ご紹介した『プロジェクト・ユリシーズ』も同じ設定で始まりその後の物語、移住した惑星からの人類の帰還の物語が語られます。
本作にSFファンからの厳しい声が寄せられているようです。人類が他の惑星に移住してわずか2世代の間に、地球に残された人々の文明は崩壊し、理解不能な言語が使用される状態になるでしょうか。
これは、はるか彼方の惑星に移住するために、光速を超える恒星間旅行を行った結果だ。惑星ケプラー209に移住した人々が2世代を過ごし帰還するまでに、地球上では数百、あるいは数千年が経過した結果だ、との意見もあります。
いや、それにしてはマッズ(泥の民)たちが利用する文明の遺物は「最近のもの」感が強く、数百年以上経過したとは思えない。なにより地球上とケプラー209の時間経過が違うなら、父と娘はこんな形で再会できるのか?
と、科学考証に厳しい方から様々な指摘がされています。劇中で設定を詳しく説明していませんので、観客は想像するしかありません。
様々な謎を持つ、”泥の海版”『ウォーターワールド』(1995)だと呼ばれる本作。監督のティム・フェールバウムは本作執筆にあたり、ドイツのNASAとも言われるドイツ航空宇宙センターの関係者に取材したそうです。
他の惑星への旅行や植民地化をテーマにしたSF映画は多数あるが、あまり語られない地球への帰還の物語を描こうと思いついた、と語る監督。
映画の冒頭の20分間は、観客に現実と異なる別の世界にいると信じてもらえる世界を描いた。その後、この世界が間違いなく地球だと示す、『猿の惑星』(1968)の瞬間と呼ぶシーンを用意した、と説明しています。
水と泥の世界をリアルに描く
『猿の惑星』のあまりに有名なラストをご存じの方なら、これが何を意味しているかお判りでしょう。科学考証に厳しい意見をお持ちの方も、多くが本作導入部の雰囲気を高く評価しています。
この印象的なシーンはドイツ・ハンブルクに近いワッデン海の、広大な干潟で撮影されました。
自分はグリーンバックの前で撮影し、後でCG映像を加える撮影手法に抵抗感を持っている、とフェールバウム監督はインタビューで語っています。
水や霧、特に空気中に含まれた水粒子の実際の動きは、コンピュータで計算し再現しきれぬ何かがある、と信じている監督。
水に満ちあふれた世界を描くために、撮影現場の監督の近くに小さなスプレーボトルを持ったスタッフが待機し、必要に応じ水をかけて回ります。スタッフたちは私を「しずくの監督」だ、とあだ名で呼んだ、と監督は振り返っています。
監督がこだわって作った映像世界には、本作を鑑賞した方なら納得するでしょう。ではストーリはどうでしょうか。
本作はSFですが、古典的な「白人の救世主」の物語が下敷きになっています。未開で遅れた人々の前に、優れた知識を持つヒーローが現れ、彼らを救う物語です。
かつては「優れた文明とキリスト教文化を持つ欧米人が、未開の地に住む劣った人々の救世主になる」という、読者や観客の自尊心と優越感をくすぐる物語は、繰り返し好んで消費されてきました。
無論これは欧米だけでなく、昔から日本を含むあらゆる国・あらゆる場所で、同様の物語が生み出されました。しかしポリティカル・コレクトネスの言葉が定着する以前から、「このような物語は不適切だ」と認識され始めます。
その結果「白人の救世主」物語は、SFやファンタジーの世界に舞台を移すことになります。本作を製作したローランド・エメリッヒも、そのような作品を監督・製作した人物です。
彼が監督し後にドラマ化された『スターゲイト』(1994)や『紀元前1万年』(2008)は、「白人の救世主」物語のSF版と紹介して異論は無いでしょう。
エメリッヒが差別的な作品を作った、と指摘している訳ではありません。平凡に近い主人公が、異なる環境に身を置く事で大活躍する展開は、昔からエンターテインメントの王道です。
現在日本で流行している、「なろう系」と呼ばれる作品から誕生した「異世界転生もの」と呼ばれる小説・アニメも、「白人の救世主」物語の系譜につながる作品だと言えるでしょう。
一方で、今回紹介した『プロジェクト・ユリシーズ』は「白人の救世主」物語の、アンチテーゼとして作られた物語と呼べる存在です。
映画の枠を壊し文明社会を批判
地球に降り立ち、文明的に遅れたマッズ(泥の民)のリーダーとなった、イアン・グレン演じるギブスンは、決して救世主ではありません。
