連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第65回
今回取り上げるのは、Disney+で2021年11月25、26、27日に3話連続で配信の『ザ・ビートルズ:Get Back』。
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ(2001~03)のピーター・ジャクソン監督が、1969年に撮影された伝説のロックバンド、ザ・ビートルズの57時間以上の未公開映像を復元・編集し、トータル約8時間で構成した究極のドキュメンタリーです。
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CONTENTS
『ザ・ビートルズ:Get Back』の作品情報
【日本公開】
2021年(イギリス・ニュージーランド・アメリカ合作映画)
【原題】
The Beatles: Get Back
【監督・製作】
ピーター・ジャクソン
【共同製作】
ジョナサン・クライド、クレア・オルセン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、ヨーコ・オノ・レノン、オリビア・ハリスン
【製作総指揮】
ジェフ・ジョーンズ、ケン・カミンズ
【編集】
ジャベツ・オルセン
【音楽監修】
ジャイルズ・マーティン
【キャスト】
ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター
【作品概要】
1969年に撮影された、ザ・ビートルズ最後のライブとして知られる“ルーフトップ・コンサート”を含む約60時間の未発表映像と150時間以上に及ぶ未発表音源を、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ、『彼らは生きていた』(2020)のピーター・ジャクソン監督が再編集。
3年の歳月をかけて復元・編集を行い、3つのエピソードで構成しました。
当初予定していた2021年8月の劇場公開が変更となり、同年11月25~27日にDisney+にて3話連続配信となりました(Disney+加入者なら28日以降も視聴可能)。
『ザ・ビートルズ:Get Back』のあらすじ
わずか8年弱の活動にもかかわらず、数々の世界記録とともに、音楽・文化・ファッションだけでなく、社会・経済・政治──時代や国境を超えて世界中の人々に多大な影響を与えた伝説のロックバンド、ザ・ビートルズ。
1969年1月。ソロ活動が活発になり、解散も噂されていたジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターのメンバー4人は、原点に立ち帰る思いで、久々のライブコンサート開催も踏まえた「ゲット・バック・セッション」プロジェクトを立ち上げます。
進行状況をすべて撮影することにしてプロジェクトは開始。しかしセッションが進むにつれ、意見の衝突は避けられないものとなった4人は、これまでの絆が試されることになります…。
封印されたドキュメンタリー『レット・イット・ビー』
1968年11月発表の2枚組アルバム「ザ・ビートルズ」(通称「ホワイト・アルバム」)制作時に、意見の相違・衝突を繰り返してしまったザ・ビートルズの4人。
このままでは解散の道を歩むだけと危惧したポールは、「原点に立ち返る(Get back)」という意図から、2年ぶりのライブをテレビ番組で行うとともに、デビュー当時のようにオーバー・ダビングを行わない新アルバム制作をメンバー3人に提案。これが俗に言う「ゲット・バック・セッション」プロジェクトです。
69年1月から開始のこのプロジェクトは、ドキュメンタリー映画にすることも想定して、ライブ開催までの過程も撮影することとなります。
しかし、進めていくうちにメンバー間の音楽創作の方向性の違いがより明確となり、さらには彼らを初期から支えたマネージャーのブライアン・エプスタインが夭折したことを受け、新マネージャー候補となったアラン・クラインについてポール1人とジョン、ジョージ、リンゴ3人の対立構造が出来上がるなど、軋轢は以前にも増して深刻化することに。
結局このプロジェクトは、翌70年4月にビートルズが解散を公式表明した1か月後に、ラストアルバム『レット・イット・ビー』(日本発売は6月)と、撮影した映像を編集したドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』(日本公開は8月)を生むこととなります。
「レット・イット・ビー」スペシャル・エディション
ドキュメンタリー映画といえば、被写体へのインタビューや状況説明するナレーションが付き物ですが、『レット・イット・ビー』ではそれらは一切ありません。
映し出されるのはライブリハーサルを行う4人と、彼らを取り囲む関係者たちの姿ですが、4人と関係者が会話するシーンもありません。
「僕の手助けが気に入らないんだろ」(ポール)、「そういうわけじゃない」(ジョージ)。
開始15分頃のポールとジョージが口論しているかのようなシーンに、リンゴ、ジョージ、ジョンが和やかに「オクトパス・ガーデン」を作曲中に、ポールがスタジオ入りした途端に自然と演奏を止めたかのようなシーン。
ほかに、ジョンがオノ・ヨーコと踊って気を紛らわしているかのようなシーンや、リンゴがムードメーカーになって個別に離れて座る3人の元に行って陽気に接するかのようなシーンなど、『レット・イット・ビー』ではメンバーがまとまっていないシーンが散見します。
ただ、「~のような」と何度も繰り返したのは、前述のポールとジョージの口論のシーンの後に時系列的な編集が施されていたり、何よりも4人だけの会話シーンがほとんど見られないことなどからも、『レット・イット・ビー』には、観る者に4人の不和を植え付けようとする意図が感じられるからです。
そのせいか、「ビートルズ解散に向かっていく様を映し出した映画」という評が定説となった『レット・イット・ビー』は現在では封印状態となっており、Amazonなどで発売されている海外DVDは、過去に無許可でビデオ化された映像を下地にしたブートレグ盤です。
ちなみにこのブートレグ盤には、画質が粗いのはさることながら、日本語字幕がかなり“意訳”されたバージョンがあり、特に劇中で歌われる「トゥー・オブ・アス」や「ドント・レット・ミー・ダウン」などの楽曲には、本来の歌詞を超越した字幕が付いた珍品となっています。
封印を解いた『ザ・ビートルズ:Get Back』の全貌とは?
