消えゆくガガーリン団地で少年が守ろうとしたものは!?
2024年のパリ・オリンピックを見越して再開発が決まり、取り壊されることになったガガーリン団地。住民が次々と退去していく中、母親に見放された16歳の少年はひとり団地内に身を隠してとどまり続けます。
彼は何を夢見て、何を守りたかったのでしょうか!?
カンヌに彗星のごとく現れたファニー・リアタール、ジェレミー・トルイユというふたりの新鋭監督による、瑞々しくも大胆な青春映画です。
映画『GAGARINE ガガーリン』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(フランス映画)
【原題】
Gagarine
【脚本・監督】
ファニー・リアタール、ジェレミー・トルイユ
【キャスト】
アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァン
【作品概要】
パリ郊外にそびえるガガーリン団地を舞台に描く少年の孤独と希望。
ファニー・リアタール、ジェレミー・トルイユが監督を務め、第73回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションに選出されました。
アルセニ・バティリ、リナ・クードリという若手俳優とともに、レオス・カラックス作品で知られるドニ・ラヴァンが特別出演しています。
映画『GAGARINE ガガーリン』あらすじとネタバレ
フランス、パリ郊外イヴリー・シュル・セーヌにそびえる公営住宅ガガーリン。
人類初の有人宇宙飛行士となったユーリ・ガガーリンに由来する名を持ったこの団地に16歳のユーリはひとりで暮らしていました。
母親は恋人と一緒に家を出てしまい、ユーリは母がいつか迎えに来てくれると信じていましたが、2024年のパリ・オリンピックに向けた再開発で団地が取り壊されるという噂がながれ、気を揉んでいました。
この場所をなんとしても守りたいユーリは、親友のフサームと共に、老朽化した建物の点検をはじめました。
ロマの少女ディアナも加わり、3人は配線を修理し、廃品業者から資材を手に入れ、取り壊しを阻止するため、建物のメンテナンスに精を出します。
ユーリは自分と同じ名前の宇宙飛行士に憧れ、自身も宇宙に行くことを仄かに夢見ていました。
そんなある日、当局から、団地の老朽化を調査する職員がやってきました。建物は大変古びており、早期に取り壊す必要があると結論づけられました。
6ヶ月の間に退去するように命じられ、ひとり、またひとりと住民は家財を車に積み込み、団地を出ていきました。フサームも家族とともに退去し、ユーリの面倒をよく観てくれた女性もユーリの母親が迎えに行くと言っていたという言葉を残し、南仏に旅立っていきました。
ある日、クレーンのコックピットに忍び込んだディアナは、光のモールス信号で、ユーリとコミュニケーションを取り、ユーリも明日、団地を出ると伝えました。
母の迎えを待つユーリでしたが、非情にも母親から迎えにいけないという連絡が来ます。
団地は封鎖され、解体作業が行われる中、ユーリは団地内に残されたものを集め、水と電気を確保し、UV照明のビニールシートを作り、野菜の栽培を始めました。そこはまるで自分自身の宇宙船でした。
ユーリは宇宙船にディアナを招待します。ディアナだけがユーリの心の支えでした。
しかし、ロマのキャンプが立ち退きを強いられて、ディアナもまた、家族と共に去ってしまいます。
ユーリと共に最後まで残っていた少年も作業員たちに追い出され、ユーリは団地内で本当にひとりぼっちになってしまいました。
映画『GAGARINE ガガーリン』解説と評価
舞台となるのは1961年に建設され、人類初の有人宇宙飛行を成功させたソビエト連邦のユーリ・ガガーリン少佐からその名をとり、ガガーリン団地と名付けられたパリ近郊の高層団地です。
映画は宇宙飛行士ガガーリンが団地を訪れ、住民から歓迎される様子を映したニュースフィルムから始まります。この団地の存在が当時、夢や希望の象徴のようなものであったことが伺えます。
パリ近郊のこうした団地がその後どのような変遷をたどったかと言えば、映画の中で団地の存在の多くが荒廃した犯罪の温床のように捉えられていることからも、明るい未来や夢とは真逆の方向に向かってしまったように見えます。
しかし本作はガガーリン団地をそのような視点では見ていません。貧困層や移民など様々な人々が寄り合う集合住宅で、人々が助け合って暮らしてきた確かな共同体があったことを映画は示唆しているのです。
主人公のユーリは、母親が恋人と一緒に家を出て、ひとり取り残されてしまった孤独な少年です。16歳ではまだ独り立ちはできません。
そんな彼の母親代わりとして面倒をみてきたらしい女性をはじめ、多くの人が彼を支えてきました。
彼はこの団地に育てられてきたと言っても過言ではありません。この団地が取り壊されることは、彼にとっては家族を奪われるのと等しいことなのです。
ユーリはガガーリン少佐と同じ名前を持っていて、宇宙飛行士に憧れています。取り壊しが決まり、住民が退去させられても彼はひとり、団地内に残り、作業員から身を隠して宇宙船のような隠れ家をこしらえます。
彼は大人たちが差別するロマの少女とも友情を築いていて、それは他の皆が退去してからも続きますが、オリンピック開催のための美化という名目でキャンプが閉鎖され、少女も旅立ってしまいます。
彼が「宇宙船」内にビニールハウスを作り、野菜を栽培するのを見て、リドリー・スコット監督の『オデッセイ』(2015)で、ひとり火星に取り残された宇宙飛行士マット・デイモンが、知恵と教養を駆使して、生き残るためにじゃがいもを栽培するエピソードを思い出した方も多いことでしょう。
共同体を壊され、頼るべき大人もなく、友もなく、広大な集合住宅に取り残された16歳の少年の孤独感は、火星に取り残された宇宙飛行士に匹敵するほどのものだったと言えるのではないでしょうか。
2016年のアメリカ映画『キックス』(ジャスティン・ティッピング監督)は、カリフォルニア、リッチモンドに住む15歳の少年の孤独と宇宙への憧れをマジック・リアリズムの手法を用いて表現していましたが、本作はさらに団地自体が宇宙船になるという壮大な映像を通して、少年の心を鮮やかに映し出してみせます。
少年を救い出すのは、ロマの少女と一度は壊れた共同体の人々であり、ラスト、横たわった彼が目をあけ、微かに見せる微笑みが、胸を打ちます。
まとめ
主人公のユーリを演じたアルセニ・バティリは、オーディションに合格しキャスティングされた新人俳優で、役柄にふさわしい瑞々しさを随所に発揮しています。
一方、ロマの少女ディアナを演じたのは、ムーニア・メドゥール監督の『未来へのランウェイ』(2019)や、ウェス・アンダーソン監督の『フレンチ・ディスパッチ、ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊』(2021)に出演するなど活躍の目覚ましいリナ・クードリです。
監督を務めたのは、ファニー・リアタールとジェレミー・トルイユという2人の新鋭です。解体される前のガガーリン団地で実際に撮影を行いました。失われていくものへの郷愁と未来への思いを大胆な映像と緻密な描写で見事に描き出しています。
第73回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションに選出されたのをはじめ、各地の映画祭で高い評価を受けました。
アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表最終候補にも名を連ねた愛すべき青春映画&団地映画です。