それも私利私欲を貪る暴君ではなく、自分の背後にいる集団・惑星ケプラー209の人々の利益のために行動する、冷酷だが合理的な支配者です。
マッズの文化、劇中で使用される彼らの言語・混成語を否定し、ケプラー人の言語や生活習慣を恐らく善意から強要します。
これはかつて、欧米社会が先住民に対し行った行為です。同様の行為は歴史上、様々な地域で行われていますが、近代では「白人の救世主」物語のように、善意を建前に行われたが故に、より罪深い行為だったと言えるでしょう。
「未体験ゾーンの映画たち2022」では、このテーマを同様にSF物語で描いた作品『ディストピア2043 未知なる能力』(2021)があります。ぜひこの作品もご覧下さい。
さらにギブスンはナチスの優生学の信奉者。これが映画の世界は、現代から一体何年後の世界なの?…と混乱を招いた一因かもしれません。しかし本作を現代社会を批判するSF寓話だ、と解釈すれば納得できるでしょう。
そして彼は、ケプラー人の子孫を残す目的で少女たちを集めます。これも男性優位社会への批判でしょう。
これはフェミニズムの立場で男性を批判したのではなく、「白人の救世主」物語を生んだ、男性優位のキリスト教の価値観に基づく、現代文明の批判だとと見るべきです。この現代文明が自然を破壊し、地球環境を悪化させた訳ですから。
このタチの悪い「救世主」に対抗するのが女性主人公です。そして主人公を助ける人物が登場しますが、このキャラクターもかつては「協力的な未開人・有色人種」なのが、「白人の救世主」物語のお約束でした。
主人公(白人男性)に、都合の良い助っ人(有色人種)が登場する展開は、現在作られる作品にも悪意なく登場してきます。この助っ人キャラは時代錯誤的だとの批判をこめて、あえて「マジカル・ニグロ」の言葉で表現されています。
ところが本作では、主人公ブレイクを助ける助っ人は女性で母親の、愚かでも従順でも無いナーヴィクです。本作は「白人の救世主」物語を、徹底的に破壊した構造と言えるでしょう。
この映画は、意識の高い女性たちが男性を叩きのめす物語ではありません。彼女たちは互いに未知の存在で信頼せず、自分がどう行動すべきかに迷い、必要に迫られて初めて共闘する事を選びます。
そして彼女たちが挑んだのは男性そのものではなく、男性的価値観で築かれた文明です。この攻防はエンターテインメントのアクション映画として描かれていますから、存分に楽しんで鑑賞して下さい。
科学考証重視したハードSFファンからは厳しい評価もあるようですが、社会風刺SFとしては実に興味が尽きない作品です。
まとめ
参考映像:マリコ・ミノグチ監督・脚本作品『Mein Ende. Dein Anfang.』(2019)
新たなSF映画を創造しようと、物語には様々な工夫が施され、困難な環境でのロケーション撮影でユニークな未来世界を描いた『プロジェクト・ユリシーズ』。
エンドロールをご覧の方はこの物語を作った人物が、日本人風の名前だと気付いたでしょう。それが監督と共に脚本を書いた、マリコ・ミノグチです。
彼女は1988年にドイツ・ミュンヘンで生まれた、ドイツ人の母と日本人の父を持つ人物です。18歳で自力で短編映画を完成させ、様々な映画製作現場のインターン兼アシスタントを務めました。
経験を重ねながら短編映画を製作し続け、2019年には『Mein Ende. Dein Anfang.』で長編映画監督デビュー、同作品はドイツ映画批評家賞など様々な賞を受賞しています。
ティム・フェールバウム監督は、本作の科学考証のリサーチ段階から、マリコ・ミノグチと脚本製作の共同作業を行ったと語っています。
彼女が参加した事で、女性からの視点を持つSF映画として、過去の同ジャンル作品と異なる展開を持つ、斬新な作品が完成したと評して良いでしょう。
本作のユニーク性に着目した方は、ぜひ脚本に参加した彼女の今後の活躍にも注目して下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回第22回は、大量殺人を犯して逮捕され今は昏睡状態の母の意識の中に、仮想空間を通じて入った娘が目撃したのは…。斬新な設定で描かれたSFスリラー『デモニック』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)