第30回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞ほか7部門受賞!
捕虜のイギリス人兵士と日本軍人が橋を作る不朽の名作映画『戦場にかける橋』は、名匠デヴィッド・リーンが監督を務め、1957年公開に公開されたイギリスとアメリカ合作の映画。
第二次世界大戦中のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所で、日本軍の捕虜となったイギリス人兵士たちと、彼らを利用して橋を作りたい日本軍人たちの姿とは、具体的にどんな内容だったのでしょうか。
戦時下における人間の尊厳や名誉、戦争のむごたらしさを描いた、1958年アカデミー賞で作品賞や監督賞など7部門受賞した傑作である、不朽の戦争ドラマ映画『戦場にかける橋』のネタバレあらすじと作品情報をご紹介いたします。
CONTENTS
映画『戦場にかける橋』の作品情報
【公開】
1957年(アメリカ映画)
【原作】
ピエール・ブール『戦場にかける橋』
【監督】
デヴィッド・リーン
【キャスト】
アレック・ギネス、ウィリアム・ホールデン、早川雪洲、ジャック・ホーキンス、ジェフリー・ホーン、ジェームズ・ドナルド、アンドレ・モレル、アン・シアーズ、ピーター・ウィリアムズ、ヘンリー大川、ジョン・ボクサー、パーシー・ハーバート、ハロルド・グッドウィン、勝本圭一郎
【作品概要】
『オリバー・ツイスト』(1947)や『ドクトル・ジバゴ』(1965)、『アラビアのロレンス』(1988)などを手掛けた、デヴィッド・リーンが監督を務めたアメリカの戦争ドラマ作品。
原作は、フランスの小説家ピエール・ブールが自身が体験したことを綴った、小説『戦場にかける橋』となっています。
「スター・ウォーズ」シリーズのアレックス・ギネスが主演を務め、共演は『チート』(1915)や『新しき土』(1937)などに出演する早川雪洲です。
映画『戦場にかける橋』のあらすじとネタバレ
1943年。第二次世界大戦下において、日本の同盟国であったタイ王国と、日本軍の占領下におかれたイギリスの植民地ビルマの国境付近に、日本軍管轄の捕虜収容所「第十六捕虜収容所」がありました。
その捕虜収容所では、日本軍と対峙する連合国軍の1国であるアメリカ海軍のシアーズ中佐をはじめ、捕虜となったアメリカ軍の兵士たちが連日、過酷な労役に従事していました。
シアーズと彼の部下ジェニングス中尉は、日本兵に煙草やライターを贈って買収し、捕虜収容所からの脱走を試みていました。
1943年2月。そんなある日、イギリス軍の将校ニコルソン大佐率いるイギリス軍の捕虜一隊が、第十六捕虜収容所に移送されてきました。
捕虜収容所の所長を務める日本軍の斉藤大佐は、整列したイギリス軍の捕虜一隊に対し、こう言いました。
「我が第十六捕虜収容所のそばを走っている鉄道は、近くタイのバンコクとミャンマーのラングーンを結ぶ」
「クウェー川(タイ王国西部の河川)にかける橋の建設のため、君たちイギリス人捕虜が選ばれ招集した」
「当然ここでは、将校も兵隊と同様に働いてもらう」「ここには有刺鉄線も、囲いも監視塔もない。だがそれらは、このジャングルの中の孤島からの脱走は不可能だからないだけだ」
これを聞いたニコルソンは、斉藤大佐が言った「将校も労役に使用する」ということは、戦時国際法としての傷病者及び捕虜の待遇改善のための国際条約「ジュネーヴ条約」で禁じられていることだと、斉藤大佐に異議申し立てます。しかし、斉藤大佐はこれを受け入れませんでした。
ゲリラ豪雨に見舞われた捕虜収容所の中で、ニコルソンはシアーズと知り合います。ニコルソンはシアーズから、「この捕虜収容所にいた他の国の兵士は、マラリアや赤痢、脚気などの病気や飢え。過労、銃弾による負傷、斉藤に歯向かった罰、自殺などで大勢が命を落とした」と聞きました。