Part1:第1~7日目
そして初公開となる『ザ・ビートルズ:Get Back』(以下『Get Back』)は、ピーター・ジャクソン監督が、57時間以上の未公開映像と150時間以上の未発表音源を再編集し、3部作としたもの。
『Get Back』が、『レット・イット・ビー』とはまったく異なる主旨で編集されているのは、第1部「第1~7日目」の冒頭すぐに分かります。
まず、イギリスの港町リヴァプールでのビートルズの誕生からデビュー以降の世界的人気を博すまでの過程、そして「ゲット・バック・セッション」プロジェクトに至る経緯をダイジェスト映像でまとめて、プロジェクト始動の69年1月2日から時系列で追っていく構成となっています。
自分たちの記事が載った雑誌を見ながら4人で談笑すれば、昨日観たテレビ番組の感想をリンゴに語ったジョージが、番組をヒントに作った曲「アイ・ミー・マイン」を聴かせる。
リハーサル中にジョンとポールがジョークを言い合えば、セッション6日目の1月9日には、前日8日がエルヴィス・プレスリーの誕生日だったのにちなみ、ポールが即興モノマネを披露。
加えて、プロジェクトを監督するマイケル・リンゼイ=ホッグ(『レット・イット・ビー』の監督でもある)やプロデューサーのジョージ・マーティン、ロード・マネージャーのマル・エヴァンスらスタッフと話し込んだりと、正味80分の『レット・イット・ビー』にはなかったシーンが、『Get Back』では次々と登場します。
「ドント・レット・ミー・ダウン」の歌詞を入れ替えたり、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」の歌詞を変えて笑顔で演奏したりと、リハーサルでも和気あいあいとした4人が見られます。
しかし、集団での創作活動には衝突も付きもの。セッション3日目にして早くも、作曲活動が思うように進まないポールが、「君ら3人は座って『また言ってる…』って感じで誰も味方してくれないんだな」と苛立ちを露わに(『レット・イット・ビー』のポールとジョージの口論シーンはここからの抜粋)。
「18歳じゃないから朝から声なんて出ないよ」(ジョン)、「僕らはエプスタインの死で変わってしまった」(ポール)など、プロジェクトについての不満や焦燥をこぼすメンバーですが、ついには、「君を喜ばせるためだったら何だってする」と苛立つポールをなだめていたジョージが、セッション7日目に意見の相違からプロジェクトを離脱する事態となります。
Part2:第8~16日目
『ザ・ビートルズ:Get Back』Part2の一部シーン
続く第2部は、ジョージ離脱により先行き不透明となったプロジェクトについて、スタジオでのメンバーやスタッフらの会話からスタート。
興味深いのは、まだスタジオに来ていないジョンとヨーコについて語るポールでしょう。
「バンドの原点に立ち返る」という意図でプロジェクトを始めた当事者のポールが、ジョージの離脱もあってか、「2人が一緒にいたいのならそうすべき。ヨーコとビートルズのどちらかを選べと迫れば、ジョンはヨーコを選ぶだろうな」と、近い将来のビートルズ解散は避けられないという、諦めにも似た心中が伺えます。
隠しマイクで“盗聴”されたポールとの食事中でのジョンの言葉「ビートルズはただの仕事になっちまった」からも、バンド活動継続の難しさが…。
それでもジョン、ポール、リンゴの説得に応じたジョージがプロジェクトに復帰し、撮影スタジオもロンドン郊外のトゥイッケナム・フィルム・スタジオから、ビートルズの会社アップル・コア本社があるサヴィル・ロウの地下スタジオに移動。
ここで、ジョージの推薦で途中参加したキーボード奏者のビリー・プレストンが、停滞していたプロジェクトを好転させます。
「5人目のビートルだ」とジョンが絶賛するほどの卓越したキーボード演奏が、「ゲット・バック」、「レット・イット・ビー」、「サムシング」などの楽曲に深みを与えていく様子が、手に取るように分かります。
ジョージも「(ボブ・)ディランも誘おう」というジョークを発せば、プロジェクト離脱前とは見違えたように積極的にアイデアや意見を出し、ポールはスウェーデンツアーでのハプニングやインド滞在の思い出を楽しく語る。
また、これは全3部においていえることですが、メンバーの中で誰よりも撮影されていることを意識してカメラ目線でおどけたり、はしゃぐのがジョンだという点。
