“正義・真実”を問う社会派ドラマ
2021年劇場公開の映画『由宇子の天秤』が、2022年3月23日(水)よりU-NEXTにて独占先行配信となります。
女子高生いじめ自殺事件の真相を追うテレビディレクターを通して、情報化社会の抱える問題や矛盾をあぶり出す社会派ドラマを、ネタバレ有りでレビューします。
映画『由宇子の天秤』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【製作・監督・脚本・編集】
春本雄二郎
【共同製作】
松島哲也、片渕須直
【ラインプロデューサー】
深澤知
【撮影】
野口健司
【キャスト】
瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、光石研、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、根矢涼香、松木大輔、鶴田翔、丘みつ子
【作品概要】
『火口のふたり』(2019)の瀧内公美主演による、情報化社会の抱える問題や矛盾をあぶり出していく、2021年公開の社会派ドラマ。
デビュー作『かぞくへ』(2016)で注目を浴びた春本雄二郎が監督・脚本・製作を務め、長編アニメーション『この世界の(さらに いくつもの)片隅に』(2019)の片渕須直も共同製作で参加。
主人公のテレビディレクター由宇子役を瀧内、彼女の父の政志役を光石研が演じるほか、梅田誠弘、河合優実、丘みつ子らが脇を固めます。
2021年の第71回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品され、スペインの第20回ラス・パルマス国際映画祭で瀧内が最優秀女優賞、第43回ヨコハマ映画祭で春本が森田芳光メモリアル新人監督賞、河合が最優秀新人賞を、それぞれ受賞しました。
映画『由宇子の天秤』のあらすじとネタバレ
テレビのドキュメンタリー番組のディレクター木下由宇子は、父の政志が経営する学習塾を手伝いつつ、3年前に起きた女子高生自殺事件のドキュメンタリー番組を制作していました。
その事件とは、女子高生の長谷部広美が生前にいじめ被害を訴えるも、学校側が「いじめを隠蔽するために、広美が教師の矢野と交際している」とでっち上げて自主退学するよう仕向けたのではという疑惑と、広美の自殺後に、交際の噂を立てられた矢野も身の潔白を綴った遺書を残して自殺したというもの。
事件の真相を掴もうとする由宇子は、広美の父・仁や、矢野の母・登志子と姉の志帆といった遺族への取材前に、事件報道のあり方に問題提起する演出を盛り込んだ仮編集の映像を放送局のプロデューサーにプレゼン。
当然ながらチェックが入るも、広美の遺族、矢野の遺族、そして学校の三者の立場や主張を並べて、真実の歪みを炙り出す狙いの内容にするつもりでした。
貸し会議室で、顔を映さないという条件で登志子にインタビュー撮影する由宇子は、矢野が学校側と揉めていたという証言を得ます。しかし登志子から、続きの撮影は明日に自分のアパートでと言われます。
翌日、由宇子が登志子のアパートを訪ねると、部屋はカーテンが閉め切られていて薄暗く、物も殆どない状態。事件以降、誹謗中傷を受けて人目を避けるために引越しを繰り返していたのです。
ノートパソコンで住所が特定されていないかチェックするのが日課という登志子から、「誰が本当の加害者なのか」と問われた由宇子は「私は誰の味方にもなれないが、光を当てることはできる」と返すのでした。
そんなある日、政志の塾に通う女子高生の小畑萌(めい)が教室内で嘔吐してしまい、由宇子が彼女を自宅に送り届けることに。その際に萌から、妊娠していること、さらに相手の男性が政志だと告げられます。
滞納していた塾の月謝を帳消しにするために関係を持ったとのことで、妊娠のことは誰にも言わないでくれと懇願。
塾に戻った由宇子は、政志にスマートフォンを向けて動画録画をしながら詰問。政志は萌との性行為は認めるも、月謝をタダにすると言って求めてはいないと否定します。