そう話すシアーズも、何かの病気を患っており、病院に入院し、軍医クリプトンの治療を受けていました。
その日の夜7時、捕虜収容所にいるニコルソンたち将校が集まり、脱走について話し合う会議が開かれました。
「ジャングルの中の孤島から脱出するのは99%不可能だ」と主張するニコルソンに対し、幾度となく脱走を試みたシアーズは、「このままこの捕虜収容所にいても、行き着く先は墓場しかない。脱走を諦めることは死刑宣告されたことに等しい」と主張します。
これを聞いたニコルソンは、シアーズや他の将校たちにこう言いました。「イギリス軍はシンガポールで、司令部から降伏を命じられた。それによって脱走することは、軍律違反も同然」
「それと明日からの橋の建設工事は、日本軍ではなくイギリス軍が指揮を執る。彼ら日本軍に兵隊の指揮官は我々イギリス軍であることを忘れさせないように。兵隊も軍人であって、彼らの奴隷ではない」
翌朝、斉藤はニコルソンたちイギリス兵に、「日本人の技師である斉藤中尉が橋の建設工事の指揮を執り、彼の指揮下で5月12日までに橋の建設工事を終えるように。あまり日数がないため、将校も入れて全員で橋の建設工事に従事せよ」と命令を下しました。
これに対しニコルソンは、軍服の上着のポケットからジュネーヴ条約が記された文書を取り出し、斉藤に再び抗議し対立します。
頑なまでに将校の労役を拒否し、挙句の果てに斉藤の命令にも従わないニコルソン。病院からシアーズとクリプトンたちが固唾をのんで見守る中、斉藤は「3つ数えるまでに、君と将校たちが作業場へ行かなければ、機関銃を発射する」と宣告します。
機関銃が本当に発射されそうになったその瞬間、病院からクリプトンが飛び出し、斉藤に「非武装者を殺すのがあなたの掟か?」と非難しました。
これに対し斉藤は何も答えず、所長宿舎の中に消えていきました。クリプトンのおかげで、射殺を免れたニコルソンたちイギリス軍の将校でしたが、その後も機関銃の銃口を向けられたまま、炎天下の中で直立不動で延々と立たされました。
日没まで立たされた結果、ニコルソンは最も日照が強い重営倉「オーブン」に、彼以外の将校たちは1つの営倉にまとめて、それぞれ監禁されてしまいました。
その日の夜、シアーズがジェニングスと、1人の負傷兵と共に捕虜収容所を脱走。ジェニングスたちは日本兵に見つかり射殺されてしまいましたが、シアーズは逃げのび、川底へ落ちて姿を消しました。
それから3日後、斉藤は捕虜たちを監督するクリプトンを所長宿舎に呼び出し、シアーズたちが脱走したことを叱責しました。
さらに斉藤は、ニコルソンたちへの非人道的な行為と、三浦の稚拙な技術指導への怒りを爆発させたイギリス兵たちが、サボタージュしたせいで工事がなかなか進まないことに苛立っていました。
そこで斉藤はクリプトンに、5分間だけニコルソンへの面会を許可する代わりに、「何としてでもニコルソンたちを労役に従事させたい。将校を働かせないなら病院を閉鎖し、患者たちを建設現場に派遣させる」とニコルソンに伝えるよう命じました。
クリプトンは面会時間5分の間、ニコルソンに食料と飲み物を与え、彼の体調を気遣いながら、斉藤からの伝言を伝えます。
「このままでは将校たちはもちろん、イギリス兵たちも、将校たちの代わりに働かされる患者たちも皆、死んでしまう」
クリプトンはそう訴え、ニコルソンにジュネーヴ条約を遵守するという主義を捨て、斉藤に従うよう勧めましたが、ニコルソンは頑なに将校たちの労役を拒みました。
面会終了後、クリプトンは斉藤に、「医者として、ニコルソンへの非人道的な待遇を抗議する」と言い、万が一ニコルソンが死んでしまえば殺人と同罪だと非難します。
これに対し斉藤は、「そうなった責任はニコルソンにある。私は知らん」と突っぱね、所長宿舎へ戻っていきました。
1943年2月15日。斉藤は、整列したイギリス兵たちの前に立ち、「橋の建設が一向に進捗しないのは、労役を拒む将校たちのせい。だからお前たちも喜んで働けない」と非難しました。