「朝の8時からスタジオで音楽作るなんて無理だし、常にカメラが回っている状況は最悪だった」と後年に語ったのがウソのようなサービスぶりを発揮してくれます。
和やかな雰囲気を取り戻した4人は、リビアのサブラタ遺跡や貸切った豪華客船上などが候補地だったライブパフォーマンス会場を、最終的にロンドンの高級住宅地サヴィル・ロウに構えるアップル本社ビルの屋上に決定したところで、第2部の幕となります。
Part3:第17~22日目
『ザ・ビートルズ:Get Back』Part3の一部シーン
第3部前半では、後に「ルーフトップ・コンサート」として知られる伝説のライブに向けてのリハーサル風景が見られ、ジョージ作曲の「オールド・ブラウン・シュー」演奏時にリンゴがドラム・パートを提案したり、ヨーコと前夫との離婚が成立したことに大喜びするジョンの姿など、前日と変わらぬ和やかな様子が垣間見えます。
ただその一方で、3人がポール不在時に、新マネージャー候補のアラン・クラインの辣腕ぶりについて語るシーンもあり、後にアランの存在が4人の亀裂を決定づけることを鑑みると、かなり辛いものが…。
そしてクライマックスとなる後半では、セッション21日目となる1月30日に行われた、計10台のカメラで撮影した約40分のルーフトップ・コンサートが開幕。
ここで『レット・イット・ビー』と違うのは、ライブ演奏している4人の映像と、彼らを見守る周囲の人々や喧騒を止めようと駆け付けた警官たちの映像を、スプリット・スクリーン(画面分割)で見せている点です。
「タダでビートルズの演奏が聴けてラッキーだ」と喜ぶ紳士に、「せっかく寝てたのにいい迷惑よ」と怒る婦人といった十人十色の感想や、4人の逮捕も辞さないとする警官をはぐらかそうとする秘書デビー・ウェラムの応対が、可笑しさを誘います。
ライブパフォーマンスの素晴らしさについては、いまさら説明は不要でしょう。ビートルズの公式YouTubeでも断片的にアップされていたルーフトップ・コンサートの全容が、ついに正規に見られる喜びをかみしめたいところ。
「全世界のロックバンドが、ビルの屋上に上がって演奏するだろうな」。
ジョージの言葉どおり、後年にはルーフトップ・コンサートを模したバンドのPVが乱立することとなるのです。
いかにして名曲は生まれたのか
『ザ・ビートルズ:Get Back』のピーター・ジャクソン監督
演出についても記すと、メンバーやスタッフの会話を補足する説明映像を盛り込み、観る者に理解しやすい作りになっているのも見逃せないところ。
たとえば、ライブ会場の候補地として豪華客船が挙がった際、ジョンが「出演した映画で米軍から船を借りてたよ」と語りますが、その直後に『ジョン・レノンの僕の戦争』(1967)の映像を補足でサラッと入れるあたりは、オタク気質なジャクソン監督のこだわりでしょう。
ドキュメンタリー『彼らは生きていた』で第一次世界大戦の記録映像を見事にアップデートしたスキルが、『Get Back』でも活きたと言えます。
「問題は、何かやる時に4人の同意が要るのに、僕らは話し合ってもいないことだ」(ポール)
『レット・イット・ビー』で決定的に欠けていた4人での会話が『Get Back』にはあり、その大半が笑顔とユーモアに満ちているのを観ると、こちらまで嬉しくなってしまいます。
第1部で、「ビートルズは常に最高でいなければならない存在なんだよ」と力説する監督のマイケル・リンゼイ=ホッグに、リンゴが言います。
「そんなの思い込みだよ。僕らは結構無愛想だぜ」
世界最高のロックバンドだって、その実は喜怒哀楽を持つ人間の集合体。だから共に笑えば衝突もする。確かに1969年当時の4人はいろいろ問題を抱えていましたし、このプロジェクトをもってしても解散は避けられなかったのは、歴史的事実が証明しています。
でも、セッションを重ねる瞬間は、そうしたモヤモヤを取っ払って夢中で楽器を鳴らしていたはず。
逆に言うと、彼らの喜怒哀楽が「ゲット・バック」、「レット・イット・ビー」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」などの名曲を生んだのです。
トータル約8時間にも及ぶ『ザ・ビートルズ:Get Back』では、人間味あふれるザ・ビートルズの実像をのぞき見するとともに、名曲誕生の瞬間に立ち会うことができるのです。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)