由宇子は知人である産婦人科医の小林と会い、秘密裏に萌の中絶手術を依頼。小林は、由宇子が以前に取材した人気小説家のサインを貰うのを条件に、それを引き受けます。
別の日、萌のアパートを訪ねた由宇子は、寝ている萌のために料理を作ります。食事をしながら親睦を深めていく2人。
長年一緒にタッグを組んできた制作会社プロデューサーの富山からも、番組の視点が良くなってきたと褒められる由宇子ですが、その一方で自殺した広美の父・仁から、内容の方向性が当初聞いていたのと変わっているとのクレームが入ります。
翌日、仁が経営するパン屋を訪ねた由宇子は登志子を撮影した映像を見せ、「長谷部さんの現実は、矢野さんの現実とつながっているのでは」と説得。
仁は、その足で登志子に再び取材にし行くと告げた由宇子に、矢野が好きだったというパンを差し出しました。
帰宅した由宇子に、萌の父・哲也に全てを話すと語る政志でしたが、由宇子はいろいろと失うものがありすぎるとして止めます。
塾に行けない萌のために、彼女のアパートでテストの採点をする由宇子は、良い成績を取ったら自分が着けている腕時計をプレゼントすると仄めかします。
後日、ビジネスホテルの一室で由宇子立ち合いの元、小林のエコー検査を受けた萌。子宮外妊娠の可能性があるので然るべき診察をしないと命に関わると、小林は由宇子にだけ告げます。
萌の容態を聞いた政志は、哲也に全てを話すと再度主張するも、由宇子は「社会的に抹殺された取材対象者を救いたい」として、2週間後に迫る番組の放送まで待つよう頼むのでした。
映画『由宇子の天秤』の感想と評価
「追う」と「追われる」
本作『由宇子の天秤』を観て、ドキュメンタリー番組制作の末席に連なる筆者が真っ先に思ったことは、ドキュメンタリー制作の“あるある”が詰まっていることでした。
主人公で女子高生自殺事件の番組を制作するディレクターの由宇子は、敏腕ながらもそのやり方に強引なところがありますが、実際にそうしたディレクターは存在しますし、仮編集の映像に細かく口出しする局プロデューサーにも覚えがあります(さすがに本作に登場するような、事なかれな態度を取る人物ではないが)。
また、ドラマやバラエティなどと比べても格段に低いドキュメンタリー製作費に苦慮する様子などは身に染みるほど共感でき、こうした描写は、実際のドキュメンタリー畑のスタッフからアドバイスを受けたという春本雄二郎監督のリサーチの賜物でしょう。
ただ、“あるある”が詰まっているということは、イコール、テレビマンの触れてほしくない点も突いているということ。
特に、終盤で放たれる制作会社プロデューサー富山の言葉「俺たちが繋いだもの(=編集した番組)が真実だ」は、テレビマンが抱える深層心理を見透かされたようで、バツの悪さを感じたものです。
ドキュメンタリー作家は、被写体に密着して信頼を得る必要があります。信頼を得ることで被写体の本音を引き出し、映像に活かすためです。
被写体となる自殺者の遺族たちに取材を重ねる由宇子は、いわゆる「追う」側の立場にいますが、根底にはマスメディアの功罪を主張したいという“正義”があります。
「追われる」側の被写体に手を差し伸べて信頼を得、それを番組の血肉にしていた由宇子ですが、学習塾を営む父親の政志が、塾生である女子高生の萌を妊娠させるという事態が発生。
もし世間に知られたら、政志も、萌も、塾生たちも、そして由宇子も好奇の目に晒され、「追われる」側になってしまう……。
隠された真実を「追う」側にいた由宇子は、「追われる」側になるのを避けようと、身内の過ちを内密に処理するという、逆転の構図がここで生まれます。
天秤は誰しもが持っている
一見は誠実そうなディレクターの由宇子ですが、我の強さで周囲を振り回し、撮影禁止と言われた場所にも平気でカメラを向ける厭らしさ(この辺も実にテレビマンらしい)があります。
ただ、気に入らない態度を取る相手には噛みつく気性の荒さを見せる一方で、自分の父が妊娠させてしまった償いとばかりに、萌の勉強を見たり食事を作るなどの世話をする一面も見せます。