その反面、斉藤は三浦の技術指導が稚拙なせいで、工事が進まないことを認め、彼の代わりに自分が現場の指揮を執ると言います。
斉藤はイギリス兵たちに、赤十字からの贈り物を与え、働く意欲を取り戻そうとしましたが、翌日以降も工事はなかなか進みませんでした。
そこで斉藤は、自分と対立するニコルソンにイギリス産のコンビーフやスコッチ・ウィスキーを振舞い、彼にこう言いました。
「工事完了期日の5月12日まで、あと12週間しかない。だから何としてでも人手が欲しいのだ」
「このまま期日に遅れてしまえば、捕虜たちを全員殺した後、私は自殺せねばならない」
しかしニコルソンは、斉藤の話を聞いてもなお首を縦には降らず、将校の労役を拒否し、こう宣言するのです。
「日本人よりも、兵隊に尊敬され実績もあるイギリス軍の将校の方が、捕虜たちの士気を高め工事を進めることができる」
痛いところを突かれた斉藤は、ニコルソンたちイギリス人を罵倒するしかできませんでした。
映画『戦場にかける橋』の感想と評価
捕虜になっても屈しないニコルソンたち
水も食料も与えられない、灼熱の中で狭い営倉に監禁される非人道的な罰を受けるニコルソンたちの姿。
クリプトン同様、生きるために軍人としての主義を捨てて降伏すべきだと言いたくなるほど、徐々に衰弱していく彼らの姿は痛ましくて、観ているのが辛くなります。
それでもニコルソンは、将校たちの中で一番辛く、死にそうになっているにも関わらず、ご馳走を振る舞ってでも仕事をさせたい斉藤に屈したりしません。
そうまでして、ジュネーヴ条約を遵守する軍人としての主義を貫き通すニコルソンに、彼なりの強い軍人魂を感じ、斉藤が根負けするのも頷けるほどでした。
捕虜となっても、軍人としての主義や信念を持ち貫き続けるニコルソンたちだからこそ、奴隷として扱われるのではなく、共に橋を建設する仲間として交流していくようになれたのでしょう。
すれ違うシアーズたち決死隊とニコルソン
ウォーデン率いる決死隊の目的は、あくまで日本軍のインド帝国侵攻を阻止するために橋を爆破することですが、彼らには捕虜として労役に従事しているイギリス兵たちを救いたい気持ちも少なからずあったはずです。
その証拠に、決死隊とニコルソンが戦うことになってしまった物語の終盤、ウォーデンは仲間とニコルソンの死を見て、「こんなはずじゃなかった」と激しく動揺しています。
ニコルソンがジョイスからそれを知らされる時は時すでに遅し、決死隊の作戦は実行に移されており、彼らの作戦を知ったニコルソンもウォーデン同様、激しく動揺していました。
もしも決死隊の橋の爆破作戦を、ニコルソンが知っていたなら、味方同士の彼らが争うこともなかったでしょう。
ニコルソンたちと、ウォーデンたち決死隊による味方同士の悲しいすれ違いに心が痛み、信じられない気持ちでいっぱいです。
まとめ
捕虜になったイギリス軍の一隊と、彼らを利用し鉄道開通のための橋を建設させようとする斉藤率いる日本軍の姿を描いた、アメリカの戦争ドラマ作品でした。
日本軍の視点で見ると、自分たちが捕虜を使って橋を完成させなければ、自殺するしかないという瀬戸際に立たされている状態。そのため斉藤たちは、非人道的なことをしてでも捕虜たちを従わせなければなりません。
斉藤が敵軍の将校に下手に出てお願いしたり、敵軍の将校たちに工事の主導権を握られたことを黙認するしかなかったりしたのは、とても悔しい気持ちでいっぱいだったことでしょう。
早川雪洲演じる斉藤が、勝利を祝うイギリス軍の影で、人知れず悔し涙を流していた姿を見ると、彼の悔しさと葛藤が画面越しに伝わってきて胸が痛いです。
橋の完成後、ニコルソンと斉藤が一緒に橋の下の異変を調べに行くところを見ると、対立していた2人が和解し心の距離を縮めたのが窺えて感動します。
戦争という極限状態の中で、日英両軍がそれぞれの立場で葛藤していく戦争ドラマ映画が観たい人に、とてもオススメな作品です。