萌の父親の哲也も、初見で粗暴な人物と思わせる一方で、娘思いでかつ律儀な一面を見せる。かと思えばやぱり粗暴な性格を露わにするなど、一言で表せない性格の持ち主。
「この女は善人」「この男は短気」「この人物は弱者」という、観る者の先入観をかく乱する人物描写が本作では散見しますが、それは終盤への伏線でもあります。
タイトルこそ『由宇子の天秤』ですが、実は天秤は登場人物全員が持っており、シーンによって性格の秤が傾く方向は変わるのです。
由宇子は赦されない
「追う」と「追われる」という2つの皿が乗った天秤を持つ由宇子は、「追われる」側に傾いて番組の精度を高めていくも、次第にそのバランスが保てなくなっていきます。
本作は、主人公の由宇子にこれでもかと受難を与えます。それはまるで、マスメディアの人間なのに身内の過ちを隠そうとしたことへの罰のよう。
思うように萌の処置が進まないことに焦り、加えて被写体の1人である自殺した教師の姉・志帆からの衝撃の告白が、真実を追うことが“正義”と考えていた由宇子をどん底に追いやることに。
志帆の嘘の真実により、心血を注いで制作してきた番組が水泡に帰した由宇子は、タガが外れたように萌への疑念を直接尋ねてしまい、結果として彼女が交通事故に巻き込まれる悲劇が起こります。
ベッドに横たわる萌へのお詫びとして、彼女が欲しがっていた腕時計を置く由宇子。観る者はここで、「由宇子は赦された」と思うでしょう。ところがすぐに、事情を知らない哲也にその時計を返されてしまいます。
隠していた秘密を知った哲也に首を絞られ、死をもって由宇子はようやく赦される……と思いきや、息を吹き返しスマホのカメラを自分に向けます。
この姿は、1999年の森達也制作のドキュメンタリー番組『「放送禁止歌」~唄っているのは誰?規制するのは誰?~』と重なります。
メディアで流すのを規制されてきた歌の背景を探るというテーマのこの番組で、ラストで自ら構えたカメラのレンズを鏡に向ける森。これは、歌を規制するのは“森=メディア全般”と、カメラのレンズを向けられた“視聴者”であるというメッセージです。
真実を求めようと、これまで政志や同僚の富山に拳銃のように突き付けてきたスマホのカメラ。それを初めて自分に向けた彼女の真意は、少なくとも劇中からは分かりません。
ただ、絞殺というイニシエーション(通過儀礼)を経て生まれ変わり、カメラを自分に向けることで自らの真実を問い直そうとしたと解釈できます。
不安定だった由宇子の天秤は、最後の最後でようやく均衡を保ったのかもしれません。
まとめ
由宇子の処遇や萌の容態、子どもの父親が誰なのかなど、いくつかの謎や“その後”が回収されずに幕を閉じる本作を不満とする声は少なくありません。森達也も否定的なレビューを雑誌『ニューズウィーク日本版』のコラムで綴っています。
回収しなかったのは、「観る者によって異なる解釈について話し合ってほしい」という春本の狙いからですが(劇場用パンフレットには、ある人物の“その後”が掲載)、それは「正しさとは、何なのか?」というキャッチコピーにも表れています。
「“正しさ、正義”という言葉は安易に使わない」――これはドキュメンタリー番組のナレーション原稿作成の際に、筆者が言われた助言です。
ホロコーストや地下鉄サリン事件、ロシアのウクライナ侵攻が“正義”の名の下に行われたように、立場によってその解釈はいかようにも変わります。そういえば仮面ライダー=本郷猛は、“人間の自由”のために、世界征服を“正しい”とするショッカーと闘いました。
本作はアンハッピーエンドと捉えられるかもしれません。ただ、それも観た人の立場によって変わりますし、この記事もあくまでも個人的考察にすぎません。
過剰な情報化社会において、いかにその見極めが重要か。メスメディアのあり方を問う作品は無数にありますが、『由宇子の天秤』は、間違いなく一見に値する作品です。
映画『由宇子の天秤』は全国の劇場で公開中、および2022年3月23日(水)よりU-NEXTにて独占先行配信開始。
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)